快楽の道具
僕が自慰を知ったのは遅く、中学生になった直後だった。
外界はすべて“外界”である僕には、環境がどう変わろうとすべて同じだった。中学生になったのを機に、自立という言葉で、家族もますます僕をはねのけてくる。
だが、そんなのは気にしなかった。自慰が内閉に魅力を見いだしてくれた。
セックスが気持ちいいらしいというのは、映画で観ていて知っていたが、なまじ知っていたおかげで、ひとりでもできるとは思わなかった。他人と協力などしなくても、快感は得られるのだ。ある暖かな春の夜、僕はベッドに腰かけ、これまで排泄器官にすぎなかった性器を取り出した。
これが本当に気持ちよくなるのか。股間にそれらしい経験を持たない僕は、恐る恐る性器に触れた。蹴られたら死にめを見るここを、しごいたり握ったりして大丈夫なのだろうか。そんなくだらない心配も最初だけで、すぐに僕は自慰に病みつきになった。
僕の自慰は、初めはあくまで肉体的だった。ただ吐き出すために性器をこすった。女の生理みたいな、単なる処理だ。
幻想を抱き、その飽和に耐えきれず、はちきれて対象へと射精することはなかった。だが僕は、テレビ画面の死体たちに放逸な妄想をほとばしらせるとき、性器が熱く頭をもたげて、手をいざなっていることに気づいた。
夜中でみんな寝ていた。たぶん気づかれない。そんな危うい気休めに屈し、死体を見ながら、その肉体への悪戯を思い描きながら、僕はリビングで自慰した。
すごかった。腰の過熱が脳の心象を飲みこみ、性器は勝手にいってしまった。いつのまにか閉じていた目を開く。手のひらがたっぷりと糸を引いている。僕はそれを見つめ、ぎこちなく息を吐くと、その場に脱力した。
一時停止が切れ、テレビが深夜番組になっているのに、初めて気がついた。
毎日、自慰にふけった。やがて来た夏休みは、自分の快楽を追究するいい機会だった。
この家は共働きだし、両親はかわいい娘を僕には預けなかった。七歳になった少女本人も、交流のない義兄より、仲良しの友達の家で過ごすほうが楽しそうだった。
かくして夏休み、僕はほとんど家にひとりきりで、心置きなく死体を観あさり、右手を動かした。
僕は静止に熱狂した。殺されている場面ではしなびている性器は、殺されたひとコマで勃起した。絡みあう場面では、せっせと動いていると萎えても、一時停止に切りとれば悪くない。そんな僕にぴったりの道具は、“写真”だった。
精液を拭き取ったティッシュは、それだけをまとめて、夜中にこっそり捨てにいった。蒸した風が澱む熱帯夜、その日もゴミぶくろを捨てにいくと、そこには何冊かのポルノ雑誌が捨てられていた。初めはただの漫画雑誌かと思った。気だるい月明かりに目をこらしてみて、四つんばいで胸の谷間をさらす女に気づいた。
思わず後退る。喉元から胸元へ、冷たい汗が流れる。胸騒ぎのような動悸が急に沸きあがってきた。
どうしよう、と思った。どうしよう? 無視して帰ればいいではないか。だけど、できない。手足どころか、視線まで引き攣って、その場を動けない。
鼓動が頭の中を圧迫してくる。“奴”のように。いや、まさに“奴”だろうか。
捨ててあるのだ。持ち帰っても、盗みにはならない。でも、後ろめたかった。僕は自分があれを何に使うか知っている。いや、ポルノとはそのためのものではないか──結局、強迫観念に捕らわれた僕は、命令されて万引きするイジメられっこのように、素早く本を引っつかんで帰宅した。
部屋にたどりつくまで、頭の中は真っ白だった。この本を持ち帰る。とにかくそれをやらなくてはいけない。そのことで頭がいっぱいで、部屋のドアを閉めた途端、つっかえていたように大きな息があふれた。
ベッドに本を広げると、心臓に合わせて荒れる息を抑え、丁寧にページをめくった。破れたり染みがあるページもあったが、思ったより状態はよかった。
それに、血がついていないのだ。そう、これまでの愛人は、血に汚れたり画像がぶれたりしていた。これはそんなもどかしい邪魔もなく、曲線がくっきり映写されている。それと、洋画ホラーが多かったために見つめるのは異国の女ばかりだったが、これは日本人だった。まあ、それはどうでもよかったけれど。僕が見蕩れるものは、瞳でも肌でもなく、甘美な肉体そのものなのだ。
僕は、彼女たちの優しい曲線をたどった。上向きの乳房、弾力を持ってくびれた腰、咬みちぎりたくなる太腿──痩せた女より、ほどよくふっくらした、抱きしめて温かそうな女を僕は好んだ。
ポルノではそんな女たちが肉体をひけらかしている。大きく開いた脚のあいだから、僕に侵害され、支配されるのをおとなしく待っている。
彼女たちの悦びなど考えもしなかった。実際、そんなものは熱中を削ぐ憂鬱だった。僕は自分の欲望のみ追究し、彼女たちの肉体を、あくまで道具として執拗に愛した。
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