頬杖をついてイヤホンをした季沙が、教室の奥の壁にもたれてスマホを無表情に眺めている。体育の授業から教室に帰ってきた俺は、何見てんだろ、と気になったけど、そのときは友達と話していたから何も訊けなかった。
そのまま、季沙が「それ」をもう見なかったら、もしかしてその後のすべては変わっていたのだろうか。
「お前、ずっと何見てたんだよ」
次の休み時間にも、昼休みにも、季沙はつまらなさそうにスマホを眺めていた。よほどつまらないスレでも追っているのだろうか。いや、イヤホンがスマホにつながっている。動画でも見ているのか。
幼なじみの季沙は、いつもはわりとノリがいい感じなのに、やけにその目は無感覚に何かを映している。
洗脳みたいなもん見てんじゃないよな、と何だかどうにも気になってきたので、放課後、俺は季沙の席に歩み寄ってそう声をかけた。
「あ?」
残暑の二学期、紺と白のセーラー服の季沙は、開襟シャツの俺を見上げてそう首をかしげた。
「スマホで何か見てたじゃん」
「あんたに視姦されてもなー」
「っせえな。あんなに見てたら気になるだろ」
季沙は俺を眺めた。そして、いつも通り不敵ににやりとしたあと、突然俺の肩に腕をまわして耳に口を寄せてきた。
「そういやあんた、あの子が好きだったよね」
「はっ?」
「あんたにとっては、見物かもしんない。一緒に帰れるか?」
「帰れるけど。つか、誰かが好きとか教室で言うなよ」
「だから内緒話にしてやってんだろ」
季沙は俺の耳に息を吹きかけて、俺は舌打ちしながらその軆を押しやった。俺と季沙が幼なじみで仲がいいのは有名だから、ちょっとくらいスキンシップが親しくても、特に誰かが目を向けたりしていない。
「帰り道で見せてやる」と得意気な表情で季沙はドアへと歩き出し、俺は仏頂面をしたものの、結局クラスメイトを縫ってそれを追いかけた。
「何なんだよ」
校門を抜けて俺が言うと、「人が減ってから」と季沙はつかつかと歩いた。短めの紺のスカートがかったるい夏風にひるがえる。
ショートカット、華奢な腰、長い脚、ボーイッシュな奴だけど後ろすがたは綺麗になった。俺たちはまだ中学二年生だけど、紹介しろ、などと言ってくる奴もたまにいる。こいつのがさつさでガキの頃は泣かされていたくらいの俺には、そんな気持ちは信じられない。
俺が好きなのは、もっと淑やかでお嬢様っぽい真鳥早弓というクラスメイトだ。季沙はその真鳥とけっこう仲がいい。紹介しろ、と俺こそ季沙に言いたいのだが、高嶺の花だとは分かっているから、ただぼそぼそと真鳥に好きな奴がいないかどうかを訊いたぐらいだった。
「さあ。話は聞いたことないな」
そのとき、季沙はそう言っていた。
なのに。
ひと気がなくなって、「よし」とスマホを取り出した季沙が俺に見せたものは、すべてを裏切るものだった。
『ん、……あっ』
現在クラスの代議員もしているあの凛とした声が、淫らに崩れて甘く喘いでいる。白い乳房が揺らめいて、わざとすすりあげる音に合わせて、しなやかな腰がよがる。黒い瞳はうつろって、唇は涎に濡れて、脚を大きく開いて──
『早弓、すごい濡れてる』
男の声が入ってはっとした。
『っあ、先輩、』
先輩?
『おい、指締めつけすぎだって。今入れるから……』
アングルが下がって、目を開く。モザイクすら入っていない、紅いほどピンクの真鳥の脚のあいだが映る。そこに湿った音を立てて勃起が飲みこまれ、さらに真鳥の声がとろける。
「なっ……何だよ、これっ」
股間が完全に反応する前にスマホを取り上げると、季沙は楽しそうににやにやしていた。
手の中では、まだ真鳥が信じられない声を上げている。俺は眉を顰めて、とりあえずそのハメ撮りっぽいムービーを停止させた。
「がっかりした?」
季沙は俺からスマホを取り返すと、ちょっと意地悪な感じでくすくすと笑った。俺は何と言えばいいのか、あの声が残像して正直今すぐマスターベーションに走りたいのだが、何とかこらえて季沙を睨む。
「それ、何だよ? 何でお前がそんなムービー持ってんだよ」
「まあ、早弓と仲がいいからかな」
「そ、それ、……真鳥だよな」
「もちろん」
「相手は? 先輩って」
「あー、生徒会長の和井先輩」
生徒会長と言われても興味がないので一瞬顔が分からなかったが、「朝礼で、いつも生徒代表で校長に挨拶してるでしょ」と言われると、女子共が騒ぐその怜悧な横顔がよぎって、「……あいつかよ」と苦くつぶやいてしまった。
「あたしの部屋を貸してるんだ」
季沙が飄々と歩き出して、俺は息を吐きながらそれに並ぶ。俺を見上げてまたにやっとした季沙は、そう言った。
「部屋貸してるって」
「おとうさんとおかあさんと兄貴がいないときね。優等生カップルはね、エッチの場所に困るんだよ」
「つきあってるのか」
「そうみたい」
「お前、真鳥にはそういうのいないって」
「あたしだって、部屋貸してくれって言われてから知ったもん。夏休みに入る前くらいか」
「じゃあ、お前って夏休みは」
「家族が留守のたび、リア充に部屋貸してたよ。まあ、おもしろいからよかったけど」
「おもしろくねえだろ」
「おもしろいじゃん、人がエロいことやってんの」
「……悪趣味」
季沙はまたムービーを再生させた。「やめろっ」と言っても、「あんたの天使は淫乱だよお」と揶揄ってくる。
「学校でにやにやせずにこれ見るのスリルあったわ」
「悪趣味すぎるぞ」
「ふん。しかし、こんな作ったエロ動画みたいなんだねえ、実際のエッチって」
楽しげな面にいらいらして、俺は舌打ちして「音だけでも消せっ」と吐き捨てる。季沙は俺をじろじろとしたあと、動画を止めて不意に立ち止まった。
「欲しい?」
「は?」
「これ」
季沙を見た。俺もそうとうゲスなもので、一瞬季沙がスカーフをほどいて胸元でも見せているのかと思った。
違った。季沙はにこにこしたまま、スマホを持ち上げていた。
「あんたのスマホになら、転送してやってもいいぜ」
「はっ? ふざけん──」
「まあ、お金もらわないと嫌だけどな」
顔を背けた。季沙はまた動画を再生させた。
……くそ。喘ぐ声。何でだよ。甘い息。何で、俺──
「好きな女子のエロ動画で抜けるんだよ?」
季沙を睨んだ。季沙はにっこりした。真鳥のほてった息遣いが耳にまとわりつく。
「ま、真鳥……には、」
「言うわけないだろうが」
「いくら、だよ」
「ま、お試しってことで百円」
目を伏せて、息をついた。
負けた。中二男子にそんなおいしいものはない。好きな女子のエロ動画だ。誰だって欲しがる。俺だけじゃない。
そうだ、こうして財布から百円玉を取り出してそれを買ってしまうのは、俺に限った行動ではない。
「よしっ、じゃあまずは一番ソフトな奴にしといてあげる」
「そんなに持ってんのかよ」
「夏休み、あのふたりやりまくってたからー」
ぬけぬけと言いながら、季沙は動画をクラウドにあげると、URLを貼りつけたメールを俺のスマホに送った。
俺はスマホを取り出して、受信したメールを開く。無機質なURLを眺めて、少しの罪悪感でどきどきしていると、「じゃあ」と季沙はスマホをかばんにしまって手を掲げた。
「あたし帰る。また欲しくなったら声かけて」
「お前、学校でそれ見るのはやめろよ」
「ばれなきゃいいだろ。あんたみたいにいちいち声かけてくる奴なんかいないって」
「ばれてやばいのは真鳥だろ」
「どっちかっつーと、先輩かもしれないけどね。はいはい、気をつけまーす」
季沙は肩をすくめると、その場に俺を置いてガードレール沿いの歩道を歩いていった。その後ろすがたを見つめ、やっぱあいつは性格悪いだろ、と手の中のスマホに目を落とす。
暑さに汗が伝う喉で、生唾を飲みこむ。でも、もう共犯なのだろう。スマホをポケットにしまうと、早く抜かないとやばい、と帰り道を急いだ。
帰宅すると部屋に直行して、ベルトを緩めて半勃ちの性器を下着から取り出した。少しこすると、それだけで硬くなる。
まだ真鳥の声が耳に残っている。見なくてもいけるかもしれない、と思ったけど、せっかく手元にあるのだ。ベッドスタンドのヘッドホンをたぐりよせて、音声がもれないようにすると、俺はURLをタップしてダウンロードし、動画を再生させた。
どきっとした。すでに服が乱れた真鳥が、男の脚のあいだにひざまずいているアングルだったからだ。そして、勃起したものに手を添え、唇を当てている。
『口開けて?』
男の音声うぜえなと思いながらも、どうやらこいつが撮っているようなので仕方ない。真鳥はふっくらした唇を大きく開いて、口の中を性器にかぶせた。
『もっと、奥まで。そう』
真鳥は身を乗り出して、性器を奥深く飲みこむ。俺も脈打つ性器から、絞り取るように手を動かす。たまに混じる真鳥のリアルなえずきに、低いうめきがもれる。
手の中がすごく硬直して、勝手に動く腰が崩れそうで、やばい。無意識に小さく声がこぼれる。真鳥の頭の動きに合わせて、手をしきりに動かす。頭の中が白くなって、快感の波が押し寄せてくる。
あ、ダメだ。これ、もう──
『あ、……っく、』
男がそうもらした瞬間、俺も手の中にぶちまけていた。かなり濃くて粘つくものが手を汚した。性器がびくびくと動いて、長いこと射精が止まらなかった。浮かされただらしない声を垂れて、ベッドに倒れこむ。
ああ、くそっ。分かってるけど。最低だって分かってるけど。
すげえ、よかった。
真鳥のことを好きになったのは、今年同じクラスになったからだった。
季沙みたいな女子にうんざりしていた。真鳥は季沙やそのへんの女子とは正反対だった。無駄に日焼けせずに色白で、所作も清楚で、品行方正な優等生で。
実際、真鳥に憧れる野郎は多い。手が届かないと思っていた。いや、手なんて届いていないけど。まさか、こんなかたちで真鳥の服の下が上気するのを眺められるなんて。
何で季沙がこんなハメ撮りを持っているのか、よく考えたら首をかしげてしまった。これは明らかに撮っているのはハメている男で、季沙が立ち会っているふうではない。
普通に考えたら、季沙が生徒会長に転送してもらっているという線だが、どういう仲でそうなるのだ。二本目をもらうとき訊くと、二百円を受け取った季沙はスマホを操作しながら答えた。
「部屋を貸す代わりにもらってんだよ。まあ、ラブホ代?」
「現金もらったら稼げるんじゃねえの」
「そこは良心が痛む」
「分からん。現金のが向こうも気まずくないと思うけど」
「向こうも見られるの燃えるみたいだぜ」
「……そんなもんなのか」
「さあね。あたしはエッチしたことないから」
「つか、どうしてお前がこれ欲しがるわけ? お前も自分でしてんの?」
「女子にする質問じゃないなあ。はい、送ったよ」
俺はスマホを取り出し、メール着信を確認する。
「お前、実際の現場にもいたりすんの?」
「あたしは映ってねえだろ」
「いや、こんなんもらってるなら、隣で見てんのかなーと」
「ふたりきりにさせるって条件で部屋貸してんのに、あたしが観察してたら意味ないじゃん」
「じゃ、隣とか廊下から音は聞いたりしねえの」
「あんた、そういうのしたいの?」
「えっ」
「でもダメ。それは早弓たちとの約束だから」
舌打ちして目をそらした。そうだよなとか思っている自分が嫌になる。
少し期待した。この声を直接聴きたい。このすがたを直接見たい。
しかし、それはさすがに叶わないのだ。
──こちらに向かって白い脚を開いた真鳥が、何度も何度も突かれて声をもらす。その乱れているようで律動的な声に合わせ、俺も性器を手でしごく。
シーツに流れる髪。愛らしい桃色の乳首。柔らかく動く腰。
初めのうちはばつが悪かったけど、見るほどに、じっくり眺めるようになっていった。
頭がくらくらしてくる。疲れていても手は動く。うめきがもれるのを噛んで、たぎる血が下半身に集中して、真鳥の声が響いて。
やがて俺は、のぼりつめる線をつかんで一気にそれを引いて、絶頂を手の中に捕らえる。
当初は燻ぶっていた生徒会長への嫉妬も、いつしか蒸発していった。むしろありがたいではないか、こんなに鮮明に真鳥のすがたを残してくれて。俺が彼氏になったら、こんなすがた、自分の瞳孔以外には残したくない。
欲しがって潤んだ瞳も。とがって敏感になる乳首も。激しさをねだる声も。滔々と愛液があふれる入口も。つらぬかれて反り返る軆も。
全部、最高だ。どんな動画より燃える。
教室で真鳥を見つめるときの視線も、どうしても熱っぽいものになる。それでも、真鳥は俺なんかには気づかなかったけど。
教科書を朗読していても、あの声がよぎる。背筋を伸ばして歩いていても、胸のふくらみに目が行く。しゃべっている友達を見つめていても、何だかあの瞳は誘っているように映る。
その日も友達と話しているのも忘れて真鳥を眺めていると、「おい」と頭をはたかれてしまった。俺ははっとして友達三人を見直し、「え? 何?」とボケたことを言ってしまう。
「お前、最近いつもぼーっとしてるよな」
「もうすぐ中間だぞ。大丈夫かあ?」
「あ、いや。まあ、うん」
「真鳥さんを、見てるよね」
「えっ?」
俺はどきっとそう指摘したちょっとチビな後藤という友達を見る。「だよなー」と眼鏡をかけた田中もうなずき、「お前も気になってんの?」と急成長で体格のいい小林はにやりとする。
「き、気になるというか──」
「一瞬信じられないよな。真鳥が売りやってるとか」
「はっ?」
「え、僕はAVに出てるって聞いたけど」
「いやいや」と田中が首を振る。
「それはさすがに尾鰭だろ」
「見たって言ってる人もいるらしいよ」
「マジかよ」
「売りでもAVでもいいけどさあ、真鳥がそんな女だったなんてショックだ」
小林はため息をつき、え、と俺は血の気が引いていくのを感じた。
売り? AV?
何だそれ。真鳥は彼氏の生徒会長とハメ撮りしてるだけだろ。
だが、そんな詳細なことは言えない。ただ、季沙を見た。そして目を開いた。
男子生徒に話しかけられている。周りを気にするそいつに苦笑しながら何度かうなずき、さしだされた何かを受け取る。それを財布にしまうと、つくえに置いていたスマホを取り上げて──
待てよ。おい季沙。俺だけって言ってなかったか?
「季沙っ」
放課後、俺は季沙に駆け寄って声をかけた。席を立っていた季沙は、普通に咲って「よお」なんて言う。
「今日、一緒に帰れるか」
いつになく俺が真顔なのには首をかしげたが、「毎度」と季沙はうなずいた。
毎度。そう言うということは、新しいムービーが手に入ったということだ。
「とりあえず、お金」
校門を出て、しばらく無言で歩いた。十月に入ったのにまだ暑くて、冬服を着ている生徒は少ない。ひと気がなくなってくると、季沙はついてきていた俺を振り返ってそう言った。
「違う」
「あ?」
「今日は買いたいんじゃない」
「何だよ。じゃあ、教室で──」
「そのムービーって、お前のスマホに全部入ってんのか?」
「PCに移した奴もあるけど。家族共用じゃなくて、あたしのPCな」
「………、でも、クラウドのURLはひかえてあるんだろ」
「何? やっぱ買いたいのか? あるよ、新作」
俺はスニーカーを見つめてから、「じゃあ」と顔を上げ直す。
「それを見るのは、お前以外なら、俺が初めてだよな?」
季沙は眉を寄せて「あー」と言葉を迷わせた。俺は季沙に詰め寄る。
「ほかの奴にも売ってんのか?」
真剣な俺に、季沙は目をやると鼻で嗤った。
「買ってる奴が責められることじゃないだろ」
「っ、お前、意味分かってんのかよっ」
「みんな転売はしない約束してるし」
「そんなん分かんねえだろっ。ダウンロードに保護かかってるわけでもないしっ。URL渡せば、誰でも落とせるわけだろ」
「っせえなっ。先公か、てめえは。いいだろ、みんなこれで健やかに抜けてるんだから」
「お前なあっ」
「モニターががたがた言うんじゃねえよっ。お前があのときガード堅く断ってたら、あたしだって思いつかなかったし!」
「俺のせいかよっ」
「そうだよ、簡単にあんたが引っかかったせいっ」
思わず季沙を殴りたくなったけど、何とかこらえて唇を噛む。
季沙は苦い表情で舌打ちすると、「じゃあせめて、もうお前は買うんじゃねえよ」と身を返してさっさと行ってしまった。
俺はうつむいて立ち尽くして、最低だ、としゃがみこみたくなった。
「ほら、やっぱり本当だったよ」
それから数日経った昼休みだった。いつもの友達と暑い教室は出て、風の抜ける校舎の日陰になる中庭で弁当を食っていると、「そういえば」とふと後藤がスマホをさしだしてきた。
音声をオフにした動画で、すぐ覗きこんだ小林と田中は声を上げた。俺もゆっくり覗きこみ、案の定、真鳥のムービーであることは確認する。
小林と田中は弁当を放り出して、「すげえ」と目を開いている。
「何だよこれ。ピンク……」
「ガチで真鳥かよ」
「エロい。おっぱいエロすぎ」
「音は出ないのか?」
「あるけど、ここで音出して大丈夫かな」
「いけるだろ。聴きてえ」
「待てよ、学校だぞ。やばいだろ」
そう俺が口を出すと、小林と田中が不満をあらわにした顔を向けてくる。俺は俺で顰めっ面を返し、後藤に目をやる。
「売ってもらったのか?」
「えっ」
「誰から?」
後藤はおろおろした様子を見せて、「何言ってんの?」とかこの期に及んで言ってきた。さすがにいらっとして、そのスマホを取り上げる。
「あいつのこと、かばってんのかよ」
「な、何言ってんの。それ、無料動画だよ」
「はあ? ただでダウンロードしたのか?」
「ストリーミング再生なんだよ。僕も、ダウンロードできないかなって思ったけど」
何となく食い違いを感じて、手の中のムービーを見た。同じ画面に、エロ画像のバナーや出会い系の広告がたくさん映っている。
え、と画面をよく見た。そして、さあっと脳が冷たく白くなっていくのを感じた。
これ、ネットにアップされてるぞ……
「え、ちょ、このサイトってどこのサイトだよ」
「どこ、かは分からないけど」
「分かんねえってことねえだろ、どうやって見つけた?」
「え、えと……」
「結局食いついております」
「うるせえっ。後藤、このムービーはマジでやばい。何だよ、削除とかできないのか?」
「でも、もう、たくさんの人が見てると思うけど」
「それでも削除しなきゃいけないだろ、学校の奴が見たら、」
「学校の人も見てるよ。だって、その、この中学の裏サイトにリンク貼ってあったから」
一気に目の前が暗くなって、後藤のスマホを落としそうになった。
「後藤、裏サイトなんてチェックしてんのかよ」
「だって、気にならない?」
「俺もたまに見てるぜー。つか書きこんでるけどー」
「そうなのか。どうやったら行けるんだよ」
「お、俺にも教えろ!」
急に割りこんでそう言った俺に、三人は顔を合わせて何だか笑っている。
それも気にせず、俺は後藤に裏サイトのURLを送ってもらった。そこはもちろん祭りになっていて、おかげで肝心の動画へのURLの投稿を掘り出すのは困難になっていた。
誰か転載してねえかな、と俺が必死に探していると、「僕ブクマしてたから送るよ」と後藤がまたメールを送ってきた。ネット上に無数に垂れ流れる、十八禁の動画サイトのようだった。
「カテゴリは“ロリ・学生”だった気がする」
後藤に言われるまま、俺は怪しいバナーを踏まないようにカテゴリページまでスクロールして、“ロリ・学生”をタップする。
「何だ、すげえなページ数。何番だ?」
「何番かは分からないけど、その数字の中にたくさん動画があって」
とりあえず“No.1”をタップする。キャプチャらしき画像と淫乱なタイトルがずらりと並ぶ。
「この動画は、『お嬢様系さゆちゃんが奥までハメられて』……だったかな。そのタイトルに入ったら三択で、ひとつ当たりがある」
よくある無料動画サイトだ。俺も利用したことがあるから勝手は知っている。
「後藤くん詳しいねえ」と田中が後藤をつつき、「見つかるか?」と小林は俺の手元を覗きこんでくる。
「分かんねえけど。ダメだ、これたぶん、削除依頼したって聞かねえな」
「お前、何でそんな削除したいんだよ」
「だって、真鳥はクラスメイトだぞ!? こんなところにさらされてたら」
「こんなもん撮らせるってことは、本人も承諾してるだろ。つか、ちょっと貸せよ。このサイトやべえな」
小林は俺のスマホを取り上げて、何やらつぶやきながらページを進めていく。俺はその場にへたりこんで、マジかよ、と脳内が凍りついていくのを感じた。
これはやばい。やばいぞ、季沙。
俺のせい、なのか? 俺があのとき、季沙のバカな商売をたたき切らなかったから──
夜、ベッドにもぐって“ロリ・学生”カテゴリをあさってみた。No.100を超えるページの中で、「さゆちゃん」の動画はいくつか紛れこんでいた。それは、俺が持っているものと同じものさえあった。
その翌日のことだった。すでにみんな、動画のことは知っていた。もちろん真鳥は学校に来なかったが、それは動画をさらされたせいだとみんな思っていた。「しばらく真鳥さんは学校をお休みします」と担任もそれしか言わなかった。
でも、真鳥は出す顔がなかったわけでも、厳罰を受けたわけでもなかった。そのうわさはすぐに校内に感染していった。
「知ってる? 真鳥さんのこと」
「聞いたー。今度はまわし動画がアップされたんでしょ」
「すっごい泣いてるらしいよー」
「どこの男子? 信じらんない」
「でもさー、その前に流れた動画あったじゃん。あたしあれ見たけどさー」
「見たのかよっ、あたし無理だった」
「すごいエロくよがってんのー。まわしも本人が誘ったのかもよ」
「マジでか。まあ、自分がそういうのしてるとこ撮らせる時点でおかしいしね」
「お金ももらってるとか私は聞いたけど」
「あっ、そうそう、中学卒業したらAV女優になるらしいよ」
「やばいよねー。おとなしい子だと思ってたのに……」
裏サイトは、学校の要請で削除された。が、俺は元のサイトをブクマしたままだったので、その輪姦の動画を見てしまった。
新着に『お嬢様系JCさゆちゃんが男たちとビチョ濡れ』とかタイトルが上がっていて、俺はページだけと開いてみた。そうしたら、キャプチャ画像が明らかにいつもの一対一のハメ撮りではなかった。
数人の男にたかられ、顔を背けて脚を開かされて、まさに挿入されようとしている。え、と俺はその違和感に思わず三択を試して、動画を見てしまった。
『やだ、やめてえっ』
『すげえ、ほんとにこんなピンクなんだ』
『おっぱい柔らかすぎだろ』
『触らないでっ』
『はあー? お前が先輩で感じまくってんの、俺見てたぜー』
『あれすっげえ抜けたわ』
『俺らのこと先輩だと思えば、どうせ濡れるんだろ』
『つか、もう濡れてなくね?』
『いやあっ、やだ、やめてよっ』
『うわ、指二本もう入った。中あっつ』
『やばい勃ってきた』
『なあ、始めていいか?』
『よっしゃ、生でいいよな?』
『何でっ、やめて、やめさせて、 [──]ちゃんっ……』
……え?
何だ? 何でそこだけ音が消されてるんだ。というか、「ちゃん」って。
まさか。まさかまさかまさか。これを撮った奴。いつも真鳥の動画を持っていた──
「気づくってことは、見たの? あれ」
登校して教室に季沙を見つけると、その腕を強引に引っ張って、授業が始まって静まり返った中庭で問い詰めた。
黙って、あの切っかけとなった日のようにつまらなさそうに空中を眺めていた季沙は、俺が言葉を切ったとき静かにそう言った。
「え? ああ、何か画像がおかしかったからな」
「おかしいって?」
「今まで先輩とだったのに、何人も男がいて」
「抜けた?」
「吐き気がしたに決まってんだろっ。何だよ、やっぱりあのとき名前を呼ばれてたのって」
季沙は俺を見た。そして、ぞっとする無感覚で微笑んだ。
俺はさすがに季沙の胸倉をつかんだ。季沙は抵抗せず、それについ躊躇った隙に、季沙は口を開いた。
「和井先輩はね、もともとあたしとつきあってたんだよ」
「……え」
「でも早弓がかすめ取ったの。いつもそう。あの子はあたしの真似をしたり、同じもの持つようにしたり、あたしの意見を自分で考えたみたいにしゃべったり」
季沙の虚ろな目が俺の狼狽える目を映している。ざわっと風が抜けて、季沙のショートカットがなびく。
「和井先輩のこともそう。初めは『応援するよ』とか言ってた。そのうち『うらやましいな』とか『私もあんな彼氏欲しいな』とか。最後には、『和井先輩に告白しちゃった。友達だし、戦おうと思ったの』なんて。ふざけんじゃねえよ」
空っぽだった目に、赤い黴が涌くようにどんどん毒が浮かびはじめる。
「和井先輩と初めて寝たときも、それを細かく語ってきてさ。あたしが無関心なふりしてたら、あの女はエスカレートしてきた。親バレしたくないから部屋貸してって言ってきて、そうさせてやったらハメ撮りのムービーを見せてきた。『季沙ちゃんも先輩好きでしょ? お裾分けだよ』って。死ねばいいんじゃないの」
俺の手が緩んで、季沙はつかまれていた胸倉をはらった。そして風に乱れた髪を梳いて、息をつく。
「『いらないよ』って言った。でもあの女、いちいちあたしのスマホに転送してきて、全部見せつけるんだよ。見なきゃいいって、見なかったけど。あの日もすごくいらいらしてた。それ真鳥さんじゃないのって誰か声かけないかなって、わざと教室でムービー見てやった。そしたら引っかかったのがあんた」
季沙の毒々しい開かれた目に、息を飲みこむ。
「あんたが簡単に買ってくれるもんだからさあ、ちょっとおもしろくて。ほかの男子にも売るようになった。誰がネットにアップまでしてくれたかは分かんない。あたしから買った男子の誰かなのか、URL譲られた誰かなのか、それも分からない。ただ、あの裏サイトにリンク貼られた時点で、早弓は先輩に振られた。まあ、先輩としては、あれの相手だってばれたら立場ないからね」
視線が段々と落ちていく。視界の端で紺のスカートの裾が揺れる。
「『気分転換に一緒に買い物行こう』って早弓を誘い出した。早弓はあたしのこと疑う目で見てたけど、自業自得なのはさすがに分かってたのかおとなしくついてきた。で、前から『どうやったら真鳥の相手役ができるんだ』って言ってきてた男子が集まってるとこに連れていって、させたのがあの最新動画。あれをサイトの管理人に送ったのはあたし。だから名前は消した。ま、さすがに懲りたさゆちゃんの卒業作品だからね、それはあたしから投稿してやらないと」
季沙は皮肉っぽい笑い声をもらし、「バカな女だよね」と言った。俺は視覚が混線して何度もまばたきしていた。
足元の上履き。真鳥の顔。白い軆。吐いた精液。紺のスカート。群がる男。こちらを見る真鳥。季沙の毒づく瞳。揺れる乳房。泣き叫んでゆがむ──
「これでさすがに早弓はあたしを離れて、お揃いも真似っこもやめてくれるでしょ。あたしはとにかく、あの女を突き放したかったの。自分は何しても許してもらえるとか思ってたの? うぜえんだよ。ほんと、気持ち悪い」
それ以降、真鳥は学校に来ることはなかった。うわさでは、引きこもって少し正気じゃなくなっているということだった。
季沙とも何となく話さなくなった。季沙の告白は誰にも話さなかった。怖かったのかもしれない。季沙のことも。季沙に踊らされた自分が引き金になったことも。
認めたくなくて、目をそらすことしかできなかった。
季沙と距離が空いて、代わりに話しかけてくる女子がいた。何とも思わず普通に接していたのだが、突然、季沙とはつきあっていなかったのかと訊かれた。そんなわけないと笑うと、「じゃあ」と彼女は俺のことが好きだと伝えてきた。
メールアドレスを渡された。夜、部屋でそのアドレスをスマホに登録して、代わりに季沙のアドレスを削除した。一緒に、いつか季沙を告発する証拠にならないかと残していた一連のムービーも削除した。
俺だって、結局真鳥を何度も穢していたのだ。もういい、どうせ俺には何もできない。忘れるしかない。今は、この新しく入れたアドレスにどう応えるかだ。
自らの行為を撮影した真鳥は壊れた。季沙もそこまで追いこんだのだから、もう何もしないだろう。そして、たぶん俺は明日からあの女子とつきあう。
セルフィーみたいなことはもうやらない。自分で自分を後ろめたくなぐさめたりもしない。これからは相手と向き合う。
告白に応じるメールを打ちはじめる。そう、欲しいときはちゃんと本人に伝えて、手が届いたときに初めて、俺はその生身を犯すんだ。
FIN