Bazillus Private Interview-1

Side N

 何で歌なのかは、俺にも分からない。
 絵だったかもしれない。文章だったかもしれない。でも、やっぱり碧海あおみの家庭がでかかったのかな。楽器、楽譜、カセットテープ。テレビに流れる、深夜みやさんの女王のようなライヴ映像。そんな深夜さんに熱狂する、泣き叫ぶような歓声。
 かっこよかったんだ、とにかくかっこよかった。俺には、絵より文より、必殺技を出すヒーローより、歌が一番、かっこよかったんだ。
 不純か? そう思う奴もいていい。誰かに何かを伝えて、人の心に自分を刻む人たちは、永遠だろ? 言いたかったのかもしれない。俺は確かにここにいるということを。
 俺が生まれたのは、碧海が生まれた翌年だ。あいつのほうが年上なんて、笑えるよな。碧海は音楽を拒否ってたけど、仲はいい幼なじみだったよ。近所の梨々花りりかって女と三人で、よく探検や悪戯をした。
 梨々花については碧海が語るだろうから、俺からは省くよ。俺が深夜さんたちのライヴ映像にかじりついてるあいだは、ふたりで遊んでたから、のちのち、そういうことになったのかもしれないな。
 俺みたいな子供に、昔からとうさんもかあさんも手を焼いてた。弟の七瀬ななせにも「いい加減落ちつけよ」って言われるくらい、俺は家庭でも教室でもずれた奴だった。
 うまくいってなかったわけじゃない。うまくいってないほうが、両親もつらくなかったかもしれない。
 たとえば、授業中に窓を見てる。飛行機が通って、飛行機雲が走る。気になりだしたら止まらないんだ。どこまで続くか、追いかけないと気が済まない。だから、先公を振り切ってグラウンドに出る。
 そして、ただ空を見てた。取っ捕まるまで、青い空にどこまで白い線が引かれるかを見てた。そんなガキだったな。
 しかし、当時はそれぐらいでも問題児だ。かあさんは学校まで来て先公に謝って、とうさんは家まで来た先公に謝って。でも、何で謝ってんのか理解できなかった。
 正直、いまだに分からない。いや、理屈は分かるけど。教師の理屈に合わせて謝って、俺の言動を理解しなかった親が分からない。年代と時代だったのかもな、俺にはあの頃のほうが不自由だったよ。今は不自由になった、とか言われるけど。
 俺が十一のとき、ついに両親の堪忍袋の緒が切れる。俺は学校に行くのを辞めて、碧海のおじさんのギターを借りて、物乞いみたいな真似を始めた。一応、路上なんだけどな。アンプもマイクスタンドもない──借りればあったんだけど。さすがに、人の親に全部貸してもらって活動するのは、ずうずうしいだろ。
 借りたのはギターだけだ。ピックはおじさんの勧めで自分で買った。で、俺の音楽活動のスタートだ。同時に、もう家に帰ってくんなって、親に家から締め出された。
 勘当は、俺が警察の世話になるのがでかかったんだと思う。アンプにもつないでないし、大した騒音じゃなかったんだけど、まあ小学生のガキが終電ぎりぎりまでパフォーマンスしてたら、そりゃおまわりさん寄ってくるだろ。警察沙汰ってのは、さすがに親をうんざりさせたんだろうな。
 碧海がベース始めるまでは、そりゃ心細さもあった。でも、今でも俺たちを支えてくれてる親友、伊弦いづるが俺の行動をサポートしてくれた。
 感謝してるよ。また補導されて、すげー落ちこんで、帰るところはないから、泊めてくれる碧海の家に向かって。でも、酒臭い終電で、伊弦は「次はいつなんだ?」ってすげー楽しみって顔で聞いてくれて。
 うん、今はあの顔がライヴハウスにいっぱいなんだよな。幸せだよ。
 なかなか音楽に手を出そうとしなかったな、碧海は。お前も兄貴の紅衣くれいさんみたいにギター弾けよって、顔合わせりゃせっついて、あの頃の碧海は俺に辟易してたと思う。俺の歌を聴こうとすらしなかった。
 それを伊弦に愚痴ったら、おもしろいこと言われたんだ。「中学の放送部ジャックして、ライヴ流してやろうぜ」って。「お前の歌を聴いたら、絶対伝わるから」って。
 伊弦の読みは当たった。俺の路上に、初めて碧海が来た。ただ、あいつが持ってたのはベースだった。単純に、ギターは俺が弾いてるってのもあったけど。
 集まるようになってた観客の前で、お前の音は基礎がなってないだの、いい加減に弾きすぎだのたたかれて。「だから」って碧海は言った。
「俺がベースでお前を根本から支える」
 あのときからのファンも、まだいるんだ。絶対忘れられない、泣いたってファンレターにはいつも書いてある。
 それから、碧海は学校に行きながらだったけど、二人編成で音楽活動が始まった。お前のギターはひどいからギタリストが欲しいとか。ドラムスも必要だとか。だとしたら路上よりスタジオだとか。お前、いつそんなバンド活動に詳しくなったんだよって思っても、碧海はきっと答えなかったけど。
 俺の歌は、それまで我流だった。それでも好きだって奴はいたけど、あのままじゃ今の規模のファンは得られてなかった。俺の歌を育てたのは、月琴つきこって女だ。
 月琴のことは、わざわざ説明することはないかもしれないな。その日も路上やってて、終電逃しちまって。歩いて帰るしかねえなって碧海と楽器背負ってたら、突然「いいベースね」って女に万札さしだされて──それが月琴だった。
 つうか、タクシーで帰れたその数日後にテレビ見てたら、映って歌っててビビった。で、よく考えたら、「いいベースね」って何だよ。俺のギターはともかく、歌は? 碧海だけかよ。俺なんか、プロのミュージシャンからしたら、音楽一家の碧海とはしょせん較べ物にもならないってのか?
 いらだちだけで、碧海は学校に行ってるあいだ、月琴の事務所に押しかけた。何度も追い返された。追い返されるほど、焦ってきた。いらついてきた。もう惚れてたのかもしれない。
「本気で歌でやっていくの?」
 やっと会えた月琴に訊かれて、俺は迷わずにうなずいた。「じゃあ」って月琴は言った。
「あたしのすべてをあんたに預けていいのね?」
 そのときはその意味がよく分からなかった。いや、それは俺に対する「期待」だと解釈したような気もする。ぜんぜん、もっと絶望的な意味だったんだけど。
 俺は路上を休んで、月琴に徹底的にヴォーカリストとしてしごかれた。そのあいだに、碧海は碧海で動いて、瑞輝みずき双葉ふたばを捕まえることに成功してた。そして、ついにBazillusの結成だ。
 活動が路上からライヴハウスになった。月琴のしごきを受けた俺の声は、確実に変わってたって碧海は言う。
 でも、俺たちのライヴには結局月琴は来なかったな。何度も連絡した。そろそろ、「好きだ」って伝えたかった。鼻で嗤われるのは分かってたけどさ。
 その次の年だったよな。
 月琴はオーバードーズで死んだ。
 最低の女だろ? 死ぬって分かってたんだ。手を引けないって分かってたんだ。俺に歌うことのすべてを預けたのは、もう自分では届けられなかったから。死んで当然だ。クスリなんて、何で──もっと、伝えたい声があったくせに。
 月琴の訃報を伝えるニュースを聞いて、どれだけ泣いたか分からない。
 俺もバカな男だった。何で、もっと早く伝えなかったんだ。俺なんか、何の力にもならなかったかもしれない。でも、賭けることぐらいはできたはずだろ? 「お前が好きだ」、「お前を支える」、「お前と生きる」、何でもいい、どうして俺は月琴に伝えなかったんだ。伝え方をあんなに教わったのに。肝心な人に、俺はまっすぐ自分をさらせなかった。
 恋愛はしない。そう誓った。そして、もうひとつ。絶対にヤクはしない。
 振りはらうように歌った。ドラムスになった双葉には、よく妹か弟がくっついてきてたんだけど。七瀬に対する俺と違って、あいつはいいにいちゃんだったんだよな。そんな兄貴がバンドを始めたんだ、そりゃあ俺たちは胡散臭そうに見られたよ。
 特に弟で末っ子の若葉わかばは、俺たちに敵意剥き出しだったな。妹の春芽はるめも、「どうしても兄じゃないといけないんですか」って何度も訊いてきた。同じ質問にうんざりして、俺の態度は冷たかったと思う。なのに、何で春芽がこんな俺に告ったのかは分からない。
 恋愛はしたくなかった。でも、春芽って双葉のこともそうだけど、しつこいんだよな。だから俺は、露骨なくらい月琴のことを話してやった。
「夏陽さんは、そのままずっと、死ぬまでひとりでいるの?」
 たぶんな、と俺は答えた。
「じゃあ、その人の伝えたかったこと、結局何も受け継いでないね。だって、伝えたい気持ちを持つこともしないんだもんね」
 こう言っちゃ心証悪いが、春芽を殴りそうになった。春芽は逃げなかった。俺を睨んだままだった。
 そのとき、気づいた。誰かに何かを伝える、それはすごく恋愛に似てる。俺は月琴に伝えなかった。伝え方をあんなに教わっておいて、何も言えなかった。歌う内容が恋愛だらけである必要はない。だけど、このまま口をつぐんだままじゃ、月琴に教わった何かが確実に朽ちる。あいつは「すべて」を俺に託したのに、俺はそれを殺してしまうって。
 結局、春芽とは三年つきあったかな。春芽のおかげなんだ。今の俺が、自由に歌えるのは。その感謝は変わらないのに、何で男と女ってのは冷めるんだろうな。結局、どんどん距離ができて、しおりと出逢った俺が春芽を振った。あいつも俺と別れたら、アプローチしてきてた男とすぐつきあいはじめた。それでも、春芽とは、今は気の置けない友達だよ。
 栞のことまで語るのか? デビューまでだろ、このインタビュー。デビューは春芽と微妙なときだったぞ。まあ、栞は簡単に言うと中学時代の同級生だ。あの、伊弦が仕組んだ放送部ジャックライヴから、俺を秘かに追ってたらしいぜ?
 そんな女と、俺はそろそろ結婚でもしようかってところだ。
 歌は続ける。バンドも続ける。できればこのメンバーのまま。ひとりでも多くの奴に、Bazillusは永遠だって言われたい。とうさん。かあさん。俺を生みだしてくれてありがとう。あんたたちの息子は、人の心に残る音楽を今日も歌ってる。

 ──Bazillus vo.夏陽

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