「アイス食べたいね」と奏先輩は日射しに目を細め、「食べれるとこあります?」と訊くと、「茶店より駅のカフェ行きますか」と返ってきた。
「カフェってアイスあります?」
「パフェがあるんだよねえ」
「あ、そっか。って、先輩パフェとか食べるんですか」
「女の子と一緒なら頼める気がした」
私は咲ってしまいつつ、どきどきする心臓を無造作にさする。何だか、告白レベルの緊張になってきた。似たようなものだけど。
でも、いつのまにかこうして奏先輩とたわいなく話すの、好きになったな。初めは仕方なく相手をしていたのに。
カフェは寄り道する学生でにぎわっていて、やや入口で待たされてから、空いた席を素早く確保した。私は抹茶パフェ、奏先輩はチョコレートパフェをテイクアウトして、かばんを置いていた席に戻る。
「紫陽ちゃん、抹茶って渋いね」と言われて、「あんみつみたいで、かわいいじゃないですか」と白玉やあんこ、フルーツが飾られたパフェをしめす。奏先輩のチョコレートパフェも、スライスバナナやカスタード、生クリームがおいしそうだけど。
猛暑を歩いてほてった体温を、私も奏先輩も、まずは甘さが心地いいアイスを頬張って癒やす。
「あんこ、ひと口ちょうだい」
「じゃあ、カスタードもらいます」
そんなシェアもしたりしつつ、しばらくパフェを食べていた。ひんやりした甘味に、くらくらする熱気にあてられていた軆も落ち着いた頃、「で、話って」と奏先輩が私を見つめてくる。
「あ、……はい。えと──」
夏祭り一緒に行きましょう、っていきなり直球を出すのか。それはちょっと。おにいと紗琴さんのことを話してからにする? そのほうがいいか。それで、ふたりを邪魔しないように、私も一緒にお祭りをまわる相手が欲しいと──
「あ、あの」
「はい」
「いきなり、に聞こえるかもしれないんですけど」
「うん」
「私は、けっこう……前から、悩んでて」
「……うん」
「いや、おにいがですね。おにいと紗琴さんが」
「ん、うん」
「夏休みにお祭り行くって話してて、私も誘われたんです」
「そうなんだ」
「それで、その……よ、よかったら、奏先輩も一緒にどうかな……と」
ぱく、とチョコレートアイスを口にふくんだところだった奏先輩は、ぽかんと目を開いて、まばたきして、「ん?」と言ってごくんとアイスを飲みこむ。
「え、俺? 俺も一緒にって、四人でってこと?」
「四人、ですけど。私、おにいと紗琴さんを邪魔したくないので、うまくはぐれようと思ってて。実質ふたりというか……」
「そんなん、デートになっちゃうじゃん」
「デート、になったらいけませんか」
「紫陽ちゃんはいいの?」
「嫌だったら提案しません」
「俺と夏祭りデートしてくれるの?」
「はい」
私の返答に、奏先輩は眉を寄せて、「待って」とひと息つくとスプーンを置いた。
「俺、振られるんじゃないの?」
「は?」
「いや、紫陽ちゃんから呼び出してきて、改まって話って、明らかに振られると思って来たんだけど」
「何でですかっ。私は告白する覚悟で来たんですよっ」
「告白」
「……あ、えっ、と。………、告白、ですよ」
「紫陽ちゃん──」
「先輩の、そばにいたいと思ったから。いつか外国とか行くとしても、私、追いかけたいって……本気ですよっ。どこまでも、追いかけますからっ」
奏先輩は私を見つめる。私は頭をぐるぐるにさせて、頬を染めてうつむく。奏先輩もほうけていたけど、「じゃあ、友達は終わりでいいの?」と確認してくる。
「終わりって……」
「俺、彼氏でいいの?」
彼氏。パワーワードで顔面が蒸発レベルで熱くなったけど、私はこくっとした。
奏先輩は深呼吸してから、突然「よっしゃ!」とガッツポーズをすると、「春来た!」と叫んで両手を挙げた。周りの子たちが怪訝そうに一瞥してくる。
「これで築くんにもバカにされないっ。俺にも彼女! すげー自慢しなきゃっ。やば、紫陽ちゃんが彼女ってマジで自慢じゃん。俺は妥協しなかった!!」
恥ずかしいなあ、と私がその様子を見ているのに気づくと、奏先輩ははたと我に返って照れ咲いして、「へへ、嬉しい」とはにかんだ。
「てか、俺が日本出るのもつきあってくれるの?」
「日本でじっと待って、たまにしか会えないのは嫌です」
「えー、かわいいー。俺も同じだけど。でも、わがまま言えないよなーとかそこはそう考えてた」
「私はついていきます」
「そっか。ありがとっ。あ、夏祭りも行こうね。浴衣? 浴衣着てくる?」
「用意できるかおかあさんに訊いてみます」
「やった! 楽しみだなー。へへ、彼女と夏祭りが初デートか。なかなかよろしい」
奏先輩はひとりうなずいて、私の胸にもようやく安堵がこみあげてくる。
よかった。伝えられた。奏先輩のそばにいたい。どこまでも追いかけたい。好き、だから。そう、私はもう、奏先輩のことが好きなんだ。
まもなく夏休みが始まり、八月某日、私と奏先輩は、おにいと紗琴さんと共に電車に乗って夏祭りにおもむいた。奏先輩はおにいに会うことにちょっと緊張していたようだけど、もちろん意地悪するようなおにいじゃない。「紫陽をよろしくお願いします」と物柔らかに頭を下げたおにいに、「こちらこそ、大事にさせてもらいますっ」と奏先輩は丁寧にお辞儀を返していた。
その様子を見守る私と紗琴さんは、浴衣をまとっていた。私は青生地に紫の花柄、紗琴さんは白生地に赤と桃色の花柄だ。「今度こそ撮っていい?」と奏先輩は承諾前からスマホを取り出し、「こんな駅の改札より、会場で撮ったほうがよくないですか」と私が言っても、「明るい場所でも撮っておきたい!」と引かない。やっぱこういうとこ子供だ、と思いつつ、約束でもあるので私は奏先輩に撮られておく。
おにいと紗琴さんはそれを見ていたけど、「一枚だけいい?」とふとおにいは紗琴さんに言って、紗琴さんは恥ずかしそうにうなずいて、ふたりも一瞬だけ撮影会をしていた。
よく晴れた夜で、二十時からは花火も上がる夏祭りだ。やはりそのぶん人出も多く、混雑した電車を降りても会場の道まで混み合っていた。
お祭りの会場は、花火を見上げるための土手が広がっていて、河原に温かい照明を浮かべる屋台がたくさん並んでいた。時刻は十九時半前で、花火まで時間があるので何か食べることにする。
おにいと紗琴さんが甘い香りの回転焼きの前で立ち止まったところで、奏先輩が「はぐれるんでしょ」と耳打ちしてきた。耳元に響いた声にどきりとしつつ、こくんとすると、奏先輩は私の手を引いてさりげなく人混みの中にもぐりこむ。あっという間におにいたちのすがたは見えなくなったけど、そうなった場合は花火が終わってスマホで連絡を取る手筈はしていた。
いろんな屋台がにぎわっている。たこ焼き、フランクフルト、ベビーカステラ、林檎飴、射的や輪投げ、綿菓子やお面まで。「かき氷あるかなあ」と奏先輩はきょろきょろして、「私、焼きそば食べたいです」と私は私でのぼりを探す。
無事に私は香ばしいソース焼きそば、奏先輩はざくざくのメロンのかき氷を手に入れると、すでにほとんど陣取られている土手に、何とかふたりで座りこんだ。
二十時過ぎに花火が上がりはじめた。大きな音が響いて、暗い空に鮮やかな色彩がぱあっと広がっては消える。それを奏先輩と一緒に見上げた。花火を見ているあいだ、会話はなかったけど、同じものを瞳に映しているだけでつながっている気がした。
赤や黄色、緑に青、さまざまな色の花火が夜空をきらびやかに染める。そして続く、歓声やシャッターの音。かなりの混雑で人いきれがすごかったけど、そのぶんすうっと夜風が流れると気持ちよかった。
来年の夏は、奏先輩はもしかして日本にいなくて。私はまだ高校生だから、さすがに追いかけられなくて。だから、一緒には過ごせないのかもしれない。
そのぶん、あの花火をくっきり目に焼きつけておかなくちゃ。打ち上がって、見事に咲いて、溶けるように消えていく。ひとつひとつをじっと見つめる。この夜が、私の初めてのデートでよかったと思った。
それから、奏先輩は本格的に受験でいそがしくなったものの、私と過ごす時間も取ってくれた。「受験余裕なの?」と尋ねると、「大変だから紫陽で充電すんの」と奏先輩は私を抱き寄せて頬擦りとかしてくる。いつのまにか呼び捨てにされるのが自然になった。私も「先輩」でなく「奏」と呼ぶようになった。
奏とつきあいはじめて、報告も兼ねてまた渚先輩と時さんとお茶できたのが嬉しかった。話で聞いていた、奏の例のおとうさんたちに会えたのも感動で、ふたりとも私を温かく迎えてくれた。もちろん、私の両親にも奏のことを紹介した。
「え、こんなすぐ会ってもらえんの?」と奏は若干ビビっていたけど、「おとうさんたち、会いたいってうるさいもん」と強引に家に引っ張っていった。そこでも奏は挨拶はきちんとしてくれたあと、けっこうあっさりと私の両親と打ち解けて笑っていた。
「そういや、俺のかあさんも紫陽に会いたいって言ってたよ」
私の家で過ごした帰り道、奏は思い出したようにそう言った。
「ほんと? 私も挨拶したいな」
「つっても、今は年末番組の収録とかいろいろで死にそうになってると思うけど。ま、機会あればよろしく」
奏のおかあさんは、スタイリストとして芸能界で実績のある人らしい。おとうさんの南さんも有名な絵描きさんで、雑誌の表紙から小説の挿絵、ゲームのキャラデザなんかもやるそうだ。「何か華やかだね」と言うと、「泥沼だった時期もあるけどねー」と奏はからからと笑っていた。
そんなふうに過ごしていると、あっという間にカレンダーも残り一枚の年末になって、街はクリスマスカラーになった。白いツリーや緑のリース、赤いポインセチアがあちこちに飾られ、聴き憶えのあるクリスマスソングが聴こえてくる。気候はぐっと冬らしくなり、吹き抜ける木枯らしも冷たくなった。
クリスマスイヴの夜は、おにいと紗琴さんが家にいてくれるみたいなので、私は奏の家にお邪魔させてもらうことにした。
おにいさんである築さんも授さんも恋人と出かけていて、奏の実兄で私は会ったことがない響さんは、大学生活のために現在は遠方に暮らしている。そんなわけで、奏の家はクリスマスでも比較的ゆっくりしていて、南さんが作ってくれたご馳走をたっぷりいただくことができた。
「今日泊まってく感じ?」とローストチキンを食べる司さんに訊かれて、「え、遅くなるけど帰りますよ」と私が答えると、「泊まっていいよ!?」とホワイトシチューを食べていた奏がびっくりしたみたいに訴える。「でも、着替えとかないし」と南さんお手製のチョコレートのデコレーションケーキを食べていると、「そこは俺のを着ようよ」とか言われる。
「女の子の気持ちに無理させることないよ」と南さんはポタージュスープに口をつけて、その言葉に「大人の余裕って素敵だなあ」と私がわざと言うと、奏はむうっとふくれた。親の前だと、奏はさらに子供っぽくなる。
「俺はクリスマスプレゼントに紫陽のデレが欲しいですー。デレが欲しいですー」
「二回も言わなくていいよ」
「ツンばっかりは、俺の性癖じゃない」
「えー……まあ、泊まってもいいんだけど。司さんと南さんはご迷惑じゃないですか?」
「僕たちは構わないよ」
「聞き耳も立てないし」
「司、それ言うの余計だから」
「………、じゃあ、おにいに連絡して、ソフトに親にも伝えといてもらうんで」
降参してそう言うと、「やったー!」と奏は諸手を上げた。「わがままな彼氏で悪いね」と司さんが笑い、私も苦笑しつつ「分かってて好きになったので」と答える。「奏の彼女がこういうしっかりした子だとはなあ」と司さんはしみじみと頬杖をつき、「奏がやりすぎないか見張ってくれそうで安心だね」と南さんは微笑んだ。
そのあと、私は洗顔で化粧だけ落とすと、本当に奏の私服を着せられた。奏の匂いに包まれるのは、何だか変な感じにくすぐったい。「かわいいっ」と奏はベッドの上で私を後ろから抱きしめ、私は奏を振り返ると、「今日、するの?」とわりとまじめな顔で訊いてみた。
まだ、私たちはそこまで進んでいない──進むようなゆっくりした時間が取れないからだけど。奏は私の長い髪を撫で、「紫陽はしたい?」と訊き返してくる。
「したい、というか、嫌ではないけど」
「うん」
「その……何か、つけるやつとか、持ってる?」
「ゴム?」
「さらっと言うなあ」
「一応、兄貴に分けてもらってる」
「そっか。え、奏は初めて?」
「初めてだよ。紫陽もだよね」
「うん。できるの? 初心者同士で」
「何とかやるしかないねー」
そう言いながら、奏は私の首筋に顔をうずめ、そっとキスをする。弱い痺れのような甘い感覚が走り、ほんの少しびくんと反応してしまう。ずるい、と言おうとすると、その口を奏はふさいで、そのまま私をシーツに崩すように押し倒す。
まくらもとの時計は、二十二時半をしめしている。「性の六時間だ」と奏が笑って、同じことを連想したくせに私は奏の頭をまくらで殴る。そんな私に抵抗させないように、奏は私の手をつかんでまたキスをする。
ねえ、奏。私、ほんとにあなたについていくからね。置いていかれないように、追いかけるからね。あなたが世界のどこに行っても、その隣は私のものだって予約した。
シーツの上で、奏の手を握り返す。いつまでもつながっていたい。こんなふうに手をつないでいたい。どこまで行っても、あなたの隣は私のもの。
キスに応える熱っぽい頭で、ゆらゆらとそんなことを考える。心が蕩けて、軆がふんわり酔っているみたいだ。そして私は、初めて好きになった男の子の腕の中、どこまでも堕ちていくような陶酔に包まれ、愛される感覚を知る。
FIN
