遠い記憶
物心ついたとき、雪理と雪瑠は俺のすぐそばにいて、よく遊んでくれた。
みっつ年上のふたりはそっくりのふたごで、長い睫毛や深紅の唇が女の子みたいだった。同じ家で生活して、一緒に食事をして、だけど、眠るときは俺だけ別だった。
ふたりは俺が眠るまで俺のかたわらにいたあと、必ず部屋をあとにしてしまう。朝、ベッドでひとりで目が覚めてぼんやりしていると、また雪理と雪瑠がやってきて、一日を三人で過ごす。
幼稚園に入って、小学校に上がって、次第にふたりの笑顔が少なくなっていった。俺の前では咲ってくれるのだけど、教師やクラスメイトの前では、ぎこちなくうつむく。
家でもそうだ。とうさんの前でも、かあさんの前でも、恐縮している。買い物に行くと、かあさんは俺のことは手をつないで連れていくけど、雪理と雪瑠のことは車に置いていく。逆に、とうさんは俺にそっけなく、雪理と雪瑠をかわいがった。
「僕たちのおかあさんは死んじゃったんだ」
ある冬の日の下校中、雪瑠は言った。
「颯乃と僕たちは、おとうさんだけ同じなんだよ。おかあさんは違うんだ」
雪理はそう言った雪瑠を見つめていて、ふたりに挟まれてアスファルトをのろく進む俺は、スニーカーに目を落とした。
何を言えばいいのか、すごく考えた。小学校の低学年だったから、とうさんは同じでかあさんは違うとか、そんなことができるのかとか思った。
「かあさんは、だから雪理と雪瑠には優しくないのか?」
「たぶんね」
「とうさんも、かあさんが違うから、俺だけに冷たいのか?」
「……うん」
「じゃあ、雪理と雪瑠は、俺のことがとうさんみたいに好きじゃないのか?」
泣きそうな顔を上げた俺に、「好きに決まってるよ」と雪瑠は微笑み、雪理も俺の手をつかんだ。俺はふたりを見てから、「だったら、いいや」と雪理と、雪瑠の手も握った。
「颯乃は?」
「え」
「それでも、僕たちのこと好き?」
雪瑠を見て、雪理も見た。それからちょっと下手くそに咲って、「大好きだよ」と言った。ふたりはほっとしたように笑んで、家に着いたらかあさんに引き剥がされるようになっていたから、俺たちは今のうちにぎゅっと手を握りあった。
そんなふうに、一番しっかりしていたふたごの弟である雪瑠が蒸発したのは、俺が十歳のときだった。
ふたりは十三歳だった。とうさんは半狂乱になった。かあさんはつまらなさそうに、自分の膝に座らせた俺の髪を撫でていた。怯える雪理の手をとうさんは鷲づかみ、二階の奥の部屋に閉じこめるようになった。
学校に行かせない。食事も排泄もその部屋でさせる。自分以外の人間と話さえさせない。部屋に誰も近づけない。人と接することを許さない。
監禁だった。無関心なかあさんの膝を降りて、俺は何とか、雪理のいる部屋に接触しようとした。けれど、そうするととうさんに激しくぶたれた。雪理の名前を叫んでも、返事はなかった。
雪瑠はいなくなってしまった。雪理は有刺鉄線が巻きついたような触れない檻の中に閉じ込められた。俺は粉雪が体温に溶けたように、大事なふたりを一瞬にして失った。
三人で遊んだ部屋がつらくて、物置になっている屋根裏にこもってひとりで泣いた。
雪瑠はどこに行ってしまったのだろう。
雪理とはもう話もできないのだろうか。
分からなかった。泣いても泣いても、雪理は手を握ってくれなかったし、雪瑠は頭を撫でてくれなかった。
ずっと三人一緒だったのに。
いつのまにか、俺はひとりぼっちになってしまった。
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