ファッションマイノリティ-3

迷子の自分

 梨斗は俺の腕に身を預け、「美晴のこと、友達に自慢したい」とつぶやいた。「それ、あとで後悔するからやめとけ」と俺が苦笑すると、梨斗はちょっとむくれる。
 それから、俺の胸に顔を埋めて梨斗は目を伏せた。
「眠い?」
「うん」
「寝ていいよ。朝までいられる」
「明日、土曜だよね」
「うん。俺、休みだ」
「俺も学校休みだな。寝たらいなくなったりしない?」
「しないよ」
「約束だよ」
「ちゃんとぎゅってしてる」
「へへ……おやすみ」
 そう言うと、梨斗はすぐ寝息を立てて眠りこんでしまった。俺はその寝顔を見つめ、やっぱかわいいなと思った。
 いや、でも、いくらかわいくても男だし。つきあうといっても、上辺の関係だ。俺は男に惹かれる男ではない。そう、梨斗の軆を開発したい今だけの仲だ。それ以下も、以上もあるか──
 俺は梨斗の軆を腕に抱き寄せると、なじむ肌に心地よさを覚えながら、ぼんやりと眠りに落ちてしまった。
「はあー? 結局男とつきあいだしたの?」
 梨斗とつきあいはじめて、仲間には会えたとき報告していた。梨斗と店で待ち合わせた日、俺が早く到着すると、紗良さらがカウンターでビールを飲んでいた。彼女にも梨斗のことを伝えた。
 バイでリバで奔放に生きる紗良は、つきあうなら女だと言ってきた俺の報告に、ジョッキをどんとカウンターに置いた。
「あんた、結局何なんだよ。バイ? ゲイ? ストレート? それとも、枠にはまりたくないの?」
「俺は……普通だよ、普通」
「考え方が普通じゃないよ、あんた」
「いつかは女と結婚するんだから、普通だろうが」
「いつかっていつですかー? もういいじゃん、ゲイなんだろ」
「違う。それは絶対違う」
「往生際悪いなあ」
「その……梨斗っていうんだけど。そいつとつきあうのも、好きっていうより軆目当てだし」
「男の軆を目当てにする時点で、ゲイだからな?」
「遊びだよ」
「聞き飽きたわ」
 紗良は吐き捨て、残りのビールを一気飲みする。これで保育園の先生なんだよなあ、と思うと何となく子供たちが心配になる。
「美晴は自分を受け入れてないんだよ」
 ビールのおかわりを注文した紗良は、ミニスカートで脚を組んで頬杖をつく。
「自分がゲイだって受け入れられずに、自分もいつか女とつきあうなんて幻想見てる」
「幻想って」
「男と寝んのは遊びだとかさあ。ファッション気取ってるけど、あんたガチだろ」
「……俺は、」
「ホモなんかじゃないっつって、自分から逃げてんだよ」
 俺はカウンターからさしだされた透明なカクテルを受け取り、さわやかな香りのライムを中に落とす。
 正直、痛いことを言われた気がした。そうなのだろうか。俺はゲイで、それをやばいと思っていて、ストレートのふりをしようとしている──?
「あたしは、ゲイってことがやましいとは思わないけどね」
 紗良はつまみのフライドポテトをルージュを引いた唇に押しこむ。
「俺も、そう思うよ」
「じゃあ彼氏もできたし、いつか女とつきあうなんて戯言はやめろよ」
「俺……だって、ゲイだって、自信持てたら楽だろうなって思うよ」
「持てばいいじゃん」
「………、俺、そんな、人と違うところがある奴じゃないんだ。ほんとに。少し人と違ったらいいなって男と寝てるけど、しょせんは女と結婚するんだよ」
 紗良は俺を見つめる。そして、カウンターから「どうぞ」と言われてビールジョッキを受け取り、ごくんとひと口飲むと「美晴はちゃんと美晴だよ」と言った。
 俺は紗良の濃いつけ睫毛とか、肩までの髪が波打っているのを見て、小さく「ありがと」とつぶやいた。
「俺が男と寝るのって、マイノリティごっこじゃねえのかな」
「とことん自信ねえ奴だな。ま、簡単に受け入れられる奴ばっかじゃないか。あんたが自分をどう解釈しようが勝手だけど、自分自身を否定はすんなよな」
「……うん」
 俺がぎこちなくうなずくと、紗良は軽く笑みを見せ、俺の口にフライドポテトを押しこんだ。俺も笑ってしまいつつ、それを口に含むと、塩味をもぐもぐとしてから飲みこむ。
 カクテルに口をつけると、「紗良のほうはどうだよ」と首をかしげた。
「彼氏とか彼女とか」
「いないわー。ホテル行ってもひと晩で終わる」
「お前、すぐ浮気しそうだもんな」
「何それ。あたし、そういうイメージ?」
「うん。あと、喧嘩っ早そう」
「意見をストレートに言うだけじゃん」
「たまには、オブラートというものをだな」
「うぜえわ」
 紗良がきっぱり吐き捨てたとき、「美晴」と呼ばれた気がして、俺は振り返った。入口から人を縫って、梨斗が駆け寄ってきている。
「梨斗」と俺が笑顔を見せると梨斗も咲って、かたわらにたどりつくと「会いたかった」と腕にしがみついてきた。俺は梨斗の頭をぽんぽんとしてから、「これが彼氏」と紗良に梨斗をしめす。紗良はビールを飲みながら梨斗を一瞥し、梨斗も紗良に視線を向けた。
「美晴のただの友達です」
 そう言った紗良に、梨斗は俺を見たあと、「美人ですね」と上目遣いで言った。
「正直だわ。この子、正直」
「俺も紗良は美人だと思うよ」
「浮気しそうとか言われたあとだから嬉しくない。年下?」
「うん」
「めずらしいな」
「そうかな」
「高校生ぐらいに見える」
「高校生だよな」と俺に振られると、「うん」と梨斗はうなずく。
「犯罪じゃん」
「十八にはなってるから」
「それってセーフなの?」
「セーフということで」
「高三か。受験どうしたし」
「勉強してますよ」と言った梨斗に「してるんだ?」と俺が驚いてまばたくと、「予備校行ったりしてる」と梨斗は俺の隣に腰かける。
「じゃ、このあとはデートして息抜きか」
「ホテルでまったりするだけ」
「やらないの?」
「するけど」
「会ってホテルだけかよ」
「最近、やっと最後までできるようになったからな」
「いっぱいしたいよね」
「……まあ美晴、こんなかわいい子、泣かせんじゃねえぞ」
「分かってるよ」
「そしてあたしは、さっきから視線感じてるんで、しゃべってくるわ」
 紗良は席を立ち、颯爽とU字カウンターの向こう側のいた女の子の隣に行ってしまった。
「あの人、ビアン?」と梨斗は訊いてきて、「バイだな」と俺はカクテルを飲む。「じゃあ、したことある?」と梨斗は悪戯っぽく覗きこんできて、「あいつは無理」と俺は眉を顰めた。梨斗は笑い、「やっぱ美晴はゲイだよ」と言った。俺は何とも言えずに肩をすくめる。
「ね、早くホテル行こ」
「何も飲まなくていいのか」
「ホテルで飲むからいいよ」
「今日は泊まれる?」
「明日、普通に学校だよ。美晴が大学行かなすぎ」
「行ってるけど。朝から授業なかったりするしな」
「ふうん。俺も早く大学生になりたい」
「俺、受験勉強の邪魔してない?」
「美晴に追いつきたいから、むしろ頑張れてるよ」
 咲った俺に髪を梳かれると、梨斗は身を寄せて俺の首筋に顔を当ててきた。「早くしたい」とささやかれて、「エロいぞ」とつぶやき返すと、梨斗は俺の腕に再び腕を巻きつける。
 ごねるように腕を引っ張られ、俺は苦笑いすると、カクテルが残っていたけど席を立った。すると梨斗は俺を見上げて微笑み、俺は梨斗のまぶたにキスをしてからバーをあとにした。
 七月に入って、梅雨も明けた。日中の日射しをアスファルトが蒸し返し、夜になっても空気は熱い。通りは暗闇に紛れていちゃつく奴らばかりで、甘いささやきがただよっている。
「もうじき夏休み?」
 そう訊いてみると、梨斗はこくんとした。
「でも予備校は昼に通うから、夜は大丈夫だと思う」
「あんまり根つめるなよ」
 梨斗の頭を撫でると、「美晴には会いたいからいいんだよ」と梨斗はくっついて俺の腰に腕をまわした。
 モーテルの一室に入ると、梨斗は「暑っつい!」と叫んで、ベッドのそばの小型冷蔵庫からコーラをつかみ出し、ごくごくと一気に飲んだ。俺は照明と冷房をつけてベッドに腰かけ、梨斗の喉仏が動くのを眺める。
 男だなあ、なんて思い、本当に自分はいつか、喉もなめらかな女の子を好きになるのだろうかと考える。それとも、紗良たちの言う通り俺はゲイで、女を好きになる日は来ないのか。自分でもよく分からない。
 ガチでゲイだったら、やっぱりいろいろやばいよなと思う。叶うなら女とつきあいたい。男と寝るのは、ちょっと人とは違う趣味に過ぎなくて、俺はいずれ普通に女と──
 だとしたら、梨斗ともいつかは別れるのか。だよな、と思っても、心のどこかでそれが寂しい。
 つきあったら情が面倒なのは分かっていた。なのに、何で梨斗につきあおうと言われて、俺はうなずいてしまったのだろう。
 コーラを飲みほした梨斗は、空き缶をゴミ箱に投げ、俺の隣に腰かけた。俺の軆にしがみつき、匂いと体温を緩やかに肌に染みこませる。俺は梨斗の頬に触れ、身をかがめて唇を重ねた。梨斗は俺のTシャツを握って応える舌を伸ばし、俺はそれを吸い取るようにすくって蕩かす。
 ひかえめな水音が響き、触れてもいないうちから脚のあいだに刺激が届いた。俺は梨斗をシーツに押し倒し、上になると梨斗のTシャツの中に手をさしこむ。肌がほてっている。触れないように触れる指先を動かしながら、深くしたり淡くしたりしてキスを繰り返す。
 梨斗が俺の首に腕をまわし、軆が密着すると、俺は梨斗の首筋を舌でたどって耳を食んだ。梨斗が声を出して身を震わせ、その切ない声に、俺はさらに反応して前開きが苦しくなる。
 腰を落として梨斗の前開きに押しつけると、梨斗のそこも硬くなっていた。少し動かしてこすりあわせると、梨斗の声が上擦る。初めて寝たときより、梨斗の軆は慣れて敏感になっている。
 重ねた腰を揺すりながら、俺は再び梨斗の唇を塞いで声を飲みこんだ。お互いの軆をまさぐって上半身をさらすと、汗ばんだ筋肉に冷房がひやりとした。舌を絡ませ、梨斗の前開きのジッパーをおろし、下着越しに梨斗を丁寧につかむ。
 先端がもう濡れて、下着に染みていた。手を動かすと、梨斗は俺にぎゅっとくっついて声をこぼす。俺はキスをちぎって梨斗の耳元に唇を寄せ、「声聴きたい」とささやいた。梨斗は首を振ったけれど、俺にしごかれているうちに我慢できなくなり、かすれた声で喘ぎはじめる。
 俺は空いている左手で梨斗の頭を撫で、鎖骨や乳首に舌を這わせた。ほどよい塩味がする。下着もずらして直接梨斗の勃起を取ると、梨斗の軆がびくんと引き攣って、呼吸もわなないた。
 梨斗の下半身を脱がせると、俺は梨斗の勃起にキスをしてから口に入れた。梨斗の腰が引き攣り、声も高まる。その反応に俺の勃起もさらに脈打ったものの、梨斗と寝るときは、なるべく梨斗を優先するようにしているから、そのまま口でしつつ梨斗の後ろをほぐす。
 コンドームに並べてある使い切りのローションを手に取り、それを俺の手と梨斗の脚のあいだに垂らして滑るようにする。つきあいはじめて一ヵ月くらいで、梨斗も後ろをいじられることに慣れ、俺を受け入れられるようになった。それでも、早急に挿れることはせず、勃起に気を取らせて入念に柔らかくする。
 梨斗の後ろが息づいて、指を飲みこむようになると、俺も下半身を脱いだ。自分の勃起をこすって、しっかり硬くする。コンドームをつけ、梨斗にあてがうとゆっくり挿しこんだ。
 梨斗はシーツをつかんで、なるべく後ろの力は抜いてくれる。俺は腰を動かして先端に押しつけ、息が合った拍子にぐっと梨斗の中に入った。梨斗も息を吐いて、ひくつく体内に俺を受け入れていく。
 根元まで重なると、「入った」と俺は伝え、梨斗は潤んだ瞳に俺を映して「動いていいよ」と言った。俺はうなずき、ローションで濡れた梨斗をしごきながら、腰を使い出す。
 梨斗の中に自分をこすりつけて、快感が集まっていく。梨斗の中で反りあがった自分が、血管が浮かせていくのが分かる。俺の動きで梨斗の声も息も揺らめいて、突くたびに迫った喘ぎになっていく。俺を締めつけて、その中に勃起を押しこむと、蕩かせるような感覚が押し寄せる。
 俺は上体を倒して深く貫き、取り留めなく息を切らす梨斗に口づけた。頭の中が白波にさらわれていく。梨斗に名前を呼ばれ、俺も梨斗の名前を口にしながら、奥深くまで突き上げた。乱れる呼吸がもつれあい、どんどん熱が上昇して止まらなくなる。
「……っあ、だめ、……い……っく、っ」
 梨斗がうめいて、俺の首にぐっとしがみついた。手の中の梨斗が一瞬すごく硬くなって、血管がくっきり浮く。
 ついで、梨斗は俺の手にいっぱい射精した。その刺激に梨斗の中も痙攣し、その中で動くと摩擦が生々しく伝わって、俺も出してしまった。お互い激しく息切れして、重なったままベッドに脱力して、視覚がぼやけたまましばらく戻らなかった。

第四章へ

error: