僕らの恋はうまくいかない-15

好きなのに【2】

『小説置場』といういい加減なサイト名で、一番上にブログがあり、あとはタイトルらしいリンクが続き、一番下にメールリンクとレンタルサーバーの広告があった。タイトルをひとつひとつ確認して、その中のひとつに入ってみる。そしてそれを試し読みするつもりが、そのままその作品を最後まで読みふけってしまった。
 男女のふたごが主役の学園ミステリーで、ジャンル以上にテンポが昔にはなかった感じで、犯人が気になるというよりリズムで最後まで読んだ。あとがきに『トリック考えるのが無理だから、もうミステリー書かない。』とあって笑ってしまった。確かに、トリックはそんなに驚くような鮮やかなものではなかったかもしれない。
 けれど、キャラが生き生きしてるのは昔と変わらなかった。登場人物の感情が流れこんできて、すごく、「分かる」と感じる。
 そう、この感じがあるから、私はキネくんのことなら受け入れられるのかもしれないと思ったのだ。それまでは、どんな男から想いを打ち明けられても気持ち悪いだけだったのに、こんなに共感させてくれるキネくんならと思った。
 だけどやっぱり、彼の顔が近づいた瞬間、顔を背けて言ってしまった。
「私、キネくんを好きになれないから、彼氏とも思えない」
 好きになれない。好きになれなかった。月並みだけど、友人としてはもちろん好きだった。でも、恋愛として、恋人として、見ることができなかった。
 彼氏なんて気持ち悪かった。キスをしたら、抱きしめられて、触れられて、奥を探られて──さすがに中ではなくても、肌にすべて吐き出される。
 そんな関係は許せない。許せるのは秋生だけだから、それ以外の男は、みんな私の軆にも心にも立ち入れない。
 けれど、秋生は私とは違う。今、秋生は二十歳で、中学生のときくらいから女の子の部屋に泊まったり、女の子を部屋に泊めたり、私じゃない女のことも抱いている。
 私は秋生に依存している。秋生は、どちらかといえばセックスに依存している。姉である私のことも、女たらしのひとりに過ぎないのだろう。昔は違ったかもしれなくても、私とそうしているうちに快感のほうが強くなって、別に私ではなくてもよくなった。
 私もそう感じて、ほかの男に開き直ればいいのかもしれない。だけど、幼かった秋生が泣いている私に言ったから。
「ねえちゃんのことは俺が守る。俺があんな奴のこと消してあげる」
 小学生だった秋生は、中学生の私と一緒にお風呂に入って、この軆にたくさん触れてくれた。そのうち、「何か変な感じ」と言ってむずがゆそうに身をよじった。私は秋生のそれに触った。
「あきくんは、あんなのしたことあるの?」
「ないよ。自分で触るとか汚いよ」
「私があきくんに触るのはいい?」
「嫌じゃないの?」
「あきくんなら嫌じゃない」
 秋生は私を抱き寄せて、「触って」とまだ声変わりもしない声でささやいた。私はゆっくり秋生をこすった。秋生はうめき声をもらし、「何か、」と熱っぽい声で言った。
「触られてると、変なの出そう」
「出していいよ」
「何出るの、これ。絶対おしっこじゃないよ」
「いいよ、あきくんの出してほしい」
 それが、秋生の精通だった。
 やっとお風呂を上がっても、一緒にベッドに入って暗闇で軆を探りあった。衣擦れが小さく響いて、息遣いが絡み合う。秋に入った涼しい夜だったのに、毛布の中はひどくほてっていた。
「俺、さっき気持ちよかったけど、ねえちゃんのことはしてあげられないの?」
「女は女であるよ」
「じゃあ、してあげるから教えて」
「でも」
「お返ししたい」
 私は躊躇ったものの、暗闇から見つめてくる秋生の細い手をつかんだ。指に指を重ね、パジャマにしているスウェットの中に誘いこみ、知識だけのその核に導く。秋生の指を抑えて、その感触がじゅっと核に沁みこんだ途端、私は声をもらしてしまった。
 まだよく分かっていない秋生に、唇を噛んで私は自分の場所を教えた。やがて核が腫れてくると、秋生は触れ方を飲みこんできて丁寧に私を刺激した。私は秋生の軆にしがみついて、目を閉じて、くらくらする意識が蕩けて、爪先まで白い光が満ちていくのを感じた。
「あき、み……っ」
 弟の耳元で、弟の名前を口走って、弟の指で、私は初めて絶頂を覚えた。秋生も私を抱きしめて、「絶対、俺だけしかダメだよ」と言った。
「俺がねえちゃんをいつもこうしてあげるから。ほかの男なんかいらないように、俺がしてあげる。だから、ねえちゃんは俺以外の男としなくていいんだよ」
 それから、関係はどんどん深みに堕ちていった。私の処女も、秋生の童貞も、ぐちゃぐちゃに飲みこんで、私と秋生はつながりをきつく結びつけていった。
 その関係が、この夏が終われば、もう十年になる。
 キネくんの小説を読み終わったままぼんやりしていると、不意にノックが聞こえた。生返事を返すと、ドアを開けたのはカップアイスを食べている秋生だった。私は手の中にあったケータイをベッドスタンドに置いて、「何?」と起き上がる。
「こんな寝坊して、明日から平気? 仕事始まるんだよね」
「何時」
「十一時」
「……起きてたわ、九時くらいからだけど」
「朝飯はもう片づけられちゃったよ」
「お昼ごはんと一緒でいいわ」
「っそ。ねえ、昨日やってきたの?」
「え」
「男と。帰り、遅かったよね」
「ごはんは一緒に食べた」
「つきあうの?」
「そこまで考えてないわ」
 秋生はベッドサイドに腰かけて、甘い香りのバニラアイスをすくうと銀のスプーンを口に含んだ。
「ねえちゃんは男作んないよなー」
「興味ないから」
「俺もひとりの女に決めないけどね」
「似てるのかしら」
「何か似てるよね」
 私は腕を持ち上げ、秋生の肩にかかる髪に指先に通した。私は今でも黒髪だけれど、秋生は軽く色を抜かれた茶色だ。
 手触りが黒髪だった頃よりちょっと悪い。それを言うと、秋生は笑って、「これでも手入れはしてるよ」とまたアイスを食べた。
「もしさ」
「うん」
「ねえちゃんが好きになった奴なら、いいと思うよ」
「え」
「って言えって、理恵香りえかに言われた」
 上目遣いをした秋生に思わず息を吐いて、「理恵香ちゃん、元気?」と私は首をかしげる。
「あいつはいつも元気だよ」
「私はずいぶん顔合わせてないわ」
「昔はよく理恵香と俺の面倒見てくれたよね」
「弟より妹が欲しかったから、理恵香ちゃんかわいかったのよ」
「俺のほうがおまけかよ」
 ふくれた秋生に私は笑って、秋生と同い年で幼なじみであるご近所の女の子を想った。秋生が女の子を漁るようになって、「最っ低」と秋生から距離を置いた時期もあったようだけど、現在同じ大学に通っているので、たまにふたりは話すこともあるらしい。
「それでも俺は、やっぱねえちゃんに男とかやだな」
「作らないわよ」
「高校から忘れられなかった奴がいたわけだろ」
「彼とは何もないわ」
「ほんと?」
「ほんと」
 秋生は身を乗り出して、じっと私の瞳を見つめてきて、ふうっと息をつく。
「そいつとまた会うの?」
「会うことはあると思うわ」
 舌打ちをした秋生は、機嫌を損ねた顔で立ち上がった。私がその表情を見ていると、秋生はアイスの最後のひと口を頬張り、急に口づけてきてその甘い味を移し入れてきた。素直に受け入れて、こくん、と蕩ける冷たさを飲みこむと、秋生は顔を離す。
「もうちょっとエアコンの温度下げないと、熱中症になるよ」
「下げておく」
「ん。じゃあ、昼飯は一緒に食べようね。とうさんもかあさんもいるからさ、ねえちゃんいないときつい」
「ごめんね。ちゃんと降りるわ」
「よろしく」
 そう言った秋生は、スプーンをくわえて部屋を出ていった。私は肩をすくめ、体重をベッドに預けて力を抜く。
 秋生は、もう私のことを特別だとは思っていない。守るなんて約束を憶えて抱いているのではない。よく分かっている。
 でも、執着はしている。当たり前だと思っている。私が自分のもので、帰るところに私がいて、だから安心してふらついて、数えきれない女たちのあいだを泳ぐ。
 そんな危うい秋生が、私は愛おしくてどうしても裏切れない。
 お盆が明けて仕事が始まり、すぐ九月になった。私は和菓子メーカーの会社で事務職をやっている。営業に配属された子は、洋菓子ほど売れないし上司は堅いしで、廊下で泣いているときもあるけっこう苦しい会社だ。
 配属が事務でよかったと思う。残業代が無駄という風潮でたいていは定時で上がれるし、仕事もやればやるほど結果が出るというより、一日の配分を考えてマイペースにやれる。仕事が上がれば飲みにいくというつきあいも希薄で、退社したらあとは好きな時間に当てられる。
 九月も半ばにさしかかり、五時には空も薄暗くなってきた。人が足早に行き交うオフィス街のアスファルトの照り返しで、空気は蒸している。
 そういえば、何だかんだでキネくんのお店に顔を出していない。メールはやりとりしていても、「来ないの?」なんていちいちうながされない。だけど、いつでも来ていいと言ってくれていた。
 秋生は大学が始まって、外泊する日が増えている。私も少し自由に動いていいわよね、と決めると、私はあの同窓会の日にキネくんに案内された道を思い返して、ざわめく人混みをよけながら〈まろん〉にたどりついた。
「いらっしゃいませ──あ、冬乃じゃん」
 ドアを開けて店内を覗くと、そんなキネくんの声がした。「こんばんは」と挨拶したけど、キネくんは笑顔をくれただけで、それ以上応える前にお客さんに呼ばれてそちらに駆け寄っていった。ちゃんと働いてる、と笑いを噛んでしまう。キネくんは、春まで見事なニートだったらしいのだ。
「冬乃さん」と女の子の声がして店内を見まわすと、澄音ちゃんのすがたがあるのに気づいて、私はそのテーブルに歩み寄った。
「こんばんは」
「こんばんは。仕事帰りですか」
「そう。キネくんもいそがしそうね。鎬樹さんは?」
「営業成績ナンバーワン維持のため夜の街」
「すごい。何系のお仕事かしら」
「服ですよ。ブランド名、何だっかな」
「へえ。澄音ちゃんはお仕事は?」
「適当に派遣で小遣い稼いでる程度です」
 そう言って笑った澄音ちゃんは、私を見上げて、「とりあえず座ってください」と言った。私はおとなしく澄音ちゃんの正面に腰を下ろし、荷物は隣の席に置かせてもらう。

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