「今週末はハロウィンパーティだから来てくださいね。三千円チャージで飲み放題なので」
明け方五時が近づいてきて、そう言いながら、僕は残っているお客さんに小さなフライヤーを渡す。受け取った女の子たちは、「マジか、来る!」「予定あるんだよねー」といろいろ反応しつつ、それでも「憶えとくね」とみんな言ってくれる。
「日曜日だけど、オープンするの?」
「ハロウィンってことで特別に」
「オール?」
「次の日が月曜日なので、考慮して終電までです」
「ロンくんも、夜は彼氏といちゃつかないといけないもんねえ」
僕は照れ咲いして、ほかの女の子にも声をかける。店内には女の人しかいない。というのも、ここはビアンバーだからだ。
なぜそんなところに男の僕がいるかというと、お客さんと面倒なことにならないゲイだから、ママがボーイとして雇ってくれたのだった。
十九のときから働いて、そろそろ二年になる。ママにもお客さんにも、弟分としてかわいがってもらえるから続いている。
ひと通りハロウィンパーティの告知をしてまわると、カウンターに入って溜まったグラスをてきぱき洗う。「ママは何のコス?」と訊いてきた女の子に、「私は毎年メイドね」とママはくすりと咲う。
「じゃあロンくんは?」
「僕は猫耳つけるくらいですよ」
「えーっ、ママとおそろで執事とかやりなよ」
「去年は吸血鬼っぽいのやったんですけど、仕事するのに動きづらくて。僕は雑用優先です」
「まじめだなあ」と女の子は肩をすくめたあと、お勘定をして店を出ていった。
ほかの女の子たちもそうして帰っていって、僕はママと残って閉店作業を進める。「悪いわね」とママが言ったので、僕がきょとんとすると、「ハロウィン、ロンはアキくんと過ごしたいでしょう」とママは微笑む。
「ああ──でも、アキも逆に気兼ねなく友達と騒げるみたいだから」
「そう。ここに呼べなくてごめんなさいね」
「お客さんが嫌がりますよ。僕が対応するのを嫌がる人もいるのに」
「ロンはゲイなのにね」
「男が苦手だから女の子と、って人もいるでしょうから」
「ロンのそういう理解のあるところ、素敵だと思うわよ」
ママはそう言うと、カウンターを出て、テーブルの片づけにまわる。僕はグラスや灰皿をどんどん洗って、水切りに並べていく。
そうしてもろもろの閉店作業が終わると、セキュリティをかけてドアにシャッターを下ろす。「お疲れ様です」とママと言い交すと、始発でアキと暮らすアパートに帰宅する。
アキはパートナーシップ証明書も発行している、僕の長年の彼氏だ。ちなみに彼はストレートだったりする。
小学校のとき、ただの友達だったアキが、僕に「いいもの見せてやる」と言って見せたのがアダルト雑誌のグラビアだった。無論、僕にとっては何も良いものではない。
僕が能面のようにしていると、「何だよ、興味ないとかホモ?」とアキは笑った。僕は何だか面倒くさくて「そうだよ」と言ってから、「僕はもっといいこと知ってるよ」とアキの前開きに手を伸ばした。
アキは驚きのあまり抵抗しなくて、僕は彼のものを口で愛撫した。こんなことをするのは、初めてだったけど、何度も夢見ていたから優しく丁寧に刺激した。アキは僕の口の中に出して、快感に浮わついた目をしていた。
「いつでもしてあげる」と僕はアキの耳元でささやき、それからアキは僕の部屋に来るたびそわそわして、僕は彼をしゃぶった。そんなことを重ねながら、中学生になったある日、不意にアキがすごく哀しそうな目をして言った。
「ロンは……ほかの奴にも、こういうことしてんの?」
今回は僕のほうが驚いて、「してないよ、アキだけだよ」と答えた。「ほんとに?」とアキは僕を見つめて、「当たり前でしょ」と僕は笑う。
すると、急にアキが僕の腕を引っ張って、ぎゅっと抱きしめてきた。もっと恥ずかしいことをいつもやっているのに、僕はすごくどきどきして軆が痺れるのを感じた。
「ロンが好き……」
「えっ」
「俺、男には興味ないはずなんけど。ロンのこと、かわいいって思いながら、いつも自分でしてる」
僕は顔をあげて、アキを見つめる。瞳がじわりと濡れてしまう。アキの胸に顔をうずめ、「アキが好きじゃなかったらこんなことしないよ」とその軆にしがみついた。
その日から僕たちはつきあいはじめ、いつアキが女の子に揺れてしまわないか不安だったけど、そんなのは杞憂に終わり、ふたりとも二十歳になったのを機に正式にパートナーになった。
早朝の肌寒い部屋でアキはまだ寝ていて、僕はコーヒーを作ってから彼を起こした。僕は大学を辞めてあのバーで働いているけれど、アキは現在大学三年生だ。
目を覚ましたアキは、マグカップを受け取って、濃い香りのコーヒーをすすり、「もう朝は寒くなったな」とつぶやく。「そうだね」と僕もコーヒーをこくんと飲んでいると、アキは僕の腰を抱き寄せて、つうっと首筋にキスをした。
「ロン、俺、したい……」
「……大学は?」
「今日、二限目から」
「そっか」
「疲れてるかな」
「平気だよ、来て」
ふたりとも飲みかけのマグカップは床に置き、僕はアキの体温が残るふとんに押し倒される。僕はアキの首に腕をまわした。そして、僕たちはコーヒーの味が名残るキスを交わす。
「今週末、ロンは仕事だっけ」
ゆっくり僕の中に入ってきて、焦らすように動きながらアキが問うてくる。
「うん。ごめんね、ハロウィンなのに」
「いや、俺も友達呼べるし」
「終電には帰ってくるよ」
「そうなのか。店でロンは何かコスすんの?」
「猫耳カチューシャ」
「何だよ、すげえ見たいじゃん」
笑ったアキは僕を深くつらぬき、僕はその筋肉に取りついて声を我慢する。軆がほてって、くらくらする。僕たちはいつも、「いく」とか「でる」とかでなく、「すき」と抑えた声でささやきあいながら絶頂に達する。
週末のハロウィン当日、パーティの準備もあるので早めに出勤した。まだ夜は降りていなかったけど、すでに仮装して練り歩く人たちとすれちがう。
ママは予告通りメイドコスをして、僕は黒い猫耳カチューシャをつけた。そうこうしていると、オール営業ではないぶん早めにオープンした店に、「トリックオアトリート!」から「ハロウィンおめでとー!」まで、いろいろ言いながら思い思いの格好をしたお客さんが訪れはじめる。
店内はすぐにぎわいはじめ、さっそくカップルになって店をあとにするふたりも多く、いい感じで人は回転した。「どうせワンナイトだし興味ない」なんて言う人も、夜が深まると「そのコスかわいい」とか声をかけられて仲良くなって、店を出ていく。「ワンナイトじゃないといいわね」とママがくすっとそれを見送り、「そうですね」と僕も咲った。
二十三時を過ぎる頃には、用意していたお菓子もなくなった。二十三時半くらいから残っているお客さんに帰宅をうながす。零時前にお客さんがはけると、「表の看板さげてきて」とママに言われて僕は店の外に出た。
「ロン」
不意に名前を呼ばれて振り返り、びっくりする。仮装する人たちがあふれる通りに、カーキのオーバーを着こんだだけのアキがいた。
「アキ。どうしたの」
「部屋乗っ取られた」
「はっ?」
「どうしても、ふたりきりになって落としたいから、今夜ここ貸してくれって」
「友達?」
「そう。勝手に何か触ったりする奴じゃないから、大丈夫」
「そ、そっか。いや、でも今夜どうするの? 僕ももう上がるし……」
アキは僕に近づくと猫耳に触れ、「かわいい」と急に言った。好きな人にそう言われると何だかくすぐったくて、「そんなことないよ」と頬を染めてうつむいてしまう。
「鳴くとこ見たいなあ」
「何それ。鳴かないよ」
「いつも部屋だと我慢じゃん」
「えっ。あ──」
その意味に僕がますます頬を熱くすると、アキは僕の耳元に口を寄せてくる。
「今夜はホテル行こ。朝までいっぱい悪戯するから、かわいい声聞かせて」
細胞が甘く騒いで、蕩けるように麻痺する。恥ずかしい。でも嬉しい。こうしてアキが僕を求めてくれることが幸せだ。
始まりは僕の快感の押しつけだった。でも、今はアキもそれを欲しがってくれる。
「すぐ、閉店作業終わらせてくるよ。寒いけど、少し待ってて」
僕の言葉にアキはうなずき、僕は看板を抱えて店内に戻る。テーブルを片づけるママが、「何だか嬉しそうね?」と目敏く言った。僕ははにかんで咲うと、「外でお菓子もらっちゃって」とごまかしてグラスも皿もすすいでいく。
いや、僕は確かにアキにお菓子をもらったみたいだ。全身が甘美な感覚に染まっている。アキは悪戯をするつもりみたいだけど、僕にとってそれは全部甘い甘いお菓子だ。
いつもは薄い壁を気にして出せない声で誘い、アキの理性をめちゃくちゃにして愛し合う。さっき耳にかかったアキの吐息を熱を思い出すと、僕の脊髄は早くもクリームみたいに溶けて、ため息がほてる。
トリックアンドトリート、甘い悪戯を仕掛けられる僕のハロウィンの夜はこれからだ。
FIN