僕らの恋はうまくいかない-14

好きなのに【1】

 夏、同窓会に行ったのは、それを口実にキネくんに会いたかったからだと思う。
 今まで生きてきて、キネくんは私がゆいいつつきあった人だ。高校時代、文芸部の彼の書く文章が好きで、その心に触れている気がして、告白されて、キネくんなら好きになれるかもしれないと期待した。
 けれど、キスされそうになったとき、やっぱりキネくんにもあの嫌悪が噴き出した。そのまま何の説明もせずに、私は彼を振ってしまった。
 キネくんには話したほうがいいと分かっていた。けれど、どうしても勇気が出なかった。それをとても後悔していて、卒業式にやっと電話番号を交換してもらって、その後ケータイが普及するとメアドも交換して、私はキネくんと連絡だけはつないでいた。
 でも、「会いたい」なんて平然と言えなかったし、キネくんも言わないし、どうしたらいいのか分からないまま過ごしていたら、同窓会を知らせるはがきが来た。
「同窓会、結局行くんだ?」
 クローゼットの中からスーツを選んで、姿見の前でボタンを留めていると、私のベッドで寝ていた秋生あきみがいつのまにか目を覚ましてそう言った。上半身、何も着ていないままだ。そんな秋生をちらりとして、「秋生は同窓会なんて行けないわよね」と私は嫌味を吐いて肩をすくめる。
「何で?」
「どれだけの女の子に因縁つけられるのよ」
「はは。確かにそうかも」
「私も同窓会なんて興味ないんだけど、会いたい人がいるから」
「会いたい人」
「そう」
「ふうん」と大して興味もなさそうに笑った秋生は、男の子のくせにいつも私のヘアピンで長髪を抑える。
 私は目をそらして、ボタンを留め終えると鏡台の前に座る。秋生がどんどん持っていくから、鏡台の引き出しの黒いヘアピンは、しょっちゅう補充しなくてはならない。今日もそれで長い髪が垂れるのを抑え、顔にひやりと化粧水とクリームを染みこませる。
 そして目を開け、鏡の中で、いつのまにか秋生が後ろに立っているのに気づいた。
「何?」
「高校の頃は、まだあんまり化粧なんてしてなかったよね」
「そうね、一応」
「俺、ねえちゃんの化粧した顔って、いまだに慣れないんだよなー」
 秋生は鏡を覗き、身を寄せて私の背中を抱きこむ。秋生の匂いは、私によくなじむから柔らかい。
 昔から、そうだ。私は秋生にこそ、「ふざけないで」と怒って、こんな密着を嫌悪しなくてはならないのに。私は秋生の肌の熱からしか、この甘やかな痺れを感じ取れない。
「男だよね?」
「え」
「会いたい奴って」
 鏡の中で瞳が重なる。同じ性質の冷ややかな瞳。だけど秋生は笑っていて、会いたい人なんて言葉で空気を引っかいた私のほうが、よほど余裕がない目をしている。
「そう、だけど」
 何とかそう答えると、「だよね」と秋生は喉でくすりとして、私の耳たぶを口に含んだ。生々しい水音がじかに鼓膜に響いて、それだけで私の神経はとがって潤む。
「そいつにもそういう顔見せた?」
「……秋生、」
「それとも化粧してた?」
 秋生の手が私の胸をつかみ、私は顔を伏せて震えそうな息遣いをこらえる。指先が敏感になった乳首を服越しにこすって、ダメ、と言いたいのに、口を開いたらきっと喘いでしまうから言えない。
 秋生は私のうなじに口づけながら、片手を腰まで滑らせて、スカートを引っ張りあげる。ストッキングと下着の上から、熱っぽく湿りはじめる脚のあいだに触れられ、軆がびくんと引き攣りそうになる。
「いったら離してあげるよ」
 肩にある秋生の頭に目を落とす。黒いヘアピンのにぶい光が、滲む視界に映る。
「いくまで離してあげない」
「……っ」
「早くしないと、会いたい人にも会えないよ」
 じかに触れない指が焦れったい。秋生のことだから、はっきり言わないと触れてくれない。でも、はっきり言ってストッキングも下着も破られるのも今は困る。秋生はそれをよく分かっていて、低く笑ってから耳元でささやいてくる。
「俺のことをいらつかせたのは、ねえちゃんだよね」
「……っ、」
「嫉妬させて、どうしてほしかった? こうじゃないの?」
「あき、み──」
「それとも俺に嫌いになってほしかった? 俺がいないと生きていけないのに?」
「……わって、」
「何?」
「触ってっ、もっと……お願い」
 秋生の爪がストッキングに食いこんで、すぐ破れてしまったのが分かった。そのまま下着も破ってしまうと思ったけど、さいわいそうはされずに、ほてった布と軆のあいだに手が伸びる。
 秋生は指がうまい。口でもするけど、舌先で私の敏感な角度や位置を覚えてからは、その刺激を指先で再現できるようになった。そして口より指のほうが疲れないらしく、今では指で簡単に、私の意識を白波でさらってしまう。
 私のタイミングをいつも見ているから、焦らす隙も完璧で、ふっと指先が離れたり、止まったりして、私は秋生にすがる目を向けてしまう。その目を見てから、秋生は満足そうに微笑んで、やっと絶頂の糸を引いてくれる。
 結局、潮があふれたから下着も替えなくてはならなかった。スカートにまで染みなかったのを何度も姿見で確認して、「大丈夫だよ」と私をいじった指を舐めながら秋生は笑う。
「でも、会いたい人に脚広げたら、この匂いに気づくかもね」
 そう言って、秋生は舐めていた指で私の頬をつついた。私は眉を寄せつつも、同時にほっとするような、依存的な安心感に包まれる。
 そうやって、秋生は私を守ってくれる。どんな男からも。秋生以外の男はすべて汚い。
 そう、ずうっと昔から、こうして私は実の弟とのいびつな絆に溺れている。
 化粧も済ませて、同窓会が行われる料亭に急いだ。広い座敷を見まわし、キネくんのすがたにはすぐ気がついた。あんまり変化がないような童顔だったからだ。
 こちらから話しかけていいのだろうか。キネくんが参加するなら私も行く。そう誘ったのは私だから、思い切って近づいていい? でも、秋生の悪戯っぽい笑みがちらついて、ちゃんと会話できるか怖くなって、変に気を遣ってしまった。
 昔の同級生との会話も上の空で、料理もあんまり食べないうちに、一次会は終わった。二次会で移動することになり、キネくんも参加する様子だったので、私もみんなと歩いてカラオケボックスに入った。しかしここに来て、二手に別れた部屋でキネくんと別々になった。
 話すの無理かも、と弱気に思いはじめたとき、キネくんからメールが来た。もう帰る、という内容のメールだった。じゃあ私も帰る、一緒に駅まで、と慌ててメールを返した。キネくんはわりとあっさり『了解。』という返事をくれて、私は「歌っていきなよー」という声を「ごめん」とかろうじてかわして部屋を出た。
 フロントにいたキネくんを見つけると、私はまたもや距離感に迷ってしまったものの、とりあえず声をかけた。そして「久しぶり」と言ってくれたキネくんの笑顔には、やっぱり妙な変化はなく、私はずいぶんほっとした。
 駅まで歩くあいだに、話しこむことはできない。せめて次に会う約束を、と思いつつも切り出せない自分に焦っていると、キネくんはこのあと、帰宅するのではなく職場にごはんを食べにいくことを話してくれた。
 そこにはキネくんの友達がいるそうで、肝心な話はできないかもしれなくても、何かつなげられるものがあるかもしれない。そう思った私は、やや強引にそれに乗じて、キネくんと一緒に電車に乗ってそのお店に向かうことになった。
 お店にいたキネくんの友達、女の子と男の人のことを、私はほとんど知らなかったけど、ふたりは私のことをよく知っていた。キネくんから「一週間で振られた相手」として話を聞いていたらしい。
 キネくんを「きーちゃん」と呼ぶ女の子は澄音ちゃんという幼なじみで、「希音くん」と呼ぶ男の人は鎬樹さんというネットで知り合った友人なのだそうだ。
「キネくんの小説の読者さんなんですよね?」と隣に座らせてもらった鎬樹さんに確認してみると、鎬樹さんはうなずいてから「冬乃さんも読むんですか?」とまばたきをした。
「高校時代、よく読ませてもらってました」
「きーちゃんの小説読まれてるね、けっこう」
「お前から『読ませて』と言われたことはないけどな」
「本になったら読む派」
 キネくんは隣の澄音ちゃんに露骨に舌打ちして、「高校時代の小説はあんまり公開してないけどな」と正面の私にメニューをさしだす。
「何というか、十代のときの作品は、今読むといろいろダメだな」
「私は好きだったわよ」
「だから、冬乃は最近のを逆に受けつけないかもなー、とか思う」
「俺は『昔の奴』って断ってる作品も好きだよ」
「昔の奴、ぶっちゃけ重くないかな」
「………、まあ、今は読みやすくはなったかもしれない」
「それを軽くなったとは思われたくないこの感じ分かるか、冬乃」
「よく分からないけど、URLもらったら覚悟して読むわ」
「きーちゃんが言いたいのは、あとでケチつけんな、ってことですよ。たぶん」
 私はちょっと咲って、「それはないと思うから」とキネくんを見つめた。キネくんはばつが悪そうにしたものの、「ちゃんとURL送る」と約束してくれた。
 それから、キネくんと澄音ちゃんと鎬樹さんは、疎外感を与えることもなく私を食事の輪に入れてくれた。キネくんをこの〈まろん〉というお店に採用したオーナーの栗香さんも、「希音くんの好みはレベル高いね」と笑って料理を置いていった。
 その料理もおいしかったし、ひと足先の帰り際には「じゃあまた」という挨拶もされたし、「また来てもいいのかしら」と店先まで送ってくれたキネくんに訊いてみると、キネくんは「いつでも来ていいよ」とさらりと言った。それなら、今日は上出来だ。そう思って、その日はそのまま家に帰ることにした。
 翌朝、蝉の声の中で目を覚まし、充電器からケータイを取り上げて、“9:06”の上にメール通知が来ているのに気づいた。キネくんからだ。『ヒマつぶしにどーぞ。』というタイトルで、小説を載せているサイトがケータイからもPCからも見れることと、URLが載っていた。私はベッドに仰向けになり、温度だけ上げてつけっぱなしのクーラーで軆を冷ましながら、URLをクリックした。

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