回想【11】
彼は僕のジーンズと下着を引きおろすと、咬みちぎるように僕をしゃぶった。僕は艶めかしい声をあげて感じ、腰をよじってたっぷり射精した。僕の精液を水飴を舐め取るようにすすった彼は、股間を息苦しくぱんぱんにさせていた。
僕はひざまずき、かすかな汚臭に頬擦りをしてジッパーと下着をおろす。目の前に赤黒くはりつめた獣が現れ、目をくらくらさせた僕は、液を先走らせる先端に唇をあてた。重たいほどの恍惚感に朦朧としつつも、コンドームはつけたと思う。僕はそりかえった性器をいっぱいに頬張ると、陰毛に鼻先を突っこんで深く飲みこんだ。
これがしたかったんだ、と涙ぐみそうになりながら思った。そう、僕はこれがしたかった。こうやって男に奉仕し、じかの快感を与えたかった。僕の絡みつく舌に彼は不明瞭な声をあげ、髪をつかんで僕の頭を好き勝手に揺さぶりだす。
僕は素直に彼の熱くて太いものにかぶりつき、大好きでたまらないようにしゃぶった。実際、好物を目にしたように口中には唾液が大量に湧き、僕は口元に唾液をしたたらせていた。喉をつまらせる顎がはずれそうな硬直に、僕は咬みちぎってしまいたい執着と昂揚を覚えていた。やがて彼は焦れったく腰をよじって僕の頭をはずすと、壁に手をつかせて一気に押し入ってきた。
僕は肩をびくんとさせ、弱い歓喜の悲鳴をあげた。初めは下腹部に痛みのある圧迫感が来たけれど、彼に攻め立てられるうちに僕はその動きに合わせて息を荒げて、もっと腰をさしだした。口にしていたときより、さらに太く感じられた。堅い熱棒が僕をかきまわし、深いところまで届こうと暴れまわる。僕は乱れた息遣いに喘ぎ声を重ね、壁についていた手をこらえられない悦びに握りしめた。
僕の軆は歓喜のあまり激しくほてり、はりめぐらせた神経いっぱいに快感を走らせていた。猛然とした突き上げに、野獣の息遣いが熱く耳元に降りかかる。たまらなかった。男が僕をつらぬいている。僕の中でのたうちまわっている。僕は男根に侵害されている! ふりそそぐ汗の匂いが立ちのぼり、僕はぶつかりあうように腰を振ってその反動に頭蓋骨をぐらつかせながら、全神経で受ける強烈な快感に白目を剥いていた。
その男が僕を真っ当に戻るべきだと目覚めさせる切っかけをよこしたとすれば、そこまでやって五千円しかくれなかったことだ。チップをねだろうとしたら、突き離されて置き去りにされた。初めはこんなもんかな、と僕はそれをずりあげたジーンズのポケットにしまうと、しばし腰を休めて男あさりに街並みに戻った。
体力がきく限り、男と寝た。そうしてずるずると落ちぶれていくのだけど、経緯は店で仕事を始めたのとまるで同じだった。はじめは嬉々としていて、のちのち不満を募らせていく。当初は街娼で胸をいっぱいに満たしていた。多少乱暴されても、あの優しい愛撫よりはと嬉しかったし、凌辱じみたことをされてもあの清潔な距離に較べればと愉しかった。だが、初めだけだった。店で働いていた頃の利己的な倦怠より深刻な意味で、僕はこの仕事に徒労を感じはじめた。
具眼を研ぎ澄まそうとしても、道端でつかまえる客なんてわざわざ見抜く趣味もない。突っ込んで引っかきまわせればいいので、手のこんだ奉仕はかえってまどろっこしいと嫌悪される。甘い前戯もなく、濡らしてもいない穴に突入する男もいた。区別もつかないひたすら手荒な男とやりまくっているうち、チップをねだるとか絶頂を焦らすとかの上位の技をどんどん切り捨てていった。代わりに、穴にベビーオイルを塗っておくとか、いかにして客の財布をかすめるかとか、下劣な技術を身につけていった。
確かに僕は上達した。それはどう見ても立ちんぼとしてしか役に立たない技術だった。上位の売春の技術は、立ちんぼではむしろ邪魔物だ。僕は店では平行線だった技術を、この仕事に身を置いて低迷させていった。下等でない限り、絶対に必要ない技を嫌でも編み出し、軆にたたきこませ、顔も名前もうやむやな男に憔悴していく生身をさらした。
暴力もしばしば受けた。インポのくせにお前では感じないと殴られ、喘ぎがうるさいと首を絞められ、金を要求した途端ナイフを振りかざされた。場所を変えようと言われてついていくと数人がいて、めちゃくちゃにまわされもした。蹴たくられ、踏みつけられ、顔面に小便を引っかけられて置いていかれもした。顔や軆には痣や傷が絶えなかった。
コインシャワーには行っていたが、食べ物は食べられれば何でもよく、伸びた髪は輪ゴムでしばって服も小汚くなっていった。道端で野宿だったので、悪戯もよくされた。優しくあつかってくれる客なんて、ひとりもいない。
こんなのは辞めてまともになろうかと、一時期街をふらついた。堅気の仕事はぜんぜん分からない。ヒモになろうかと女をあさったけど、男に慣れ親しんだ僕は、肉の入ったふくろも折り重なったなめくじも気が向かなければ生臭いだけだった。女のふとした仕種やちらついた肌に猛るというのが、僕にはなかった。
このときあさった女に夏乃がいたわけだが、妊娠させたなんて知らずに僕は彼女の前を失せ、そうこうするうちに金がなくなって結局男に犯されるハメになった。貧相な体力は日に日に底を尽くのが早くなり、やがて僕は薬の味を知った。
酒も薬も、しなければいいと思っていた。理性で手を出さなければ、たぶんそんなにたやすく惑ってしまうものではないと。確かに、そう思っていた頃の健康な状態が保たれていればそうだったろう。だが、僕は肉体的には衰弱し、精神的には荒廃していた。
豹さんの言った通りだ。道端の淫売なんて悪夢だ。僕はいつから客にコンドームをつけなくなったのか憶えていない。病気かもしれない。バカなことをしてしまった。あのまま豹さんの元にいればよかった。こんな三流に転落するのなら、二流のほうがマシだった。
だが、いくら後悔してもどうしようもない。きっと豹さんは僕をあきらめ、忘れていて、いまさら顔を出したら迷惑がる。僕はこの足の裏がめりこむ泥道を進むしかない。でも、この暗くじめついた死への道を正気でくぐるのはとても不可能で、どうしても法外な度数の酒や感覚を狂わせる薬物が必要だった。
初めは酒でどうにかしていた。薬より酒がマシだろうと浅はかな比較をし、万引きした酒をあおって客と接した。酒と共に客を取ると、しらふでは客と接する気にはなれなくなった。しかし僕はもともと酒に強いため、こんなものでは追いつかなくなってきた。容赦なく度数をあげ、ついに脳を破裂に停止させて空白状態となったとき、無意識のまま客のポケットからくすねた葉っぱをもやして吸いこんでいた。
クサなんて軽やかなものにはすぐ飽きた。僕は酒をあおり、安煙草をくわえ、スピードやコカインにハマった。ぐったり脱力したり、幻覚で何も見えなくなるものは、気持ちよくても商売にならないので趣味に限った。仕事前に打ったり吸ったりするときは、やはり狂ったようにのぼせあがれるものがよかった。
僕が腐っていくほど客の行為も野蛮になった。僕は小便に濡れた塩辛い性器をしゃぶった。無数の人間に引きずられて輪姦された。地面に四つんばいになり、獣姦されるようにわしづかまれた尻をこねくりまわされた。僕は酒で自尊心を破壊し、薬で羞恥心を虐殺した。
もはや、一流になるためなどではなかった。ただヤクを買いこんで食いつないでいくため、僕はでたらめに男にやつれた軆をさばき、かきあつめられるだけかきあつめた金を、そっくり薬につぎこんだ。
僕は依存を中毒に深め、酒かヤクなしでは生きられなくなっていた。水音がすれば酒だと思いこんで飛びつき、火の匂いがすれば炙っていると信じこんですがりつく。そんな悲惨な状態へと見る間に壊乱していった。
僕は人間ではなかった。人間としての感情は故障し、尊厳は腐蝕し、気力は倒錯していた。僕の腐臭を放つ魂には、めまいのように飛びまわる蠅がたかり、びっしりと蛆虫が湧いて震えながら伸縮していた。そしてそれが蠅となり、たまごを生みつけ、さらに蛆を増やし──そうした生命の繁殖のごとく、薬物は僕の視界の大部分を占めていった。
末期状態に堕ちて以降は、ほとんど記憶がない。震える手に注射をうまく刺せずに切れて自傷したり、客にぼろぼろに殴られて冷たい地面に頬をあてたり、からになったフラスコを割って中を舐めまわして舌を切ったり──そんなのが感電した音と共に断片的に残っている。
そして、男に犯されていた。僕の尻にはいつも血か精液が垂れていた。自分がなぜこんな状態にあるのかも分からなくなっていた。ただヤクが欲しくて欲しくて、喉が乾いてたまらなくて、頭にはそれしかなかった。
血管や鼻にあの心身が改造される至福感を流しこめれば、ほかはどうでもいい。僕はヤクを嗅ぎつけるため、始終鼻をひくつかせ、感知すればあとは死ぬだけだったはずの軆を起こしてそこに這いずっていった。
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