クリスタルメイズ

 ──ふむ。なるほど。これで七名の男子は出揃ったわけね。
『クリスタルメイズ』プロローグを観終わった私は、ふうっと息をついてから、画面と向かい合ってかっと目を見開いた。
「選べない!!」
 あ、やば。声に出た。くそっ、リアル弟が壁蹴ってきやがった。あとで殴らないと。
 そう、リアル弟なんてぜんっぜんかわいくない生き物は、あとまわしだ。今、私は『クリスタルメイズ』の世界の中で、明晶めいしょう学園に入学して一年間過ごしたのち、いよいよ高校二年生になったところなのだ。すなわち運命のイケメン、もといお相手を決める、最大の選択肢の前にいる。
 やばいわ……。これは原作で予習して取りかかるべきゲームだったわ。あえて原作読まずにやってみるか、なんてそんなレベルじゃなかった。イケメンがみんなイケメンすぎて選べないよお。
 まず登場したのが、悠麻ゆうま晃世あきせのふたりだった。寝ぼすけさんな主人公(私)をふたりが起こしに来るんだけど、あああああ悠麻かわいいいいいいいってこいつ弟? 弟キャラなの? こんな弟ありえねーよ!
 って、義理か! そう来たか!! 義理ならありえるのかもしれない。分かんないけど。
 ああ、そうか。今日から主人公と同じ学校に通えるから、テンション上がってるんだね。乙女の部屋に堂々と踏みこんでる件については、『僕は特別でしょー?』とか、あざとかわいく笑顔を見せるのね。確かにあなたは、特別な弟(義理)です。
 てことは、晃世はおにいちゃんかな、と取説見たら、いや、幼なじみだったわ。幼なじみ欠かせないよね! とてもおいしいです、原作者様、公式様、こんな私にこんなイケメンとの幼少期の記憶を与えてくださってありがとうございます……!
 しかも晃世、私に朝食作ってくれてるよー。幼なじみ×おかん系男子、鉄板だ。ああ、おいしい……画面の中なのに、確かにおいしい。味覚が確かに反応している。この目玉焼き、シンプルな塩味なんですね、分かります。
 しかも、目玉焼き食ってる私の髪を、ちゃっかり悠麻が梳いてくれてるとか何なの、ああんもう、ここは天国か。
 何かと開幕する高校二年生として登校する以前から、イケメンがすでに殺しにかかってくる。
 ダメよ、私。ここで砕けていたら、七人のイケメンからひとりを選択することなんてできないわ! 耐えろ、私──
 からの、女友達との登校中に、またもやイケメン登場! ええっと、恵多けいたは女友達ちゃんの友達なのね。
 友達の友達か。あー、何かそういうの意識するね。いや、女友達ちゃん、「恵多なんかに(主人公)はもったいないんだからっ」って、このゲーム百合ルートもあるの? 実はこの子も恵多を狙ってる腹黒ルート? 原作読んでなくて女友達ちゃんの情報がないよ!
 てか、恵多けっこうチャラめか? ああほら、悠麻に蹴られてるし、晃世は笑顔でそれを止めてないし。いかん、本人は決めてるつもりでも、抜けてるわ恵多! ほっとけない!!
 よ、ようやく……学校に、舞台の明晶学園に到着しました。私のライフがやばい。リアルなライフがやばい。
 クラス発表だ。あれ、一年生の悠麻は仕方ないけど、晃世も恵多も違うクラスなんだ。寂しいな……と思った私に、すごくタイムリーに、「また同じクラスだな!」とさわやか笑顔のイケメンが来た来た来たっ。
 ほう、これが冬弥とうやか。この子は『クリスタルメイズ』初心者の私でも知っている。『クリスタルメイズ』のアニメ版が冬弥ルートだったのだ。
 だから、『クリスタルメイズ』といえば、冬弥がメインヒーローと思っている人も多い……わけで……確かに……安定感あるー。こう、笑顔で話しかけてくれる人の隣って、無条件に安心するー。私も笑顔で蕩けそうー。
 教室に着くと、のほほんとイケメンに囲まれていた幸せな雰囲気が一変した。ざわめきの中心にいるのは直輝なおきだ。
 彼はひと言で言うと、不良。何がいらついたのか、ほかの男子生徒に突っかかっている。わーん、こんなハードモードいらない。私のほんわかイケメン牧場を返して──
 って、おい主人公、殴りそうにしてる直輝に突っ込んでいくの!? いい子を通り越して、それはちょっとやば──……「ひどいことするなら、教室に来なくていいよ!」という主人公の台詞(音声なし)が響いた瞬間、直輝の驚いたような哀しいような表情のスチルが入った。
 なんと、尊い美しさでしょうか。よく見ると、軆の線も細く、言動は乱暴なくせに儚げな美少年。しかも、舌打ちしつつも胸倉をつかんでいた相手から素直に手を放すあたり、ツンデレ属性もあり!?
 お、担任の先生来た。先生もなかなかイケメンだけど、『クリスタルメイズ』って教師は攻略対象ではなかったな。ひとりくらい候補にいてもいいのに。
 というか、今のところ年上キャラいないじゃん。と気づいたところで、年上投下、来ました。
 始業式! 校長の話はもちろんカット! 大切なのは、おっとり系イケメンの生徒会長様、静波しずはからの挨拶!
 あ、主人公は生徒会をやってるのね。静波のお話は舞台袖で生徒会の仲間と聴く感じ。終わってから、『はは、緊張した』って咲う静波、かわいいなあ。
 でも、静波と話してるのにちょいちょい割り込んでくる男子いるな……何だこいつ。そこで、画面がセピア色になって静波の回想に入った。
『(主人公)ちゃんのこと、俺、マジなんだ。だから、親友の静波には応援してほしい』
 は、あ──!? えっ? このちょいちょいくん、私のことが好きなの!? マジで好きなの!? 攻略キャラじゃないよね? 攻略対象は静波だよね。てか、何で静波こらえたみたいに咲ってるんだよ、そんなんつらすぎるよお──!!
 息切れだわ。この設定はすごいわ。静波ルートにハピエンってあるのかな。てか、後半になるほど登場する男子にビター感ある……
 教室に戻ると、担任の先生に教壇に呼ばれたイケメンがひとり。大人っぽくて上品な感じで、二次元でのみ許される設定──そう、長髪でイケメン。
 この紘実ひろみは、どうやら今日からの明晶学園に通う転校生であるらしい。転校生もまた、鉄板ですよねー。と思っていたら、主人公と目が合った紘実は、何やら妖しく微笑んできて。『(あれ、何か見憶えあるような……)』──
 えええっ、見憶えあるの主人公っ? 何それ、どういうこと、紘実とどんな関係なの!? そこんとこ、詳しくお願いします──!
 と、そこからOPムービーが流れはじめて、私は必死に七人のイケメンを目で追って、目移りして、どのイケメンが最も自分に刺さったか必死に迷った。
 キュートな義弟・悠麻。
 おかんの幼なじみ・晃世。
 天然な友達の友達・恵多。
 仲良しクラスメイト・冬弥。
 ツンデレ秘めた不良・直輝。
 おっとり系生徒会長・静波。
 謎めいた転校生・紘実。
 私は迷って、迷って、迷って──迷っているうちに、OPは終わってしまった。あああ、始業式の放課後がさっそく始まってしまう。
 どうしよう。決められない。でも、この時点ですでに攻略するイケメンを狙っておかないと、トゥルーエンドどころかハッピーエンドにもたどりつけない。
 乙女ゲーは、漫然と選択肢を選んでいくゲームじゃない。たとえば、彼のすがたを探すことになった主人公。廊下を出て、右に行くか左に行くか、そんな些細な選択で展開は変わる。
 だからこのとき、自分がどちらを選択したか、のちのちまでしっかり憶えておかなくてはならない。そして、ゲームを二周して三周して、選択を微調整していって、やっと感涙のルート攻略にたどりつける。
 そのときの感動といったら!
 そんなわけで、選択を誤る余裕はあるけど、選択を無駄打ちしている余裕はない。もうすでに、私の明晶学園高等部の二年生の日々は始まったのだ。
 とっとと結ばれるイケメンを選び、ゲームを先に進めなくてはならない。
 息を吐く。吸って、飲み込む。乾いた口の中に、生唾を飲む。
「……よしっ。決めた」
 不意にそうつぶやくと、私はゲーム本体を握りしめ、画面に顔を上げた。
 七人のイケメン。とある高校での恋模様。主人公はこの私。そんな世界の中で、私が真っ先に狙った彼は──……

 FIN

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