中2ヒーロー-6

憧れ続けて

 手をつないで電車に乗って地元に帰ると、こちらはどんよりしていても雨は降っていなかった。そよ乃を家に送り、自分の家に帰宅すると、服を着替えてPCに向かう。
 神凪のことを検索すると、確かに親にネグレクトを受けていたこと、中二まで引きこもっていたことが、面白半分な記事に書いてあった。
 中三からバンド活動で人前に出ることを始めたらしい。俺がサイトをやっていたのは小六の始めから中三の終わりだから、閲覧される時期は重なる。
 俺にメールしてきたり、ブログにコメントしたりしたことはあったのだろうか。全部削除したので、憶えていないし思い出せないけど。粘着質な奴は、けっこういた。
 神凪がその中のひとりだったら、リアルを知られるなんてぞっとしてしまう。何としてでも隠さなくては、とPCを閉じると、背凭れにもたれて大きく吐息をついた。
「由哉って、神凪のこと好きなの?」
 次の日、教室で仏頂面をしていると、由哉が話しかけてきて雑誌の神凪のインタビュー記事を見せてきた。「好きなタイプがおさげってそよ乃ちゃんじゃん」とか言う由哉を眺めたあと、俺はふと、そんなことを訊いた。
「は?」
 変な顔をする由哉に、「好きっつーか、ファンなの?」と言い直した。それで意味が通じたのか、由哉は「まあ、嫌いじゃないぞ」と返してきた。
「じゃあ、神凪に詳しい?」
「詳しいかは分かんないけど」
「神凪って、何というか、誰が憧れだとか目標だとか話してたことある?」
「何で」
「ないならいいけど」
「憧れ、なあ。ああ、今の自分の原型を作った人はいるとか何かで言ってたな」
 もうやだ死にたい。俺じゃん。たぶん俺じゃん。あんな中二病サイトから、何を爆誕させてんだよあいつは。
 今日は神凪は登校してきて、例によって俺をじろりと睨んできたが、俺はそれにやり返す気力もなかった。ただ目をそらして、モミジだって気づかれたら終わる、と内心繰り返していた。神凪は俺の反応が意外だったのか拍子抜けていたが、懲りずにそよ乃には会いにいっていた。
 そして、なぜか嬉しそうに教室に帰ってきていたので眺めていると、神凪は俺のところに来て、「城峰さんは、今日は僕とお昼食べてくれるらしいぞ」とわざわざ報告してくれた。そういや、そよ乃は神凪をもう一度しっかり拒絶するんだったか。「そうか……」と俺が興味薄な返事をすると、神凪は億面したが、「城峰さんの興味も僕に移ってきたな」とか言って席に帰っていった。
 あいつってめでたいな、と静かに思って、俺は教科書をつくえに並べた。
「ねえっ、あんた城峰さんの彼氏なんでしょ!」
 昼休み、神凪は取り巻きを置いて足軽に教室を出ていった。それを見送った取り巻きは納得いっていない様子で、なぜか俺のところに来て抗議を始めた。
「城峰さんに調子に乗らないように言ってよ!」
「瑠斗くんはみんなのものなんだから」
「城峰さんが浮気したらどうするの!?」
 たたみかけるように数人に言われ、由哉と弁当を食っていた俺は、心底迷惑な顔を作った。が、そんなことには屈さず、取り巻き連中は俺の腕をつかんで引っ張る。
「ちょっ、」
「ちゃんと城峰さんを見張ってよ!」
「ああもう、早く瑠斗くんのとこ行かなきゃっ」
 いや、それはお前たちだけで特攻すれば──と思ったものの、俺は取り巻きに引きずられ、「頑張れ」と由哉には薄情にただ見送られた。俺はうんざりしながら取り巻き連中についていって、そよ乃のクラスまで向かった。
 そよ乃の教室では、そよ乃と神凪が確かに向かい合って弁当を食っていた。神凪はにこにこと話しかけても、そよ乃は無表情に相槌だけ打っている。
 さすが俺の彼女、と思ったが、「何あれ、感じ悪い」と取り巻きは何だろうがそよ乃が気に入らないらしい。「そろそろ彼氏とは別れないの?」という神凪の声がして、そよ乃はふうっと息をつくと箸を置いた。
「神凪くん」
「うん。何?」
「私はね、森羽とは別れないし」
「別れなよ」
「別れないって言ってるでしょ。それに、仮に森羽とつきあってなくても神凪くんとはつきあわない」
「何で?」
「神凪くんのこと、ぜんぜんタイプでもないし」
「これからタイプにしてくれたらいいよ」
「興味もない」
「これから興味持ってくれたらいいよ」
「これからなんてないの」
「どうして? 僕とつきあったら幸せだよ?」
「神凪くんが浮かれるだけでしょ」
「大切にするよ」
「私は森羽に大切にしてもらってる」
「何でそんなにあいつがいいの?」
「私は森羽が好きなの」
「僕にしときなよ」
「断る」
「後悔するよ?」
 そよ乃は神凪を見つめた。眼つきがいらだちに冷えこんでいる。やばい。神凪を引っぱたくかも。この不穏な取り巻き共の前で、それはまずい。
 瞬間的に考えた。どうすればいい? 俺にできることは? どうやったらそよ乃を守れる?
 ──ああ、もう!
「おい、神凪っ」
 俺は取り巻きを振りほどいて声を上げた。神凪だけでなく、そよ乃もこちらを見た。
 くっそ、仕方ないじゃないか。これ以上、神凪をそよ乃に近づけないためなら。
「お前が人の彼女にしつこく言い寄ってるの、モミジが知ったらどう思うかな?」
 そんな俺の言葉に、神凪が見るからに目を開いた。「モミジ?」と取り巻きだけでなく、そよ乃のクラスメイトまできょとんとざわつく。
「森羽」とそよ乃がつぶやいて、神凪はがたんっと立ち上がると、こちらに駆け寄ってきた。
「お前っ……」
 ああ怖い怖い怖い。
「お前、モミジさんを知ってるのか?」
「ま、まあ、……うん」
「サイト見てたのか?」
「見てたというか……」
「知り合いなのかっ?」
 胸倉までつかまれる。神凪の目がマジなので正直ヒキながら、俺は言う。
「モミジのこと、知りたいか」
「呼び捨てにすんな」
「知りたいかって訊いてんだよ」
「………、何か知ってるなら」
「じゃあ、そよ乃につきまとうのやめろ」
「分かった、あきらめる」
 あっさりかよ!
 いや、それだけこいつの中で“モミジ”がでかいのかもしれないが。
「森羽」
 そよ乃が席を立って駆け寄ってきて、めずらしく懸念をたたえた表情を見せる。
「やめときなよ」
 俺はそよ乃を見た。それから神凪を見る。
「神凪、お前、“Ruby Leaf”の掲示板とかブログのコメ欄は見てたか?」
「見てた。書きこんだことはないけど」
「じゃあお前は、その頃からそよ乃を知ってることになるな」
「は……?」
「こいつ、よく感想を書きこんでたそよかぜさんだ」
 神凪は、がばっとそよ乃を見た。そよ乃があきれたため息をつく。「じゃあ、お前……」と神凪は俺の胸倉をつかむまま震える声で言う。
「読者同士で、オフ会してたのか……?」
 いや、違います。そこは思い当たらないのかよ。俺がモミジとは思い至らないのか。
「読者同士ではつながれないだろ。メアドは非表示設定してたし。そよかぜさんに特別話しかけるレスもなかったし」
「そこまで細かく見てたのかよ」
「そこまで細かく見るのが誰なのか分かんねえかよっ」
 その瞬間、やっと俺の胸倉をつかむ神凪の手が緩んだ。じろじろを俺を見つめて、「えっ」とかひとりで混乱を持ちはじめる。
「何? え、ほんとに?」
 完全に狼狽えている神凪に、周りもざわついているが、神凪はお構いなしに俺を見つめてくる。
「まさか、お前が……モミジさんなのか?」
 そよ乃が視線をくれてくる。俺はそれに乾いた笑いを返したあと、神凪を見た。
「お前は、何枚目の落ち葉だよ」
 サイトの冒頭には、カウンターが置いてあった。中二病全開にこう書いていた。
『あなたは、×枚目の落ち葉です』
 神凪は急激に泣き出しそうな顔になって、「モミジさんっ」と俺の首に抱きついてきた。俺はおかしな悲鳴を上げ、「くっつくなっ」と神凪を押し退けようとする。「だって、だって、」と神凪が本気で涙を落としはじめるから、ほんとこれ何だよ、と俺は違う意味で泣きそうになる。
「僕、モミジさんに会いたくて、この仕事も始めて、始めることができて、ありがとうって言いたくて」
「分かった、分かったから離れろ」
「ずっと、サイトなくなっても、跡地とか今でも見てて」
「復活はしないからそれはやめろ」
「何でですかっ。僕、モミジさんの──」
「とにかくっ、そよかぜさんはモミジの彼女だ、近づくな、いいなっ」
「はいっ」
 いいお返事かよお──。よかったけど。よかったんだけど!
 俺ががっくり肩を落としていると、とんとんと背中をたたかれる。振り返ると、そよ乃が失笑をこらえながら「モミジ先生、かっこいいわ」と言った。
「っるさいし……」
 そう言ってため息をつくと、「あの小説書いたモミジさんの手……尊い……」とか俺の手を取ってぶつぶつ言っている神凪にもさっそく疲れてきて、どうなるんだよこれから、と頭がくらくらするのを感じた。

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