正直、型にはまっておくほうが簡単だ。自由なんて無駄な時間を作るだけだし、決まったレールを歩いているほうが効率的だ。
真鈴はこういう考えに断固反対する。真鈴は常に自分で考え、自分で決め、自分で進みたがる。こんなに考え方が違うのに、幼なじみという腐れ縁で、いまだにつるむことが多い。
蝉時雨が厳しい小学校最後の夏休み。僕は春には進学校に進むから、一緒に遊ぶことも減ると思う。「勉強だけの道に進むとか」と今日も宿題を写しにきた真鈴は眉を顰めても、「やりたいことないからいいんだよ」と僕はさらさらと問題を解いては、プリントを消化していく。
「見つけようとは思わないの?」
髪をポニーテールにまとめて、前髪もヘアピンで留めてしまっている真鈴は、シャーペンをかちかちと鳴らす。クーラー全開の僕の家のリビングで、座卓には大量の宿題が散らかっている。
「見つかったときに対応すればいいだろ。見つかってもないうちから、好きなことしかやらないのはバカだよ」
「見つかってないからって、大人に言われた通りにするほうがバカじゃない」
「保険を作ってるだけだからいいだろ。勉強して、大学まで行っとけば、とりあえず最低限の準備になる」
「その準備って、助走とは違うよなー。分からん! とりあえず、宙夢はつまらない大人になりそうだ」
「ありがとう」
「ここでお礼になることがあたしには分かんねえ」とぶつぶつしながら、真鈴は僕が放ったプリントをつかんでしばし黙って答えを写していく。「その不正も自由のひとつなのか」と訊くと、「どうせ解けない問題に、一時間も悩むのは無駄だろうが」と返ってきて、肩をすくめてしまう。
「そういや、宙夢」
「ん」
「自由研究の課題、決まった?」
「ああ……。デパートでクワガタでも買ってきて、」
「つまんないよ! つまんないを極めてるよ!!」
「ほんとは嫌なんだよな、自由研究とか。せめて選択にしてほしい」
「自由だしやらない、という選択は」
「真鈴、やらないの?」
「やるけどな。絶対にほかの奴がしない研究をしたい」
「頑張れば」と僕が冷たく言うと、「乗ってこいよ」と真鈴は身を乗り出してくる。
その胸元を見て、貧乳だなあと思う。
「宙夢、午後もヒマだよな」
「ヒマというか、宿題やってるかな」
「一緒に課題になりそうなこと探しにいこうぜ。これも宿題だろ」
「いや、だから僕はクワガタ──」
「そして三十一日近づいたらご臨終させんのか。むごいぞ」
「させなくても勝手に死ぬんだろうから、仕方ないだろ」
「環境によっては生きるだろ。殺す気満々で、責任持って飼えないならやめとけ」
僕は息をついて、ダイニングでスーパーのチラシをチェックしているかあさんが淹れた麦茶を飲んだ。氷が浸っていた香ばしい味が喉をすっきり通る。
「宙夢はたまに、ぶっ飛んだほうがバランス取れていいんだよ。ただの優等生なんて、いつか切れそうって言われるだけだぞ」
「言わせたい奴には言わせておくよ」
「ムカつく奴とは闘おうぜ」
「面倒臭い」
「とにかくっ! 宙夢も内申書良くはよくしたいだろ。それには、意外性もあったほうがいいんだよ」
「品行方正でいいよ」
「あたしの知らん言葉で片すな。よし、今日の宿題ここまで。お昼食べたらまた来るから。そしたら、課題探しにいこう」
「えー……」
「帰りの会の前に、反省会があるみたいな声やめろ。今日のお昼は焼きそば!」
宣言すると、ばさばさっと一気に真鈴は宿題を片づけて、それをまとめた手提げを肩にかけた。麦茶を飲み干し、「失礼しましたー」とかあさんに声をかける。
「いつも宙夢の相手ありがとうね」と咲ったかあさんは、「うちはお昼、何にしようかなあ」とかつぶやきながら、キッチンのほうに行ってしまう。
僕は玄関まで真鈴を見送った。リビングと別次元レベルで暑い。七月下旬、蝉の声も頭をかきむしる。
真鈴は綺麗な小麦色に焼けた肌に、黒のタンクトップとショートパンツだけで、紫外線なんか気にしていない。僕のほうが、出かけるときはシャツを羽織ったりするから、肌は白いかもしれない。
「ちゃんと午後いるんだよ」
真鈴はそう釘を刺し、「はいはい」と僕は生返事をする。そしてドアを開けると、太陽がすかさず怒鳴りこんでくる猛暑に、真鈴を追い出した。そして息をつき、ほんとあいつには振りまわされるなあと腰に手を当てる。
昔からそうだ。僕はいつも真鈴に振りまわされる。この住宅街の同じ番地で、同い年を理由に家を行ったり来たりして、幼い頃から妙に一緒だった。真鈴が言い出した悪戯でよくしかられたから、大人に捕まらない優等生への道を進んだ気もする。
もちろん、この歳になって一緒に登下校したりしていると、「彼女なのか」だの何だの言われる。それには僕だけでなく、真鈴もうんざりしていて、「あいつだけは絶対にない」と意見が一致している。
「真鈴ちゃんがお嫁さんなら、おかあさん意地悪しないわー」とかあさんまで言う始末だけど、それでも真鈴はない。僕はもっとお淑やかな女の子がいいし、真鈴にも力強い男のほうが似合うだろう。早く自分に似合う奴を見つけて、僕のことは放っておいてほしいものだ。
冷やし中華の昼食をかあさんと食べると、僕はリビングで課題図書の本を読んでいた。作文も答えがあやふやだからあんまり得意ではない。ちなみに、真鈴はすごく文章が得意だ。ほんとあいつは自分で進める作業は好きだよなとページをめくっていると、インターホンが鳴った。
僕は本にしおりを挟んで、インターホンの受話器を取り、「どちら様ですか」と応えた。『真鈴!』と元気のいい声が返ってきた。僕は息をついて受話器を置くと、「自由研究の課題探してくる」とかあさんに言って、熱中症対策のスポーツドリンクを持たされて家を出た。
「暑くないの? 長袖とか」
外は頭がゆがみそうにゆだっていた。風もなく、日光が剥き出しのライトのように青空で腫れている。蝉のだみ声が鼓膜を引っかく。
庭の芝生の匂いとアスファルトが焼ける匂いの中、階段を降りて門扉を抜けると、さっきと変わらず肌を露出する真鈴は僕の羽織ったシャツを引っ張って眉を寄せた。
「焼けたらひりひりするだろ」
「あたし、それ分かんないんだよなー。ひりひりするとか赤くなるとか、ぜんぜんないもん」
「肌もずぶといんですね」
「あ?」
「で、自由研究はどんなことしたいってイメージはあるの?」
「みんながしないことをしたい」
「ゴキブリの解剖とか?」
「死ねよ」
肩をすくめて、家が並ぶ坂道を上るか下るか考えた。上ったら野原がある。下ったら駅前だ。野原のほうが題材がありそうだと言ってみると、「じゃあみんな野原行くから、あたしたちは駅行こう」とただの天邪鬼になっている真鈴の隣を、僕はため息混じりに歩いた。
こうして一緒に歩くのも少しずつなくなっていくのだろう。今、僕たちの身長はそんなに変わらない。けれどふと気づいたときには、僕のほうが高くなっているのだろうか。歩くたびに真鈴の健康そうな黒髪のポニーテールが揺れる。
来年からは別々。僕はスニーカーに目を落とした。
寂しくないけど。哀しくないけど。
もっと僕の毎日から、自由はなくなっていくのかもしれない。
「宙夢、勉強はしてるの?」
「宿題はしてるよ」
「いや、受験勉強」
「ああ、してるよ。八月から塾にも行く」
「マジか」
「だから、今のうちに宿題片づけてるんだ」
「来年から宿題写せないのかあ」
「真鈴はほんと勉強しないよな。大学行くよな?」
「高校行くかなあ」
「高校は行こう」
「中三になってから決めるわ。先のことをとっとと決めても、つまんないじゃん」
「決まってるほうが安心だけどなあ」
そんなことを話していると、住宅街を出てスーパーや郵便局がある通りに出ていた。本屋、クリーニング屋、銀行──その通りを進むほど駅が近づいて、コンビニの数もやけに増えてくる。
僕がかあさんに持たされたスポーツドリンクを飲んでいると、「あたしもアイス食べないと死ぬ」と唐突に真鈴が言い出した。コンビニがそばにあったので入るか訊くと、「コンビニぼったくるからスーパー行く」と真鈴は道を引き返す。ならスーパーの前通った時点で言い出せよ、とやっぱり振りまわされて、僕はそれについていく。
ガチャガチャが並ぶスーパーの前に着いて、僕たちはすうっと皮膚がクーラーで癒される店内に入った。入口すぐに、特売のアナウンスを流すスピーカーがある。
真鈴は冷凍コーナーに向かって、「コンビニにこんなに九十八円ないよなー」と言いながら、豊富な奉仕価格のアイスをあさる。どうせだし僕も買おうかな、と財布の確認していたときだった。
真鈴が僕が羽織るシャツを引っ張った。
「何だよ」
「あの人」
「え」
「あの人、この近くのアパートに住んでる人だ」
僕は真鈴の視線をたどった。
冷凍コーナーの向こうの通路でインスタントのコーヒーや紅茶を見ている、茶色の長い髪にウェーヴをかけた女の人がいた。白いカーディガンを羽織り、ワインレッドのマキシスカートを合わせている。こちらから顔は見えない。
「だから何?」
「ふふ、あの人はけっこう有名なのだよ」
「読者モデルでもやってんの」
「違う。そのアパートに、女同士で住んでるの」
「シェアしてんだろ」
「当たり前のようにそう言っちゃうの、ほんと宙夢らしいなー」
僕が変な顔をすると、またがさがさとアイスを探しはじめながら真鈴は言った。
「レズビアンらしいよ」
「え……」
「恋人だから一緒に暮らしてるの」
財布を持ったままかたまってしまうと、「あったっ」と探していたらしいフレーバーを見つけた真鈴はそれを抜き出した。「宙夢も何か食べるの?」と訊かれて財布を持っている自分に気づき、適当にサイダー味のアイスキャンディをつかむ。
向こうの通路を見ると、もう女の人はいなくなっていた。
「課題になりそうなこと、ある?」
レジを通したアイスを、スーパーの入口のガチャガチャの前で食べる。青い氷を齧る僕が言うと、チョココーティングのミルクアイスを食べる真鈴は唸って、「でも、野原とかみんな行くじゃん」とまだ言う。
「意外と行かないかもしれないよ。普通は本とかで調べただけで済ますだろ」
「それは自由研究になってるのか?」
「先生もコメント楽そうでいいんじゃない」
「えーっ。やだーっ。そんなのつまんないよお」
真鈴がじたばたしたときだった。スーパーの自動ドアが開いて、出てきた人と真鈴がぶつかりそうになったので、僕は慌てて真鈴を引っ張った。
「あ、ごめんなさい」
びっくりしたようにその人も足を止めた。「こちらこそすみません」と僕が言って、「ほら」と僕にうながされて「ごめんなさい」と真鈴も頭を下げる。
その人はおっとりと微笑んで、僕たちに背を向けて歩き出した。その背中で初めて気づいた。長いウェーヴの髪、白いカーディガン、ワインレッドのスカート。僕も真鈴もその背中を見ていて、「あ、」と突然真鈴が声を上げた。
「何」
「今、思いついた」
「何を」
「インタビューは?」
「は?」
「自由研究」
「え……と、誰に?」
「あの女の人! で、同性愛について調べるの」
何言い出すんだとめまいを覚えたので、アイスを食べて頭を冷まそうとしたけど、やっぱりくらくらする。
「真鈴」
「うん」
「彼女とか同性愛とかって、そんな、取り立てて研究することではない気が」
「誰もやらないじゃん、そんな研究」
「いや、うん。やらないだろうけど」
「大人さえ、知ろうとせずにとりあえず偏見してんじゃん。だから、あたしたちがちゃんと真実を伝えるの! よし、決まりっ。あの人を部屋まで尾けるぞっ」
何でこいつは、いつもこんなにぶっ飛んでいるのだ。そう思いながらも、僕はそれを口にして逆らうことができない。
真鈴はアイスを食べ終わると棒をゴミ箱に捨てて、僕を引っ張って女の人の背中が曲がっていった角まで走った。そこから女の人に一定距離を置いてついていって、アパートへは十分くらいで到着した。
アパートの敷地内には入らず、女の人が部屋のひとつに入っていくのを確認する。
僕は捨て損ねたアイスの外れの棒を噛みながら、「で、どうするんだよ」と息をつく。
「話したいなら、部屋入っちゃう前に声かけたほうがよかったんじゃない? ここから見てるだけなら、ストーカーかパパラッチだよ」
「ピンポン押して、いきなり交渉してもいいのか?」
「知らないよ。というか、僕、ほんとまだクワガタに引き返せるなら──」
「そんなどうでもいい自由研究は嫌だ」
「真鈴が嫌がっても、僕は先生に合格をもらえるなら、」
「とにかく、あたしはもう決めた。自由研究は絶対これにする」
言い出すと聞かないんだよなあ、と軽く憂鬱になってしまう。そして僕は、ここで「じゃあ勝手にしろ」と真鈴を置いて帰れない。ほったらかして、何かあったらすごく後悔するだろうから。
アパートのゴミ捨て場があったのでそこにアイスの棒を捨てさせてもらい、僕たちは女の人が入っていった二階のドアの前まで行った。「押せば」とドアフォンのボタンを見ると、「ちょっと待って」と真鈴でも緊張するのか深呼吸する。
僕は背中にある手すりにもたれて、スポーツドリンクを飲む。あの人にとってはいい迷惑だよなあと案じても、もう何も言わずにいたときだった。
「あんたたち、うちに用があるの?」
ハスキーな女の人の声がして、僕と真鈴はばっと階段のあるほうを見た。そこには、赤いTシャツに黒のミニスカート、すらりと伸びた脚にヒールを履いた女の人がいた。髪は黒くてショートボブくらいで、マスカラでぱっちりした瞳が快活な印象だ。大学生くらいに見える。
僕は真鈴を見て、真鈴はこくこくとうなずく。どうやら、さっきの女の人のパートナーらしい。
「あたしは、あんたたち知らないけど──くるみの知り合い?」
どう言おう。どう言えばいいのだ。
僕の頭はまわらかったけど、真鈴は息を吸って、吐き出すのと一緒に女の人を見上げた。
「あの!」
「うん」
「インタビューをしたいんですけど!」
「……は?」
言っちゃったよ。ストレート過ぎて意味不明だよ。女の人はぽかんと真鈴を見ている。
「学校の宿題──夏休みの宿題なんですけど。自由研究があって、それの題材にしたいんです。同性愛を取材させてほしいんです!」
何か、もっと言い方ないのかなあ。僕は女の人の気に障らないか心配で、見ていられなくて目をそらす。
本当に、真鈴はいつも決めると強引にでも事を進める。いつもはいい加減に手抜きしているのに、自分でやりたいと思ったことには露骨に突き進む。
二十秒くらい、沈黙が流れたと思う。ふと女の人が噴き出して、「ふうん」と真鈴を見て、僕のことも見た。
「いいよ、別に」
え。
思いがけない気さくな声と返事にぎょっとしたけれど、「わあい!」と真鈴は一気に喜んで僕の腕を揺する。
「とりあえず、部屋上がって。ここじゃ暑くて死にそう」
こんな怪しい子供ふたりが上がっていいのか。そうとまどったものの、真鈴がいそいそとついていくので僕も引っ張られる。「ただいまー」と女の人が部屋の中に声をかけると、「おかえり」という、たぶんあの髪の長い女の人の声が返ってくる。
「おねえさん」
「ん?」
「くるみさん、っていうのが彼女さんの名前ですか?」
「ああ、そうだよ。で、あたしは波那」
「ふむ。あ、ちなみにあたしは真鈴っていいます」
「……僕は、宙夢です」
リュックからメモ帳を取り出した真鈴は、靴もまだ脱がずにさっそくメモを取っている。そこに奥からくるみさんが顔を出して、僕と真鈴のすがたに目をしばたいた。
「波那、その子たち──」
「何かおもしろいから入れてみた」
「おもしろい」
「あたしたちのこと取材したいんだってさ。夏休みの自由研究だって」
波那さんにはそういうそぶりはなかったけど、くるみさんは明らかにとまどった臆面を見せた。
そうだよな。それが普通だよな。気づけ、真鈴。
くるみさんは波那さんを見て、「私たち、そんなんじゃないよ」と小さくつぶやいた。
「そんなんって?」
「何というか、そんな……」
完全に迷惑だと思われている。波那さんがいいと言ってくれていても、くるみさんが不愉快ならやめたほうがいい気がする。さすがの真鈴も、くるみさんの当惑を気取ったようだけど、こいつはそれでそそくさと引き下がることはしない。
「お願いしますっ。あたし、みんながやってるような自由研究は嫌なんです。人とは違うことをやりた──」
「真鈴」と僕は息をついて割って入り、その腕をつかんだ。
「何だよ」
「この人たちを取材させてもらうことを、『人とは違う』って言い方するのは違うよ」
「……う」
「普通の人たちだし。特別なことがあるみたいに言うのは失礼だと思う」
僕の言葉で、めずらしく真鈴がしゅんとする。僕は真鈴のぶんもこめて頭を下げた。
「すみません、真鈴っていつも悪気はなくて」
「君、彼氏?」
「違います」
そこはきっぱり言っておくと、波那さんは楽しそうに笑った。「あたしはいいと思うよ」と波那さんは言っても、「でも」とくるみさんはやっぱり躊躇う。その様子に、「すみません」と僕は言葉を重ねる。
「いい気がしなくて、当たり前だと思います。ネタにするみたいですし。ただ、真鈴はおもしろがったわけじゃないことだけは、分かってやってください」
そう言うと、「帰るぞ」と僕は真鈴の腕を引っ張った。真鈴はうつむいて、ぐずるみたいな声を出して動かない。「真鈴」と僕が強い語調で言うと、真鈴は乱暴に僕の手を振りはらった。
「あたしは!」
一瞬、その声の大きさにびくっとしてしまう。
「何──」
「あたしは、いいと思うの!」
僕だけではなく、波那さんやくるみさんもぽかんと真鈴を見る。
「だから、あたしだってちゃんと知りたいし。分かってない奴にちゃんと知ってもらいたいし」
「……真鈴」
「自由に調べていいんでしょ。知りたいこと知っていいんでしょ。それが自由研究じゃないの?」
波那さんとくるみさんは、顔を合わせた。真鈴はまじめな顔をしていて、僕も言葉がない。こうかたくななまで決めた真鈴は、実現するまで動こうとしないのだ。あきらめるなんて、絶対認めない。たとえ人に迷惑になっても、この道と信じたら折れない。
波那さんが肩をすくめると、くるみさんがやっと困ったようにだけど咲って、「じゃあ」と言った。
「明日から、ゆっくり話していくのでもいいかな」
真鈴がぱっと顔を上げて、「くるみ」と波那さんがくるみさんの肩に手を置く。その手に手を重ねたくるみさんは、ちょっと照れたように笑んだ。
「波那とのことは、一日で一気に話せない」
すると波那さんも微笑んで、「だね」とうなずいた。それから僕たちのほうを向くと、「あたしもくるみもバイトあるけど、大学は夏休みだから」と言った。
「今ならわりと部屋にいる。またおいで」
「はい! よろしくお願いしますっ」
真鈴はぱあっと笑顔になって、僕はやれやれと感じながらもほっとする。真鈴はいつも、身勝手なわがままで動かないということはない。いつでもまっすぐなだけだ。だから、真鈴の望みが受け入れられると、ひとつ正しく事が進んだように感じてちょっと嬉しい。
いったんスーパーの前まで戻り、僕たちは今日は帰宅することにした。
まだ空は青く、焼けつく日射しがアスファルトを照り返している。住宅街の中を暑さでだるい軆で歩く。「いいの?」と僕が問うと、「ん?」と真鈴は首をかたむけた。
「けっこう、みんなに偏見されると思うよ」
「うん」
「先生、認めないかもよ」
「その『かも』をひっくり返して、認めさせるのが楽しいんだろ!」
真鈴は本当に楽しそうにからからと笑う。まったく。こうなったら止められない。ちゃんと僕が見ておかないと。
夏休みはまだ始まったばかりだ。春には別の道なんて思うけど、まだまだこの夏も、秋も冬も真鈴と過ごす。春にこの毎日が終わるなら、なおさら今を楽しもう。この自由研究で、真鈴と一緒に、学校では教わらないことを知っていこう。
「よしっ、明日から自由研究開始だねっ」
「はいはい」
「ふふふ、みんなに知ってもらうの。みんなが知ろうとしないこと。あたしたちが教えるんだ、わくわくする!」
そう言って、真鈴は背伸びをする。僕はスポーツドリンクを飲み干し、課題は自由なんだもんなと思った。
そんなの何を取り上げるか考えるのが面倒で、一番厄介な宿題だと思った。でも、この幼なじみと、誰も真似しない課題をできるのなら、おもしろいかもしれない。
僕たちの自由課題。どこまで届くだろう。どこまで届けられるだろう。
小学校最後の夏休み、僕たちが残してみたいこと。いろんな愛のかたちがあること。僕たちは、明日からめいっぱい吸収して、めいっぱいみんなに伝えてみる。
FIN