遭遇したその現場
深夏と初めて寝たときのことは、何だか、よく憶えている。初夏から夏へ、薄くなっていく服の上からでも分かっていたけど、深夏の軆が本当に女の子みたいに華奢でびっくりした。
一応脂肪でカバーはしてあるけれど、それでも細くて、私が脱ぎづらくなってくるほどだった。けれどやっぱり深夏は男の子だからか、上半身くらい裸になっても動じていなくて、なぜか勝手に赤面する事態になっている私を不思議そうに覗きこんできた。
「何? 何か恥ずかしい?」
「……深夏がまぶしくてですね」
「えっ。えー、そうかなー」
「てか、ほんとに……いいのかな」
「何が?」
「私、マジで普通に女……っていうか、何だろ、女だよ?」
「よく分かんない」
「私も言っててよく分かんない。いや、何というか、男じゃないよ? できないこともあるよ?」
深夏はきょとんとしてから、すぐに噴き出して「大丈夫だよー」と私の頭をぽんぽんとした。
「はとちゃんができることでいいよ」
「……ほんと?」
「うん。はとちゃんには女の子だからできることもあるし」
「あるの……かな」
「あるよ。心配しなくても、女の子でいい」
そう言って深夏は私にキスをすると、ベッドに倒して服の上から優しく軆に触れてきた。私もそっと深夏のなめらかな肌に触れて、壊さないようにするみたいに撫でた。「くすぐったい」と深夏は笑ってから、私の首筋に甘く咬みつき、口づけを残していく。そうしながら、私の服の中にさしこんだ手を素肌に這わせ、その感触に私が慣れてからやっと服を脱がせてきた。
「何か、深夏のがぜんぜん女の子みたいかも」
ブラのホックまで外される前に、思わずそう言うと「そんなことないよ」と少し汗ばむ深夏は微笑んで、私を抱き寄せた。
「はとちゃん柔らかくて、すごい女の子」
「……贅肉だもん」
「いいの、女の子はこのくらい肉があって」
そう言った深夏は私の肩を齧ってみせてから、そのままブラのストラップを指先でおろして、緩んだホックを外した。深夏の体温がうつって、私もどきどきしてくるくらい軆がほてりはじめていた。深夏は私の胸を揉みながら乳首に舌を絡みつけて、私が声をもらすと「かわいい」とささやいて、ぴったり重ねていた肌に隙間を作って私を見下ろしてくる。
「はとちゃん」
「うん?」
「どうしよう、すごくどきどきする」
「……私も」
「僕の、触れる?」
「えっ」
「えっと、……触ってほしい」
照れるように言った深夏に、私は軽く笑ってしまって、それから左腕を深夏の首にまわした。近づいた顔に舌を交わすキスをしながら、私は右手をゆっくり伸ばして、深夏の肌をたどり、デニムのスカートの上からそのかたちに触れた。
深夏の息がちょっと震えて、私はスカートの中に手に入れるのは大丈夫なのかとか考えつつ、そのまま深夏をこすってあげる。その硬さが伝わってくるほど、私は自分の核から体内が張りつめて疼き、入口がとろりと湿ってひくつくのが分かった。
どうしよう。欲しい。深夏が欲しい。私をつらぬいて満たしてほしい。
「深夏、」
「ん、何」
「ゴムってあったっけ」
「持ってるよ。んー、と」
深夏はベッドスタンドに手を伸ばし、がさがさ探したあとにコンドームを見つけ出した。
「もう挿れていい?」
「ん。少し、口でしようか?」
「平気。でも、嫌いじゃないから今度やって」
「はは、分かった」
「今されたら、口とか顔に出しちゃいそうだから」
深夏はするっとスカートを脱ぎ、ボクサーショーツの下着も脱いだ。深夏にそれがついているのが何だか不思議で、やっぱ男なんだな、とかようやく思ったりして、何だか状況がとても淫靡に感じられた。しかもけっこう大きいな、とも思っていると、コンドームをつけて深夏が私におおいかぶさってきた。
深夏は私のマキシスカートをたくし上げていって、下着の上から「濡れてるね」と触れて、私はびくっと引き攣るほど感じてしまった。恥ずかしい、と思わず目を伏せると深夏はくすりとしてから、「すぐ入っちゃいそう」と言いつつ、下着をずらしてまず指を入れてくる。
熟したみたいに蕩けた体内は、入ってきた異物にすぐ反応してきゅうっと締めつけてしまう。水場で遊んでいるみたいに水音が部屋に響いて、私の呼吸が少し荒くなる。深夏は私の表情をずっと見守っていて、私は濡れた瞳でゆっくりそれを見つめ返した。
「はとちゃん」
「うん……?」
「大好き」
私が大きく目を開いて、同時に深夏は私と軆を重ねてきた。入口に触れ、そのまま進み、奥まで飲みこむ。そして、それに私の中が吸いついた状態で深夏が動きはじめて、揺すぶられて、こすられて、私の口元から上擦った喘ぎ声がこぼれた。
深夏の軆にしがみついて、互いの流れる汗をこころよく感じながら、動く肩甲骨に触れていた。深夏は私を深く突いて、その腰の動きはどんどん早くなって、じんじん響く核への刺激で私も頭の中が光につぶれそうになる。お互いの名前をかろうじて呼んで、つながったところをもっと強くつないで、やがて私たちは絶頂に達した。
終わって、しばらくは息切れを整えていて、それでも抱き合っていた。ふと深夏が私を覗きこみ、「しちゃったね」と悪戯っぽく咲った。私はこくんとして、「気持ちよかった?」と訊いてみる。深夏は咲ってうなずき、「はとちゃんは?」と訊いてくる。
「私も、よかった」
「そっか」
「何か、変な感じ」
「そお?」
「男としたときとも、女としたときとも、違う感じ」
「はは」
「でも、どっちかというと攻められた感じ」
「そりゃ、はとちゃんは女の子だもん」
深夏はにこにこして、抱き寄せた私の髪をゆったりと梳いた。私も深夏の髪を指に絡ませる。
「これからも仲良くしてね」と深夏が言って、「うん」と私は深夏の胸に耳を当てた。鼓動が透き通った雫が落ちるように、やさしく柔らかく鳴っている。
「深夏のこと、大好き」とさっき言いそびれたから今言うと、深夏は私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「──はー、やばい……深夏がかわいくてつらい。あの子と別れるとか想像つかない。ここまで不満がない恋が怖い」
そんなことをよくのろけて、あきれかえって皮肉もなくなった鵺には、「幸せそうで何より」と言われたりしていた。
寒さが一番手先や足元を凍てつかせ、PC作業がつらくなる二月が過ぎ、三月になった。まだまだ冷える日もあるけれど、陽気のある日も出て、着こむ服も一枚減った。
その日は深夏はオフだと聞いていたから、私は仕事を定時で切り上げると、ごはんでも作りにいって一緒に食べよ、と合鍵ににやにやしてから深夏の部屋に向かっていた。
少しずつ日が長くなって、深夏の部屋があるアパートも建つ住宅地を歩く頃になっても、まだ真っ暗ではなかった。でも風は冷たく、空気もこの時間ではひんやりとしている。
どこかの夕飯の匂いがして、食材買っていったほうがいいかな、とも思ったけど、たぶん冷蔵庫にあるもので作れる。なかったら、それから買いにいけばいい。深夏と一緒に買い物をするのは好きで、それはスーパーだったりしても同じだ。
深夏は二階建てアパート二階の203号室に住んでいる。静かな階段では足音が響くから、何となく足音を殺して深夏の部屋の前に着くと、例のキーホルダーがつながる合鍵を取り出し、いざ、とさしこんでまわした。
このとき、いくら合鍵があるといっても、チャイムを鳴らしておけばよかったのかもしれない。いや、返事がなくても、上がって待っておこうとやっぱりドアを開けていただろうか。ドアを開けるまでにごまかされていた、とは思えない。そうされて、知らないままだったら幸せだっただろうけど。
鍵を抜いてドアを開けると、奥で何か物音がしていた。明かりももれている。深夏いる、と思って、靴を脱ぐと部屋に上がった。ワンルームまでの短い廊下を抜け、室内へのドアをがちゃっと開いた──ときだった。
「あっ──あ、……だめ、えっ」
突然聞こえたのがそんな喘ぎ声だったから、ぽかんとしてしまった。とっさにテレビのほうを見たけど、もちろんAVなんてついていない。いや、というか、この声って──
「あんた、何だよ?」
そんな知らない低い声がして、私はその声がしたベッドを見た。そして目を開いた。そこには剥き出しの広い男の背中があって、さらにその向こうで喘いで表情を蕩かせているのは、深夏だった。まくらのそばにボトルが転がっていて、それはたぶんそのふたりをつなぐ助けをしているローションで。
……え? 何? これ、何?
深夏。深夏、だよね。
この男は? 知らない。ぜんぜん知らない。知らない男が、深夏を──
「な……に、どういう、こと? ちょっと待ってよ、深夏、何してんの!?」
「みな、何かうるさい女が入ってきた」
「ん……いいから、もっと、突いてえ……」
よくねえよ。何? どうして深夏が男に抱かれてるの? 何で私以外の奴とセックスしてるの? 何をそんなとろとろになってるの?
「とりあえず、出ていってもらえる?」
私はそう言った男を見て、「あんた、深夏の何?」とその場にくずおれてしまいそうなのをこらえて問う。
「何でもいいだろうが。お前、今、邪魔なわけ。出ていけよ」
「私、深夏の彼女だもん! 邪魔なのはあんたでしょっ?」
「今のみなは彼氏の時間だから、彼女は邪魔なんだよ」
「はあ? わけ分かんないしっ。ねえ深夏、この男ってどういう──」
男が腰を動かすと、深夏は細い軆をわななかせて感じて見せる。引き攣った息遣いに、男は深夏に口づけて深夏を攻めはじめる。それに合わせて深夏が声をもらし、私は何だか頭がくらくらしてきた。
分かんない。分かんない。分かんない! 深夏が男に抱かれているなんて、そんなのわけ分かんない!
男の言う通りにするのは癪だったけど、卑猥に乱れる深夏を見ているのがかなりきつくて、私はふらふらと廊下に出てドアを閉めた。
明かりが遮断され、その途端、脚の力が抜けてがくんと座りこんでしまい、ドアにもたれかかった。玄関まで出ないと、声や音は聞こえてきてしまう。だから出ていきたかったけど、後頭部をコンクリで殴られた並みのショックでもう動けない。
冷たいフローリングの廊下にうずくまって、何なの、これって何なの、と混乱に溺れた。心は痛むより麻痺して、涙さえ出てこない。
深夏が男に抱かれていた。深夏が男とできるのは知っていたけど。それは恋人相手、あるいは恋人がいないときの行きずり相手でしょう? 今、深夏には、私がいるじゃない。
確かに私は女で、男のように深夏を抱いてあげることはできないかもしれない。けれども、私ができることでいいって深夏は言ったし。なのに、男に抱かれるのはおかしいでしょ。私じゃない人間と、愛しあうのはいけないでしょ。
それは、浮気……でしょ。
浮気。浮気なの? もしかして、私のほうが浮気相手? 分からない。いや、でも、指輪はもらった。合鍵だって。深夏の本気は私だよね? それでも、だからって浮気も許せないけど。
深夏。どうして。こんなひどいことってないでしょ。相手が男だろうと、女だろうと。私は深夏だけなのに。深夏は、私以外の奴とそんなことするの?
いつから、だろう。分からない。まったく気づけなかった。もしかして初めから? 男とそういうことはするって、初めから深夏は勝手に割り切って、女はともかく男とはしてたの?
それで私が傷つくとは考えなかったの? 私は深夏だけなんだよ。深夏は男だし、女の子とするのは別、だなんて考えなかった。そんな考え、思いもよらなかった。
ひどい。ひどいよ、深夏。あんなに、私のこと優しく抱いてくれたのに。私では足りなかった? 男も欲しかったの?
じゃあ、初めからそう言ってよ。そうしたら、私だって深夏にこんなに本気になる前に、この人は男と適度に浮気してるんだなあって、割り切って──割り切ったら、とっとと別れていたかもしれないけど。
それでよかったよ。深夏がそんな人間なら、早く知って別れておけばよかった。でも、もう、今では深夏が好きすぎて別れるなんて……
もたれかかっていたドアが動いて、はっと顔を上げた。光がさしこむ。煙草の匂いがして、私を見下ろしてくる目に気づく。深夏じゃない。下半身にジーンズは身につけた、男のほうだった。
「終わった」とそっけなく言われて、だからどうしろと、と私が唇を噛むと、「入れば」と言って、男はドアに隙間を作ったまま部屋の中に戻っていった。私はうなだれて動きたくなかったものの、話し合わないとダメだ、と壁に手をついてのろのろと立ち上がった。
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