ファッションマイノリティ-8

ありのままの愛を

「俺、中学生のときにさ」
「うん?」
「ゲイだってうわさの同級生がいたんだ」
 俺は美晴を見上げ、美晴は視線を空に放ったまま話を続ける。
「そいつがイジメられるのを俺はずっと見てた。教師にも、親にも、誰にもかばってもらえない。自業自得だろって目で、みんなそいつを見てて。だから、余計にゲイだって認めるのが怖かった。認めたら、あいつみたいに俺もめちゃくちゃにされるんだって。そいつ近所に住んでてさ、俺の親もあの子とは仲良くしちゃダメだとか言った。俺がゲイだって知ったら、親は……勘当でもすんのかな」
「その同級生は、まだ近くに住んでるの?」
「高校卒業して町出ていった。結局、何の接点もなかった」
「……そっか」
「そいつを見捨てたから。余計に、俺はゲイである資格もないんじゃないかって気がしてた。どっちつかずだったよ。ストレートじゃないし、ゲイとも認められない」
 美晴は軆に隙間を作り、手のひらで俺の頬を愛撫する。
「梨斗といて、やっと自分がゲイだって受け入れられた」
「美晴……」
「梨斗のおかげ。すごく楽になれた」
「俺も……美晴といると自分を好きになれるよ」
 美晴は優しく微笑み、「梨斗」と名前を呼んで俺の顔を上げさせると、そっと唇を重ねてきた。睫毛を伏せる代わりに口を開くと、柔らかな舌が俺の舌を絡め取り、蕩ける音が響く。
 やっぱり、美晴とのキスはなめらかでおいしい。軆に弱い電流が流れて痺れて、脚のあいだが反応してしまう。
 手をつないだまま、美晴は俺をベッドに押し倒して首筋に舌を這わせた。ぞくりとこみあげる快感に、俺は声をもらしてしまう。
 上になった美晴が腰に腰を落とすと、互いの勃起がこすれあってどきどきした。美晴は唇をちぎると上半身の服を脱ぎ、俺の上半身も剥き出しにした。そして俺のジーンズの前開きをおろし、勃起に触れてくる。
 俺はつないでいる手をぎゅっと握る。美晴の指が血管を伝うだけで過敏になって、ぴくんと動いてしまう。呼吸が震え、もっと触ってほしくて、思わず腰が動く。
 美晴は自分のものも取り出すと、俺の勃起に重ねて先走った液のぬめりで腰を動かした。こみあげた快感に俺は美晴の手をつかみ、もう一方の左手は美晴の首にまわす。近くなった唇を自然と触れ合わせ、喘ぎ声をときおり出してしまいながら腰を使う。勃起がどんどん充血して硬くなって、摩擦に敏感になっていく。
 後ろが物足りなさに疼いて、自然と美晴が中に欲しくなってくる。俺は美晴の耳元に口を寄せ、「中」とだけ何とか言った。美晴はそれでもすぐ挿入に移ることなく、指で俺をほぐしてくれた。
 中でうごめく美晴の指にも感じてしまい、頬や指先がほてって、上擦った声があふれる。脳裏が快感に覆われて思考力がなくなり、神経が美晴からの刺激に集中する。
 無意識に美晴の名前を呼んで、前はつっかえて言えなかった「好き」という言葉もこぼれてくる。ぼやける耳元に「俺も梨斗が好きだよ」と聞こえて、俺は筋肉がしっかり整った軆に抱きついた。
 まだ身につけていた服を脱ぎ散らかし、美晴はコンドームの上からローションを垂らし、角度を気にしながら俺の中に入ってきた。
 美晴が体内に入ってくると、胸まで貫かれたみたいに全身がいっぱいになる。硬い熱が中を動いて、ローションの水音が卑猥に聞こえる。俺の中を探るように動き、俺の弱い位置を見つけて、そこを突いてくる。
 俺は焦点の定まらない目をつむり、息を切らしながら美晴の動きに翻弄される。美晴は同時に俺の勃起もしごいてくれるから、本当に快感に堕ちてしまう。声が切なく絞られて、それに美晴のうめきや息遣いももつれる。俺は薄目を開き、上で汗ばむ美晴を見つめた。
 ああ、好きだな。
 俺、こいつが好きだ。
 俺のことを一生懸命気持ちよくしてくれるこいつが、俺は本当に好きになってしまった。
「……美晴、」
「ん……?」
「好き……」
「……俺も」
「もう、離れていかないで」
「そばにいるよ」
「俺とだけ……して」
「梨斗だけだよ。梨斗しか抱かない」
「美晴、っ……」
 じわっと大きく押し寄せた白波に俺は痙攣し、絶頂の糸口を感知する。美晴もそれを悟り、俺の中をうねるように動きながら、勃起をこすってくれる。
 荒くなる息に声が混ざり、俺も腰を動かして中の美晴を奥まで求める。のぼりつめそうな甘美な波が打ち寄せ、その刻みが細かく速くなっていって、ゆらりと手放しそうになるたび喘ぐ。
 美晴が俺を突き上げて、同時に勃起の根元をしごかれた瞬間、俺は声をこぼして一気に出してしまった。爆ぜているあいだは真っ白で、それが落ち着くと、中で動く美晴もコンドームの中に出しているのが分かった。
 美晴は引き抜くとコンドームをゴミ箱にやって、手の中にあふれた俺の精液を舐めた。「ティッシュで拭いていいよ」と言ったけど、「梨斗の精子だから」なんて言われて頬が染まってしまう。
 それから美晴はベッドに横たわり、俺の肩を抱き寄せてくれる。
「気持ちよかった?」
 前髪を梳かれて訊かれると、「うん」と俺はまぶたを伏せがちにしながらうなずく。美晴は微笑むと、「俺もよかった」と言ってくれた。
「美晴、俺と別れて行きずりとかはしてたんだよな」
「まあな。でも、梨斗が一番だったよ」
「ほんと?」
「今日は、抱きながら『好き』って言えたからもっとよかった」
「……うん。俺も」
 俺がはにかんで言うと、美晴は嬉しそうに咲って俺を抱きしめた。
「なあ、梨斗」
「ん?」
「俺たち……その、またつきあえるんだよな」
「えっ、違うの?」
「俺はつきあいたい」
「俺も美晴しか考えてない」
「じゃあ、また恋人だ」
「仲直りだね」
「よかった。ずっと……いろいろ無視してでも、梨斗を手離さなきゃよかったのかなって、後悔してたから」
「離れたから、大事なことも分かったよ」
「……そうだな。大事なことの中に、梨斗が俺を好きだっていうのがあってよかった」
「好きだよ。つきあうなんて、俺たちが幸せだったらいいんだよね。普通とか普通じゃないとか、人の目は気にしなくていいって、今なら分かったよ」
 俺の言葉に美晴は咲ってうなずき、「今日は泊まれるから寝るか」と俺の頭を撫でた。俺はこくんとすると、美晴の胸に甘える。
 美晴の匂いに、抱きあったあとの汗の匂いが混ざって、まろやかな匂いになっている。いい匂い、と思いながら目を閉じた。
 美晴の手が俺の頭を安んじてくれて、安堵感から睡魔がすぐに襲ってくる。そしてそのまま、意識が薄れて眠りに落ちてしまった。
 それから俺たちは、復縁したことをあちらこちらに報告した。紗良さん、そして凛那さんと琴生さんには、ちょうど三人が飲んでいるところに鉢合わせたので、まとめて伝えた。
「よかったじゃん」と紗良さんはにやりとして、「美晴が愛を知ったぞー」と凛那さんと琴生さんは美晴を揶揄っていた。
「さすがに、いつか梨斗と別れて女とつきあいます、とかもう言わないよね」
 琴生さんがにやにやしながら問うと、「言わねえよ」と美晴はばつが悪そうに答える。その返答に、凛那さんと琴生さんはテンション高くハイタッチする。
「梨斗も同性とつきあう自分は特別だとか思ったりしないよね」
 紗良さんは相変わらずジョッキでビールを飲んでいて、「しないです」と俺は言う。
「美晴とつきあいたいのは、自分を飾りたいファッションじゃないって分かりました」
「うん、いいお返事」
「美晴も梨斗のことはファッションじゃないよな」
「違うよ」
「うむ、ふたりともこじらせてたとこが治った感じだね。よかった」
 琴生さんはうなずき、「やっと妙な主張されなくなるわ」と紗良さんはお菓子をつまみ、「行きずりしなくなるのもいいことだな」と凛那さんは言う。美晴は苦笑して、「どうもお世話かけました」と三人に言った。
「こうなると紗良だな。恋人とかどうだよ」
 凛那さんに訊かれた紗良さんは、「先月いたけど、二週間で別れたなー」とひと口チョコを口に放る。
「二週間ってノーカンじゃん」
 凛那さんに崩れるようにもたれる琴生さんがけらけら笑い、「あんたらが長続きしすぎだっつうの」と紗良さんは琴生さんをじろりとする。
「それ褒め言葉だよねえ、凛那」
「てか、続かない奴のひがみだな」
「バカップルうるっさいしっ! 美晴、梨斗、こういう嫌味なカップルになんなよ」
「はあ……」
「俺は凛那さんと琴生さん好き……」
「梨斗は分かってるー」
「で、何で二週間で終わったんだよ」
「あたしのが年上だからって、何でもはらわせるとこにいらついた」
「金かよ」
「あと、ちょっと三万貸してとも言われた。保育士に三万はちょっとじゃねえんだよ。切れて振ってやったわ」
 紗良さんは吐き捨て、「うわー」と凛那さんと琴生さんは声を上げている。
 そんな会話に笑いながら、美晴は今日もジントニックを飲んでいる。俺は相変わらずオレンジジュースだ。
 俺は美晴の腕を引っ張って、こちらを向いた美晴に軽くキスをした。まばたきをした美晴に、「ひとりで飲んだときは苦かったけど」とジントニックのグラスを指さす。
「美晴のキスからの味なら好き」
 美晴はくすりと咲って、「酒飲めるようになっても、それは変わらないでほしいな」と言う。俺は微笑んで「変わらないよ」と美晴に寄り添うと、膝の上でぎゅっと美晴の手を握る。
 美晴が好き。男とか女とかじゃない。「美晴」が好き。それは結局、俺があれだけ欲した「人と違う特別なこと」なのかもしれないな、なんて思う。
 俺はこんなに美晴を愛している。これだけは誰にも負けないってくらい美晴を想っている。それが、俺を「俺」にしている、他人とは違う一線なのだ。
 美晴も俺も、同性とつきあうことをファッションだと思ってきた。美晴は自分を隠すものとして。俺は自分を飾るものとして。マイノリティぶって、自分を認めようとしなかった。
 でも美晴はおかしいところなんてないし。
 俺だってそれほどつまらない奴じゃない。
 ファッションなんていらないんだ。俺たちは俺たちのままでいい。正直になって、俺たちは初めて、お互いを愛していることを信じられた。
 好きな人とつきあえばいい。それだけのこと。人の目を気にすることじゃない。
 俺は美晴が好き。美晴は俺が好き。だから俺たちは恋人同士。
 はだかになって抱きあうと気持ちよくなれる、ありのままのすがたで愛しあう恋人同士なんだ。

 FIN

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