夢色の雪-4

まだ白いけど

 数日後の昼のことだった。土曜日で学校が休みの聖良と、私は店番を交代しようとしていた。
 聖良は渋々とだったがエプロンを着ていて、私はケータイを取って奥の自宅に引っこもうとしていた。
「──ここか?」
「ここじゃなくても、探すのめんどいな。訊こう。そこのお嬢ちゃん」
 振り返る前に、聖良を見た。聖良じゃないのはもちろん分かっていたけど、一応「俺じゃない」と言われる。ケースのほうへと振り向いた。
「お、意外と気風がよさそう」
 そう言って、店の前で手をひらひらとさせている男がいる。その男を、隣の男が小突いて私に目をやる。
「このへんで、アイス屋ってここだけ?」
 もう一度、聖良と目を交わしたものの、話しかけられているのは私みたいなのでそちらに歩み寄る。
「商店街にはここだけです」
「商店街には」
 黒髪の長髪で、二度見しそうなくらい美形のほうが、目を眇めて私の言葉を拾う。
「奥の百貨店に、チェーンの店舗もありますよ」
「マジか。どっちだ」
 そう言った小突かれていたほうは、ずうずうしくケースに寄りかかっているけれど、肩とかはけっこうしっかりと筋肉質だ。
「昔ながらって言ってたし、こっちか?」
「……向こうも長いチェーン店ですから、味は昔ながらかと」
 後ろにまだふたりも連れがいる。何だろう。見たことのない四人組だ。あんまり関わりたくなくて、あっち行けと思っていると、「チェーン店なら、店の名前言うんじゃね」と美形が言って、「そうだわ」と筋肉質が私を見た。
「じゃ、ここだな。あれ、お嬢ちゃん、ぶかぶかのエプロンは?」
「はっ?」
 思いがけないキーワードに変な声を出すと、ふたりは思いっきり爆笑した。
 何。何なの。突っ立って困惑と不快を混ぜていると、聖良がかたわらに駆け寄ってくる。
「聖良、」
「え、まさか、そちら旦那?」
 私がさすがにそいつらをきっと睨み、「あんたたちねえ、」と言いかけた。が、「ねえちゃん」と聖良に素早く止められる。「弟か」と美形が煙草をくわえ、筋肉質が思わしくない私ににこにことして、人差し指を立てた。
「チョコ味ちょうだい。はい、これで俺たちは客ですよ。『あんた』なんて呼ばずに、しっかりお仕事してくださいな」
 何こいつ、と舌打ちしそうになりながら、「コーン用意して」と聖良には言っておき、「おひとつですか」と私は何とかそいつらに笑顔を作る。
「うん。それでお嬢ちゃん、君、今からヒマ?」
 何だ、このベタなナンパ……。漫画でももう使われない。もちろん、嘘を返す。
「いえ、まだ店番──」
「じゃあ、店番はそこの少年に任せて、俺たちとちょっとデートして。デートだけね。処女に3Pなんか頼まないよ」
 思わず唖然と言葉を失うと、再びそいつは美形に小突かれた。
「3Pって、もうひとり俺かよ」
「まあそうね」
「興味ねえよ。──あのな、俺たち、ちょっとあんたに話があるんだ」
「ここでお願いします」
「俺たちは構わねえけど、弟の前とかこんな商店街の真ん中で、告った男の話とかいいのか?」
「え……」という聖良の声に焦って、私はがばっとケースに身を乗り出す。美形の煙草が煙たい。
「あんたたち、何者?」
 ふたりは顔を見交わし、背後のふたりも見やる。ひとりは三十前後の人たちの中でやたら童顔で、もうひとりは楽器──ギターっぽいものを背負っている。
 ギター。音楽。悠くん。
 あれ、とさっきの「ぶかぶか」発言も合わせて、何だか思い当たってくる私の面持ちに、「君がお茶したい人の友達」と筋肉質がにんまりとした。
 めずらしく心配そうにする聖良に、「大丈夫」と言い置くと、私はその四人組と共に、商店街と住宅地を結ぶ道に面した公園に行った。
 街路樹の銀杏が紅葉で黄色くなっている。その道を、美形と筋肉質にはさまれ、背後をギターと童顔がついてくるかたちで歩いていく。筋肉質も煙草を吸いはじめて、あいだにいる私としては咳きこみたくなった。
 冷える日だったから、四人はそれぞれに防寒し、私もパーカージャケットを着こんできた。
「あいつに頼まれて来たとかじゃねえんだ」
 公園では子供たちがわいわいと遊びまわっていた。私も子供の頃はよく遊んだ公園だ。
 ヘッドホンをしている童顔が、つかつかとベンチに歩み寄り、腰をおろしてチョコのソフトクリームを食べはじめる。ギターもそのかたわらに行ったので、美形と筋肉質も私をそのあたりに引っ張っていった。筋肉質はのんきに「寒いわー」とか言っているので、まだ話が通じそうな美形を私は見た。
 すると、ひんやりした風に揺れる髪をはらって、美形はいきなり核心から告げた。
「友達として、まあ、野次馬だな」
「……そもそも、何であのメモのこと知ってるんですか」
「それは相談されたからだけどな」
「相談」
「あいつにあんな直球は酷だぜ。どんだけ悩ませてんだよ」
「悩……む」
「悩んでるよー」と筋肉質がどかっと童顔の隣に座って、からからと笑った。
「あいつは律儀だからな。答えを出したいとは思ってるよ」
「え、こ……答え」
「まだ出てないけどな。出せる助けをするために、俺たちもあんたを知ることにした」
 私は美形と、それから筋肉質を見た。童顔は無表情にソフトクリームを食べ、ギターは無関心に空中を眺めている。
「で、はっきり訊くけどな」
 私は美形に視線を戻した。
「顔か?」
「は……?」
「あんたは、あいつの何がいいんだ?」
 私は眉を寄せて、さらりとは答えられなかった。何が。あの人の、何がいいのか。それは──
「……目、とか、好きですね」
「目ですか」と筋肉質が含み笑って、「目に何を感じるわけ」と美形はこまねく。
「ん……綺麗? 違うか。優しい──何だろ、深い……。何だ……。あー、悠くんと萌梨くんを見てるときとか」
 まだ若干首をかしげつつ言う私に、「へえ」と筋肉質がおもしろそうに煙草を吸い、美形もわずかに眼つきをやわらげる。
「じゃあ、仮定の話だ」
「はあ」
「あいつがあんな落ち着いた目でいられなくなって、泣いてたら、あんたはどうする?」
「え……」
「何もできないか?」
「……いや、普通に、また咲わせますよ」
「ほう?」
「普通に、か」
「悠くんとか、萌梨くんへのあの目にしますよ。そのためには、私もあの目で見てもらえるようにならなきゃいけないですけど。そうなりたい、と思うから……好きなわけで」
「悠とか萌梨になれると思ってんのか? 本気で?」
「知らないですよ。それは、あの人が決めること。ただ、私は、頼ってもらえるなら応えます」
 美形は筋肉質に目をやった。童顔が大きな瞳で私を見ていたけど、視線が重なりかけると目をそらされた。ギターも私を一瞥だけする。「悪くないね」と筋肉質が言って、美形はうなずき、煙草を持たないほうの手で私の頭をぽんとした。
「あんたは強そうだ」
 そのとき、私のケータイが鳴った。「失礼します」と出てみると、聖良からのメールだ。
『今どこだ?
 変なことされてないよな?』
「男?」
 筋肉質がにやにやとして、「弟ですけどね」と私はひとまず返信はあとまわしにする。そして、まだ色づかない息を吐いて、「何というか」と私は言葉を選ぶ。
「あなたたちが探りにくるのは、よく分かんないですけど。私は、あの人を引っかきまわすつもりはないです」
「みたいだな」
「何も知らなくて、知りたいと思うけど。知っても、ただ、受け入れるだけです」
「ふ、あいつが大好きなのねー」
「だな。よし、材料はもらったか」
「ねー。帰りますか。寒いです。なのに、なぜこの人は、アイスを食らっているのか」
「お前が与えたんだろ。──報告しとくよ。俺たちなりの意見を」
 私は四人を見た。美形はにやりとして、筋肉質はひょいと立ち上がり、ギターは童顔をベンチから立たせる。
 あの人の友達。何となく、この人たちが進展の鍵を握っている気がした。
 私が少し頭を下げると、美形は励ますように私の肩をたたき、「ほんとに夢色ですねえ」と筋肉質は空につぶやく。「夢色」と聞かない言葉に私がしばたくと、「こいつが言ってたのよ」と筋肉質は童顔をしめし、童顔は私を見る。童顔は何も言わないので、美形が肩をすくめて代わりに言う。
「夢色ってのは、想像力でこれから決まっていく色だよ。まだ決まってない色」
「は……あ」
「萌梨──兄貴のほうな、あいつに女ができたのは知ってるか?」
「あ、何か紹介されました」
「そっか。その女で、萌梨は千の色を手に入れたんだ。で、聖樹はあんたかもな」
「えっ──」
「でも、まだ白い。夢色だな」
 歩き出しながら美形が不敵に笑って、「いい色にしてやってね」と筋肉質も入口に向かう。童顔とギターは、結局ひと言も口をきかず、ふたりについていく。
 子供たちが、相変わらず声を上げて駆けまわっている。
 紫煙の香る中、私は高く晴れた秋の空の下にたたずんで、「夢色……」と小さくつぶやいた。
 家に戻ると、聖良がすぐにおとうさんとおかあさんまで呼んだ。「大丈夫だったか」と大げさなくらい心配された。
 私はぼんやり、こんなふうに──家族を想うみたいに、無条件に、あの人を想いたいと思った。

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