許されない夜
夢月は俺の両親には杏梨の「女友達」として紹介され、とうさんもかあさんも完全にそれを信じていた。男の娘こわ、と内心おののきながら、俺は夏野菜がごろごろ入った香ばしいカレーライスを食べる。
夢月は「水雫さんみたいなおにいちゃんが欲しい」とか言って、両親の前でも俺を「おにいちゃん」と呼ぶのを公認にしてしまった。「こんなかわいい妹がほんとにいたら、水雫も大変だったなあ」ととうさんが笑って、俺は引き攣った笑みしか返せなかった。本当にこいつ大変だよ、とうさん。それを言えないのが歯がゆい。
夢月は最初からここに泊まる気だったらしく、シャワーを浴びたあとは持参のルームウェアに着替えていた。俺もそのあとシャワーを浴びたのだが、夢月が「背中流しに来た」とかほざいて現れないかびくびくした。さいわい、そこまでのAV展開はなかったけれど。髪を乾かして部屋でひと息をつくと、塾の宿題やらなきゃなー、と思ったが、やる気が出なくてベッドにぱたんと倒れる。
ほんとのこと。夢月はそう言っていた。ほんとのことって、何だろう。確かに俺も、夢月は何か隠していると思った。べたついてくるのも、少なくとも今は演技だと感じている。
しかし、夢月が何を抱えているのかまでは分からない。どうしてそこを杏梨が知ってるのだと思うが、それだけ、夢月が杏梨を信頼して話したということだろう。杏梨から「ほんとのこと」を聞き出せるとは思わない。やはり、それは夢月本人に語らせるしかないのだ。
やがてのろのろ起き上がると、ようやくつくえに着いて、塾の宿題に手をつけた。明日は月曜日で、また桃寧と塾に行く。桃寧は夢月が泊まる友達の家が、俺の家だとは知らないと思う。伝えたほうがいいのかな、と悩んでも、結局メッセひとつ送らなかった。今夜は桃寧からも連絡がない。宿題が片づき、時計を見ると零時が近づいていた。そろそろ寝るか、と勉強道具をしまい、寝支度をすると明かりを消してベッドにもぐりこむ。
風呂にも突撃してこなかったし、きっと一緒のベッドで眠りたいというのも口だけだったのだろう。勝手にそう安心してうとうとしてきた頃、ドアを開ける音と「あれ、おにいちゃん寝ちゃった?」という声がした。
ざあっと血の気が引いて、一気に目が覚める。嘘だろ。気を抜いたらこれかよ。「おにいちゃん」と夢月の声が近づいてきて、肩を揺すられる。ここは寝たふり──いや、寝ていると思われたらまた勝手にしゃぶられるかも。俺は慌てて「何だよ」と軆を起こした。
「あ、起きてたんだ」
「今、ベッド入ったばっかだよ。何か用か」
「うん? 一緒に寝るって、僕言ったよね」
本気かよ。「杏梨の部屋で寝ろよ」と俺が即座に断ると、「女の子と添い寝はしたくないよー」と夢月は暗がりの中でベッドに上がってくる。乱暴に押し退けていいものか迷っているうち、夢月は俺がかぶっていた毛布の中にもぐりこんだ。
「おい夢月、」
「ふふ、おにいちゃんの匂いだ。どきどきするね」
暗闇でお互いの表情が見取れないせいか、夢月はさっき以上に以前の夢月だ。
「こんなことしたら、莉波さんも嬉しくないだろ」
「えー、何でリナちゃんなの?」
夢月の口調がちょっと怒ったものになる。
「いや、だって──」
「リナちゃんは彼氏じゃないって言ったでしょ。僕が好きなのはおにいちゃんだよ」
「………、」
「ねえ、ぎゅってして? 家では冷たくしてごめんね。そのぶん、今夜は僕のこと好きにしていいから」
「好きに、って」
「それとも、僕がおにいちゃんを好きにしてもいいの?」
それは良くない。俺はため息をついてうなだれたあと、仕方なく夢月と同じ毛布に包まった。夢月はさっそく俺にしがみついて、「おにいちゃん」と呼びながら俺の胸板に頬ずりしてくる。暗くてよく見えないけど、声の感じからして、きっとかわいらしい顔をしてるんだろうななんて思う。
あきらめた俺は、そっと夢月の肩を抱き寄せてみた。意外にも夢月の軆がびくんとこわばる。え、まずい奴だったか。慌てて腕を離そうとしたら、「このまま」と夢月は俺にぎゅうっと抱きつく。
「……嬉しい。おにいちゃんが僕のこと抱きしめてる」
夢月の髪からは、いつもの香りでなく、俺の家のシャンプーの香りがした。
今夜だけ。本当に、今夜だけ。
……だって、本当は俺だって夢月に避けられて、すごく落ちこんでいたのだ。「寂しかった」と俺が不意につぶやくと、「えっ」と腕の中の夢月が身動ぎする。
「何か、避けられたのは、寂しかった」
「おにい、ちゃん……?」
「……だから、これからも、そばにはいろ」
「っ……」
「ま、桃寧のおまけだけどな」
夢月は肩を硬直させ、「おねえちゃんは」とかすかに震える声と共に俺を見つめてきた。暗闇に瞳孔が慣れ、その瞳の光は見取れるようになっている。
「今頃、おにいちゃんを裏切ってるんだよ」
「……は?」
「だから、僕は今日ここに泊まりにきたんだもん」
「な、何──」
「僕がおにいちゃんをなぐさめてあげる」
「待て、どういう、」
夢月は俺にぴったりくっつき、「分かる?」とささやいた。
「おにいちゃんが『寂しかった』なんてかわいいこと言うから、僕、こんなになっちゃったよ?」
腰に当たる夢月のものが、硬くなっている。俺はそれに嫌悪感を覚えるどころか、どぎまぎして体温を上昇させていた。「触って?」と夢月がねだるように俺にこすりつけてくる。それでもさすがに手は伸ばせずにいると、夢月は俺のものをすうっと撫でながら、スウェット越しにつかんできた。
「おにいちゃんも、大きくなってるね?」
着火されたみたいに頬が燃える。ほんとだよ。何でだよ。野郎の勃起の感触で、なぜ俺まで勃起しているのだ。
「ねえ、こないだの続きしてもいい?」
「え……っ」
「おにいちゃんを最後まで気持ちよくしてあげる。このあいだは、途中だったもんね」
「い、いや、それは──」
「ちゃんと出さないとダメだよ。いろいろ集中できなくなっちゃうんだから」
「いいよ、こないだ自分で出したしっ」
思わず言ってしまうと、「そうなの?」と夢月は布越しに俺の先端を指の腹で優しくこする。
やばい。やばいやばいやばい。
「そのとき、誰のこと考えながらした?」
それは訊くな。ほんと訊くな。「おねえちゃん?」と問われても俺が黙っていると、夢月が喉の奥で笑う。
「もしかして、僕?」
神様、もういっそ殺してくれ。
本気でそう祈っていると、夢月はするりと俺のスウェットと下着の中に手を入れ、柔らかい手でじかに刺激してきた。変な声が出そうになって唇を噛みしめ、「おにいちゃんの、どんどん硬くなる」と夢月は艶めかしい声でささやく。
「ねえ、気持ちよくなりたいよね? していいでしょ?」
「……やめ、」
「ふふ、これからは僕が、おにいちゃんをいつでも気持ち良くしてあげるからね」
夢月はそう言って、毛布の中にもぐりこんだ。引き止めようとしても、駆け抜ける快感で軆が入らない。自分のそれが夢月の口に温かく包まれたのが分かった。押し寄せた蕩けそうな感覚に、脊髄が震える。夢月は俺に舌を絡め、喉の奥で締めつけたかと思うと、唇でそっとキスをする。
あっという間に俺は完全になってしまい、そうなった俺を今度は夢月は焦らしはじめた。玉や内腿にも舌を這わせ、そのあいだは絶妙な手の力加減でしごく。俺は間抜けに喘ぎ出すのはこらえて、こうなったら早くいかせてくれとばかり考えた。
卑猥な水音が響き、くらくらする頭はそのままおかしくなりそうだった。脈打つ波の間隔がどんどん早くなっていく。自分のものが息苦しく血走っているのが分かった。その血管を夢月は舌でなぞり、一気に喰らいつくように飲みこんで唾液で湿しながらしゃぶる。
俺は泣きそうになっているくせに、せがむように腰を動かしてしまう。夢月は俺を長いことなぶっていたけれど、俺のものがびくびくとわななきはじめると、攻めるように吸いこんできた。俺は小さく「いく……っ」と声をこぼしてしまって、同時に、実が弾けたように夢月の口の中に射精していた。
全部吐き出すと、どっと疲れが出て、シーツに脱力した。もぞもぞと夢月がまくらもとに戻ってきて、「気持ちよかった?」と俺を覗きこんでくる。俺は目だけ動かして夢月を見たものの、何も言わずにまぶたを閉ざした。
「おにいちゃん」と夢月に髪に触れられかけると、その手をはらいのけた。夢月はしばらく沈黙していたものの、俺の軆にまた抱きついてくる。抱きしめ返さずとも拒まずにもいると、「おにいちゃんが大好きだよ」と夢月はつぶやいた。
「おにいちゃんは、僕のものだもん……」
薄目を開け、俺の胸に顔を押しつけて泣き出す夢月を見つめた。
……好きな男なら、どうして泣くんだよ。俺のことなんて好きでも何でもないから泣くんだろ。気持ち悪いって思ってんのは、いったいどっちだよ。
そんな言葉があふれだしそうになったけど、必死に飲みこんだ。ただ夢月の頭を撫でた。その夜、夢月は何度も俺が好きだと言った。まるで、俺ではなく自分に言い聞かせているみたいだった。
【第二十章へ】
