天使に触れる
俺は彼の閉ざされた部屋で過ごしはじめた。彼の胸で目覚め、一日じゅうベッドに腰かけていた。彼は俺と共に部屋に閉じこもっていた。
彼の家族の気配がすると、彼は俺に釘を刺した。
「静かにしていないとダメだよ。あの人たちは、僕と君を引き裂こうとするからね」
彼は学校も行かずに、俺のかたわらにいた。俺と彼はおとなしく交わった。
夕方になると、彼の家族の気配が戻ってきた。夜には、俺は彼に抱かれて眠った。
俺が空腹を訴えると、彼はきちんと食事をくれた。ただし、俺が自分で食べるのは許さなかった。俺が赤ん坊であるように、ものを食べさせた。ひと口大やひと口ぶんに分け、熱いものは舌が火傷しないように息を吹きかけ、ようやく俺の口に運ぶ。冷凍食品や簡易調理が多かったが、粗末ではなかった。
食べたあとは歯みがきしてもらった。排泄もさせてもらえたし、誰もいないときに風呂も入れてもらえた。
ただ、その最中も、彼が俺を眺めているのが恥ずかしかった。風呂では彼は俺の軆を素手で洗い、性器も尻の穴も躊躇せずに洗う。恥ずかしさに身をよじると、「綺麗にしなきゃダメだよ」と制された。タイル張りの寒い浴室で、俺の頬は真っ赤にほてった。
初めての入浴以来、俺と彼の儀式には変化が現れた。
俺はサイズの合った着替えがなくて、大きすぎる彼の服を着ていた。広すぎる首まわりに肩が剥かれ、彼には細身のジーンズも、俺にはだぼだぼだ。下着はつけていなかった。
「寒いね」
俺はうなずいた。
「今度、君の服を買ってくるよ。君はずっとここにいるんだからね」
乾かされてさらさらになった俺の髪を梳いた彼は、腰をかがめて俺を抱きしめた。髪に鼻をうずめ、その息は切なげに震える。背中をさする手のひらは大きく開かれ、俺の感触を味わう。
彼の肩に顔を伏せた俺は、なじみのない石鹸とシャンプーの匂いを嗅いでいた。彼は俺をさすっていた。その手が服にもぐりこみ、素肌に触れていると気づいたとき、俺は彼を見た。
彼は目を閉じて、俺の素肌を撫でていた。指先は背骨を確かめていた。俺は狼狽したが、どうすればいいのか分からなかった。彼の熱い手のひらが素肌を這う。ひくついた彼の息が、俺の髪の隙間を通り抜ける。
まごついていると、耳に彼の口がかぶさった。近すぎて、その声はこもっていた。
「服、脱がせても、いい?」
俺はきょとんとした。意味を解せなかった。「服」とつぶやく俺に、彼は続ける。
「君が見たい。もっと見たい。風呂場では泡と湯気が邪魔だった」
彼は俺が着ているトレーナーをめくる。俺は動けない。
「いいよね。僕は君を愛してるんだ。君だって僕を愛してる。君はまだ知らないことかもね。愛しあってたら、はだかになって抱きあうんだよ? だから、君は服を脱がなきゃいけない」
「でも」という俺の声は、彼には届かなかった。彼は軆を離し、俺の服を脱がしにかかった。俺の肌とトレーナーのあいだに手をさしこみ、のっぺりした腹を剥き出しにする。
彼の瞳に、燃え上がる欲望が散った。息が荒くなった。俺はわけも分からないまま、肩に力を張った。
彼はほとばしる欲望をこらえ、丁寧に俺の上半身をあらわにした。袖に通された俺の腕を、左と右、それぞれずつ引き抜く。小さい桃色の乳首を備えた、平たい胸をさらす。首に残った服を静かに頭を通して取り去る。俺は骨盤までずり落ちたジーンズひとつになった。
彼は俺を見つめた。ため息も出ないほどだった。「綺麗だよ」と彼は言った。
「彫刻みたいだ」
俺は身をすくめる。寒くて鳥肌が立った。それを見取り、彼は暖房の温度を上げた。縮む口実がなくなり、俺は彼に素肌をさらすことになる。
ふと、彼は咲った。「ほら」と俺の手を手に取った。俺の手のひらは彼の股間に導かれた。
そこは大きくなっていた。
俺は彼を見上げる。彼は得意そうに笑んだ。
「生き返ってるよ」
俺は彼の股間を見る。手のひらに、ふくらんでいく硬さが伝わる。
「君といるとこうなるんだ」
彼はささやいた。
「僕のここは、君のためにあるんだよ。君を見たり触ったりすると、僕のここはいつでもこうなる。いっぱいになる。僕が君を愛してるから」
俺の手は、彼の生き物にあてがわれる。大きくなると、俺の指はその曲線に合わせて曲がった。ジーンズの上の青白い俺の手に、生白い彼の手がかぶさる。
彼は俺の手を動かした。俺の手が彼の生き物を撫でる。生き物は大きくなる。ジーンズの下で張り詰めはじめる。先日の悲惨な死を憶えていないのか。加減もなしに膨脹していく。彼は腰を動かし、俺の手のひらに生き物を押しつけた。生き物は、俺の小さな手にはおさまりきらなくなる。
俺は彼を見る。彼は俺の手で生き物をこする。「ダメだよ」と俺は言った。俺の桃色の乳首を見つめていた彼は、俺の顔を見た。
「ダメって?」
「また死んじゃうよ」
「大丈夫だよ。ここは何度も生き返るんだ。死ぬとすごく気持ちいいんだよ。君がいてくれればね。僕のここは、君がいて生きてるんだ。だから、君はいなくなっちゃいけない。君がいなくなったら、僕のここは死ぬんだ。ここが死んだら、僕も死んでしまう。君がいたら、ずっと気持ちいいんだ。ずっとそばにいて。そしたら、僕は──」
途中から不明瞭な喘ぎに聞き取れなくなった。生き物はふくれあがる。彼の手に作動され、俺は生き物を撫でる。俺は息苦しくて、つらくてうなだれた。
死んでしまうのに。俺が生き物を殺してしまう。生き物は苦しげに育ち、びくんびくんと波打っている。
彼の喘ぎ声が降ってくる。彼の左手が俺の肌を撫でまわす。汗ばんだ手のひらが素肌を走る。
俺は肩を震わせた。何も分からなくて怖かった。生き物が硬い。いったい、この生き物は何なのか。死ぬと分かっているだろうに、なぜ育つのか。彼の妙なうめきばかり聞くうち、俺は泣きたくなってきた。
彼が俺の手を握りしめた。太いうめき声がした。手のひらに痙攣が伝わる。俺は手のひらの感触に事実を知った。
生き物は、また死んだ。
彼はそっと俺の手を外した。俺の頭を撫でたあと、クローゼットに近寄った。手早くジーンズと下着を換える。股間にぶらさがる影が見えた。錯覚だと思った。
俺のそばに戻ると、彼はひざまずき、俺の肌に触れて過ごした。
「また、生き返りそうだよ」と彼はつぶやいた。俺は生き物についてひかえめに質問した。彼は微笑み、「僕の君への愛だよ」と答えた。
「君もいつか持つことになる。そのとき、君がそれを僕に使ってくれたら嬉しいな」
俺と彼の交わりは、密接なものになっていった。彼は俺の裸体にひどく興奮した。俺の艶々した肌は、なぞられた通りしなやかにへこみ、彼の指に吸いつく。頬をすりよせた彼の吐息は、透明な産毛をくすぐった。
「綺麗だよ」
うっとりした彼は、そうささやいた。
「君は僕たちと違う。神様に近い。人間じゃない。忘れないで。僕が君を一番愛してる」
彼は俺の下半身も剥きたがるようになった。だぼだぼのジーンズの上から、俺の股ぐらに顔を埋める。鼻を動かして、腫れぼったい息をつくたびに哀願した。
「君を全部見たい」
躊躇う俺をなだめて、とうとう彼は、だぼだぼのジーンズも脱がせた。俺は丸はだかになった。
彼は俺を眺めたり、愛撫したり、抱きしめたりした。恥ずかしかった。うつむきたくとも、そうすると目に入る性器が嫌で、睫毛を伏せるしかなかった。
しかし、彼はそれをいけないことだと言った。
「僕は君の目が好きなんだ」
俺はどうしたらいいのか分からず、泣き出してしまう。すると、彼は謝って俺を抱きしめた。
「君をイジメたいんじゃないんだ。愛してるから、こういうことをしたいんだよ」
彼は俺の脚のあいだを探りたがった。俺をベッドにうつぶせにして、双丘を割り開く。俺は羞恥と防衛にそこを縮める。彼は俺の尻のふくらみに頬を当て、硬まったそこを指で揉みほぐした。
俺はまくらに顔を押しつけた。彼の頬と俺の尻がこすれあっていた。
彼は頬擦りが好きだった。俺のそこらじゅうに頬を寄せた。俺の肌は、彼のすべすべした頬の感触を残像させるほどになった。
眠る前にも、彼は俺の頬に頬をすりよせる。服をまとった背中を撫で、ときおり優しくとんとんとした。
彼は俺より先に眠らなかったし、俺よりあとに起きなかった。常に俺を見つめていた。交わるとき以外の彼の瞳は、静かに凪いでいた。
彼の俺の探求には、慎んだ秘めやかさがあった。聖域を冒している緊張だ。彼には、俺は天使の彫刻だった。彼は息を震わせて天使に指を這わせ、神聖な彫刻を探る。
床に腰をおろした彼は、ベッドサイドに腰かける俺の脚を開いた。陰りのない性器を見つめる彼に、俺の頬は色づく。彼は排尿しか知らない性器をつまみ、そっと手のひらでおおった。
汚くないのか、気持ち悪くないのか──疑問に駆られて、俺は彼を見る。気づいた彼に、たどたどしくそれを質問すると、「君のだったらいいんだよ」と彼は微笑んだ。
彼はひかえめに俺の性器をしごいた。気持ちいいかを問うてくる。俺はなぜ気持ちいいという言葉が出てくるかも分からなかった。首を横に振ると、彼は微笑した。愛おしげに俺の性器を撫で、「これはね」と語る。
「君がもう少し大人になったら、君をとても良くするんだよ」
彼は俺の性器を手のひらにのせ、頬擦りをした。
「これは愛してる人に触らせるものでもある。僕が君のこれをこうして触るのは、君を愛してるからなんだ。僕は君と同じぐらい、君のかわいいこれも愛してる。本当だよ」
俺の性器は彼の頬にぴったり埋もれる。俺は黙っていた。蕩けたため息を聴きながら、頬擦りに合わせて流れる彼の黒髪を見ていた。
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