手紙が届くと
それから、悠紗くんがこの街を訪れると、あたしはそのライヴに向かうようになった。
「みんなみたいに悠でいいよ、俺も毬音って呼ぶし」と言われてからは、あたしは彼のことは「悠」と呼ぶようになった。
XENONが街に来ることは、ライヴハウスによく出入りしていればすぐ知れることだったけど、あたしは彩雪に住んでいるわけではないので、初めは光樹くんにパパのケータイへと情報をもらっていた。でも、パパがその仲介役を鬱陶しく感じているのは感じていて、それを悠紗に言うと、「毬音の住所教えて」と言われた。
「別にいいけど……」と答えつつ首をかしげると、「ここに来る前には手紙で教える」と悠紗は言った。
「手紙」
「ポスト見るのも親父さん?」
「……いつもチラシとか掃除してるのはあたし」
「じゃあ、手紙なら毬音に直接届くでしょ。この街に来る前には、毬音に手紙出すよ」
あたしは悠紗を見つめて、「面倒じゃない?」と問う。「毬音がケータイ持てば、一番早いけどねー」と悠紗は笑った。
「まだ持ってない」
「持ったら教えてよね、それまでは手紙。せっかくここに来たのに、毬音に会えずに帰るほうがつまんないもん」
「……じゃあ、住所教えておく」
「うんっ」
そんなわけで、あたしはアパートの住所のメモを悠紗に渡した。「あたしからは手紙出せないの?」と訊くと、「すぐは読めないけど、大事な話とかは実家に送っといていいよ」と悠紗も実家の住所をあたしに教えてくれた。
そして、悠紗が街でXENONとライヴをする夜の一週間くらい前には、手紙が送られてきた。手紙には各地でのライヴの話がたくさん書かれていて、あたしは悠紗の字をたどって、何度も読みふけった。そして、これが来たということはもうすぐ悠紗に会えるのだと、胸がいっぱいになるくらい楽しみになった。
秋も冬も過ぎ去って、春になった頃に来た手紙に、今回は前日入りするから、どこかでお茶でもしようと書いてあった。リハーサルが前日なのでライヴハウスに来てくれたら、ともあって、これまで立ち話程度だったので、初めてゆっくり話せるのかとどきどきした。ゆっくりお茶するなら〈POOL〉だよね、とすぐ決めたあたしは、悠紗がこの街に来る日を心待ちにした。
悠紗に会えるのは、多くても月に一度。だから、会えるときはなるべく服を新調したりするようになった。そんなあたしに、パパは不気味そうな目をしていたけど、一応何も言わなかった。
悠紗が明日のライヴに備えて前日入りする日、あたしはまだ出勤前でふとんで煙草を吸っているパパを置いて、ライヴハウスに向かった。ビルの三階にある目的のライヴハウスの扉には、『CLOSE』の札がかかっていた。
勝手に入っちゃダメだよね、と仕方なく手すりから立ち並ぶビルを眺めていると、たまにライヴハウスには人の出入りがあった。そのたびちらりと目を向けていると、「梨羽くん、大丈夫?」という聞き憶えのある声がして、あたしはぱっとそちらを向いた。
悠紗と梨羽さんが出てきていた。ヘッドホンをかぶった梨羽さんは何やら顔色が悪くて、つらそうに目をつぶっている。「やっぱ、紫苑くんにも来てもらう?」と悠紗に声をかけられても、反応せずに唇を噛んでいる。
あたしはやや躊躇ったものの、「どうしたの」と声をかけてみた。悠紗ははたとこちらを見て、「毬音」と表情をほころばせたのち、「要くんと葉月くんに、ビール頼まれたんだけど」と梨羽さんに憂慮を向ける。
「俺だけじゃ売ってもらえないかもしれないから、梨羽くん持っていけって言われて」
「何で悠だけじゃ売ってもらえないの?」
「いや、どう見ても未成年じゃん」
「ああ……。この街、そのへんいい加減だと思うけど」
「ほんと? ──じゃあ、梨羽くんここで休んでる? 俺、すぐにコンビニで買ってくるから」
「梨羽さん、どこか具合悪いの?」
「というか、ライヴ前はいつもこうだけどね。梨羽くん、歌うためには、負の感情溜めるタイプだから」
あたしも梨羽さんを見つめてしまうと、梨羽さんは嫌がるようにヘッドホンを抑えて耳をふさぎ、その場にしゃがみこんでしまった。「毬音、少し梨羽くんのこと見ててあげて」と悠紗はライヴハウスの扉のドアノブに手をかける。
「梨羽くん無理みたいって、要くんたちに言ってくる」
「分かった」
悠紗は急いでドアの中に入っていき、あたしは梨羽さんを見下ろすのも何なので、同じ目の高さにしゃがんでみた。梨羽さんは怯えた瞳であたしを見て、それから首を垂らして目をこすった。取り残されたものの、この人と会話するって想像つかないなあと思っていると、すぐにドアが開いて紫苑さんが顔を出した。
「梨羽」
梨羽さんは、目を細めたくしゃくしゃの顔のまま紫苑さんを見上げた。「買い物は俺が行く」と紫苑さんが言うと、梨羽さんはのろのろと立ち上がって、少し過呼吸みたいな息遣いをこぼした。
「要と葉月は、出たら気分転換になると思っただけだから」
紫苑さんの言葉に梨羽さんは小さく何度かうなずき、それでも焦点の合っていない目を虚ろに浮かせていた。紫苑さんはあたしのほうもちらりと見て、「ありがとう」とぼそっと伝えてきた。あたしは本当に何もしていないので、首を横に振る。
そこに悠紗もやってきて、「毬音、入ってていいよ」と手招きされた。
「え、でも──」
「もうリハ終わるから。どっかでお茶しよ」
そんなわけで、あたしはライヴハウスに通してもらって、ほかにはバンドがいないことに気づいた。悠紗にそれを言うと、明日の夜はXENONのワンマンなのだそうだ。
梨羽さんはホールのすみっこに座りこんで、膝に顔をうずめてしまっていた。そんな梨羽さんを葉月さんはドラムスティックでつつき、「毬音ちゃん、変なとこ見せて悪かったな」と要さんはあたしに謝ってくる。
紫苑さんはすぐにビールを買ってきて、「酒じゃー」と葉月さんが嬉々として受け取る。紫苑さんはふくろから板チョコを取り出し、それを梨羽さんに渡した。梨羽さんは一応受け取ったけど、食べようとはせずに顔を伏せている。
そのあいだ、要さんはスタッフさんと明日の段取りの話をしていて、悠紗もそれを聞いている。その話がまとまると、「じゃあ、ひとまず解散」ということになった。それぞれに、この街の夜を過ごすらしい。
【第七章へ】
