分裂する心
“奴”は僕の現実であり、強迫観念は僕の幻想だった。
ふたつはふたごで、絶望的な犬猿だった。幻想は僕の欲望を斧で決壊させ、解き放とうとする。現実は僕の欲望のおぞましさを訴え、閉じこめようとする。
ふたつは僕の心を両断して同居していた。どちらも、外界になじめないこの世の異物だった。外界より、もっと遠い世界に通じているらしかった。
ふたつは、人間である僕には敵わない、強力な魔力を使った。どんなに抗っても、僕は最後には支配され、自分の心を眺めるほかなかった。
しかし、ふたつは相手と同居するのはうんざりだった。やがて、一方を追い出し、僕を私物化しようと決意した。
闘いはじめたのだ。“奴”の武器は恐怖と理性で、僕を善に収容しようとしていた。強迫観念の武器は陶酔と欲望で、僕を悪に乱用しようとしていた。理性が産むものは孤独であり、欲望が産むものは腐敗だった。
僕は長いこと孤立にただよっていた。いいかげん、やりきれなかった。誰かを抱きしめ、自分のものにして、そばに置いておきたかった。この世に存在する意味がなく、この世をしりぞくべきだなんて、しょせん耐えがたい。でも、いまさら普通に人と関わるなんてできないし、したくもない。
僕は僕の方法で他者と向き合わなくてはならない。どんなにイカれた方法でも、このまま置き去りにされたくなければ──。そんなつぶやきが、欲望を優勢にしはじめた。
強迫観念は、僕の突破口だった。子供の頃、心にまとわりついていたのは、“奴”だけだった。“奴”は理性によって、恐怖の孤独に閉塞するのが善となる現実を突きつけていた。そんな現実が重くなったとき、幻想が芽生えた。相手を腐敗させる陶酔にひたる、悪い欲望を解放する幻想が。
幻想は白く、現実は黒かった。だから、幻想も元から僕の心にいたのだろう。ただ、黒に紛れて見えなかった。かすかな存在感が悪感情の養殖で、あれは幻想の仕事だったと思う。幻想は根気よい蓄積で現実を灰色に褪せさせ、とうとう白いすがたを現しはじめた。そしてついに分裂し、強迫観念として成立したのだ。
理性は耐えようとした。だけど、ひどい瀕死を負っていた。僕も抹殺されかかり、強迫観念は、監禁すべき欲望を毒々しく流出させようとしていた。
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