romancier obscur

Koromo Tsukinoha Novels

Sweet Room

 昼休み、クラスメイトの佐山さやまに告白された。
 友達とげらげら笑いながら弁当を食っていたら、「氷川ひかわ!」といきなり腕を引っ張られた。「ん?」と一応たまに挨拶は交わすくらいの佐山を振り返ると、彼女は頬を真っ赤にほてらせながら、俺の学ランを握りしめた。
「あたし、氷川のこと、一学期から好きだったんだけど」
「は……っ?」
「もうすぐ、クラス変わるから……つ、つきあって、ほしい」
 ぽかんとした俺をさしおいて、周りの友達がわあっと歓声を上げ、「やるじゃーん」「つきあえよー」とはやしたててきた。俺はそれを「うっせーな」と黙らせてから、佐山に向き直る。
 佐山はわずかに栗色が混ざったような瞳で俺を見つめている。
「え……と、冗談、とかではないよな」
「違う」
「そこまで仲良くもないぞ……?」
「だからつきあいたい」
「そ、そうか」
「うん」
「じゃあ、まあ……よろしく」
「ほんと⁉」
「別に、俺も今彼女いないから、いいと思うけど……」
 俺がそう言うと、佐山は花開くように笑顔になって「ありがとう!」と言った。その笑顔がかわいかったので、「お、おう」とこちらもどぎまぎしながら答えると、また周りの友達が小突いたりはたいたりしてくる。
 俺はそれをはらいながら、「うるさくてごめん」と佐山に言うと、彼女は首をぶんぶんと横に振り、「やったあ!」とかそちらはそちらでにぎやかになっている自分のグループのほうに手を振った。
 そわそわした五時間目と六時間目のあと、放課後になると紺のセーラー服の佐山が俺の席にやってきた。「駅まで一緒に帰れる?」と問われて、「駅前ぶらついていこうか」と答えると、佐山は表情を輝かせて嬉しそうにうなずいた。
 なるほど、このかわいい女の子が俺の彼女だと思うと、何だか誇らしい。
 俺たちの高校最寄りの駅前は、くつろげる場所が多いわけではない。だから、ハンバーガーもドーナツも人がいっぱいだ。しかも、このあいだ学年末考査も終わったから、みんな羽を伸ばしてたむろしてだべっている。
 二月下旬、夕方になるとまだ軆も冷える。「寒いし、どっか入りたいよなー」と俺がきょろきょろしてると、「氷川」と佐山は俺の学ランをくいと引っ張った。
「あたし、いつも行くカラオケの割引券持ってる」
「カラオケ」
「ゆっくりできると思うよ」
「えっ。いや──カラオケは、セーフなのか?」
「は?」
「ふたりっきりだぞ。密室にふたり。それはいいのか?」
「あたしは構わないけど」
「そうか……」
 そんなもんかな、と思って声を落ち着けたのだが、佐山には心配させる声音だったようだ。
「氷川は、まだ、嫌かな」
「いやっ、そんなことはないけど。カラオケか」
「あんまり行かないの?」
「俺も割引券持ってるわ」
「ゲーセンの隣の」
「そうそう」
「じゃあ、いつも歌ってるやつ聴かせてよ」
「下手って笑うなよ」
「あたしもそんなうまくないし」
「とか言ってなあ」
 そんなやりとりをしながら、結局、俺と佐山はゲーセンの隣のカラオケに向かった。割引券を出そうとしたら、受付スタッフのおねえさんが「当店、カップル様割引がありますので」とにこにこと案内してきて、俺と佐山は赤面しつつ「じゃ、それで……」とカップル割を適用してもらった。
 俺と佐山は指定された番号の部屋に向かい、ちょっと狭いな、と思いながら暖房をつけて荷物をおろす。
 しかし、放課後にカラオケデートなんて、二年への進級をひかえたところで、俺もやっと高校生みたいではないか。中学のときに一回彼女ができたことはあるけれど、デートでおもむいたのなんて、地元のショッピングセンターとかだった。
「氷川、どういうの歌うの?」
「俺はロックとか。佐山は?」
「あたしボカロ」
「めちゃくちゃ上級者じゃねえか」
「そう? まあ、ノーミスで歌えた快感はすごい」
「じゃあ俺、それ聴くだけでいいわ。まじで歌うまくねえもん」
「いいじゃん、うまくなくても」
「一日目から醜態をさらすのかよ」
「一日目?」
「彼氏一日目」
 俺がそう言うと、隣に座った佐山はまばたきをしてから、黒髪のボブカットを揺らして照れたように咲う。
「何か、夢の中で勝手に氷川とつきあってるのは見たことあるけど、これは現実なんだね」
「女子も好きな奴とのそんな夢見るの?」
「見るよ! あたしはすっごい妄想するよ」
「妄想」と俺は反芻して笑いを噛んでしまう。
「まあ、そんなに想っててくれたなら、嬉しいよ」
「笑ってるじゃん」
「幸せなので」
「……氷川は、あたしとか考えたことなかったでしょ」
「なかったけど、別に嫌いだと思ったこともなかったよ。挨拶とかはしてただろ」
「氷川と挨拶できた日は、一日幸せだった」
「じゃあ、これから毎日幸せじゃん」
「挨拶だけなの?」
 佐山がむくれたので、「何、さっそくキスとかしたい?」と俺はふざけたことを言って苦笑する。すると佐山は「……うん」と小さくうなずいた。
「う……ん⁉」
「氷川がしてくれるなら」
「いや、カラオケボックスは、そういうことのための密室ではないのでは」
「………、分かってるよ。冗談」
 佐山はそう言って、曲を入れる機械を手にして、タッチパネルに触れる。
 俺はその横顔を見て、つきあってるならキスもおかしいことってわけではないのか、と思った。しかし、実際部屋の角上にカメラもあるから、あんまり盛るわけにはいかない。だから俺は、佐山がこちらを見ていない隙に、その頬に軽くキスした。
 佐山がびっくりしてこちらを見る。「この先は、もっとちゃんとした場所でな」と俺が言うと、佐山はじわじわ頬を染めて、機械で顔を隠す。「何だよ」と俺が笑うと、「氷川がそういう、さらっとかっこいいタイプと思わなかった……」と佐山はつぶやく。
「俺はいつもかっこいいだろうが」
「……うん。かっこいい」
「今のは突っ込むとこだぞ」
「だって、かっこいいもん。だから好きなんだもん」
「待って、我慢できなくなるから」
「我慢するの?」
「……我慢しないと、監視カメラにもお前のかわいい顔見られるだろ」
 佐山は機械を膝におろして、監視カメラを見て、「ん」と納得したようにうなずく。俺はタッチパネルを覗いて、「何か歌ってよ」と佐山に言う。佐山はタッチパネルで曲を選ぶと、「よし」とマイクをつかんで、俺でも知っている有名なボカロをなめらかに歌いはじめる。
 高校生。放課後。交際一日目。うん、甘い。
 そんなことを思いながら、俺も歌う曲を登録し、佐山の歌声に聴き入る。
 このボカロを耳にするたび、俺はこのカラオケデートを思い出すのかな。それなら、佐山とはこのまま甘く、苦くなったりしたくない。大事にしよう、と思ったところで、見事ノーミスで歌った佐山が得意げに咲い、拍手した俺はもう一本のマイクを手に取った。

 FIN

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