茜さす月-7

言えない想い【1】

 萌香がどんなふうに穢されたかを、よく見つめて、正確に憶える。そのあと、目で、指で、舌で、俺がそれをたどってあげなきゃいけないから。
 そのために、俺はやっと萌香に触れることができた。帰り道を束縛して、手をつなぐだけなんて嫌だ。萌香の身近には、もう萌香に近づける男がいるなんて、本当にいらいらする。俺は急いで萌香を手に入れなくてはならなかった。だから、萌香をあんな男の手の中に突き落とした。
 そして、それを「綺麗にする」ために、俺は萌香と愛し合った。
 あの部屋に通うようになって、今度の夏で一年になる。男と萌香の関係は深まっていた。萌香に触りはじめたら、男はゲームをしている俺のことなんか一瞥もしない。だから俺は、ゲームの画面を止めて、その行為をじっくり見つめることができた。
 中学生になった萌香は、まだ紺色のセーラー服を着ていて、男に抱きしめられて表情をこらえる。手が服の中に忍びこんで、下着を引きずり落として、ふくらんでいく乳房を確かめる。ついで男は萌香をフローリングに倒し、スカートをたくし上げ、広げた脚のあいだに顔をうずめる。下着を涎で濡らし、舌の動きは布越しで、焦れったさで萌香を敏感にしていく。
 目を閉じた萌香は、俺のことを見ない。
 男は萌香に口でさせて、中を指で慣らして、勃起したもので体内を犯した。萌香は抱え上げられた腰から全身を揺すられ、合わせて綺麗な長い黒髪が床でせせらぐ。萌香は虚ろに視線を天井に泳がせ、男の劣情に感染していく。
 俺はそれを見ている。萌香が汚染されていくのを、食い入って見ている。
 終わると、萌香は素早く服を着て、俺の手をつかむ。その瞬間から、俺たちの秘めごとが始まる。
 男の部屋をあとにすると、部屋まで我慢できないぶんだけ、アパートの影にまわって、爛れた軆をキスで癒す。萌香の舌は、あの男の性器の味を残していて、それが吐きそうに哀しい。だから俺は、唾液でそれをすすいで、飲みこまずに地面に吐き捨てる。
 萌香は俺を抱きしめて、「早く帰りたい」と甘える。まだ俺のほうがずいぶん身長が低くて、背伸びしないと萌香の頭を撫でられないのが悔しい。俺たちは駆け落ちのように急いで、家に帰って部屋にこもって、やっと仲のいい姉弟でなく肌を重ねる男女になる。
 ベッドサイドに座った俺の性器を、萌香は床にひざまずいてしゃぶって、お互いの意識をくらくらと陶酔させていく。俺は萌香の髪に指を通して、耳や唇にも触れて色味を持たせていく。
 少し口を離した萌香は、愛おしそうに頬を当てて俺の名前を呼ぶ。その声があまりに切ないから、俺は泣きそうになってしまう。
 力のついてきた腕で萌香を引っ張り、ベッドに引きずりこんだ。えんじ色のスカーフをほどいて、下着もはずして、萌香の乳房の感触を俺の手のひらで塗り替える。乳首を吸って、舌で転がすと萌香は壊れそうな甘い息をこぼした。
 萌香の下半身の下着を、ちぎるように脱がせると、そこは熱っぽく濡れて、ほのかにひくついている。腫れた核を、湿った入口を、すくうように指で撫でて、萌香の痙攣に合わせてこする。
 萌香の性器は本当にかわいい。血が通ったピンクで、俺の指や舌に素直で、あふれてくる蜜の匂いも好きだ。
 萌香が涙に蕩けた瞳で俺を欲しがる。俺は硬くなった性器を萌香に突き立て、できるだけ奥深くまで届かせる。萌香の体内がぎゅっと俺を締めあげ、うねる熱がさらに深みに導く。それに逆らって少し抜いて、巻きこまれてまた刺して、萌香はかすれた声と息を喘がせて俺との快楽に染まる。
 どんどん綺麗に、清らかに乱れていく。
 萌香。愛おしい俺の姉。ずっとこのままでいたかった。あんたを離したくなかった。
 なのに、どうして俺たちはすれちがってしまったんだ。そうならないために、俺はあんたに何度も真っ白な射精を浴びせたのに。
 もうこんなことはしなくていい──俺が中学生になる直前の春、萌香はそう言って、俺との関係を絶った。
 ──夕食を食べ終わると、萌香はいそがしそうに出勤の準備を始める。俺は食器を洗いながら、萌香を何度も盗み見る。束ねた髪を下ろして、丁寧に化粧して、きっちりしたスーツをまとって。また、金だけは持っているおっさんにその軆を触らせにいく。発狂しそうなもどかしさで、俺は食器を床にたたきつけたい衝動に駆られる。
 水商売で、萌香は確実に汚れている。なのに、俺に禊ぎはさせない。そんなの、俺たちにとってはルール違反ではないか。
 萌香の手首をつかんで、部屋に閉じこめて、ベッドに押し倒したい。萌香を俺で穢したい。俺だけしか、萌香を汚してはいけないのに。萌香を想うだけで、こんなにじわりと軆が痺れて、息遣いが傷つく。
 萌香が欲しい。俺より萌香に近しい男なんて存在しなくていい。「じゃあ行ってくるわね」と美しく着飾った萌香は、まだ食器を洗っている俺に、たったひと言を残して去ってしまう。
 俺は何か言おうとしても、言葉にまとまらなくてシンクに向き直った。萌香の足音はとっとと遠ざかっていく。意識が暗くなるほど、打ちのめされて死にたくなる。
 だから、夜にこの家にいるのは嫌なのだ。仕事に行く萌香を見送るのが、気が狂いそうに怖い。でも、バイトもしていなくて毎晩ふらつくのは無理だ。本当に、高校なんか行かずに働いて、萌香をこの家に閉じこめておきたい。
 誰にも萌香を晒したくない。この家に縛って、俺の腕に隠して、永久にふたりだけの世界に飛びたい。
「……ねえさん」
 つぶやいてみると、皮膚が粟立つほど感覚が甘やかに痺れた。視界さえ潤んで舌打ちをこぼし、オレンジが香る泡を落として食器を洗い終える。
 連休も明けた五月中旬、家の中は今日も静かだ。タオルで手をぬぐった俺は、リビングもダイニングも明かりを消し、廊下にだけ明かりを残して部屋に戻った。夜のままに暗い室内を勘で進み、腰かけたベッドにぱたんと横たわる。
 中間考査の勉強をそろそろ始めておかなくてはならない。でも、やる気が出ないし、何だかどうだっていい。
 萌香が今からおっさんたちと過ごすことが、嫌でたまらない。俺の萌香なのに。何で俺は、働いてほしくない萌香の給料で、高校なんかに行っているのだろう。
 ちょっと強引になればいいだけだ。あの日、萌香をおとしいれた日みたいに。萌香の細い軆を抱きしめて、張りつめた股間を押しつけて、耳元で甘えてささやくのだ。
 ねえさんはずっと俺のものだろ?
 俺は眉を寄せて、身をよじった。冷たいシーツに、すりよせるように頬を当てる。そこには、もう萌香の匂いなど残っていない。それでも、同じシャンプーやボディソープの匂いがする。ほてった息を吐いて、俺はジーンズのジッパーを緩めて自分をつかんだ。勃起しかけたそれが、同じ匂いを吸いこんで、一気に血走って硬く反り返る。
 夢だったみたいなのが、恐ろしくてたまらない。萌香と愛し合っていたのは、俺の気がふれた夢だったのか? 萌香を何度も抱いたはずだ。この性器に赤い唇が触れて。白い肌と華奢な腰を確かめて。首筋を、乳房を、性器を、舌でたどった。深く深くまで結ばれて、息を荒げてつながって──萌香の熱くて、溶けだしたような体内が、忘れられないのと同時に遠ざかっていく。
 萌香。したいよ。萌香としたい。萌香が欲しくて、俺はこのままじゃ、おかしくなるよ。俺のこといらないなんて言うなよ。やめようなんて言ってほしくなかったよ。俺は萌香と地獄に堕ちてもよかったのに。
 手を伸ばしてはいけない女なのは分かっている。でも欲しかったから、あんな卑劣な手段であんたに触れた。あのみだらな秘めごとさえ続くなら、俺は世界を手に入れるより幸せだった。
 萌香の声やため息、色づいた肌の香りや温もりを思い出しながら、俺はいまだにあの記憶で自分をなぐさめる。適当な女より、そちらのほうが気持ちいいときもある。べっとり白濁を手の中に吐いて、自嘲の笑みがもれて、垂れこめる虚しさに天井を向く。
 俺に抱かれながら、萌香も見ていた天井だ。萌香は俺に抱かれなくても、平気になったのだろうか。あるいは、俺の知らないところで、ほかの男になぐさめられているのだろうか。そんなの──紛い物の性なのに。

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