上級生
僕の小さい手を、おにいさんの大きく熱い手が握っている。背中では、不格好に大きいランドセルがかたかたいっている。空いているほうの左手でランドセルの肩ベルトを握り、隣にいる友達と話すおにいさんを仰いだ。
おにいさんたちはランドセルはとっくに捨てている。僕の手を引く人はナップザック、向こうの人はデイパックだ。名札の色はふたりとも青で、六年生だ。僕は緑で、一年生だ。
真冬の空が低く曇っている。
学校が終わって、ひとりで下校していた。すでに友達はいなかった。教室にいて話しかけられたら答えるけど、放課後にまた集まって遊ぶなんて友達はいない。おとなしくて憂鬱な僕を仲間に入れても、雰囲気が悪くなると判断されていた。息を白く色づかせながら、指定の通学路を歩いていた。マンションの密集地に入りかけたところで、このおにいさんふたりに声をかけられた。
正面にかがみこまれ、「ひとりなの?」と優しく訊かれた。狼狽えつつも、現にひとりでとぼとぼ歩いていたので否定できず、うなずいた。
「じゃあ、俺たちのとこに遊びにこない?」
おにいさんを見た。僕はまだ瞳で不穏を読むすべを会得していなかった。おにいさんの笑顔に、公園で声をかけてくる人の笑顔に似通うものは感じても、それが自分にいいものか悪いものか分かっていなかった。
「暗くなる前に送るよ。友達と遊ぶ約束、ある?」
かぶりを振った。
「じゃ、いいじゃん。行こ」
おにいさんは僕の手を取って、歩き出した。脇に立っていたおにいさんも並行する。抵抗する理由を見つけられず、僕はついていった。
知らない人についていってはいけません。学校で先生やプリントにしつこく言われていても、おにいさんたちをその対象に入れていいのか分からなかった。知らなくても、同じ学校に通っている人だ。幼い僕には遥か大人に見えても、やっぱり小学生だ。こうやって手を引かれていても、周りには怪しくなどなく、かえって微笑ましいのだろう。自分で判断できない僕は、そんな傍目の視点で、別に泣きわめくことではないと見てしまった。
連れていかれたのは、一方のおにいさんの家だった。マンションの三階で、鍵はおにいさんが自分で持っていた。おかあさんのすがたがないことに、首をかしげる。当時の僕は、まだ母親と同居していて、帰宅したらおかあさんがいるのが当たり前だった。靴を脱いた僕は、おにいさんの自室に連れていかれた。
僕にクッキーとジュースを出すと、おにいさんたちはベッドに座って、雑誌や漫画をめくった。僕は床に座り、おとなしくしていた。効きすぎる暖房で頭がくらくらしていた。放られた雑誌のひとつが床にずりおちた。その表紙では、水着すがたの女の人が胸を強調して笑顔を振りまいていた。その雑誌が何なのか、そのときは分からなかった。
おにいさんのひとりが、床に座っている僕のそばに来る。右手で僕の頭を撫でると、もう一方でジーンズのジッパーをいじった。
「そこに座って」
言われた通り、ベッドサイドに座った。そしたら、おにいさんは僕を抱きしめてきた。
びっくりして硬直した。こんな冬なのに、汗の臭いがする。首を捻じって、もうひとりのおにいさんを見た。にっこりとされただけだった。
おにいさんは僕の唇に唇を重ね、舌で僕の口の中をあさった。何なのか分からなくて、頭の中はぐるぐるしてきた。息が苦しくなってもがくと、ちゃんと解放され、それ以上嫌がる隙を掠取されてしまう。
もうひとりのおにいさんも来て、ふたりは僕の服を脱がせた。おにいさんの脚のあいだは、ジーンズの下ではりつめていた。おにいさんのひとりは僕のすべすべした肌に触って、自分であそこを握った。もうひとりのおにいさんは、ジッパーを下ろして僕の前に立った。
生えはじほめた陰毛の中のそれを腫れあがらせ、舐めるよう要求してくる。羞恥や暖房のめまいで思考力が低下していた僕は、少しだけ舐めた。「もっと」と言われた。もっとそうした。先っぽじゃなくて、別のところも。ちょっとくわえて。もっと入るんじゃないの。ほら。入れてごらん──
要求は加速して、僕はおにいさんの性器を頬張って、しゃぶらされていた。喉がつまって、血管がどくどくいうのが頭を揺すぶった。怒張がいっぱい反り上がったとき、おにいさんは僕の口からそれを外して、自分の手の中に白く濁ったものをまきちらした。つんとした、公衆トイレのような臭いがした。
続いて、隣で自分でしていたおにいさんも僕に同じことをした。こっちのおにいさんは抜くのが間に合わず、僕の口にその変な臭いのどろどろを散らした。僕は咳きこんで涙をこぼした。おにいさんは謝って、僕をあやした。
そのあとも何回か同じことをされた。僕の軆は、おにいさんのどろどろに汚れていった。
窓の向こうが薄暗くなってきて、おにいさんたちはそれをやめた。僕の軆を濡れタオルで丁寧に拭いた。僕は自分がしていた──させられていたことが、いったい何だったのか分からなかった。ただ気持ち悪かった。おにいさんのひとりはささやいた。
「これは俺たちと君の秘密だよ。誰にも言っちゃいけないからね」
優しい言い方に、こくんとするほかなかった。おにいさんは僕の頭を撫でると、約束通り僕を僕の住むマンションまで送った。
マンションの入口には、おかあさんが立っていた。僕とおにいさんたちを見つけると、駆け寄ってきた。「公園にひとりでいたんです」とおにいさんたちは嘘をついた。おかあさんはおにいさんたちに頭を下げ、僕をしかった。僕はおにいさんを見上げた。おにいさんたちは僕を見なかった。
おにいさんたちと別れて、おかあさんとエレベーターで家のある十一階に上がっていった。「一度家に帰ってからにしなさい」とか「あの人たちが気遣ってくれなかったら、どうなってたと思うの」とか、おかあさんは僕に小言をこぼした。僕はおにいさんたちにされたことを言おうと思ったけど、結局言えなかった。
エレベータが十一階に着いて、僕はうつむいておかあさんについていった。口にはあの白濁の味がしていた。その苦味に何でこんなに泣きたいのかさえ、そのときの僕には分からなかった。
【第二十章へ】