すりこまれた愛
腫れあがった彼の性器が、口内に侵入する。顎をぎりぎりまで開けられ、舌の上を熱がすべる。先端だけという気遣いはなくなっていた。彼はまるごとを俺に押しこむ。
硬くふくれた性器の大きさに、俺の小さな口はいつまでも順応しきれなかった。こじあけられた口は、性器が栓となってぴったりと閉ざされる。同時に喉も塞がれる。俺の口の中は密閉空間となり、彼が動いたときにしか空気は得られない。
「舐めて」
喘ぐ隙間に、彼は言った。
「僕の、そっと」
舌なんて動かせなかった。彼の性器に押しつぶされている。
「吸ってもいいよ」
吸えるわけもない。息だって吸えないのに。
「僕に触って。舐めて。君を感じたいよ」
何とか舌先を動かした。彼は震えた息に、嗄れた声を混ぜた。酸欠状態で鈍痛のする俺の脳みそを、性欲に任せて揺すぶる。
気が遠くなった。自分が蒼白になるのを感じた。眼前の濃く黒い毛が鼻の頭をかする。かろうじての現実逃避として、目をつむった。 だが、視覚などたしにもならない。
「ああ、いいよ」
頭を撫でまわす彼の喘ぎが、俺を現実にはりつけにする。
「いい。もっとしてごらん。うまいよ。最高だ。愛してるよ。君が一番だ。ああ。もっと──」
血管の脈打ちに頭蓋骨を揺すぶられる。とりとめのない言葉が降りそそいで脳内が混乱する。腰の動きに、喉がゆがんで吐き気がこみあげる。ひたいに脂汗が滲む。眼球の奥が宙返りして真っ暗になる気がする。
舌を刺すあの苦味が充満してくる。動きが小刻みに速くなり、熱い先端は喉の奥に行こうとする。内臓を嘔吐しそうな感覚をもよおし、俺は震える肩を抑えこんだ。
喉から鼻へ、つんとした臭いが突き抜ける。まといついて離れない、あの臭いだ。青臭くて生臭い。肉欲に溺れた人間の命の醜さを凝縮した臭いだ。俺のこめかみは、その臭いに浮遊してくらくらする。
白濁の臭い。俺を切り開いてかきみだす。俺の傷口には、絶対にこの臭いがしみついている。
息が苦しい。顎が痛くて外れそうだ。成長する彼の性器に舌は制圧される。くらむ目を守るまぶたの裏が、水分にふくらんでいく。
頭を撫でていた手が、ぎゅっと髪をつかんだ。快感の波に合わせて頭を揺すられ、意識が遠のく。頭の中が白光する暗闇になっていく。
もう何も感じたくない。無感覚になろうとした。だが、引っぱたかれる五感はそうたやすく沈まない。現実が俺の心を犯す。
口の中の硬いものはいっぱいになる。息ができない。このまま息が止まってもいい。
思いついた途端、俺はすさまじい死の渇望に憑りつかれた。
そうだ。死にたい。苦しい。痛い。吐きたい。白濁の臭い。息が詰まる。頬に雫が伝う。塩辛い。苦い。嫌だ。助けて。殺して。何も見えない。頭蓋骨をもぎたい。殺されたい。死んだほうがマシだ。外れる。ぼろぼろだ。全部なくなればいい。死んだほうがいい──
そのときだった。
耳慣れない音がした。俺はぴくんと目を動かした。
何、と思った。何か聞こえた。
幻聴だろうか。いや、でも──
コンコン。
俺は目玉をくるくるさせた。どうも、ドアのほうからだ。それで俺は気がつく。そう、あれはノックの音だ。
心臓がざわめく。ノック。つまり、あのドア一枚の向こうに誰かいる。
コンコン。
彼を見た。気づいていない。伝えるべきか分からなかった。いずれにしろ、塞がれた口は呼吸も紡がせない。
コンコン。
「聞こえてるんでしょ」
続いたのは、女の人の声だ。
「ユミがみんな揃いたいって言ってるのよ」
意識が薄暗くなっていく。
「クリスマスでしょ、ケーキぐらい一緒に食べてちょうだい」
息が詰まる。脈打ちが苦い。舌に浮き出た血管の感触が当たる。
コンコン。
白濁の臭いがする。
「聞こえないの? 返事しないなら開けるわよ」
あける……
「ねえ──
──そのあとは、よく憶えていない。五感がばらばらになって、記録が断片的になった。
どさっと何か落ちるような音がした。俺はあふれた白濁に咳きこんだ。彼はドアを一瞥し、事もなげに俺に向き直った。階段をかけのぼってくる足音がした。
彼はひざまずいて、痙攣する俺を抱き起こした。俺は急激に取り入れた酸素に心臓を突き刺され、乾上がりそうな息をしていた。
「僕は君を愛してるよ」
彼はささやいた。朦朧とする中、これだけは生々しく残っている。
「君はいつまでも僕の天使だ」
俺の顔を上げさせ、強く頬擦りをする。
「忘れないでね。僕も君を忘れないよ。そうしたら、僕たちはずっと一緒だ」
俺は口から白濁を垂れ流していた。彼の顔に白濁が伸びた。彼に頬をすりつけられ、俺の顔にも白濁が広がった。ねばねばしていた。
「愛してるよ」
彼は俺の頬に口づける。
「君は最高の彫刻だ」
甲高い悲鳴がした。俺はまた五感をつんざかれた。彼は俺から乱暴に引き剥がされた。開けられたドアが冷気を吸いこみ、俺は寒さに震えた。
知らないおじさんが、俺を覗きこんだ。それから、警察を呼べと聞こえた。
俺は目を伏せた。白濁の臭いにめまいがしていた。
おじさんは、全裸の俺をブランケットでくるんだ。名前や親について訊かれた。答えられなかった。
「うちの学校の四年生で、先月、行方不明になった子がいるよ」
舌足らずな声がした。
「朝礼で校長先生が話しててね、プリントももらった」
ひとまず、俺はその行方不明の子だとされた。
やがて、部屋には人がいっぱい来た。俺はおじさんからまた違うおじさんに渡された。
「怖かっただろう、もう大丈夫だよ」
目を伏せていた。おじさんは煙草の匂いがした。抱き直され、おじさんの肩越しの光景が見えた。彼が連れていかれていた。
俺は目を開き、彼の背中を見つめた。彼は俺を振り向いた。目が合った。凪いだ瞳だった。
彼は微笑し、白濁にまみれた頬をゆっくり動かした。頬擦りの仕種だった。俺の手に、頬に、胸に、腹に、性器に、軆じゅうにすりこんだ仕種。そう、俺がその愛をけして忘れないように、食いこみそうに繰り返した──
吐き気がした。おじさんの肩に顔を埋めた。唇を噛んでも、涙はこらえられなかった。おじさんの大きな手に頭を撫でられ、ますます泣いた。止まらなかった。
俺の頬は、剥がれない彼の白濁にねばついていた。とめどない涙は、その上をぼろぼろとすべりおちていった。
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