ずっと、いつも、【3】
「だから、一緒に相談聞いてもらって知っておいてもらおうと」
「まあ、一番のショートカットだね」
「え、何。花──えっ、コウと? つきあうのか?」
「さすがに、これ以上ほっとくのは不憫になってきた」
「不憫でつきあうのかよ」
「好きかと言われたらよく分かんないけど、感謝とか信頼とかはすごくある。別に『好き』だけがつきあう条件じゃないでしょ」
「その人とつきあったら幸せかどうかだよね、突きつめると」
「女ってそうなのか? え、好きかどうかだろ……」
困惑して単細胞につぶやく俺に、「好きな人が好きになってくれるの待ってたら、おばあちゃんだよ」と花はドリンクバーは頼まなかったのか水を飲む。
「いや、花は相手が兄貴だったせいだろ」
「うるさいなあ、にいさんは恋愛対象ではなかったし。ただ、まあにいさんがすごい大きくて、恋愛に興味は湧かなかったけど」
「コウはそのへんも分かってくれてるんだもんね。あたしはいいと思うよ」
「うん……。でも、いまさらうざいってないかなとか、ひとりで考えてるとなっちゃってさ。いいのかな」
「コウは泣いて喜ぶとあたしは思う」
「色はどう思う?」
「えと……花が、コウに告る」
「そうしたいなと思う」
「花とコウがつきあう」
「うん」
「そりゃあ……これ以上、コウに片想いさせとくよりいいんじゃないか」
俺の言葉に「そっかあ」と花はうなずき、フォークを持ち直してミルクレープをひと口食べる。
「でも、花がコウのこと好きだったら、コウはもっと喜ぶと思うぞ」
「嫌いではないよ」
「でも、恋愛的に好きってのはないみたいなことを今」
「これから好きになる、じゃ男はやっぱ嫌? すでに好きじゃないと嬉しくない?」
俺は首をかしげて、一度梨実を見た。梨実は目配せには応えたけど、ここは男の俺に言わせたいのか、何も言わない。俺は唸ってから、「好きな女とつきあえるのは単純に嬉しいけど」と口を開く。
「やっぱ好きになれなかったって言われる可能性は、好きだったら怖いよ」
「……そっか。何かね、このままうやむやで、そのうちコウがほかの女とつきあったらどうしようってあるんだよね」
「独占欲?」
「たぶん。そんな気持ちがあるなら、告っちゃったほうがいいのかなあって」
「それもう、コウが好きじゃん」
「そうなの?」
「俺に彼女できたら、独占欲とかあるのか?」
「まったくない」
「じゃあ、もう花にはコウが特別なんだろ」
花はフォークを噛んで変な顔をした。梨実がそれに咲って、「そんなに不安に思わなくて大丈夫だよ」とめずらしく優しい顔つきで言った。
「コウが花のこと好きなのは、花の自信過剰でも何でもないから。あたしも色もよく知ってる」
「そう、……かな」
「コウに伝えていいと思うよ。『好き』がまだ分からないのも、正直に言っていいと思う。コウならそれくらい受け止める」
「好きになるまで予約みたいで悪くない?」
「頼りにして信じてるし、そばにいてくれてありがとうって思うんでしょ。『好き』ってひと言より、そっちのほうが持つのむずかしい感情だよ。きっと分かってもらえる」
花は梨実を見つめて、小さくうなずくと、「伝えてみる」と言った。梨実は微笑んで、手を伸ばして花の頭を撫でる。「コウもやっと報われるなあ」と俺がしんみりとつぶやくと、「相談のお礼におごるから何か頼んでいいよ」と花がメニューを取って俺たちに渡してくる。バイト上がりで空腹の俺と梨実は、遠慮するより素直に甘えさせてもらって、メニューをめくった。
いつ伝えるか、どうやって伝えるか、そのあたりに花がまだ悩んでいるようだったので、俺は花に夕食をおごってもらってから帰宅すると、紅葉に『また懲りずに花をデートに誘ってみろよ。』とメッセを送っておいた。『どうせ断られるけどなw』と紅葉は軽めに返してきたけど、数日後、『花がデートOKした!』というひと言と驚愕のスタンプが来て、いよいよかあ──と思っているうちに、ついに紅葉と花はつきあいはじめた。
ふたりがつきあいはじめた報告をくれた数日後の夜、俺たちはやはり例のファミレスに集まって、紅葉と花を祝った。もちろん、今度は俺と梨実がおごる。それでも、「あたしと色がいていいの?」と梨実が気にすると、「四人のほうが落ち着くしね」と花は咲って、「色たちいないほうが変な感じ」と紅葉もうなずいた。
それでも、このあとふたりで飲みに行くらしい。それは今までにもよくあったが、飲んだあとがあるのかなあと下世話なことを思うと、ふたりがつきあいはじめた実感が湧いた。
「ああ言ってたわりに、花もけっこうコウとつきあえて嬉しそうだったね」
翌日、また昼からのシフトが重なって、休憩時間に梨実はそう言ってペットボトルの紅茶を飲んだ。俺は隣に腰を下ろし、「だな」と誰かが持ってきたアーモンドクッキーを一枚食べる。
それから梨実を見て、そういえば梨実の恋愛ってよく知らないなあと思う。彼氏がいた時期を見かけたことがない気がする。
「梨実はさ」
「ん」
「いいの、彼氏とか。作らないのか」
「んー、まあしょうがないよねえ」
「しょうがない」
「あたしはまだ待つかな。色は?」
「俺も恋愛よく分かんない」
「前に彼女はいたでしょ」
「彼女という名のセフレ」
「最っ低……」と梨実はペットボトルの蓋を閉めて、冷蔵庫に戻す。
「そういや、こないだ音が卒業したら家出たいとか言っててさ。ユメと暮らすのかなあと思うと、あいつの人生設計が俺よりしっかりしていることにいらっとした」
「同棲すんの」
「かもしれない。さすがに同棲始めたら報告されるかな」
「いまだに完全否定なの?」
「否定されたことはない。訊いたことがないから。でも、あれはつきあってるだろ?」
「知らないよ、見たことないし」
「つきあってなかったほうがびっくりするな。てか、百乃ちゃんは『ほかに大事な奴がいる』って振られたわけだろ」
「らしいね」
「それからユメと急接近してるから、まあユメだろ」
「百乃はあれから彼氏も作らずだなあ」
「百乃ちゃん、ずいぶん会ってねえな。元気?」
「そこそこ。そういや、うちの親が改めてカテキョしてくれたお礼言いたいって言ってたよ」
「え、俺は文科系で学部が同じだったから教えられただけだよ。バイト料ももらってたし」
「百乃も色に会いたいって言ってたし」
「友達の妹で、弟の元カノには手出しできませんなあ」
「しなくていいよ。うちに来れそうな日、あったら教えて。今同じとこでバイトしてるって知って、余計に連れてこいっておかあさんたちうるさいから」
「オフの日ならいつでもいいよ」
梨実は壁にかかったシフト表を見て、「休みはあんまりかぶらないよね」と言いつつ日づけを指でたどる。
「十一月のシフトってもう出した?」
「まだ。締め切り二十日だろ」
「じゃあ、十一月のシフトで休み合わせて希望出そう。あ、もう休憩終わるな。上がってから」
「おう」
そんなわけでその日の仕事の後半をこなすと、二十時に梨実と一緒に上がって十一月のシフトを一緒に考えた。希望がすべて通るわけではないので、オフ希望の日は三つくらい重ねておく。「一度休み合わせてほしいって言えばいいのかもしれないけどね」と言った梨実と、シフト希望の用紙を提出の引き出しに入れておく。
「でも、それだと変に勘違いされるし」
「どっちみち、シフト組むマスターは俺と梨実がつきあってると思ってるぞ」
「知ってるから誤解は増やしたくない」
俺は肩をすくめて、「何か飯食ってこうぜ」とリュックを取り上げる。梨実はシャーペンをバッグにしまって、冷蔵庫の紅茶を回収してから「何食べる?」と隣に並ぶ。
「ラーメンは?」
「高架にあるとこ?」
「そう。あそこの白湯うめえ」
「じゃあ、ラーメン食べよ」
そんなことを話しながら、俺と梨実は一緒に店を出て毎日冷えこんでいく夜の街を歩いていく。
変に勘違い。誤解は増やしたくない。梨実はやはり、俺とできていると思われると“迷惑”なのか。別に梨実の気持ちがどうというわけではないけど、何だか男としてきっちり否定されているようでつまらない気がした。
【第二十章へ】
