憧れた人のように-3

君越しのあの人

 でも、近くで見ると、そいつはけっこうかわいい顔立ちをしていて、軆つきも華奢で、嫌いな感じじゃなかった。俺はいったんネオンがきらきら降る空を見上げてから、むすっとした顔を向けてくるそいつを見直した。
「弓弦さん、って」
「あ?」
「いや、弓弦さんって、紗月さんの恋人では……というか」
 俺がしどろもどろに言うと、そいつは目をしばたいてから、身を乗り出した。
「ハニーちゃん知ってるの?」
 ハニーちゃん……って、まあ、たぶん間違いないよな、と「はい」と俺はうなずく。「マジかっ」とそいつは地団駄を踏む。
「何、そいつってそんなにいい男!? 俺より!? 弓弦って、一発だけの浮気もしようとしねえんだけど!」
 やはり、こいつは弓弦さんのことが好きであるようだ。表わし方がずいぶんガキっぽい気がするけども。いくつくらいだろ、とひとりぶつぶつ怒っているそいつを眺めてみて、とりあえず年下かなあと思う。
「……俺も、だよ」
 無意識にそうこぼすと、「は?」とそいつは俺に眇目をした。
「俺も、紗月さんが好きだけど、弓弦さんがいるからって……」
 その言葉に、そいつは俺を初めてまともに見つめた。そして、「ふうん」と腕を組むと、「よし」と俺の肩に手を置いた。ちなみに、身長は俺のほうが高い。
「とりあえず、やるか」
「はい?」
「利害一致っての? やろう」
「えと、わけ分からない──」
「俺のことハニーちゃんと思えよ。俺も弓弦だと思うから」
「………、いや、無理……」
「はあ!?」
「タイプが違う、というか」
「どんなだよ、ハニーの野郎!」
 そいつは舌打ちして、むくれた顔になる。どんな、って……答えたほうがいいのだろうかと思いつつ、一応口を開く。
「紗月さん、は」
「あん?」
「おっとりしてて、かわいくて、優しくて──」
「注文多いな」
「あと、弓弦さんのことがすっげえ好き……」
 そいつは俺をじっと見てから、「ふむ」と息をついた。そして、一度こちらを背を向けて、暗示のように何かをつぶやきながら顔を抑えると、急にぱっと振り返った。
「こんな感じ……かな?」
「……え」
 そいつは俺に一歩近づくと、服の裾をつかんできた。
「弓弦、大好き」
 俺はそいつを見つめ、何か、と焦る。何か、口調とか……あれ、何か似てるかもしれない。
「今、僕と……ダメ?」
 似てる──けど! だけど! いや、紗月さんはそんなふうに誘うのか? 弓弦さんのことなら誘ってるのか? どうなんだ。いや、というか、違うから。こいつ紗月さんじゃないから。いや、でも紗月さんと思っていいって──しかし俺が弓弦さんになれるわけ……あれ? くそ、何だよ、よく分かんねえ。
「ねえ、ぎゅってして」
 そう言ってそいつは俺に抱きついてくる。ぎゅって、紗月さんのこと、いや、紗月さんと思って……するのは、いいのか? そんなことしたら、紗月さんに合わせる顔がなくなるんじゃないのか? いや、どうせもう俺は会ってもらえるのかも分からない──
 そう思うと、俺はそのしなやかな軆を抱きしめていた。そうしたら、その軆も俺にしがみついて、背伸びして口づけてきて、俺の手を引っ張って──
 そのまま、そばのモーテルに行くと、俺はさっきひとりと寝たことも忘れて、夢中でその軆を抱いていた。
 唾液がしたたるキスをして、温めるように肌を重ねて、硬くなったものを手や口でなぐさめる。ほてった息遣いが絡み合って、強く響く心臓に汗ばんでくる。
 性器を口に含まれ、自分の先端がべとべとに滲んで、痙攣しそうに膨張するのが分かった。いきそうになって腰が動くと、「出して」と言われて上の空でうなずく。俺の中から精液を絡め取るように舌が動いて、喉に締めつけられる。
 俺はさらさらの髪をつかみそうになって、乱暴なのは我慢して、何とか髪を撫でることで抑える。息が荒くなって声がこぼれ、どんどんこみあげてくる。音を立てて性器を吸われたとき、びくっと震えが走って、自分が射精したのが分かった。
 息を吐いてシーツに倒れると、「まだ元気だから、このまま挿れるね」と腰に腰を沈められ、達して少し霞んでいる視界の中で、白くて細い軆が俺の勃起を飲みこむことでピンク色に染まって、なめらかにうねった。俺の胸板に手をついて、軆が動いて中がこすれて、またたぎった血が脚のあいだに集中してくる。
 かすれた甘い声と吐息が汗と一緒に降りそそいでくる。俺は身を起こし、熱い軆を抱きしめて下から突き上げた。すると、その軆はのけぞって、わななきながら取り留めのない声を落とす。俺は口づけをしてその声を垂らす舌を舌で愛撫して、腰を揺する。そして軆を入れ替え、脚を抱えて広げると、腰に腰を打ちつけるように激しく突いた。
 声がみだらに飛び散って、自分の反り返ったものをこらえきれずに自慰する。俺は軆をつらぬきながら、その自慰の手を絡め取って、俺が彼を刺激した。泣きそうな声があふれて、それが鼓膜から俺の性欲をあおる。何度も奥深く突いて、やがて俺の腹にびちゃっと濃い精液がほとばしった。同時に後ろが締まり、俺はその締まり方で絶頂を迎えて全部出した。
 一瞬止まった空気の中で、乱れた呼吸だけが巡った。俺は下にいる、名前も聞いていない男を見下ろす。
 重なった瞳は、俺が好きになった瞳じゃない。かわいいけど、ぱっちりした瞳。あの、見た感じ強そうな瞳じゃない。髪も茶髪だし、軆つきも細いながら締まった筋肉はある。
「あー……」と何とも言えない声を出して、俺はそいつの上を降りると、シーツにぼふっとうつぶせになった。何やってんだ、俺は。いや、よかったけど。正直すごくよかったけど──何やってんだ。
 そいつは軆を起こすと、シーツとティッシュで後始末をして、ベッドサイドで煙草を吸いはじめた。紗月さんが煙草吸っちゃダメだろ、と思ったが、もうそんな設定どうでもいいのか。
「はあ」と声に出してため息をつくと、そいつは振り返って「悪くなったね」と言った。「そうですね」と言いつつ、俺は気まずさをぬぐえない。
「俺さー、ほんとは知ってんの」
「はい?」
「紗月ちゃんのこと」
「……知り合いってこと?」
「いや、俺が弓弦のことで喧嘩売って、半泣きにさせて。何年前かなあ。とりあえず弓弦にボロクソ怒られた」
「はあ」
「紗月ちゃんのほうは憶えてないかもね。やっぱ、タチはああいうのが好きなの?」
「俺は、紗月さんの性格……というか」
「はあー?」
「………、俺の、話を聞いてくれたんだ。いろいろ。この街に来る前、あったこととか」
「〔こもりうた〕?」
「ん、まあ」
「何かあったの、あんた」
「……幼なじみが、俺をあきらめなくて」
「男?」
「女。ゲイだって……つい、言っちゃって。だから無理なんだって。そしたら、そいつが泣いて周りに泣きついて……もう、終わった」
「端折られすぎてよく分かんないけど、何となく察した」
「偏見がすごかった」
「そっかあ。俺はさー、ガキの頃に親にアダルト事務所に売られたんだよね」
「え……えっ?」
「ショタコンの雑誌とかAVに切り売りされてさ、学校も行けず。そのまま何の取り柄もなくて、現在男娼だよ。弓弦の傘下になって、だいぶ仕事内容は安全になったけどね」
「……すごいな」
「この街じゃよくある話でしょ。そっちもつらかったね」
「うん……」
 俺とそいつは、そんな感じで朝までぽつぽつと話をした。自分のこと。相手のこと。弓弦さんのこと。紗月さんのこと。ブラックな事務所から救って、安全な仕事を与えてくれる弓弦さんを、そいつが好きにならないわけがないと俺でも思った。
「自分のセクシュアルとか壊滅的でさー、分かんないんだよね。女のこと好きになるはずだったのかな。でも、男になじんじゃってさ。やっぱ、弓弦が支えなんだよなあ」
 朝五時になる前、そいつは「そろそろ帰るわ」と言い出して、シャワーを浴びてから服を着た。俺は寒かったので、股間の片づけはしていたのでそのまま着衣する。「金とかいるのか」と一応訊くと、「いらないけど連絡先欲しい」と言われた。
「俺の」
「あと、名前言えよ。いい加減に」
「そっちの名前も知らない」
「俺は美束みつか
「俺は、桃李だよ。もうすぐ二十歳」
「俺もう二十歳だわ」
「えっ、高校生ぐらいでは」
「学校行ってないって言ったじゃん」
「いや、でも……十六とか」
「童顔に対してうるさいなあ。ケータイ持ってる?」
「う、うん」
「じゃあ、俺のメルアド言うから空メして」
「分かった」と言ってアドレス直接入力画面を開くと、美束の言ったアルファベットと数字を入力していく。ドメインまで入れると送信し、すぐ美束のケータイに着信がついた。「サンキュ」と美束は素早い操作で俺のメルアドを登録、「そっちも登録しててよね」と言った。
「また抱きたくなったら、連絡してよ」
 エレベーターで一階に降りて、モーテルを出たところで美束はそう言った。
 寒風が俺たちの髪に吹きつけ、乱れた前髪に目をつむる。かなり気温は冷え切っていて、景色も濃い蒼で夜が尾を引いている。人通りは緩やかに少なくなりはじめている。
「次は金いるだろ」
「弓弦と思っていいなら、いらねえよ」
「俺のことを、よく弓弦さんと思えるな……」
「俺もそう思う」
「………、紗月さんはもっと優しい」
「るさいし。じゃあなっ」
 そう言って、美束はくるりと身を返して歩き出した。見送っていると、美束は一度振り返って手を振ってくる。俺はちょっと笑って手を振り返した。
 何だろう。美束とのセックスは、よかったし。話も、できたし。楽しい時間だったと言えば、そうなのに。
 無性に紗月さんに会いたい。紗月さんと話したい。でも、俺はもう、美束を通して紗月さんを穢してしまったのだろう。

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