IN BLOSSOM-18

帰ってきた場所

「よしっ、やっぱ四人で行けばしづ様コンプ、完璧だ」
 エレベーターで、手の中に揃ったメニュー特典や限定グッズを確認しながら、あたしはにやにやしながらつぶやいた。絵鞠は一緒にあたしの手元を覗き、未佑希はあくびをして、海は肩をすくめている。『クリスタルメイズ』のコンセプトカフェの帰り道だった。そう、ついにあたしがいつも利用している店舗の上の階にも、毎月コンセプトが変わるアニメカフェがオープンしたのだ。
 勢いも根強さもある『クリスタルメイズ』だ、もちろん席は事前の全日予約抽選だった。あたしには当選メールは来なくて、見事に外れた。メールの来なかったスマホをぶんぶん振って、「だからアカウント取って応募協力してって言ったじゃんっ」とお弁当を食べる親友共にわめくと、「知るかっ」と未佑希にはたかれ、海にはあきれたため息をつかれた。「でもー」とミルクプリンを食べていた絵鞠が、スマホをいじりながら言った。
「当日キャンセルがわりとあるみたいだよ?」
「何だとっ」とあたしは絵鞠の手元に食らいついた。「ほら」と絵鞠はどこかの掲示板らしいページを表示させている。調べてくれたらしい。
「えー、何だ、『朝早くから並ぶと、少し先着の席が用意されてるときもある』──マジかっ」
「絵鞠、余計な情報をこいつに流すな」
「ねえ、嫌な予感がするんだけど」
「よしっ、お前ら今度こそ協力しろ。始発で並ぶぞ」
 あたしがぐっとこぶしを作って宣言すると、「ざけんな」と未佑希が一蹴した。
「嫌だ、絶対に嫌だっつの」
「季羽、センター試験ひかえてるのよ、私たち」
「いいじゃん、お前らはただ食いまくってくれればいいから。そう、しづ様を確実に出すために数でいく」
「スイーツあるの?」
「あるよ。フードもドリンクもあるよ。けっこううまいらしいよ」
「じゃあ、四人で勉強の息抜きのお茶と思って行こうよー」
「絵鞠は季羽の趣味に甘すぎるわよ」
「つか、始発という時点で息抜きになってねえだろ」
「よし、じゃああたし本気出すわ。しづ様をすべて出すために、このカフェではおごってやる」
 三人は顔を合わせた。これはさすがに効いたらしい。「しょうがねえなあ」と未佑希がつぶやき、「そんなに無闇に食べないわよ」と海も言って、「いえーい」と絵鞠はあたしとハイタッチした。
 そんなわけで、クリスマスも近い空気がきんと冷たい十二月の朝、あたしたち四人は始発で街に出て、カフェとショップが入ったビルに向かった。
 土曜日だった。五時台の始発で来たのに、すでに並んでいる猛者がわずかながらいて、一番乗りにはなれなかった。午前八時過ぎくらいまで待ったと思う。一階のフロアにまで通され、あっという間にそこは乙女たちの熱気とざわめきがあふれかえった。
 まだ制服にも着替えていないスタッフさんが声を上げて列を正し、うわさ通り先着の受付を始めた。そして、順番がかなり早かったおかげで、あたしはお昼からの席で四人分の席の整理券を手にした。
「ふふふ、あたしのしづ様への愛が勝った」
「あのスタッフさん、絶対内心うんざりしてたぞ」
「この空間はちょっと理解しがたいわね」
「季羽、あの人もすごいしづ様ぶらさげてる」
 そんなことを話しながら、あたしたちは隣のビルに入っているファーストフードで時間をつぶした。「食うならカフェで食えよ」とあたしが言うので、四人とも飲み物だけだった。無駄話はこの四人なら得意なことだから、時間をつぶすのには困らなかった。そうして十三時半、いざカフェに出陣すると、九十分のあいだで三人に好き勝手メニューから注文させた。もちろん、あたしもひとつでも多く注文した。
 吐きそうになっても飲み食いして、ここは本気でしづ様のために軆を張る。女の店員さんはだいたい『クリスタルメイズ』のキャラのコスプレをしている。「このシステムがキャバクラとどう違うのかが分からん」と未佑希がつぶやき、「いいから食え」とあたしはランダム配布なだけに数を打つしかない特典が来るのを待った。
 待つあいだのガチャも、ひとり二回までと厳しかったけど、四人いるから八回チャレンジできる。かくしてあたしは、しづ様のクリアしおりとコースター、そしてガチャから缶バッジとラバストを手に入れた。
 ほかのキャラももちろん出たけど、それはそのキャラ推しの人を店内で探して、その人がしづ様を持っていたら交換してもらったり、あるいは譲ってしまったりする。そして仕上げに、カフェ限定のグッズもお買い上げしておいた。
「はあ、満足だ。吐きそうだけど、しづ様コンプしてマジ幸せ」
「スイーツおいしかったねー。何か私まで写メ撮ったくらいかわいかったし」
「季羽はうまいとか飾りつけとか分かってないレベルで食ってただろ」
「思ったんだけど、体重計に乗れなくなるより、中古で手に入らないのかしら」
「分かってないね、海さん」
 あたしは宝物になったグッズをぎゅっと抱きしめる。もちろん、皺は入らないように。
「こういうのは、戦利品なの。闘って手に入れるから、やっぱり価値があるの。中古という手も確かにある。だがな、実際に吐いてでも食って、直接手に入れるから嬉しいんだよ」
「じゃあ、体重計も乗れるのね?」
「……いや、しばらく断食はするけどな」
 三人は噴き出し、あたしは親友共を順番に小突く。そして、ビルを出る前に特典を丁重にバッグにしまった。
 寒くてもよく晴れた空をビルの隙間に見る。ツインテールが冷え切った風になびく。駅までの道のり、かたわらの車道では車がせわしなく行き交っていた。
 本当に、ちょっと吐きたいのだけど。それでもやっぱり幸せだ。
 しづ様がまた、あたしを満たしてくれるようになった。夏、あたしは彼女を想って、彼女でいっぱいで。心はもう埋まらない気がしていた。終わったつもりでも、手に入らなかった空洞は、始まりもしなかった関係は、どうしようもない傷を残すんじゃないかと怖かった。届かなかった喪失感は、しづ様すら追いつかない気がしていた。
 それでも、今はまたしづ様を追いかけて、しづ様を想って。しづ様に見合う女であるために、いろいろ頑張ることができて。元通り、どうしようもないあきれたヲタとして、生きていくことができている。

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