僕の中では-7

願う未来のかたち

 私は男らしさとか女らしさとかを恋愛に求めるのが嫌いだ。そして、考えてみれば、深夏は逆に男らしさや女らしさを強く求めるのかもしれない。
 だからきっと、私が男役をやっても、拓寿が女役をやっても、深夏にはそういうわけではないと思う。だからおもちゃは保留だわと鵺に電話で言っておくと、『俺も思考が偏ってたな』となぜか謝られた。
「考えてくれたの分かってるよ」と言ってから電話を切ると、私はベランダに出て、三階から見えるそばの公園の夜桜を眺めて、缶ビールを飲んだ。今頃深夏は拓寿と一緒か、と思うと私も誰かといたかったけど、誰も捕まらなかった。
 涼しくなった夜風が髪を揺らし、住宅地の物音をあちこちから届けてくる。夜桜が街燈で立体的に浮かび上がってすごく綺麗だ。ビールの苦味をすすり、軆が冷えてくるまでぼんやりしていた。深夏に出逢って以来、つらい夜なんてなかったはずなのに、今は深夏がそばにいないと、「今、私は放置されているほうなのだ」とひりひりと感じてつらい。あいつ──拓寿のほうは、私と深夏が一緒にいるあいだ、そういう焦燥感に駆られたりしないのだろうか。
 寒くなって室内に戻ると、ガラス戸を閉めてカーテンも引いた。ふわふわと空き缶をシンクに置いて、もう一本冷蔵庫からビールを引き抜くと、柿の種も持ってふとんに倒れこむ。
 スマホからSNSを指でなぞって、深夏とつきあいはじめてからあんまりつぶやいてないなあ、と思う。それは自分がリア充ツイを見るといらっとしていたタイプだからだけど。今、充実からつまずいていても、根が深すぎてこれはこれでつぶやけない。
 今はSNSは自分の報告というより、人の報告をチェックするために続けている。広いようで狭いのがSNSのつながりで、いつのまにかつきあいはじめているふたりとかいたりする。鵺に彼女ができたときも、本人の報告よりSNSが早かった。
 といっても、鵺はそんなに簡単に恋人を作らない。鵺は今二十六歳で、ふたりとしかつきあったことがないと言っていた。
 初めてつきあったのは、告白してきたフェムネコの子だったらしい。とりあえず男じゃないからつきあってみたものの、やっぱり女として求められることに違和感があって別れた。
 ふたりめの女の子には、事情もしっかり話し、理解されて、男としてつきあっていた。その人とずいぶん長かったみたいだ。詳しい事情は知らないけれど、「俺じゃ結婚してやれなかったんだよなあ」といつだか酔った鵺は言っていた。
 結婚か、とまくらに顔を伏せて息をつく。私は今年、二十七歳になる。ずっと結婚なんてぼんやりしていたけれど、深夏に出逢って初めて結婚というものが鮮明になってきていた。
 深夏は違うのだろうか。というか、男も女も、なんて考えるなら結婚はしないつもりかもしれない。こんなに相性のいい男の子はいない。そう思ってきたつもりなのに、もしかして綻びはじめている?
 私がいらないものを深夏は求め、私が見る夢を深夏は見ない。自信ばっかなくなってくる、と缶ビールを開けると、顔を仰がせてごくんと飲んで、それからピーナッツは混ざっていない柿の種を口に投げた。
『はとちゃん、まだ起きてるかな。
 今週の土曜日って会える?
 シフト交代してめずらしく週末がお休みになったんだ。
 空いてたら買い物でも行こうよ。』
 ビールと柿の種で電子書籍を読んでいたら、いつのまにかまくらに伏せって寝てしまっていた。スマホの着信音ではっとして、ポップアップが深夏のメッセだったので、漫画を閉じてアプリに移る。
 トークルームを開くと、そんな文章があって目をこすった。土曜日は私はもちろん休みだ。OK、と──いつもならメッセにはメッセを返すけど、話したいな、とか思ってしまう。
 でも、そばから拓寿の声がしたりしたら死にたい。眠くてぼうっとしたまま嫌なこと言っちゃうかもしれないし、と結局通話はあきらめて返事を打った。
『起きてるよー。
 土曜日了解、会えるよ。
 買い物ならいつもの東口でいい?』
 すぐ既読がついて、続いてメッセがぽんと表示される。
『やった!
 うん、いつものとこで会おう。
 時間も一緒にランチできる十二時くらいがいいね。
 楽しみにしてる~。』
 おなじみのキャラがわくわくしているスタンプが来て、ほんとかわいい、と咲ってしまう。それから、カレンダーを開いて土曜日の十二時に予定を入れておいた。
 オフが重なってゆっくり会えるのは久しぶりだ。無条件に嬉しくなれたらいいのに、私大丈夫かな、とか案じてしまう。突っかかりたくない。重くなりたくない。うざったくなりたくない。なのに、今夜を拓寿と過ごした深夏に、素直に咲えるか分からなくて、どこか不安になってしまった。
 土曜日はぽかぽかしたいいお天気で、私はワインのオフタートルに黒のレギンスで約束に向かった。待ち合わせの人たちの中、深夏はすでに到着していて、萌葱色のブラウスにオレンジとピンクの花柄の白いマキシスカートを合わせている。
 私を見つけると笑顔で手を振って、くそかわいいな、とか内心思ってから駆け寄る。
「ごめん、待たせて」
「んーん、平気」
「お昼食べるんだっけ」
「うん。近くなら安いのはハンバーグかイタリアンだね」
「じゃあ、ハンバーグ」
「よしっ。行こ」
 そう言って深夏は私を手を取り、私は深夏の手を握り返す。深夏の笑顔に咲い返しながらも、どうしても心の中が黒い。
 あの日、拓寿に会って楽しかった? 寝たの? それを私がどう感じるかは考えた?
 ぶつけたいぐちゃぐちゃしたものはあっても、言葉にならない。かたちにして投げつけたら、それは私はきっと深夏を「理解していない」ということになる。そういうわけじゃない、と言いたいところだけれど、やはり分からない。
 少しずつ、こぼれおちていくみたいに、深夏が分からなくなっていく。それが怖くて、私は深夏の手をぎゅっと握りしめた。深夏がきょとんと私を見て、「はとちゃん、」と言いかけたときだった。
「ねえ、ふたりでどこ行くのー?」
「おごるからランチ一緒しようよ」
 突然そんな声がかかってきた。目の前に来た男の子ふたりに阻まれ、私と深夏は立ち止まる。
「やっべ、ふたりともすげえかわいいね」
「もしかして読モとかやってる?」
 無粋に覗きこまれた深夏は、一瞬すくんだものの、むっとした様子で相手を睨む。もうひとりは私ににっこりしてきて、「おねえさんは綺麗系だね」と肩に手を伸ばしてきた。それを見た深夏はぱっと動いてその手をはらい、「彼女に触んな」と強い口調で言う。
「えー、別にやらしい意味で触ったんじゃないし、」
「うっさいな、人の彼女に馴れ馴れしくすんなって言ってんだよ」
 いつもの作った声じゃない。男の子ふたりも顔を合わせる。「深夏、」と私が深夏の腕に触れると、男の子たちが思い当たって硬直している隙に、「行こ」と深夏は私を引っ張って歩き出した。
 私はそれを追いかけ、振り返ろうとしたものの、やめて深夏に並んで腕にくっついた。深夏は私を見て、「はとちゃんに触っていい男は僕だけだもん」とすねたように言う。私は思わず噴き出してしまって、「男の子みたい」なんて言ってしまい、すると「男だよっ」と深夏はふくれっ面になった。
 深夏と一緒に街を歩くと、それは当然、ナンパなんていくらでもある。わりとそういうときは楽しい。深夏の「彼氏」の顔を見ることができる。それは私は深夏が女装して、男に見えないほどかわいいところが好きなのだけど、恋人として私に独占欲を出してくれるのは嫌いじゃない。深夏は私のこと好きなんだなあ、と実感できるなんてやはり幸せだ。
 そう、これくらいなら。ナンパされて、やきもちでちょっと不機嫌になった深夏を愛おしく感じるくらいなら、かわいい程度だったけど。
 私は、深夏が「男」という性に縛られていないところが好きだと思う。でも、今それが少し揺らいでいる。私が一番鬱陶しいと感じることを、押しつけてしまいそうになっていて苦しい。
 深夏は男じゃん、私の彼氏じゃん、だから拓寿も好きだなんて、いい加減言わないでよ。私の黒い感情は、自分が愛した深夏を否定するのと同義で、さらに胃をきりきり締めつける。
 深夏が男っぽくないから好きになったのに、つい彼になよなよしない男らしさを求める。拓寿がれっきとした深夏の彼氏として現れ、嫉妬でかき乱されるのが自分となると、深夏を愛した軸そのものがぐらついて、私は自分の心の弱さを嫌悪してしまう。
 それでも、深夏の前で楽しくない顔はしたくない。今は深夏は私のものだ。そう、拓寿が乗りこんでくるわけでもない。この時間は深夏とふたりきり。
 そう思って、ランチのあとは買い物でいろんな服を見て、夕食も一緒に食べた。そして、「はとちゃんは明日も休みでしょ?」と上目遣いで言われて、私は深夏の部屋に泊まることになった。
 深夏が姿見の前で買った服をあれこれ着まわしているあいだに、私はシャワーを浴びて、深夏の部屋に置いているワンピースになった。「タグ取っておくから、バスルームあったまってるうちにシャワー浴びておいで」と私が言うと、「はあい」と深夏は浴室に向かい、買い物久しぶりだったとはいえ買ったなあ、と苦笑しながら、私は服のタグをはさみを入れて取っていった。
 タグを取って服もたたんでしまうと、座卓に頬杖をついてテレビを観ていた。そのうち深夏がオフホワイトのロングTシャツで戻ってきて、私の背中にぎゅっとくっついてくる。
「はとちゃん柔らかくてきもちい……」
 そんなことを言って深夏は私のうなじに咬みつき、後ろから私を抱きしめて胸を揉んでくる。私がその手に手を重ねて、「ベッドいいの?」と訊くと、「我慢できない」と深夏は私を後ろに引っ張って、くるりと自分の位置を変えて上にかぶさってきた。
 深夏の乾かしたばかりのふわふわの髪が頬をくすぐって、私がそれをかきあげると、深夏は唇を重ねてくる。私は深夏の首に腕をまわして、舌が深く絡み合って、それだけで軆が緩く痺れる。深夏は私の髪を撫でて、その手で胸から腰をたどり、ワンピースをめくりあげる。
 内腿をさすられてびくんと反応してしまい、唇を浮かせた深夏が「かわいい」とささやく。そして下着の上から核に触れて指先で転がして、私が声を我慢していると深夏はまたキスをしてくる。たまに声をこぼしながら深夏のキスに応え、私も深夏の脚のあいだの反応を手で確かめた。
 その硬さを指先でこすると深夏は少し痙攣して、唇が離れる。私はかたちをなぞりながら、「口でしてあげる」と深夏の耳を軽く食んだ。「ん」と深夏は素直に身を起こし、ボクサーパンツを脱いだ。
 起き上がった私は、深夏の服をめくって勃ちかけたそれにキスをしてから口に含んだ。舌で脈をなぞり、熱いものをできるだけ奥まで飲みこんで、歯が当たらないようにしながら頭を動かす。深夏が声と息が混ざった喘ぎをもらし、私の髪を指先に絡める。初めはゆっくりだった刺激を、どんどん早く強くしていって、不意に深夏が「待って」と私の肩に手を置いた。
「はとちゃんの中でいきたい」
 こくんとした私は口元の唾液を指先でぬぐって、いつも深夏がコンドームを取り出すベッドスタンドに手を伸ばした。ちゃんと在庫があったのでそれを深夏に渡すと、深夏はコンドームをつけて私を抱き寄せて片脚を抱えあげる。深夏のものをしゃぶっているうちに濡れていた私の入口を深夏の先端がつついて、そのまま私は深夏を受け入れた。
 軆の奥まで届いた深夏に感じて、さらに蜜があふれて、深夏の動きと共に水音が跳ねる。核に響く快感に声が零れて、深夏は「もっと声いいよ」と言って腰を揺さぶる。私は深夏のもろそうな肩に顔を伏せて、息遣いを乱しながら喘ぐ。気持ちよくて、頭の中が白波に襲われて、意識がさらわれそうになってくる。
 お互いの名前を呼んで、流されないようにしがみつきあって、やがて私たちは絶頂を迎えた。ぎりぎりまでねじったものが一気にほどかれてほとばしり、余韻に全身が引き攣る。深夏もため息をついて自身を引き抜くと、コンドームを引き剥がしてごみ箱に投げ、私を抱きしめて床に転がった。
「へへ、気持ちよかった」
 深夏は無邪気に咲い、「私もよかったよ」と私は深夏のロングヘアを撫でる。「明日も休みだったら、はとちゃんとゆっくりできたのになー」と甘える深夏に、「また遊びに来るよ」と私は微笑む。「約束だからね」と深夏は私のまぶたに口づけ、そのまま絨毯に力を抜く。
「ベッドで休まなくていい?」
「んー、もう少しこうしてる」
「そっか」
「あーあ、いつかはとちゃんと一緒に暮らせたらいいなあ……」
 私は深夏を見た。深夏は目を閉じていて、半分微睡んでいる。
 一緒に暮らせたら。私も、そう思うよ。そして、誰もつけいれないほど結ばれたい。深夏を誰にも取られたくない、ただそれだけだから。
 翌日はちょっと曇っていた。深夏は私に見送られて出勤し、朝食に使った食器を洗ったりした私も午前中に自分の部屋に帰った。昨日着ていた服を乾燥まで洗濯機でまわし、ふとんに倒れてぼんやりと過ごした。
 深夏は結局、私と拓寿、どっちと未来を過ごしたいのだろう。そんなことをまた考えてしまう。やっぱり両方とうまくやっていきたいのか。拓寿はそれでいいのだろうか。私は、……嫌なんだけど。
 深夏がいずれ、一緒に暮らす相手。それは私か、拓寿か、まさか三人ではないことを祈りたい。せめて、同棲はどちらかを選んでほしい。深夏と同じ部屋に暮らせたら、ずいぶん気持ちにも自信つくのになあ、と私はまくらに顔を伏せた。

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