Bitter Heart
僕が三歳のとき、おとうさんとおかあさんは離婚した。僕はおかあさんに引き取られて、おとうさんのことは、今ではよく憶えていない。でも、家の中でいつも壊れる音がしていたのは憶えている。
怒鳴り声。皿が割れる。ドアを閉める音。
夜遅くまで不穏な物音が続き、怯えて、眠ることもできない家だった。やがて僕が五歳になった頃、おかあさんは今のおとうさんと出逢って再婚し、穏やかな家庭を持ってくれた。
新しいおとうさんにも子供がいて、それが美希音おねえちゃんだった。人見知りな僕は、おかあさんに隠れてちゃんと挨拶できなかったのに、いつつ年上の美希音おねえちゃんは、僕の面倒をよく見てくれた。そんな美希音おねえちゃんに、僕もちょっとずつ慣れていって、そのあとをよくついてまわるようになった。
夜になると、幼い頃の不安感がよみがえって、眠れないときがあった。もう家の中は静かなのに。ふとんは日向の匂いがするのに。わけもなく怖くて、ぐすぐす泣き出すと、同じ部屋で眠る美希音おねえちゃんが僕のふとんのかたわらにやってきて、手を握ってくれた。
僕は美希音おねえちゃんの温かく柔らかい手をきゅっとつかみ、「おねえちゃんにずっとそばにいてほしい」と暗がりの中で甘えた。美希音おねえちゃんは咲って、「あたしは尚里のそばにいるよ」と言ってくれた。
だったら怖くない、と思って涙も落ち着いていった。美希音おねえちゃんがそばにいてくれる。手をつないで、頭を撫でてくれる。
美希音おねえちゃんと、結婚できたらいいのにな。そしたら、きっと幸せなのに──
しかし、そのとき僕たちは、すでに姉弟で。叶うわけがないと思うようにしてきた。でも、想いは息絶えぬまま、僕は十三歳になった。
おねえちゃんが好き。
そんないけない気持ちが、今でも僕の胸には息づいている。
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