さいれんと・さいれん-13

捕食の予感

 桃寧によると、夢月は翌朝に帰宅したそうだ。友達のところに行っていたと言っているらしい。ちなみに俺の家には来ていなかったので、少なくともそれは杏梨ではない。「あの子、水雫くんと話したいって言ってるんだけど」と桃寧に伝言はもらったものの、「ちょっと今週はいそがしくて」なんて俺は夢月を避ける言葉を返してしまった。
 桃寧は首をかたむけ、「あの子、何か水雫くんに迷惑かけた?」と初めて穿った質問を投げかけてきた。だが、夢月にあんな顔をさせてしまった負い目で、「何にもないよ」と答えてしまう。それでも桃寧は不安そうに俺を見つめてきて、「夢月はほんとに水雫くんに懐いてるから、かわいがってあげてほしいな」とつぶやいた。俺はあやふやに咲うと、「俺もそうしたいと思ってる」と答えるのが精一杯だった。
 週末、曇り空の隙間に太陽が覗いて、桃寧の家と違って乾燥をあまり使わない我が家の洗濯をかあさんが張り切って始めた。とうさんはリビングの家族共用のPCに向かって、杏梨は朝早くから友達との約束に出かけている。俺は自分の部屋のベッドにぐったり虚脱して、もう咲世に相談する気力もねえわ、とため息ばかりついていた。
 おにいちゃんが好き。夢月の台詞がよみがえる。あのときは言う隙もなかったけれど、そうだとしたら、俺のどこがいいというのだろう。桃寧はいろいろ答えてくれたから、気恥ずかしいけど俺のそこがよかったんだなと納得している。でも、夢月は──しょせん、姉のものを欲しがる弟のわがままに過ぎない気がする。
 しかし、それにしてはあの傷ついた表情は本物だった。あるいは、俺に振られた、というより、この自分が振られた、というショックだったのか。今まで片っ端から桃寧の彼氏の誘惑に成功してきたプライドが折れたとか。そんなプライドなら、たたき折って正解だと思うが。
 俺はいつも、ひそひそと根暗だと言われて、どちらかといえば傷つけられる側だった。だから、こんなにはっきり誰かを「傷つけた」と感じるのは初めてだ。罪悪感が半端ない。いくら夢月が無理に俺を誘惑しようとしてきたのが原因でも、ほかにやりようはなかったのかと考えこむ。
 しかし、俺は自分の何が夢月を傷つけたかも分からないのだ。お前ならいい恋人を作れる、と言って、頭を撫でた。それしかやってない。いや、その前に押し退けたりもしたか。もっと優しく断って、諭してあげるべきだったのか? 何と言っても、夢月はまだ中学生なのだ。
 俺と話がしたい。たぶん、俺も夢月と話さないといけない。そして、俺はお前の兄貴ならなれるともう一度言わないと。おにいちゃん。実妹の杏梨にそう呼ばれたりしたら、もはや鳥肌が立つだろうに、夢月にそう呼ばれるのには慣れてしまった。
 だから、いいよ。俺は「おにいちゃん」でいいんだ。そして、桃寧とひっくるめてそばにいるから──俺のまぶたの裏で、そんな哀しい顔はもうしないでほしい。
 いつのまにか、午睡に落ちていた。目が覚めたのは、なぜか寒気を感じたからだった。冬に着ていたふとんを剥がされたみたいに、腹のあたりが──そのとき、濡れたような感触がほかでもない性器につうっと触れてきた。ん、と俺は眉間を寄せ、目をこすりながら上体を起こそうとする。
「あ、おにいちゃん。起きちゃった?」
 ぽかんとその光景を見つめた。ツーサイドアップの美少女が、俺の性器に手を添えて口づけている。
 え。ええと。何のエロ漫画の展開──というか!!
「なっ、む、夢月!? はあ!? おま、何してっ──」
「何って、フェラだよねー」
「何で俺の部屋にいるんだよっ。え、俺の部屋だよな!? どうやって俺の家に、」
「杏梨が遊びにきていいって言ってくれたから」
「杏梨あっ!!」
「あれ、今杏梨呼んだら、これ見られちゃうよ?」
「何でもありません!」
 と叫んだが、すでに時遅しだった。「うるっせえなっ」と杏梨がばんっとドアを開けてくる。俺はとっさに下半身と夢月にふとんをかぶせた。杏梨は俺をぎろりと睨んでくる。
「何だよ?」
「いや、何でもありませ──うっ」
 夢月がふとんの中で、俺のものに舌を這わせる。やばい。何してんだこいつ。殺されたいのか。
「うっ……って、何か声気持ち悪いな」
「い、いや。ごめん。友達、来て──っ、」
 ぬるりと先端を熱い口の中に含まれ、快感で口調が引き攣る。杏梨は、いよいよドン引きした表情になってくる。
「兄貴、まさか……」
「何でもない! ほんと何でもないからっ」
 夢月は音こそ立てなくても、容赦なく俺を刺激してくる。やばい。そんなところを柔らかい口の中に招かれたのなんて初めてで、自分で抜くのとはぜんぜん違う感覚に、腰がわなないて溶けそうになる。
「お前、は……その、友達来てるんだろ。俺とかいいから、そっち行っとけ」
「夢月は今トイレだよ」
「トイレなんてすぐ戻ってくるだろっ。ほら、俺のことは気にしなくていい……から、」
 杏梨は目を泳がせる俺を不気味そうに眺めたが、関わりたくないと思ったらしく、もう何も言わずに立ち去ってドアを閉めた。俺はすぐさま、ばさっとふとんを剥ぎ取った。かなり強く勃起してしまっている自分に死にたくなりながら、「お前、いい加減にしろっ」と抑えた声で夢月の肩を押し返す。夢月は俺の股間から顔を上げると、「気持ちいい?」なんてにっこりと訊いてくる。
「よくねえわ、早く杏梨のとこに──」
「すごく硬くなってるよ? ふふ、おにいちゃんのおちんちんおいしい」
「ざけんなっ」
「僕の軆までじんじんしちゃう。欲しいなー。僕にも気持ちいい穴あるよ?」
「いや、ケツだろうが」
「んんー、でもかなりほぐれてるし、」
「うるさいわっ。お前、こんなこと──てか、落ちこんでるんじゃなかったのかよっ」
「え、何で? 別にそんなことないよ」
 いや、だってあの日──違う、もうそんなことはどうでもいい。夢月はまったく懲りていないし、こたえていもいなかったのだ。相変わらず、そのエロさで俺の軆を狙ってやがる。俺は膝までおろされたジーンズと下着をつかみ、無理やり引き上げた。
「ああん、もっと舐めさせてよ」
「自分のでも舐めとけっ。俺、……ああ、もう、桃寧ともこんなのしないのに、」
「え、おねえちゃんとしないの?」
「したいけどなっ? なかなかそういう雰囲気じゃないし、そもそもお前がいてふたりきりじゃないし」
「ふうん……じゃあ、僕がおにいちゃんの初めて──」
「言うなっ。それに未遂だ、俺まだ出してないからセーフだ」
「出していいよお? ちゃんと飲んであげるし、」
「いらねえっつのっ。ほら、もうそろそろ戻らないと杏梨が怪しむぞ」
「うー……また、舐めさせてね?」
「頼むから、二度と俺に触るなよ?」
「ふふっ。おにいちゃんの我慢汁、濃くておいしかったっ。今日はそれで僕も我慢しといてあげる」
 そう言って夢月はひょいとベッドを飛び降りると、「またねっ」ときらきらと微笑んで部屋を出ていった。
 我慢汁、濃いって……死にたい! 死にたいんですけど!! 俺はうめいてふたつ折りになり、男にちんこしゃぶられた、と愕然としためまいで意識を失いそうになる。
 これは深刻にやばい。俺の貞操がやばい。本当に俺は、夢月にどこまでされてしまうんだ?
 というか夢月の奴、あの日の傷ついた面影もなく、ぜんぜん元気だったではないか。ずっと俺は愁えていたのに。心配していて損した。あの表情は本当に俺としてもショックだったから、またあっけらかんと咲ってくれたのは、よかったかもしれないけど──
 それでも危険だ。間違いなく夢月は危険すぎる。もっと露骨に避けてもいいのではないか? このままでは俺は、本気であの恋人の弟に喰われてしまう。

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