つかんだ情報
芽衣奈さんの部屋に入ると、相変わらず座卓と座椅子があって、PCが広げられている。そのかたわらにDVDケースが置いてあって、パッケージを見ると学ランを着た絃音さんがいる。「新作だってさ」とTシャツとホットパンツの芽衣奈さんが荷物を床に放りながら言った。
「もらったんですか」
「うん。出たらちょうだいって言ってる」
「つらくないですか」
「観ないのも心配だからなあ。強引なことされてないかなって」
「え、でも、今度のって」
「ん。ぶったり言葉責めされたりする、ハードな奴ではないと思うんだけど」
「断れない……ですよね」
「そうだね。でも、目隠しくらいだとしても怖いって言ってた」
芽衣奈さんはスマホを見てから、部屋の入口の脇にある冷蔵庫から、缶のお酒を取り出してごくごくと飲み干す。
「優真梨って酒飲める?」
「たぶん飲めないです」
「何かあったかなー」と言いながら、芽衣奈さんは冷蔵庫の前にしゃがみこむ。
「ミネラルウォーターならあるんだけど」
「じゃあ、それで」
「いいの?」
「飲めなくて残すよりは」
「そ。じゃあ、これね」
芽衣奈さんは五百ミリリットルのペットボトルのミネラルウォーターを手渡してきて、「どうも」と私は受け取る。
それから、私は床に座り、芽衣奈さんは座椅子に腰を下ろす。
「そういえば、芽衣奈さん」
「んー?」
「私、安桜さんとおつきあいすることになったんですけど」
「はっ? マジで」
びっくりしてこちらを見た芽衣奈さんに、私は照れるような恥ずかしいような曖昧な笑みになる。
「優真梨が告ったの?」
「安桜さんが、つきあおうかって」
「安桜かよ。やるじゃん、あいつ」
「たぶん、絃音さんが切っかけなんです」
「絃音が」
「絃音さんが私に、安桜さんとつきあってないのかって訊いてたので」
「あー、それは言ってたな。あのふたり何でつきあってないのって。あたしもそう思う、とか話した」
「絃音さんに訊かれて、私がうまく答えてなかったので、安桜さんが私がよかったらつきあおうって言ってくれて」
「へえ」
「だから、絃音さんにお礼伝えておいてください」
「はは。了解」
芽衣奈さんは白い素足を床に伸ばして、私も冷たいミネラルウォーターでこくっと喉を潤す。
「でも、そっか。優真梨と安桜かあ。いいなあ」
「私は、芽衣奈さんと絃音さんもいいなあって思いますよ。つらいことがあるのは分かってますけど、絆が強いというか。絃音さん、わりと焼きもち妬くのかなと思いますし」
「そう?」
「芽衣奈さんの親友とつきあったのも、芽衣奈さんとその人が親しくなるのが嫌だったって言ってましたよ」
「そうなの?」
「はい」
芽衣奈さんは咲って、「いろいろ話したんだね」とくすりとする。
「でも、あたしの気持ちなんて、ほんとに絃音のプラスになるのかなってあるしなあ」
「え、どうしてですか」
「絃音は今の仕事で、こう……自分は汚れちゃったって感じてるから。あたしがそれでもいいよっていくら言っても、それをうまく信じられないほどのものだと思うんだよね。でも、信じられないことでまた自分を責める子でもある。あたしのこと好きだとしても、あたしも好きだよって言ったら、絃音は考えすぎて苦しくて、『ごめんなさい』って言うかもしれないんだ」
芽衣奈さんは座卓に置いていた缶に手を伸ばし、お酒をごくんと飲む。
「何にも悪くないのにね。あたしの気持ちを信じられなくても、当然だと思う。でも、信じられないことで絃音が苦しむのはつらい。だから、まだ『好き』って伝えるのはお預けかな」
「そう、ですか。でも、いつかは結ばれてほしいです」
「いつかね。絃音のそばにいるのは変わらないから」
そう言って芽衣奈さんは照れ笑いして、それから、「ほんとに、学ラン着て高校行ってる歳の子なのにね」とDVDに手にしてつぶやいた。そこでは、絃音さんがかわいらしく上目遣いをしている。
自分は汚れている。確かに絃音さんは言っていた。どうやったら、その思い込みをほどくことができるのだろう。やっぱり、男優を辞められたら、だろうか。
それからしばらく、安桜さんと絃音さんのことを話して、「あたし、シャワー浴びてくる」と一度芽衣奈さんは席を外した。そのあいだに、私は持ってきていたルームウェアに着替える。真夏だったらシャワーを借りていたところだけど、パウダーシートで何とかなった。脱いだものは明日着て帰るから、たたんでリュックの上に置いておく。
そして息をつき、座卓に置かれている絃音さんのDVDを手に取ってみた。
『学ラン美少年と秘められた課外授業』
裏返してみると、これも内容のスチルがばらまられていた。性器を口に含んだり、脚のあいだを開かれたり、後ろに挿入されたり──
絃音さんの冷え切った暗い瞳を思い出し、こんなの、自分の意思じゃないなら心も病んでくるよなあと思う。事務所の弱みでも握らないと、と安桜さんは言っていた。考えてみれば、年齢的に絃音さんはまだアウトというのがあるのかもしれないけれど──
私はちょっと目を空中に投げて、あれ、と思った。これって何気なく告発としてはいいんじゃない? いや、これくらい私が思いつくのだから、芽衣奈さんが同じ理由を働きかけたことがあるだろうか。でも、待った。年齢の告発では、出演した絃音さんも警察に捕まってしまうのか。
絃音さんの所属事務所とかってどこかに書いてないのかな、とパッケージを見まわしても明記はない。そんなこと書いてあるわけないか、と思いつつも中を開いてみると、ひらひらっと何枚かのアダルト作品のチラシが落ちた。やば、と拾い集めていて、私は手を止めた。
『セーラー服美少女と内緒の放課後』
そんなタイトルの女優AVのチラシがあって、その隅っこに『学ラン美少年と秘められた課外授業』の写真があった。同じところが出している作品なのだろうか。でも、私の目を引いたのはそれだけじゃなかった。よく見ると、卑猥なスチルだらけの中にこう書いてあったのだ。
『コンデンスミルク企画、夏のラインナップでもイキすぎてびっしょり☆』
コンデンスミルク。
……コンデンスミルクって。
それ、って……。
生唾を飲みこんだ。チラシを片づけてDVDを元に戻し、どんどん腫れ上がってくる鼓動に視線をうつろわせる。
そうだ。忘れるわけがない。この街に来た切っかけ。クラスメイトだった千美さんが、そもそも誘ってきたアイドルグループ。そのグループが、確か──
関係、ない? でも、千美さんが実際にやっていたことは、AV出演のスカウトだった。アイドルになれると騙って、ホテルに連れこみ、無理やり撮影していたと。しかも、女の子を見つけてくるのは、千美さんが女子高生だったのだから、ほかの作品のスカウトも、たぶん若いアイドルのような女の子がやっているのだろう。そして、そういう子が一番手っ取り早く女優として捕まえてくるのは、絃音さんのように十八歳未満の女の子なのでは?
え? もしかしてつながってる?
そうだとしたら、弱みなんてものじゃない。未成年から未成年への出演交渉。そして場合によっては強引に撮影、おまけに流通。これは、そのコンデンスミルクとやらをつぶせるくらいの摘発になる。
「優真梨。何だ、シャワー浴びなくてよかった?」
不意にそんな声がして、私ははっと振り返る。芽衣奈さんが「どしたの」とまばたきをする。私は何か言おうとして、でも確信がないから言えなくて、首を横に振る。
「シャワーは、帰って浴びるので……大丈夫、です」
「そう? てか、部屋着かわいいな。あたし、男物を適当にパジャマにしてばっかだ」
芽衣奈さんは笑って、ドライヤーをラックのそばから引っ張り出してくると、金髪を乾かしはじめる。
私は深呼吸して、とりあえず確認しなきゃ、と思った。たぶん私にしかできない。私がちょっと踏みこめば、芽衣奈さんと絃音さんを救えるかもしれない。私と安桜さんをつなげてくれた、大事なふたり。私なんかでも、何かできるかもしれない。
それなら、私は──やってやる。
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