同じマンションで育った僕と卓海は、ほとんど生まれたときから仲が良かった。
というか、母親が同時期に公園デビューしたらしく、すでに仕上がっていたグループに入りづらい者同士で仲良くなった。おかげでベビーカーを降りた僕と卓海も、みんなと走りまわるより、ふたりで砂場でトンネルを作ったり、ブランコでふたり漕ぎをしたり、群れるみんなとは離れて遊んでいた。
保育園も小学校も一緒だったし、中学も同じ私立に合格した。通学は毎朝ぎゅうぎゅうの満員電車だ。スクールバッグに重心を取られて転ばないように気をつけた。わりと偏差値の高い私立だったから、勉強はかなり頑張らないといけなかった。
中一の秋ぐらいから、卓海は音を上げはじめて僕がよく勉強を教えた。「悠馬が公立だったら、俺もそうしたのになあ」と卓海はぼやき、「僕のせい?」と僕は苦笑する。実際は、昨今の公立は問題が多いと、僕も卓海も母親に決められたのだけど。
ちょっとおかしいほど長かった残暑が終息して、やっと風が涼しくなった十一月の中旬だった。期末考査が近づいて、例によって卓海は教科書を連れて僕の部屋に来た。
「これ分かんない」「ここ謎なんだけど」と五教科の分からないところを片っ端から訊いてくる。しょうがないなあ、と僕がそれを丁寧に解説していると、ふと卓海は「悠馬は将来、教師とか向いてるだろうなあ」と日焼けの名残で色黒の腕で、ノートに頬杖をついた。
「そ、そうかな」
将来像としてそれは考えたことがなかった僕は、卓海のころんとした瞳をきょとんと見る。
「勉強の教え方、上手いじゃん」
「いや、それだけじゃダメでしょ」
「そうか?」
「イジメの対応とか嫌だよ」
「あー」と卓海は視線を空中に投げ、それからひとりうなずく。
「そういうのは下手そう」
僕は噴き出して、将来かあ、とシャーペンを持ち直した。小学校を卒業するときには、作文も書かされたっけ。マンションで犬も猫も飼えない僕は、獣医かトリマーでずいぶん悩んだものだ。
そして、大人になったら卓海と過ごすこともなくなってるのかなと考えた。それは寂しい。でも僕は、卓海が彼女を作ったり、結婚したりするのを見たくないから、折を見て彼を離れていくだろう。
子供の頃から、卓海がずっと好きだった。そして、これからも誰よりも卓海のことが好きだと思う。
頬杖をほどいてノートに向かう卓海を見つめながら、そんなことを思っていると、「何?」と卓海は顔をあげて僕に首をかたむける。「ううん、別に」と僕は笑顔ではぐらかした。
「そういやさ、今年クリスマスどうする?」
「まずは期末を頑張ろう」
「悠馬先生が何とかしてくれる」
「卓海が頑張らないと」
「大丈夫だって。というか、クリスマスを楽しみに思わないと勉強できないし」
僕はくすりと咲って、「まあ、」と首を捻る。
「僕は……予定はないかな」
「予定あるとか言われたら寂しいだろ。どうする?」
「どう、って」
「どっか行く?」
卓海を見て、曖昧に微笑む。
「卓海こそ、予定はないの?」
「ないって。あったら報告してるし」
「じゃあ、いつも通り駅前を軽くぶらついて、夜はどっちかの家でケーキとチキン?」
「去年悠馬んちだったから、今年は、うちか」
「そうだね」
「軽くぶらつくって、周りカップルだらけだよなあ。あー、やだやだ。映画でも行かね?」
「いや、僕らはデートじゃないし」
「はは」と卓海は咲って、「いいじゃん、観たい映画決めといて」と再びノートを向く。僕はその見慣れた浅黒い横顔をそっと見つめる。そして、ぼんやりと思う。
僕はデートがいいな。
そう言ったら、僕たちは何か変わるのかな。本当に「デート」をしてくれるのかな。
卓海のこと、ずっとずっと、好きだから。
うつむくように、教科書に目を落とした。そう言ったら、僕たちは確かに変わると思う。
デートなんて、絶対しないだろう。ふたりで過ごすことも、会うことも、出かけることもなくなる。
「好き」というひと言がもたらす変化は、僕たちにとって、最悪の変化に違いない。
言えば卓海を失う。
だから言えない。言わない。僕はこの気持ちを彼に伝えない。いつか大人になって、自然と生活がかけはなれるまで、顔にも出さない。
変わらないように、壊れないように、一秒でも長く続くように。言えないよ、好きだなんて。
FIN