Koromo Tsukinoha Novels
僕を女手ひとつで育てたかあさんが死んだ。桜が満開の春で、僕は二十歳、かあさんはもうじき四十一になるところだった。原因は慢性のアルコール中毒だった。
正直、めんどくさい母親だった。僕が子供の頃には自傷がひどく、心療内科で薬をもらっていて、泣きながら何度も死のうとした。
仕事も続かないし、クビになっては風俗を試して帰宅して吐いて、すぐ出勤をばっくれて。僕が小学生になる頃、ようやくママと気が合うので続きそうなスナックで働きはじめた。
ママは僕のこともかわいがってくれたし、僕が初めて好きになった女の人もお店のお姐さんだった。だから僕は、かあさんが水商売をしていることを後ろめたいとは思わなかった。それより、自殺の真似事をされるほうが恥ずかしいと思った。
かあさんは僕を高校には行かせてくれたが、大学に進める余裕はなさそうだった。だから僕は、十八歳のときからコンビニの深夜勤にありついて、週六で働いた。
「昌恭は大学行きたいの?」
「え、別に。何で?」
「すごく働くから」
「………、かあさん、手首切らなくなったよね」
「何、いまさら」
「もう平気なの?」
「平気ではないけど、我慢できるようになったの」
ちょっと自慢気に言ったかあさんに僕は咲って、「だったら、そんなかあさんにご褒美だから」と卓袱台に豚肉の生姜焼きと白いごはんを置く。かあさんは家事をあんまりしなくて、基本的にそれは昔から僕の仕事だ。
「出勤減らしなよ。お酒、止められてるんでしょ」
「……何で知ってるの」
「先生から連絡来たよ。僕から言ってくれって」
「でも、かあさん、ほかの仕事できないと思うし──」
「だから、僕が働く。かあさんは、ここでゆっくり漫画の積読を消化してなさい。すぐ全巻セット買うんだから」
かあさんはちょっとむくれたものの、「まだかあさん、隠居って歳じゃないのになあ」と言っていた。
今日の出勤前、食事のときの会話だ。僕は食器を洗って、二十一時に家を出て二十二時からシフトに入った。週末なのでかあさんはオフだった。朝まで働いた僕は、まばゆい朝陽に目をこすりながら帰宅して──
かあさんが、眠っているのではなく冷たくなっていることに、少し経ってから気づいた。
僕は誰に連絡すればいいのか混乱して、ママに電話をした。ママはすぐ部屋に駆けつけてくれて、かあさんのかかりつけの先生とか、このアパートの大家さんとか、あまり接したことのないかあさんの親に連絡しておくように指示してくれた。
僕はそうしながら、かあさん死んだ、と夜勤明けでぱさぱさした頭で考えた。昨日の夜には、一緒に生姜焼きとか食べていたのに。
それから、しばらくばたばたした。かあさんは家出して僕を生んだ。だから祖父母は冷たいかと思ったら、葬儀では涙を落としながら喪主をしてくれた。そして、僕に一緒に住まないかとも提案してくれたけど、「大丈夫です」と僕はかあさんがいなくなった部屋にひとりで住み続けた。
かあさんが残したのは、洋服、アクセサリー、化粧品、そして大量の全巻セットの漫画だった。読まずに死ぬとはかあさんも思っていなかっただろう。代わりに僕がそれをゆっくり、一冊ずつ読んでいった。そんな漫画のあいだに、そのノートは隠すように挟まれていた。
大学ノートよりひとまわり小さいただのノートだったけど、表紙に『エンディングノート』と小さく書かれていたのでどきっとした。すぐにめくってみると、見憶えのあるかあさんの字が並んでいた。
『突然こんなノートを書こうと思いました。
今夜は四十歳の誕生日です。
四十歳は、人生の折り返し地点らしいです。』
何だ。何の皮肉だ。四十歳の誕生日。去年だ。これを書いた翌年に、かあさんは死んでしまうことになったのに。
『といっても、何を書いたらいいのかな。
たいていの暗証番号は昌恭も知ってるもんね。
SNSのパスワードとかかな?
まずは、そういうの全部、一応書いておきますね。』
かあさんが持っていたらしい、あちらこちらのSNSのIDとパスやらが書かれていた。それだけで一ページが埋まったので、「どんだけ複アカ持ってたんだよ」とその数に苦笑してつぶやいてしまう。
『今検索して調べたら、自分史とか書く人もいるんだね。
でも、私の人生なんて誰も興味ないよねえ。
ただのろくでもない人生だから。
昌恭を生んで、育てたことだけは頑張ったけれど。』
僕はそのノートをめくっていった。一年間で、かあさんはけっこう頑張って書いていたらしい。ママ、同僚、主治医、祖父母、オンオフ問わない友人、いろんな人に宛てたメッセージが長く続いた。
『昌司さんへ』
その中で、そんな見知らぬ男の名前が出てきた。僕と名前と同じ字……。まさか、と急いでそれを読み始める。
『今頃、どうされていますか。
あなたに捨てられてでも生んだ昌恭は、立派に育ちました。
あなたは私を情けないといつも言ったし、実際に情けない母親でした。
でも、昌恭は優しい青年に育ったと思います。
あなたもあなたで、どこかの誰かと子供をもうけているのかもしれませんね。
あなたがその子をちゃんと愛していますように。
昌恭のことは祝福してくれなかったけど、それを繰り返していないことを祈ります。
そして、あなた自身も幸せにしているといいな。
私は幸せですよ。
そう思えるから、自分を傷つけることもなくなりました。
あなたではなく昌恭のおかげですが、あなたがいなければ昌恭はいませんでした。
だから、ありがとう。
あなたを愛してよかったです。』
父親のことは、かあさんに聞いたことはなかった。かあさんは語らなかったし、僕も尋ねなかった。父親はただの「存在しない人」で、意識することもなかったぐらいだ。
でも、かあさんは忘れたわけではなかったのか。というか、昌司って……かあさんは恭恵という名前だから、「昌恭」という僕の名前ってめちゃくちゃ単純じゃないか、とまた苦笑いがもれる。
『昌恭へ』
続いて僕の名前が出てきて、どきりとノートを持つ手に力が入る。
『このノートを一番最初に読むのはあなたでしょうね。
ということは、そのとき私は死んでるのかな。
どのぐらい一緒に過ごせたのかな。
あなたのパートナーや、あわよくば子供にも会えたあとだといいなあ。
私の子供として生まれて、長いあいだ一緒に生きてくれてありがとう。
昔から私は昌恭に迷惑ばかりかけていたね。
リスカしたり、薬ないと生活できなかったり、すぐに「死んだほうがいいのかな」と言い出して、みじめな母親でした。
でもね、あなたがお腹に来たとき、頑張ろうと思ったのは本当なの。
好きになった人の子供が欲しいと思って、ほんとにお腹に来てくれたあなたに感謝してもしきれない。
昌恭がいなかったら、もっとひどい人生だったよ。
生まれてきて、家事もやるくらい私を大切にしてくれる子に育ってくれてありがとう。
昌恭が大好きです。
どうか、幸せな人生を送ってください。』
僕は震えかけた息を飲みこみ、終わりかけたページをめくる。
『介護とかお葬式の希望とかも書くものなんだって。
うーん、介護の手続きもお葬式のやり方もよく知らないから、まずそれを調べてからね。』
葬式はじいちゃんとばあちゃんがやってくれたよ、と思ってももちろん届かない。
かあさんは親の話もあまりしなかった。だから、僕も祖父母には嫌われていると思っていたのだ。でも、実際には葬儀で祖父母は僕に優しかった。
『ノートが終わっちゃうなあ。
結局、お世話になった人へのメッセージがほとんどだね。
読み返してみると、私もたくさんの人に支えられてきたんだなあ。
なのに、自分の人生をろくでもないなんて言っちゃいけないね。
恵まれてました。
私に一番似合わない言葉だけど、生まれてよかったな。
確かにしょうもないこと、腹が立つこと、哀しかったこともたくさんあった。
でも、私は昌恭の成長を見守れる幸せな一生を送れたと思う!
これ書いてる今は、まだ人生折り返し地点なのに言い切ったけど。
人生を駆け抜けたとき、きっと私に後悔はない。
みんな、ありがとう。
って紙面がないや!
まだ書けてないことあるし、今度二冊目を買いにいこう。』
僕は唇を噛んで、早すぎるよ、と思った。こんなノートを書きはじめて、死ぬまでが早すぎる。
たった一冊。もっと何冊も読みたかった。僕はかあさんの人生について聞いてみたかった。祖父母のことも、父親のことも、オンラインも含めた友達のことも。かあさんにとってどんな人だったのか、たくさん話してほしかった。
滲んだ涙をこすって、いつのまにか日が暮れていることに気づいた。アパートの裏の桜の木が、薄暗くなった窓の向こうではらはら花びらをこぼしている。
かあさんは、いつもつらそうで。僕ができたせいで、自由に死ねないのではないか。そんなふうに思うときもあったけど、そんなことはなかったのだ。僕は生まれてよかった。
そんなふうに思われていたなら、ますますもっと恩返しすればよかったな。ドクターストップをママにも話して、早く仕事を辞めてもらって、ゆっくりさせてあげればよかった。これからやっていくつもりだったのに、そこまで仕事で蓄積したアルコールが毒になっていたなんて。
そろそろ、バイトに行かないといけない。僕はひとりになったけど、何となく、かあさんが見守ってくれているのは感じる。だから、僕も幸せになることを怠けずに生きていこう。
このエンディングノートは、貸せる人には貸して読んでもらおう。伝えられる人には僕が伝えよう。
そろそろ人生半ばだと思ったとき、かあさんが死ぬ前にはメッセージを残したいと思った人たち。僕からも「ありがとう」を添えて、かあさんの想いをその人たちの心に遺してあげたい。
FIN