MIDNIGHT-3

午前一時

 僕は手の中にある手紙を見た。山本につかまらなかった帰り際、違うクラスの女子からもらった浅葱色の手紙だ。中身は、読まなくても、渡すとき頬を染めていたあの子の様子で分かった。
 僕は通りすがりの自販機のそばのゴミ箱を一瞥した。いや、そのへんに捨てて、誰かに勝手に読まれたらさすがに可哀想だ。ため息をついて、ポケットに押しこむと、部屋で捨てることにした。
 鬱陶しいな、とよく晴れた青を見上げる。九月に入って半ばが過ぎたが、まだ額や腋に汗が滲む。
 ねえちゃんみたいになりたい。ねえちゃんは周囲をあざけって、ひとり孤高で立っている。みんな見下ろして、くすくす笑っている。誰とも関わらない。
 僕もそうなりたい。でも僕には、男子の嫉妬や女子の好意がつきまとう。
『無理よ』
 このあいだ、ねえちゃんはそう言った。
『ひたきってかわいいもの』
 僕はねえちゃんを見つめた。ねえちゃんはこちらを見もせず、窃笑していた。僕はムカついたから──
 子供の笑い声ではっとすると、家のすぐ近くだった。ランドセルを無造作に背負い直しながら、家のほうを見やると、足が止まりそうになった。
 いつも空の駐車場に、車がある。
 帰ってきてるのか。そう察した途端、話の通じない奴と話しているような嫌な倦怠感が襲ってきた。家の前に着くと、舌打ち混じりに門を開け、玄関に歩み寄っていく。
 がしゃんっと毎度おなじみの音が聞こえてきた。どっちもいるのか。せめて片方だったら、マシだったのに。
 鍵は開いている。そっとドアを開けた瞬間、金切り声が聞こえてきた。
「何するのよっ」
 かあさんの声だ。とうさんの怒鳴り声が続く。
「お前こそいい加減にしろっ。親らしいことをやっていないのはお前だって──」
 僕は音を殺してドアを閉めると、さいわいリビングへのドアが閉まっているのを認めた。素通りすればいい。
 スニーカーを脱ぐとき、ねえちゃんの茶色のローファーがあることに気づいた。相変わらず家では喧嘩ばかりの両親に、いよいよいらつきだしていた僕は、ちょうどいい、と二階にあがった。
 部屋に直行すると、ベッドにランドセルを放り投げた。ランドセルが軽くバウンドする。そしてすぐ部屋を出ると、ねえちゃんの部屋の前に行った。
 両親の喧嘩がここまで聞こえる。
 ノックしようかと思ったけど、そんなことをしたら「上品ね」などと笑われるだろう。僕はドアノブを乱暴にまわした。
 ねえちゃんはクーラーのきいた部屋で、つくえに着いてこちらに背を向けていた。制服でなく、白いキャミソールを着ている。僕の物音に、別に驚いたふうもなく振り返ってきた。綺麗に焦げ茶にされた髪が揺れる。
「どうしたの?」
「………、帰ってきてる」
「知ってるわ。うるさいわよね」
 ねえちゃんは、つくえに向き直った。本を読んでいるみたいだ。僕は大股にねえちゃんに歩み寄り、チョコレート色の髪をつかんだ。
「分かってんだろ」
 ねえちゃんはため息をつくと、僕の手をはらいのけた。本を閉じると、椅子ごと振り向いてくる。
 笑っていた。
 あのときのまま。
『ひたき。そんなにいらいらするなら、いいこと教えてあげるわ』
 僕は、乾いた唇を舐めながらねえちゃんの瞳に映る。
『とっても気持ちいいこと……』
 ねえちゃんは立ち上がった。僕とねえちゃんの身長は同じくらいだ。ねえちゃんの腕が首に絡みついて、いつもつけているらしい香水が鼻腔をただよう。
 まだ両親の喧嘩の声が聞こえていたけど、遠い。
 ねえちゃんは優しく微笑んだ。
「したいの?」
 僕はねえちゃんを睨みつけた。
「……させろ」
 ねえちゃんは、僕の瞳を嗤笑したあと、そっと唇を重ねてきた。柔らかな唇が躊躇うように触れて、離れて、その焦れったさに僕はねえちゃんの唇を咬む。いちごのリップクリームの味がした。
 ねえちゃんは僕の頭を抱えこみ、髪のあいだに指をもつれさせ、舌を絡めてくる。僕は奪うように絡め返し、もっと舌を奥までさしこむ。
 目を閉じた。だんだん喧嘩の声が鼓膜からかすれていって、水飴をむさぼるような水音だけになる。
 僕は静かに勃起しながら、ねえちゃんのキャミソールに手をさしこんだ。ブラジャーの上から右のふくらみをつかむ。ねえちゃんは左胸は何も感じないのに、右胸はすごく感じる。ねえちゃんは猫のように喉で喘いで、唇を離した。
「ひたき……」
「もう濡らしてんだろ」
「……触ってみれば分かるわ」
 僕はねえちゃんをベッドに押し倒すと、華奢な腰をまたいだ。ねえちゃんは僕のものをジーンズ越しに撫で上げ、走った快感に僕は少し眉を寄せる。そんな僕を笑いながら、ねえちゃんは僕の胸元の服をつかむ。
 引き寄せられるまま再び口づけを交わす。口づけながらねえちゃんのブラジャーを引き下げ、男の僕には信じられない柔和な弾力を持った乳房を手に捕らえる。口づけの合間に甘い声がもれ、その色に染まるように僕のものが充血していく。
 唇を離した僕は、起き上がって、すでに汗ばんでいるTシャツを脱いだ。ねえちゃんの白い腕が何かを捧げるように僕の素肌に伸び、水滴のように指が痣や傷を伝う。ねえちゃんの瞳は、甘美な毒を宿しているようだ。
 ねえちゃんのワインレッドのミニスカートをたくしあげる。白いレースのついた桜色のショーツの上から、僕は割れ目をなぞった。湿り気を強くこすると、ねえちゃんは大きな息を吐く。
 意地悪なことを言いたくなったけど、上手に返されるのが見えていて、無言でショーツを脱がせた。ねえちゃんは陰毛まで綺麗に手入れしている。襞に指をもぐらせ、水飴をすくって指先を濡らすと、核に塗りたくった。ねえちゃんは声を出して身悶え、自分で右胸をつかんだ。
 僕は、股間以上にこめかみから脳髄がほてってくるのを感じる。
 初めてねえちゃんと交わったのは、六年生になってしばらく経った頃だった。五年生と同じクラスで、僕は山本たちに突っかかられていらついていた。ねえちゃんは中学一年のときも周囲からかけはなれる術を得ていて、僕からすら離れていた。
 すごく昔は一緒に近所の子と遊んだりもしていたが、いつからか、僕もねえちゃんも内界で生きるようになっていた。六年生になって、山本たちは動物みたいに相変わらずで、桜が葉桜に変わる頃、ねえちゃんが僕の内界に踏みこんできた。
『ひたき』
 ベッドで仰向けになっていた僕は、ノックもされずにドアを開けられた嫌悪感に眉を顰めて振り返った。ねえちゃんは魔女が化けた黒猫のように、しなやかに微笑んだ。
『五年生のときから、機嫌が悪いわね』
『……別に』
『とうさんたちにうんざりしてるの?』
『さあね』
『それとも学校?』
 僕はいらいらしながら起き上がり、ねえちゃんを睨めつけた。
『関係ないだろ。出ていけよ』
 ねえちゃんは後ろ手にドアを閉め、退くどころか僕に歩み寄ってきた。
『ひたき……』
 僕は何か言おうとしたけど、ねえちゃんの妖艶な笑みに喉がつっかえた。
『そんなにいらいらするなら、いいこと教えてあげるわ』
 ねえちゃんは僕の正面で立ち止まり、腰をかがめて耳元に唇を寄せた。このとき初めて、ねえちゃんが香水をつけているのを知った。ねえちゃんの白い手が、僕の脚のあいだに忍びこんでくる。
『とっても気持ちいいこと……』
 ──全部、両親のせいだ。あのふたりは仕事のパートナーとしてはいい関係らしいが、その関係に騙されて結婚したら、噛み合わないものだらけだった。それでも、一時はいい家庭を築こうと努力もしたようだが、現在では羞恥心の欠片もなく、子供の前で怒鳴り散らす。怒鳴りあっているすぐ上で、娘と息子がこんなことになっているなんて、気づきもせずに。
 ほとんど服を着たままのねえちゃんは、身を伏せて僕の成長過程のものに舌を絡める。わざと卑猥な音を立て、硬くすぼめた舌で血管をなぞる。むずがゆい快感が育っていく。呼吸が深く、荒くなって、うめき声がもれる。ねえちゃんは口を離すと、今度は細い指を巻きつけて上下させ、気の強そうな睫毛を押し上げて上目遣いをした。
「もうダメ?」
 僕は快感に揺らぎそうな瞳にぐっと力をこめ、ねえちゃんを押し倒して、再度馬乗りになった。性器と性器が触れあう。僕の先端は先走っているし、ねえちゃんの水飴も蕩けている。キャミソールごしに右胸をつかんでやると、膣がひくついたのが分かった。
「欲しいって言えよ」
「ひたきがしたいなら」
「ねえちゃんが言うんだ」
 ねえちゃんは、僕を鼻で嗤った。けれど、膣に指をさしこんで激しくかきまわすと、一定の時刻を迎えた噴水のように、みだらな声があふれる。
「ひたき……っ」
「欲しいって言うんだ」
「欲しいわ、ちょうだいっ……」
 僕は満足して、口元にわずかに笑みを溶かすと、一気に攻めあげた。
 ねえちゃんは、唇を噛んで声をこらえた。僕の雄が、がちがちに硬くなる。溜まっていく血で分かる。ねえちゃんの中は、蜜でなめらかなのに、しがみつくようにきゅっと締めつけてくる。
 コンドームなんて、したことはない。妊娠したら堕ろせばいい。小遣いなら、僕もねえちゃんも無駄にもらっている。それでも一応、中には出さず、僕はねえちゃんの白い太腿を穢す。そして息を吐きながら、ねえちゃんの隣に倒れこんだ。
 ねえちゃんは目を閉じて、いっとき余韻に浮かされていたけど、不意に優しく僕を抱き寄せる。僕はおとなしくねえちゃんの胸におさまり、乳房のはずみに頬を当てた。
「傷、増えたわね」
 僕は何も言わない。言いたくない。ねえちゃんも、それ以上僕の傷や痣について言わなかった。
「……ねえちゃん」
「うん」
「僕たちって、蛾みたいだ」
「蝶々じゃないほう?」
「そう」
「どうして」
「明るいところには行けないから、夜の暗闇の中で光を求める」
「ひたきには、あたしとのセックスは光?」
「………、何か、どうでもよくなる」
 ねえちゃんは喉で笑って、僕の髪を梳いた。僕は小さな吐息をこぼす。
 ねえちゃんのことは、何とも想っていない。好きだから寝るんじゃない。ただ、ねえちゃんを犯すと、学校や家庭で蓄積した悪感情が発散される。だから、僕はねえちゃんを犯す。
 ねえちゃんにとっても、僕はそんなものだろう。この行為には、愛なんてひと欠片もない。
 僕の中に、愛なんて存在しない。きっとねえちゃんの中にも。
 クーラーの涼風が、ほてった肌を冷やしていく。窓の向こうも、明かりをつけていない部屋も、真っ暗だ。
 いつのまにか、両親の喧嘩の声はなくなっている。仕事に出たのだろう。
 レースカーテンにぼやける月を見つめていると、ねえちゃんが香水の香りをなびかせて起き上がった。飛び散った僕の体液を片づけると、僕に下着とジーンズを穿かせ、「何か入ってる」とポケットから例の手紙を取り出した。
「女子にもらったんだ」
「嬉しくなさそうね」
「鬱陶しいよ」
「……そうね」
 ねえちゃんは手紙をぐしゃっと丸めると、ベッドスタンドの隣のゴミ箱に放った。僕はそれを見つめたあと、まぶたをおろした。

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