スノードーム-1

言えない代わりに

 何だって私が、こんなことをしなきゃいけないの? 誓くんに接するときは、正直そう思っていた。純奈すみなの奴、自分で話しかければいいのに。
 別に、私も誓くんが嫌いってわけではないけども。かといって、意識しているわけでもない。でも、あんまりあれこれ誓くんに質問ばかりしていると、彼にも周りにも、変な勘違いされるのは私なんだから。
「誓くんは、クリスマスどうするのかなー。予定がなかったら、あたし、頑張っちゃおうかなー」
 そんなことを言いながら、純奈はクリスマスデコレーションのパンケーキをうきうきと切り分けている。私はいつものバニラアイス添えパンケーキだ。
 ざわめきとヒーターが暖かいカフェには、クリスマスソングが流れ、赤いポインセチアや金色のオーナメントが飾られている。十二月、大学生になって初めてのクリスマスが近づいていた。
 小学生のときから仲がいい親友の純奈は、大学に入学した頃からひと目惚れで好きになった木安きやすちかいくんに片想いして、そろそろ八ヵ月目になる。
 甘く香るひんやりしたバニラアイスと、ほどよく熱いパンケーキを口の中で蕩かす。
 お願い。早く頑張って、純奈。好きでも何でもない男の子に、誕生日やら血液型やら、ときには週末の予定まで質問をしに走らされて、私の羞恥心のライフはゼロに近いわ。
あさやま浅山さんだけは出し抜かないと」
 純奈はそうつぶやいて、フォークを小さくかじる。浅山さんというのは、純奈と同じく誓くんを想っている女の子で、積極的に誓くんに自分をアピールしている。でも、誓くんファンの女の子の、最大の敵は長川さんだと私は思うのだけど。
 永川美希音さんというその女の子は、誓くんの幼なじみだ。今、もっとも誓くんに近い女の子は、浅山さんではなく長川さんだろう。長川さんの気持ちまでは私はさすがに知らないけど、そもそも、誓くんの気持ちが長川さんに向かっている節がある。
「ねえ、実鞠みまり。聞いてる?」
 黙ってパンケーキを食す私に、純奈はふくれっ面になって話をやめ、そう言ってくる。私は純奈に一瞥くれてから、「聞いてるよ」と答えてロイヤルミルクティーをひと口すすった。
「誓くんと、クリスマスにデートしたいわけね」
「えっ、ま、まあ。いや、できるわけないの分かってるけど。できたらいいなあって、思うじゃない、やっぱり?」
「うん」
「もし、もしねっ。誓くんのクリスマスの予定がまだなくて、そしたら私と会ってくれる確率ってどのくらいだと思う?」
 確率って言われてもなあ、と私は淡々とした面持ちを続けつつ、「少なくとも」とカップを受け皿に置いた。
「自分でそれを、本人に訊く──」
「無理っ! それは無理。絶対に無理だから」
 食い気味で、臆病風に意見を吹き飛ばされた。
 私はパンケーキをひと口大にして、すくったアイスと共に口に入れる。憮然としている私に、「ねえ、実鞠さーん」といよいよいつもの純奈のおねだりが始まる。
「あのね、何ならそのパンケーキおごっちゃうからさー。誓くんに、クリスマスの予定訊いておいてくれない?」
 はい来た。来ましたね。来ると思ってたけどね。君がクリスマスの話を始めたときから、うすうす察してたけどね。
「あのねえ、純奈」
 私はフォークとナイフをいったん置いて、まじめくさって純奈と向かい合う。
「さすがに、クリスマスの予定を訊くのはまずいから」
「えー、何で?」
「そんなの、気があるのと同じなの」
「気はあるよ! めちゃくちゃ誓くんに気があるよ」
「純奈はね。でも、私が訊いたら、私が誓くんのこと気になってるみたいだから」
「別に、あたしが気になってるんだけどっていうのは言っていいよ」
「友達が知りたがってるとか、ますます言い訳がかってるからっ」
「そうかなあ」
「というか、純奈の名前出していいなら、自分で訊きにいっていいでしょ」
「ええっ、恥ずかしいよお。だって、そんな、誓くんに近づくのもあたしはできないもん」
「近づけないなら、デートもできないじゃないの」
「そのときは、誓くんの隣を占拠するよ」
「言ってることめちゃくちゃな自覚ある?」
「あたしは普通のことしか言ってないよ。実鞠のほうが自意識過剰なんじゃない?」
 私は歯軋りして、こういうとき何でこいつの親友やってんのか分かんなくなる、と思った。でもそんなトゲを深呼吸でなだめて、「誓くん、優しい男の子だから」と忍耐強く親友を説得しようする。
「うん。知ってる」
「知らないよね、あんた誓くんと話したことさえないよね」
「でも知ってる」
「そうですか。じゃあ、純奈が誓くんに近づいて、たとえそのオーラにあてられて倒れたり過呼吸になったりしても、誓くんなら介抱してくれるから」
「お姫様抱っこかな? そこはお姫様抱っこですか?」
「お姫様抱っこもするかもしれない」
「やばっ、痩せないと! このパンケーキの残りあげるわ」
「いらない。だから、ぶっ倒れる覚悟はしといて大丈夫だから、誓くんのクリスマスの予定は自分で訊きなさい」
 私の言葉に、純奈は見るからにぶすっとむくれた。「やっぱあげない」とクリスマスパンケーキを自分に引き寄せ、ヤケ食いみたいに食べはじめる。
 私はあえてここでおろおろしたりせず、自分のパンケーキを毅然と食べる。そうしていると、たいていは純奈のほうが沈黙に耐えかねて、「実鞠いー」と今度は泣きそうな声ですがってくる。
「ねえ、いいじゃん。いつもみたいに、さくっと訊いてきてくれたらいいからー」
「クリスマスは荷が重い」
「予定があるか、ないか、それだけでいいの」
「なかったらどうするの? 今度は、私がデートの申し込みにいくの?」
「たぶんあるから大丈夫だよ」
「たぶんあるとか予想ついてるなら、訊かなくていいじゃない」
「万が一!」
「あのねえ──」
「お願い、実鞠! 誓くんのことで頼れるの、実鞠だけなんだよお。実鞠以外に、あたしの気持ち知ってる人いないしー」
 そうでしょうね。代わりに私が誓くんに気があると思ってる人は多いけどね。
「実鞠様あっ。お願いしますー。あーん、誓くんのクリスマス、浅山さんには取られたくないよお」
 だからそこは、長川さんなんだってば。何で私のほうが、誓くんの情報に詳しくなっているのだろう。
 いつもそうだ。純奈とは子供の頃からそう。だから私は、男の子にあらぬ勘違いをされるときがあった。中学時代、「お前が俺のこと好きだったんじゃないのかよ」と切れた仲嶋なかじまくん。高校時代、「僕、君が好きになってるんだけど」と告ってきた横田よこたくん。
 私は引き攣った笑みを浮かべ、「ごめんね」としか言えなかった。何だかんだ不服に思いつつも、純奈との友情が壊れるのが怖くて、その男の子の気持ちだけは報告しなかった。残酷にすべて話せば、その時点で純奈は懲りて、私に頼るのはやめるのだろうけど──同時に、私のそばも離れていくかもしれないと、それが怖かった。
 純奈は、けっしてかわいくない女の子とかではない。むしろ、私よりかわいいくらいだと思う。
 私はショートボブの髪やジーンズばかりの服装で、あんまりかわいらしい見た目じゃない。顔立ちは童顔と言われるから、かわいいというか幼くて、中学生に間違われるときもある。
 対する純奈は、肩までのウェーヴをつけた髪や化粧映えする顔、真冬でも着たいと思えばミニスカートだって身につけるお洒落な子だ。すっぴんも知っているけど、そのときもひどい顔になるわけではない。
「純奈は、もっと自信持っていいと思うけど」
 私がそうつぶやくと、純奈は「誓くんはレベル高いもん」とややしおらしくうつむく。好きになった男の子のことは、いつも「レベル高い」って言うけどね、この子。とはいえ、確かに誓くんは実際レベル高い子かなと私も思う。
 まったく。仕方ないな。まあ、誓くんには長川さんがいるから、私に気がぶれてくるっていう心配はないか。
 そう思った私は、純奈のパンケーキからいちごをひとつ奪って、「分かった」と言ったあと頬張った。純奈が顔をあげる。
「実鞠──」
「万が一、予定がなかったときは、さすがにそのときは、自分でデートに誘ってよね?」
「うん……うんっ。分かった! ありがとう、実鞠っ」
 私は甘酸っぱいいちごを飲みこみ、どうせそうなったらデートの申し込みも私にまわってくるんだろうな、と早くも覚悟しておく。いいんだけど。ほんとに、私は別にいいんだけど。それで結局失恋してるのは純奈なんだよ、って──言えない私も、なかなか面倒な女なのかな。

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