バニラエッセンス-6

絶対許さない

 次に目が覚めたのは、すずめの鳴き声に鼓膜をくすぐられたせいだった。
 朝、と思ってゆっくりまぶたを押し上げる。しばらくぼうっとしたあと、昨日のことを思い出して、ここが紗月くんたちの家なのも思い出した。
「紗月くん」と舌足らずにつぶやいたけど、返事はない。たぶん、このベッドが紗月くんと弓弦のベッドだし、あたしがリビングのカウチに追いやってしまったのだろうか。
 謝らなきゃ、とベッドを這い出て、寝室も出た。
「ん、起きたか」
 あたしは、一瞬にして表情を凍らせた。カウチに紗月くんと並んで座っていて、そう声をかけてきたのは弓弦だった。あたしの様子に弓弦は苦笑し、「紗月が行ってやれ」と紗月くんの肩をたたく。
 紗月くんはカウチを立ち上がると駆け寄ってきて、あたしの目線にしゃがむ。その瞳の色は、やはり穏やかだ。
「眠れた?」
「……うん」
「そっか。お腹は空いてる?」
「ん……あんまり」
「そっか。夜中に食べちゃったもんね」
 あたしの頭をぽんぽんとしたあと、紗月くんはやや躊躇って、「弓弦がね」とひかえめな口調で切り出す。
「結音に、話があるって」
「……あたしはない」
「ん、まあ……聞くだけ、してあげて」
 紗月くんの肩越しに弓弦を見た。煙草の匂いがすると思ったら、弓弦が吸い始めている。弓弦はあたしをちらりとしたあと、カウチを立ち上がって近づいてきた。
「あいつを殺した報酬が、前金含めて、全額入った」
 あたしはかたくなな瞳で弓弦を見上げる。
「はらったのはお前のママだ」
 紗月くんがあたしの手を握って、あたしはそれを握り返すことで冷静を保とうとする。
「もうお前に、あんな狂った家族はいない。今日から、俺と紗月がお前の家族だ」
 弓弦を睨んだ。あたしの視線に弓弦は息をつき、それ以上は何も言わなかった。「ベッド空いたし、寝るよ」と腰をかがめて紗月くんの髪に口づけ、あたしの頭をぽんとすると、寝室に消える。
 紗月くんは心配そうにあたしを抱き寄せた。その耳元に、あたしはぽろぽろと声をこぼす。
「……家族、じゃないよ」
「………、」
「あたしの家族は、パパとママだもん」
「結音……」
「パパを殺しておいて、何が家族だよ」
 紗月くんは何も言わずにあたしの背中を撫でた。あたしはぎゅっと紗月くんに抱きついて、唇を噛む。
 家族、なんて。ふざけるな。あたしは許さない。弓弦を絶対許さない。あんな奴と、家族になんてなりたくない。
「パパにしたこと……死ぬまで忘れない」
 紗月くんは、何も言わなかった。そうだ。弓弦はパパを殺した。許さない。忘れない。あんな奴──。
 あたしはいっそう紗月くんにしがみつくと、まるであの部屋で萎縮していたときのように、唇を噛んだ。

第七章へ

error: