野生の風色-24

彼の人生なら【2】

「しかし、煙草ね。不良としてはありきたり」
「たかが煙草とは思うよ。でも、遥にはそれに続くものがあるっていうか……悪いほうに引っ張られていくんじゃないかな」
「おじさんたちには言わないの?」
「黙ってる」
「言えばいいじゃん」
「僕が止めたら、遥、反抗してもっとやばくなりそう」
 希摘は顔を上げて、穏やかな瞳をまじめくさらせて僕と見合った。そして、「確かに」と述べると彼は画面に向き直り、僕は首を垂らして息をつく。
「ほっとくほうが、煙草に留めさせておけるかも」
「やるとしたら、次は何だろ? 酒か。仲間か。夜遊びか。女か」
「薬とか……」
「えー。あんなん、神経イカれて最後死ぬんだろ」
「気持ちいいんじゃないの?」
「薬でしか気持ちよくなれない時点で、すでに死しかないんだろうね。合理的かもしれん」
「遥は人生楽しくなさそうだよ」
「あの中学にも、一応供給元はいるんだろ。ヤクザとつながる不良的な」
「いると思う。煙草で済むなら、煙草に留めるほうがいいよね。だいたい、遥が煙草に進んだのだって、お節介焼いた僕のせいなんだ。僕がほっとけば、遥はおとなしくしてるかも」
「そんな簡単かなあ」と希摘は宿でセーブし、イベントが起こる城に向かう。僕はそれを眺め、「遥の状態は、悪くなってると思う」とうつむいてつぶやく。
「こないだ見たんだけど……それが僕にはショッキングでさ」
「ほう」
「先週の金曜日、体育祭の予行演習があってね。僕、教室に鉢巻忘れて遅れちゃって、通った中庭で見たんだ。遥が同級生に暴力振るってるとこ」
「暴力」と希摘は意想外を受けた顔をこちらに向け、僕はどう答えたらいいのか無言でうなずく。
「それは、理由があって──って、見かけただけか」
「いや、割りこんだ」
「あら、勇敢」
「普通じゃなかったんだ。殴ったり蹴ったり、遥が……親にされてたようなことじゃないかな」
「暴力を振るわれた人間は、連鎖で暴力を振るうっていうね」
「うん。けどね、そのときはそんな単純じゃなくて、複雑に考えて、僕のせいかもって思ったんだ。だから割りこんだ」
「悠芽のせい?」と希摘は眉を寄せ、僕に投影した暴力かと思ったことを話した。続いて、割りこんだあとの遥の言葉で、彼が幼少期を思い出したせいかもしれないことも話した。「どっちよ」と希摘はまた眉を寄せ、「分かんない」と僕は首をすくめる。
「分かんないようにされた」
「んじゃ、どっちでもないのかな」
「え。じゃあ、何だったの?」
「それは分からん。しかし、ヘビーだね。親に教わった──か。すげえ皮肉だな」
「遥も殴られた人も、あのことは表に出なくていいと思ってるんだよね。僕、誰にも言えなくてさ。でも、そんな事実があったことを平然と黙ってるのもつらくて。で、ここに来た。希摘なら、ちゃんとした意見もくれるし」
 僕の言葉に、希摘は「へへ」と照れ笑いすると、「そうだなあ」と天井を仰いで考えてくれる。
「まあ、悠芽は自分を責めなくてもいいよ。間違ったことしたんじゃないし、お節介でもない」
「そう、かなあ」
「受け取ってもらえなかっただけだから。『気にかけてくれてありがと』って言えないみんなが捻くれすぎなんだよ」
 僕は首をかたむける。遥は捻くれている。言い換えると、問題がある。でもその問題を考慮したやり方も、探せばあった気もする。
「ま、遥くん次第だよな。煙草にしろリンチにしろ、ほっとけって言うならほっとくのも策じゃない? 好きでやってんでしょ」
「……ま、強制されてるってのはないよね。今んとこ」
「じゃ、好きにさせて、徹底的に落ちぶれさせてみたら? 自業自得で、痛い目に遭えばいいじゃん。ほっとけって言った自分に責任は負わせるべきだよ。心の傷を糧にするのは結構でも、力にするのは最悪だしね」
 それは同感でも、墓穴に追いこもうと放置するのは首肯しかねた。「家族なのに」と僕が視線を爪先に流すと、「まあね」と希摘は優しいようなつらいような瞳で笑む。
「ほっとけって言われても、引き止めるのが家族だよね。でも、たぶん、遥くんは悠芽たちを家族だと思ってない。だから、家族面されると捻くれるんだ。家族ならしても当たり前のことが、他人にされるとお節介になったりする。遥くんが悠芽のいろんな気遣いをお節介だって切り捨てるのも、そこにあるんじゃない?」
 僕は希摘を見つめて、「悠芽たちは片想いなんだ」と希摘は遠慮せずに言った。希摘らしい、鋭い、本質を見通した意見だった。
 そうだ。そうに違いない。そこが、僕たち家族と遥のひずみになっている。僕たちばかり遥を想い、遥は僕たちを家族なんて思っていないのだ。家族と思ってもらうことから始めなくてはならないのだけど、そうなろうと思って親しくすれば、それがすでに“家族面”になって逆効果になる。
 家族の態度などせずに、家族だと思わせる。それが要だけど──「そんなん無理だよ」とぼやくと、「だから、遥くん次第なの」と希摘は話を戻す。
「遥くんが家族になりたくないと思うなら、どうしようもないんだ。悠芽たちはやったよ。何がどうなっても、遥くんの選択の結果。自分の意志でやった行動の結果なら、責任は自分にあるんだ。冷たく聞こえるかな」
「……ちょっと」
「それは、遥くんの過去に同情してる湿っぽさだよ。何の過去もない奴だったら、それが当然だって感じるだろ。自分が選んでやったことなら、どう転がっても自分で責任取れって」
「………、うん」
「感情論で一緒くたにされがちでも、そういうのは、心の傷どうこうが弁解になる問題じゃない。心の傷は、責任を逃れる特権じゃない。親に虐待されたことに、遥くんに罪はなかったと思うよ。でも、その経験を落ちぶれる言い訳にするのは必然じゃないし、それで遥くんがぼろぼろになっても理解には値しない」
 冷徹な意見に、僕はとてもやり返せない。冷酷なまでの客観性だ。事実だと思う。
「でもさ」と僕は女々しくシャツの裾をいじる。
「落ちぶれたくなくても、傷の痛みに引きずりこまれてるってないかな?」
「だったら、さしのべられた手はつかみ返すよ。遥くんは悠芽たちの手をはねつけた。沼に引きずりこまれそうで助けてほしいのに、さしのべられた手をはねつけるってあると思う?」
「……ないね」
「多少不信感で躊躇う場合はあっても、悠芽たちはじゅうぶん、その手が裏切らないものだって伝えた。遥くんの認識なんだよ。善意に解釈してやるのも、愛想尽かす頃合いは来るよ。遥くんがそうしたいと思ってるなら、勝手に破滅に飛び降りさせるのもありじゃない? だって遥くんの人生だもん」
 僕は希摘と見合い、「まあね」と空中を見やった。勝手に破滅に飛び降りさせる。これもまた、希摘らしい見切った意見だ。そして、僕にできる最後の遥への気遣いでもある。
 遥の好きにさせる。責任は取らない。遥を墓穴に追いこみ、自覚させる。良質な気遣いではなくても、手厚い看病より、遥の不全な精神には効くのかもしれない。
 だが、ひどく無謀な賭けでもある。万一良くなるかもしれない代わりに、ほぼ確実に、遥は僕の家庭を断絶して精神を腐らせる。でも、それは遥が選んだ人生だ。どうせ家族になれないのなら、とっとと断絶させたほうがいいのか。
 でもなあ、と僕は煮え切らず、魔物に乗り移られた大臣に支配された城を進む希摘に、優柔な愚痴をこぼす。気の良い親友は、しょうもない卑屈にも丁寧な答えをくれて、「良くも悪くも、遥くんの領分を尊重しときゃいいよ」と励まして、僕はうやむやにうなずいた。

第二十五章へ

error: