Scene 8
そうして、僕と佑悟さんは恋人同士としてつきあうようになった。
あの雪の朝、佑悟さんが僕の家の前にいたのは、真央くんに住所のメモを渡されたからだったらしい。真央くんにお礼言わなきゃ、ともちろん真央くんに佑悟さんとのことを報告すると、「よかった!」と真央くんは心からの笑顔でほっとしてくれた。そして、「ほんとごめんね」と勘違いのきっかけになったことを改めて謝り、それには僕は首を横に振った。
「望海くんにも恋人できたって和ちゃんたちに話していい?」と訊かれて僕はうなずき、「佑悟さんも、ちゃんともう一度真央くんと話したいって言ってた」という伝言を伝える。「じゃあまた、今度はふたりで俺んちおいでよ」と言われて、その伝言を今度は佑悟さんに伝えると、「俺が行っていいなら」と答えてもらえた。
そんなわけで、二月に入って間もなく、僕と佑悟さんは真央くんの家に行って、和磨さんと弓乃さんにきちんと挨拶した。そのとき僕は、和磨さんと弓乃さんにもこれまで性的にもてあそばれてきて、それを佑悟さんが助けてくれたのを話した。
「もう俺は卒業するのが心配ですけど」
佑悟さんはうつむいて、僕も黙りこんだ。「学校に言っても相手にするか分かんないよねえ」と弓乃さんは息をつき、和磨さんはむずかしい顔で考えていた。「和ちゃん」とそれを真央くんが覗きこむと、和磨さんは真央くんの頭をぽんぽんとして、「望海くん」と僕を真剣に見つめてきた。
「酷な提案だって分かってるけど。今までのことから佑悟くんとのこと、公表してみないかな?」
「え」と僕はきょとんとまばたきをして、一度佑悟さんと顔を合わせた。「どういうこと?」と真央くんが首をかたむけて、「俺が望海くんにインタビューして、それを記事にするんだ」と和磨さんは僕が話をしているあいだに冷めてしまっただろうコーヒーを少し飲む。
「えっ、ちょ、何言ってんの和兄。今あたしたちに話してくれたのだって、望海くんにはそうとうストレスだったと思うよ」
「そうだよっ。それに、そんなことみんなに知られたら──」
「確かに攻撃もあるかもしれないが、必ず味方も現れる。味方に保護してもらえば、安全に学校生活を送れる可能性がある」
「可能性でしょ? リスク大きすぎじゃない」
「同性愛も男性への性被害も、もっと社会に知られなきゃいけないことだ。将来的に、こういう被害を食い止める力にもなるかもしれない」
和磨さんは冗談でもなさそうに言って、僕はおろおろと視線を下げた。
公表? 記事? ピンと来ない遠い話にぼんやりしてしまうと、「望海」と佑悟さんが心配そうに覗きこんでくる。僕は佑悟さんを見上げて、何と言ったらいいのか分からず、ただ小さくかぶりを振った。
佑悟さんは僕の肩を抱いて和磨さんを見る。「まあもちろん強要じゃないんだ」と和磨さんは口調をやわらげた。
「でも、俺も佑悟くんの卒業後が心配だよ。真央とクラスが同じなら、まだいいんだが」
佑悟さんの卒業後。それは確かに僕も不安だ。真央くんと同じクラスになれる保証もない。教室でひとりになって、僕は断固として拒否できるだろうか? 命令されたら、怖くて従って、またされるかもしれない。
公表したら、かえって僕で遊べると知り、手出しが増えるのも考えられる。いや、それは──もう僕が『便器』なのは有名だし、いまさらの情報か。
「和磨さん」
「ん」
「何というか、ただ、僕のことを公表するんですか?」
「どういう意味だい?」
「助けてほしい、とか、やめてほしい、とか……僕の、気持ちは」
「そこはもちろん強調する。望海くんが苦しんでることに共感する人を見つける手伝いをしたいんだ」
「そんな人、いるでしょうか」
「佑悟くんも真央もいただろう?」
和磨さんに微笑まれて、僕は佑悟さんを見て、真央くんを見た。確かに、僕の心をすくいとってくれた。ふたりだけじゃない、和磨さんも弓乃さんも。
それでも僕が迷っていると、「すぐに答えなくていいんだよ」と和磨さんは言ってくれた。
「ただね、望海くんが告白したら、それは誰かの勇気になるかもしれないんだ」
その帰り道、僕は佑悟さんと手をつないで歩いて、家の前まで送ってもらうことになった。空はちょっと曇っていて、きんとした風に首をすくめてしまう。僕は佑悟さんの腕に心持ち寄りかかって、和磨さんの話を思い返していた。
僕の告白が誰かの勇気になる。本当だろうか。僕にはあんな体験、軽蔑されるだけのことに思える。嗤われないだろうか。僕がされたことは汚辱だったと理解してくれる人なんて、本当にいるのだろうか。
そんな疑問をぽつりぽつりと佑悟さんに話してみると、「望海はひどいことをされたと思うから」と佑悟さんはゆっくり言葉を選んだ。
「理解する人がいないほうがおかしい、とは感じる」
「そう、かな」
「でも、分からない。実際、あの学校にはそう感じる奴がいない。俺も、実際見るまで望海を助けなかった」
「佑悟さんは──」
「見なかったら、うわさだけで男好きの淫乱とか思ってたかも。……ごめん」
「……ううん」
「望海がつらかったことまで話して、それを和磨さんがしっかり記事にしてくれたら、望海のつらさに気づく奴はいるのかもしれない。嗤ったり、軽蔑したりする奴が間違ってるのは変わりないんだ」
「間違ってる、のかな」
「間違ってるよ。何というか──俺じゃない奴とあんなこと、嬉しかった?」
佑悟さんを見上げて、首を振った。
そうだ。僕が許すのは佑悟さんだけだ。好きでも何でもない人に無理にされて、つらいと感じて何がおかしいのだろう。
分かってくれる人がいるのなら。そして僕をかばってくれる人が現れるのなら──
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