日常風景-10

Warming Family【2】

 アイボリーのトップスに、白と黒のストライプスカートの雪乃がいた。二年前より伸ばした髪は、ボブくらいに揃えられている。「おう」と俺はケータイを閉じると、「何か画像でも見てたの?」と雪乃はケータイを目で追う。
「え、いや。いろいろ考えてた」
「ふうん……?」
「ほんとだって。ほら、もうすぐ俺たち二年目だろ」
 雪乃は睫毛をぱちぱちとさせてから、「憶えててくれたのね」とくすりと咲う。
「そりゃあな。どうしようかな。一緒には過ごしたいけど──あ、雪乃はその日大丈夫か」
「放課後なら」
「そっか。去年みたいに夜にデートするか。遅くはならないようにしないとな」
 俺が雪乃の頭をぽんぽんとすると、「子供あつかい」と言いつつも雪乃は俺の手をはらったりしない。
「透悟さんって、あたしの両親にまだ会ってないわよね」
「ん。まあ、そうだな」
「だったら、今年の二年目はあたしの両親に会ってみない?」
「はっ? いや、結婚はまだ早いだろ」
「結婚」
「……俺は、考えてますが」
 雪乃はおかしそうに咲って、「高校は卒業させて」と俺の手を取ってつないだ。「それは分かってますよ」と俺は雪乃の細い手を握り返し、図書館の方角へと歩き出す。
「高校卒業したら、ひとり暮らししようとは思ってるの」
「そうなのか」
「同棲は認めてもらえないわよね、さすがに」
「していいならしたいよなー」
「あたしもそれを言う勇気はなかった。でも、今から透悟さんが親に会っててくれるなら、考えてくれるかも。つきあいは長続きしてるんだし」
「そっか。まあ、雪乃の親に会うのは怖いんだけど、弟くんは会ってみたいな」
 俺の言葉に、「何で弟?」と雪乃はお気に召さない様子で眉を寄せる。
「いや、何か……君は頑張ったなあと言ってやりたい」
「今は幸せそうよ、あの子」
「彼氏もいるんだっけ」
「紹介はされてないけど、たまに遊びに来てる後輩の子がそうじゃないかしら」
「弟くんの彼氏は、もう家行ってんのか。そっかあ……だったら、俺も挨拶に行くべきだよなあ」
「じゃあ、二年目はあたしの両親に挨拶ね」
「マジか。うわ、緊張する。俺、まじめに見える? 反対されそうに見えない?」
「いつも通りの透悟さんでいいわよ」
 雪乃は笑みを噛みながら言って、俺たちは到着した図書館の敷地内に踏みこむ。いつも通りか、と俺は深呼吸して、ひとまず今は雪乃に勉強を教えるほうに頭を切り替えた。
 雪乃の弟は、ゲイであるらしい。俺には高校時代、カミングアウトして飄々としているゲイの友人がいた。そのおかげだと思うが、同性愛に偏見は持っていない。友達になってみれば何も変わったところなんてない。
 だから、雪乃の弟がゲイであることを理由にイジメを受けていることを聞いたときは理解できなかったし、雪乃が巻きこまれて中学時代の後半をつらく過ごしたこと、そして家庭内がひび割れていることには驚いた。
「全部あいつのせいよ」と雪乃は言ったけれど、彼女がそうとは信じたくないと思っていることも、言葉のどこかに感じられた。
「弟は悪くないと思うぞ」
 つきあいはじめて一ヶ月ほどの晩秋、雪乃は俺の部屋にいた。まだ暖房はかけなくていい時期だったが、少し気温は冷えていた。ベッドサイドに腰かけて、静かに聞いていた彼女のそんな弟の話に俺がそう意見すると、雪乃は目を見開いた。
「雪乃がつらい目にあったのは否定しない。でも、それで悪かったのは弟じゃないだろ。弟を認めなかった周りの奴らだ」
「……でも、」
「それに、家族だからショックもあるのかもしれないけど、それでも受け入れるのも家族だろ。周りも家族も理解しないから、弟だって自分を認められなくて苦しいんじゃないか」
「ショック……というか」
「気持ち悪い?」
「………、あたしは、そんなことないけど。親は……」
「そんなことないなら、ますます雪乃だけでも味方になってやれよ。あんまりひどいと、自殺だってありうることなんだぞ」
 雪乃の瞳に動揺が走った。
「弟が死んでいいのか? 自分の偏見で、弟が自殺しても平気なのか?」
「そんな、……わけ、ないじゃない。じゃあ、どうすればいいの? あの子の周りは、もうほんとに真っ黒な気がして怖い。近くにいたら、あたしまでダメになる気がするの」
「それでも近づいて、ひと言、自分はお前の味方だって伝えればいいんだ。それだけで、弟がどれだけ救われるか考えてやれよ」
 雪乃は泣きそうな目を揺らしていた。俺はそのとき、初めて雪乃を抱きしめた。雪乃も俺にしがみついて、「あの子が死んだら嫌」と壊れそうな泣き声で震えた。俺は雪乃の艶やかな髪を撫でて、「周りに流されるな」とささやいた。
「雪乃が弟を認めたいなら、それでいいんだ。間違ってないよ」
 雪乃は俺の腕の中でうなずいた。「あの子と話す」と嗚咽混じりに言った。そう約束してしばらく、雪乃はいろいろ悩みながらも、年末年始に帰省したときに弟と話をして、ようやく素直になれたようだった。
 その弟くんにも彼氏ができて、事実上、家族公認になっている。俺も負けてらんねえな、というのと、弟くんが実際どんな子なのか興味もあって、一ヶ月後、俺は雪乃の家をめちゃくちゃ緊張しながら訪れた。
 夕食を一緒にいただく前に、話をしたご両親は、温和というほど柔らかい感じではなかったものの、厳格というほど拒絶的でもなく、むしろ俺と同じく緊張している様子だった。それに雪乃がくすくす笑っていたところで、「ただいまー」という男の声がした。
「あ」と雪乃が俺の服を引っ張ったのですぐ分かった。
「お、弟くんですよね?」
 俺がそう言うと、「そうみたいですね」とおかあさんが腰を上げた。が、「あたしが呼んでくる」と雪乃が素早く立ち上がって、玄関へと走っていく。俺はご両親と顔を合わせ、ちょっとあやふやに咲った。
「雪乃ちゃんに、聞いてます」
「え」とふたりは声を合わせ、「弟くんのことでいろいろあったこと」と俺が言うと、ふたりはばつが悪そうにした。
「すみません、ご両親を責めるわけじゃなくて。やっぱり、親なら複雑ですよね」
「そうかもしれないが──ずいぶんひどい態度を取ってしまったと思っているよ」
「私たちが、あの子のそばにいてあげなくてはいけないときだったのに、本当に……」
「今はうまくいってるんですよね」
「まあ、そうなるかな」
「だったら、きっと弟くんは幸せですよ。時間がかかったけど、もう、認めてあげられてるなら」
 ご両親は顔を合わせて、少し咲った。「雪乃にしては柔軟な男の人を連れてきたわね」とおかあさんの瞳が優しくなって、おとうさんも「そうだな」と深くうなずいた。そのとき、「透悟さん」と雪乃に呼ばれて俺は入口のほうを見る。
 そこには、とまどった様子のブレザーすがたの男の子がいた。澄ましたような雪乃より気さくそうな顔立ちの彼は、俺を見てひとまず頭を下げる。
 そして、「誰?」とか雪乃に訊いて、「あたしの彼氏以外の何なのよ」と雪乃はかわいらしくない声で答える。「あー」と声をもらした彼は、ちょっと首をかしげて考えてから言った。
「えと、初めまして」
「こちらこそ。初めまして」
「それと……その、ありがとうございます」
「えっ」
「前、姉貴に何か言ってくれたんですよね。──あ、この人? 言ったのもう別れた相手?」
 雪乃は舌打ちして弟くんをはたき、「この人よ」と息をつく。ご両親も噴き出している。そんな四人を見て、よかった、と俺は安堵に微笑んだ。
 話に聞いていたヒビなんて、まったく感じない。もう、ちゃんと、温かな家族だ。
 それから、私服に着替えた弟くんも混ざって、夕食の鮭のホイル焼きやマカロニサラダをいただきながら、五人で話した。雪乃は弟くんに素直になれたはずなのだが、それでも弟くんの前ではだいぶ態度が捻くれるらしい。いつかこの子が本当の弟になったら、俺の腕の中で泣いた雪乃のことを話してやりたいなと思った。
 この家族の中に混ざりたいと自然と思えた。この家の日常の中に俺も存在していたい。
 雪乃を大切にしよう。そうしたらきっと俺がこの日常に入りこむのも夢ではない。
 俺もここにいたい。大好きな彼女の家族がそんな家族で、俺は本当に幸せだ。

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