揺籃に花-2

気になる音

 ホテルで“休憩”を取ると、俺もキキもシャワーは浴びているから、そのままベッドに倒れこんだ。並んで横たわって向かい合い、お互いの軆をまさぐりながら口づけあう。
 キキの指先は鋭利なくらい男の刺激を知っていて、追いつめるように俺を熱く硬くしていく。俺は唇をちぎると、キキのシャツを脱がせて、ほてった白い軆を抱き寄せた。背骨に指を伝わせながら首筋をすすると、キキの呼吸がまろやかにすくむ。
 キキは、演技なのかどうかが分からない。例えば俺なら、女に股間を揉まれたって鳥肌しか立たない。でも、キキの反応は確かに感じている。色づく肌。高まる体温。したたる先端。俺のものをくわえて湿らせ、器用に喉の奥まで使って昂ぶらせる。
 俺はキキのヘアピンをはずし、落ちた髪の房をつかんで集まってくる快感のままその頭を動かす。絡みつくキキの舌に吸い取られるように、一度、俺は射精してしまう。こく、こく、と喉元を動かして俺を飲み乾すすがたがかわいい。
 一度いったくらいで、硬さはほどけない。俺はシーツに手をつかせたキキをしごいて、先走った液をすくい、指でそこを開く。まあ一発売ってきただけあって、すぐ柔らかくなるのだけど。硬くなったキキは、俺の指の動きを敏感に感じ取り、口元からこちらも焦れったくなってくる喘ぎをもらす。
 うわ言のように「早く」ともらし、求めて腰を動かす。やっぱり、演技か本気か分からない。俺も興奮しているせいかもしれない。まあいい、今度確かめよう。そう思ってまた買うことを決めて、俺はゴムをつけてからキキの体内をつらぬく。
 キキの中は、仕事柄もう狭さはないけれど、締めつけが強い。腰をぶつけるとキキの軆まで揺すぶられる。響く刺激に息が切れる。キキの背中に軆を重ね、奥まで突いてこすりあげる。キキの切ないような声が、鼓膜から俺の腰を追い立てる。
 あ、やば──……
 そう思ったときには、キキの中で達していた。猛った脈のまま、自分が痙攣しているのが分かる。急いていた息遣いが大きなため息で途切れて、俺は引き抜いてシーツに仰向けになった。
 キキはベッドの上に座りこんで、器用に思えるのだが、出さずに勃起をするすると解く。俺はキキの股間に手を伸ばして、「うまくできてるな」とつぶやく。
「毎回いってたら、仕事にならないよ」
「いくときもあるよな」
「気分が乗ってるときもある」
「キキって十五だっけ」
「うん。中三。学校なんか行ってないけど」
「十五って、もっと猿だよなあ」
「そう?」
「俺の弟は猿だな」
「ああ、聞いた感じ猿だね」
 俺は喉の奥で笑い、「ホモの兄貴の部屋の隣でやめてほしい」と寝返りを打つ。
「姉貴はまだ処女?」
「たぶん。分かんないけど。適当にどっかで食ってもらってるのかも」
「ここんとこ痣ないね」
「うん。弟が咬ませ犬やってくれてるしなー」
「猿になったり犬になったり大変ね」
 思わず噴き出し、俺は起き上がってティッシュで後始末した。「シャワー浴びてきていい?」と言ったキキにうなずいてから、「待った」とほとんどくせで財布から諭吉をふたり渡す。
「毎度」とキキは受け取ってそれを財布にしまうと、「これでも聴いてて」とリュックからヘッドホンとそれにつながるリモコンを放って、バスルームに行ってしまう。ここで逃げる心配がある客なら、もちろん一緒にシャワーを浴びるよう誘うらしい。俺は服を着てベッドに突っ伏し、ヘッドホンをかぶると再生ボタンを押す。

  あふれかえる記憶の中で
  溺れて息もできない
  愛されなかったよ
  なぜ救われなかったんだ神様
  窒息するまで暴力は終わらなかった

  激痛 麻痺 壊死 空洞

  これ以上、何があるっていうんだ

  もういいだろ
  これ以上俺を
  なあ、もういいだろ
  これ以上俺を

  これ以上俺を殺さないでくれ

 また知らない、と思った。キキはよく音楽を聴くみたいで、流行っているメジャーな曲、デビューしていないマイナーな曲、いろいろ聴いている。この曲の声も俺は知らない。とりあえず初めて聴く。デスボイスとメロディが混ざって、いわゆるスクリーモっぽい。
 嫌いじゃないかも、と勝手にリピートにしていると、キキが服を着て戻ってきた。ベッドスタンドのヘアピンを手にして、しっとりした髪を留める。俺はヘッドホンを下ろした。
「これ何て奴?」
「ん」
「バンド?」
 キキはヘッドホンを耳を近づけ、「あー」と声をもらした。シャンプーとボディソープがふわりと香る。
「何だったかな。る、る……あ、LUCID INTERVALだ。うん、バンド」
「デビューしてる?」
「してないよ。ライヴ良かったから、物販で音源買っただけ」
「けっこう好き」
「ライヴ行けば、四曲入って五百円だった」
「マジか。でも、ライヴとか時間帯が完全に引きこもってるんだよなー。家族の顔見たくないしなー」
「そいつらのブログ見て決めれば。おもしろいよ」
「検索で出る?」
「出ると思う。スペル分かる?」
「分からない。メモる」
「ケータイまだ持てないの」
「PCで何とかなってるしなー」
 言いながら、俺は財布から適当なレシートを取り出し、その裏にキキにバンド名を書いてもらった。
“LUCID INTERVAL”──字面は見たことがある気がした。こういうふうにキキにバンドやユニットを教えてもらって、サイトを覗いたりするから、告知の対バン相手とかで妙に名前だけは知っていたりする。
 そのとき、ベッドスタンドの電話が鳴った。午前四時。たぶんフロントだ。キキが「今から出まーす」と伝えて、俺も荷物をまとめた。
 部屋をあとにしてエレベーターで一階に降りると、顔見知りだったのか、キキとフロントは「いえーい」とハイタッチをする。
「キキはこのあとどうすんの」
 フロントと軽く話して、先にドアの脇で待っていた俺に駆け寄ってきたキキに訊く。
「帰る。美羽も?」
「だな。六時までには帰らないと誰か起きてくる」
「変な門限だよね」
「るさい」
 ドアを開けて、キキをピンクのネオンが盛る外にやり、俺も続く。まだ空は暗い。しかし周辺のクラブやバーは、だいたい朝五時か朝六時に閉じるから、ネオンもまだきらびやかなままだ。
 人通りは減ってきていて、ちょっと肌寒い。分かれ道まで歩くと、「じゃあな」と俺はいい匂いがするキキを少し抱き寄せた。
「また会ったときに」
「うん。気をつけて」
「ありがと」と咲うと、俺はキキを離れて街の外側へと歩き出す。キキはいつも俺を最後まで見送る。どこに帰るのか分からないように、だろうか。
 空気が蒼ざめ、しんと冷えこみ、静まり返った時間帯に俺は黙々と歩いて帰宅する。途中コンビニで、温めた弁当と冷蔵庫を補充する食料を買っていく。
 そうして、今日もビニールぶくろを提げて午前五時半に家にたどりつき、家族の誰にも会わないまま、部屋に閉じこもる。
 まだ眠くはない。寝るのはいつも昼前だ。そのあいだは基本的にヘッドホンをして、違法アップロードされた曲を聴きながら眼鏡越しにネットを泳ぐ。
 財布をたぐりよせると、俺は例のレシートの裏のメモを打ちこんで検索にかけた。先に来たのは“LUCID INTERVAL”の意味だったが、一応一ページで『LUCID INTERVAL Blog』がヒットした。たぶんこれだよな、とリンクをクリックすると、銃創がいくつか散った白背景に黒文字のシンプルなブログが表示される。
 運が悪いと三日ぐらい続く幕の内弁当を食べながら、ページをスクロールさせていく。
 キキはブログがおもしろいとか言っていたが、内容はライヴ告知が続いた。おもしろくねえよ、と梅干しの種を吐き、サイドバーのカテゴリを見てみた。“告知”──のほかに、 “残像”、“幻聴”、“うわごと”がある。何だか、すべて気違いのにおいがするのだが。
“残像”はライヴ後の感想を画像つきで説明しているものらしかった。“幻聴”では好きなミュージシャンを上げている。“うわごと”が日常カテなのかと思ったら、一記事しかない。でも、その記事を読んでキキの言葉が分かった。

『初ライブ決まったし、ブログとか始めてみる。軽く自己紹介。
 雷樹らいじゅ(vocal)
 保摘ほづみ(guitar)
 透由つゆき(base)
 真砂まさご(drams)
 俺たちはもともと同じ施設で育った。児童養護施設って奴。みんな親に虐待されて保護されたガキだった。された虐待は全員ばらばら。殴られた奴、無視された奴、なじられた奴、犯された奴。いろいろ。
 保摘と真砂は昔からギターの兄ちゃん(施設出身)と楽器触ってた。俺(雷樹)と透由は十五で一緒に施設出たけど、犯罪ばっかですぐ更生施設入れられて、やっと出ても監察食らってた。帰る家もないし、施設に戻ったら例のギターの兄ちゃんがXENONのアルバム貸してくれて、すげー感動して、俺と透由はそれから音楽始めた。
 それが俺と透由が十七、保摘は十六、真砂は十八のときで、去年。音楽で食っていけるわけがないって分かってる。でも今、俺たちには音楽しかない。音楽をやってないと正常な精神を保てない。音楽をしてるときだけ生きてることを嬉しいと感じる。
 そういうイカれた連中のバンドです。よろしく。』

 虐待。そういう形容は思いついたことがなかったが、俺の家庭もそうなるのだろうか。
 おもしろい、というか──興味深いとは思う。この記事が二年前の日づけなので、今は全員俺より年上になっているのか。ふうん、と弁当を食い終わって煙草をふかして、改めて“残像”の記事を読みあさっていると、ライヴ行ってみたいな、といよいよ思ってきた。
 だが、昼前にどうにも眠たくなり、眼鏡をはずすと煙草とライターを持ってのそのそとベッドにもぐりこんだ。
 どうやったら家族に会わずにLUCID INTERVALのライヴを観に行けるかを考えていた。日中、父親は仕事に行く。弟は一応学校に行く。姉は今は働いていなくても、バイトが決まれば出る。母親がどうにもなかなか留守にしないのだ。買い物のときぐらいだが、気配がつかめない。
 それでも、前日の晩に朝帰りせずにファミレスで寝るか、あるいは徹夜でライヴの夜に持ちこめば、行けるかもしれない。次のライヴいつだろ、と思ったけど、今はもうベッドを出たくない。まあ明日チェックしよ、とあくびを噛むと、そのまま眠りに落ちていった。

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