Scene 4
それから、佑悟さんが最中に制裁に入ったことがうわさになって、僕がプレハブの空き部屋に逃げこむようにもなって、あれだけ執拗だった行為の強要がぱったりなくなった。
空き部屋で佑悟さんと一緒に過ごしていて、少しずつ僕は咲えるようになっていった。クールな人かと思っていたけど、佑悟さんも僕とふたりきりだと咲ってくれた。
胸が甘く蕩けて速くなるけど、それはさすがにこらえている。この気持ちは、やはりいけない。男にときめくのはまだ怖い。それに、そんな気持ちが疼いているなんて佑悟さんに知られたら、一気にヒカれてしまう。一緒にいられるだけで嬉しかった。
佑悟さんと穏やかに毎日を過ごしていると、あんなに鈍重だった学校生活があっという間に過ぎ去って、冬休みになった。冬休み中も佑悟さんに会いたかったけど、結局言い出せなくて「三学期に」と言って別れた。
よく考えたら、佑悟さんは受験生でもあるのだ。高校に行くかどうかも話したことがないけど、普通は行くだろう。あんまり構ってもらってばっかじゃいけないよね、と冬休みは我慢して、つまらない家庭で年を越して、一月にやっと解放されたように僕は学校に走った。
「寺松真央でっす。よろしくお願いしますー」
三学期が始まったその日、クラスに転校生が来た。男子生徒だけど、くるくるした瞳がかわいらしい印象の人だった。活発そうな明るい雰囲気で、僕とはぜんぜん違う。
用意された席に着いて、さっそく話しかけられてもにこにこと答えている。僕なんかよりクラスにあっさり溶けこんでいる。自分がどれだけクラスで蔑まされているかをちくちくと感じて、卑屈に視線が下がった。
佑悟さんに早く会いたい。放課後を待つより、帰りのホームルームはサボってあの部屋に行こうか。寒い体育館での始業式に出たあと、教室に戻ってそんなことを考えていた。先生が席をはずしたらもう出ていくのになあとプリントを仕分ける先生にもやついていると、ふと隣の席の人に肩をたたかれた。
警戒して顔を上げると、彼は教室の入口を指さしてきて、それをたどった僕は「あ」と声をもらす。教室の入口に佑悟さんがいたのだ。思わず席を立った僕に、「おい」と先生は声をかけたけど、構わずにつくえを縫って、佑悟さんの元に駆け寄る。
「あ、えと……あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとう。ごめん、教室まで来て」
「いえ、ぜんぜん。何かあったんですか?」
「冬休み、連絡も取れなかったから。会えるなら、会いたいなって」
佑悟さんに出逢って、初めて知った。嬉しくて涙が出そうになるなんて。
「えっ……と、じゃ、じゃあ、先に行っててください。僕もホームルーム終わったら行きます」
「分かった」
佑悟さんは僕の頭に手を置いて、細身の軆をひるがえして、まだ行き交う生徒もいない廊下を歩いていってしまった。終業のチャイムはまだだから、佑悟さんは帰りのホームルームをサボったのだろうか。
「お前、あいつなんかと交流があるのか?」
集まる視線に気づいて、気まずくなりながら席に戻ろうとすると、先生が不機嫌そうに問うてきた。僕が狼狽えつつもうなずくと、「ああいうのとはあんまり関わるな」と先生は吐き捨てて、席に戻るのをうながしてきた。
ああいうの、って──そういえば、佑悟さんは評判の悪い不良なのだっけ。僕の前では優しいのに、と思う半面、あの表情を僕しか知らないのは嬉しい気もした。
ようやくホームルームが始まって、プリント類が配布されると解散になった。僕はまだ教科書も入っていなくて軽い手提げを取り、捕まったりしないように気をつけながら教室を出て、プレハブの空き部屋に急いだ。
いつも放課後にはここに来ない。ほかの部屋とはいえ、みんなが部活で使っているから落ち着かない。でも、始業式の今日は部活もないし、おもむいても実際静かだった。
空き部屋のドアを開けると、何もない室内で佑悟さんは床に座って何か読んでいた。僕を認めると微笑んでくれて、僕はドアを閉めて佑悟さんの隣に腰をおろす。そして佑悟さんが読んでいたものを覗くと、バイトの求人誌だったから、首をかたむけた。
「バイト、するんですか」
「卒業したら働かないと」
「え、高校──」
「家を出たいんだ。そっちが先」
佑悟さんの綺麗な横顔に影が差して、それ以上訊けなかった。佑悟さんは求人誌を床に置き、「冬休みどうだった?」と顔を向けてくる。
「あ、えと。親の実家に帰ったくらいで、何にもなかったです」
「そっか。電話番号くらい、やっぱ訊けばよかったかなと思ったけど」
「あ、僕、ケータイ持ってなくて」
「俺も。それでも──家電でもいいから、訊いておけばよかったなって」
「………、僕も、早く佑悟さんに会いたかったです」
頬を熱っぽくしながら言うと、佑悟さんは僕を見つめて、そっと頭を撫でてくれた。僕はその腕の内側にもたれて、佑悟さんにちょっとくっつく。「寒い?」と佑悟さんの声がすぐそばで聴こえて、僕は体温が高まっているくせにうなずく。すると、佑悟さんは僕の肩を抱いて、ゆったりとさすってくれた。
「望海」
「はい」
「冬休みは……何も、なかった? 家に来られたり」
「あ、それは──大丈夫でした」
「そっか。よかった」
「ぜんぜん、なくなっちゃいました。佑悟さんが助けてくれたから」
「何かあったら、すぐ言えよ。望海がまたあんなことをされたら嫌だ」
「……はい」
「もっと早く、あんな奴ら殴っておけばよかった」
佑悟さんを見上げた。瞳が重なり、そしたら佑悟さんの瞳のほうがずっとつらそうで、「佑悟さんは優しいのに」と僕は佑悟さんの制服をつかむ。
「みんな、佑悟さんをよく思ってないみたい」
「確かに優等生ではないから」
「でも──」
「望海は?」
「僕?」
「俺のこと、不良で怖いかな」
僕はかぶりを振って、好きです、と言いそうになった。慌ててこらえたけど、好き、という自然な言葉を反芻する。
そうなのだろうか。僕は佑悟さんが好きなのだろうか。分からない。好きになっていいのかも分からない。あんなことをされていたのに、のうのうと男を好きになるなんて。それに、佑悟さんが男を好きになる人なのかも知らない。
佑悟さんは「望海が分かってくれてるならいいんだ」とつぶやいた。僕は向こう側に置かれた求人誌をちらりと見て、家の人も佑悟さんが優しい人だと知らないのだろうかなんて憶測を考えた。
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