蜜は膿になる
次の日の朝、理衣くんの家の前での待ち合わせに行くのは、すごく緊張した。昨日より身なりを気にして、挙動不審にならないように祈りながら角を曲がる。
理衣くんは私に気づくと、いつものように優しく微笑んだ。「おはよう」と駆け寄ると、「おはよ」と理衣くんは私が隣に来るのを待って、一緒に歩きはじめた。
学校までの道のりで、お互い、昨日のことには触れなかった。ちょっとくらい、手を握るとか、あるかもしれないとも思っていたのだけど。そう拍子抜ける自分が、何だか恥ずかしい。
同時に、昨日の晩から揺り返しで考えていたことが、蒸し返されてくる。
私は、理衣くんが好き……なのかな。
そして、理衣くんは私が好き、なの……?
分からない。よく考えたら、言葉では何も言われなかったことに気づいたのだ。いや、普通はあんなことをして、先も一応求められたのなら、言葉にするも何もないのだろうか。
流れとか、そんな感じではなかったとは思う。けれど、私の気持ちは、ちょっと分からない。理衣くんに押された気もする。
嫌ではなかった。理衣くんとキスできて嬉しかった。ということは、私は理衣くんが好きということでいいのだろうか。
じゃあ、理衣くんは? 私が帰ってきたことを喜んでくれているけど、おかあさんのことがちらついてしまう。
冬香たちも言っていた。理衣くんは、あんまり咲わなかった。
おかあさんを失ったのなら、それにも納得はいく。そして、私を求めてくれるのは、ひとりだった寂しさのせいで、愛情とはまた違うのかもしれないとか考えてしまう。
私見苦しいなあ、と嫌になってくる。素直に事実を見ればいいのに。キスしたじゃない。あんなに深く。理衣くんは私が好き。好きだから……
──本当に? 思い上がりじゃない? その口から「好き」なんて聞いていないのに、理衣くんの気持ちを決めつけていいの?
理衣くんは、その日の帰りは、私を家には誘わなかった。まあ毎日ってことはないよね、と思っても、いたって普通に接してくる理衣くんに不安になってくる。
何だか、前よりさっぱりしている気がする。手はつないでくれたけど、昨日までは別れ際はもっと名残惜しくなかった?
理衣くんの気持ちが分からない。でも、言葉にしてほしいなんて、わざわざ言うのも押しつけがましい。
どうしたらいいのだろう。冬香たちに相談しようかな、と思っても、キスしたこととかまで話さなくてはならないのは抵抗がある。私と理衣くんだけのことにしておきたい。
悩んで、何とも言えない視線をこぼしてしまっても、理衣くんは首をかしげるくらい平常だった。
やっぱり、理衣くんも男の子だから。幼なじみで、都合がよかった私で、経験したかっただけなのかな。
そんな卑屈なことを思いはじめた頃、理衣くんに会えない週末になってしまった。
「じゃあ、また月曜日に」
そう言った理衣くんは、私と手を離した。私はうなずいて、もれそうになったため息を唇を噛んで、身を返す。
晴れた空で、熱量を帯びていく太陽が、暑いくらいに射している。ゆっくり歩き出したとき、ふと、「こまゆ」と理衣くんの声がかかった。
振り返った。理衣くんはじっと私を見つめてから、「何かあった?」と愁えた顔つきになった。
何か──。言えない私が、視線を下げるしかできずにいると、「ごめん」と突然理衣くんが言い出して顔を上げた。
「俺のせい、だよな」
「えっ」
「ごめんな。俺ばっか、こまゆにわがまま言って」
「………、」
「こまゆは……俺のこと、断れないだけだったのに」
「理衣、くん……?」
「幼なじみだもんな。嫌とか、言いづらかったよな。何か、つけこんだみたいでごめんな」
「……私、」
「俺、こまゆを大事にしたいって思ってるのに、あんなの、ぜんぜん大切じゃな──」
私は理衣くんの元に駆け戻って、その胸に飛びこんだ。ぎゅうっとしがみつくと、汗の匂いがしたけど、それすらも愛おしくて胸が痛む。
「こま──」
「大事にしなくていいよ」
「え」
「私、思ったもん。あのとき、思ったの。私も、理衣くんにめちゃくちゃにされたいって」
「……え、あ──」
「理衣くんだから。理衣くんなら、私……怖く、ない」
理衣くんはしばらく反応しなかったけど、躊躇ったのち、私の肩に触れて顔を上げさせた。私の泣きそうな目に理衣くんは驚きを走らせて、でもすぐ優しく咲って、「泣くなよ」と私の額に唇を当てる。
「俺……あのあと、うぬぼれちゃダメだって思って」
「理衣くんがいい、って言ったのに」
「でも、ほんとに、俺でいい? 俺、ほんとに、こまゆを壊すみたいなことしかできないかもしれない」
「私は、理衣くんがしてくれることなら、何でも構わない。だから、何もなかったみたいにはしないで……」
そう言った私に、今度は理衣くんからぎゅっと抱きしめてくれた。そして、私の耳たぶを軽く食んで、そっとささやいてくる。
「じゃあ、このまま、家に入れる?」
その低い声で、軆に甘い痺れが響く。足元が浮わつくようにも感じながら、私はうなずいた。
理衣くんは息を吐いてから、ゆっくり軆を離して、「じゃあ」と手を取った。私は握り返した。そうして、私と理衣くんは、再び一緒に家の中に入った。
玄関を閉めたら、理衣くんは急に強く抱きしめてきた。私の名前を繰り返して、首筋に顔をうずめてくる。すうっと唇が這って、その感覚にびくんとわなないてしまう。
「こまゆ、かわいい。すげえかわいい」
「こ、ここは、恥ずかしい……から、部屋……」
「やだ。我慢できない」
「え……えっ?」
「あの日から、やっぱダメなんだって抑えてたんだ。またこうしたくてしょうがなくても、」
理衣くんの唇が唇を奪って、舌がすべりこんでくる。一緒に、あの日と同じ、理衣くんの唾液の味が流れこんでくる。
「我慢してたんだ。もう無理。こまゆがいいなら、やめないから」
「理衣く──」
あの日よりキスは激しくて、絡み合う水音が立つほどだった。理衣くん。私も、もう思っていいのかな? 理衣くんは、私のことが──
理衣くんは私の手を引いて、二階への階段でなく、リビングに踏みこんだ。逡巡しそうな私をソファに倒して、その上にかぶさってくる。私のえんじ色のスカーフをほどいて、ホックをはずしてセーラー服をはだけさせた。今日は暑いから、キャミソールもタンクトップも着ていなくて、水色のストライプのブラジャーだけになる。
「外していい?」
私は理衣くんの目を見上げて、ぎこちなくなりそうなのをこらえてうなずいた。理衣くんは私の背中に手をまわして、ブラのホックをはずすと、するりと引っ張って私の乳房をあらわにした。
理衣くんは、私のそんなに大きくない乳房をつかんで、先端をきゅっと吸ってきた。細いけど稲光のような刺激に軆が跳ねる。もう一方の乳房も、理衣くんは痛いくらいに揉みほぐして、敏感になった乳首を親指で転がす。その刺激は脚のあいだに突き抜けていって、切ない。
思わずもれた声に、私は唇を噛んだ。
「声、出して」
「や……恥ずかしいよ」
「聞きたい。こまゆの声」
私は理衣くんにしがみついて、抑えた声をその耳元でこぼす。紺のスカート越しにも、理衣くんの脚のあいだが反応しているのが分かる。お互い息が荒くなって、理衣くんの指先がスカートの中にもぐりこんでくる。そっと下着越しに触れられて、私の軆は敏感に震えて、さっきより声も大きくなってしまう。
「こまゆ……綺麗だよ」
私は、無意識につぶっていた目を薄く開けた。理衣くんがじっと私を見つめている。
「俺のものに、なってくれる?」
理衣くんは私の手を自分の脚のあいだに導いた。硬い。熱い。私は息遣いを整えてから、こくんとした。理衣くんは微笑んで、軆をぴったり重ねる。かちゃかちゃ、とベルトを緩める音がして、より理衣くんの感触が内腿にリアルに触れてくる。
理衣くんは私の下着をずらした。心臓がばくばくと乱れている。じかに理衣の指が触れて、少し湿った音がして頬が染まった。「濡れてる」と理衣くんがささやいて、そっぽを向いてしまう。
咲った理衣くんは、「指入れてみる」と私の奥を探ってきた。痛みが走った──けど、同時に理衣くんは私の核もこすって、淫らな声はどんどん抑えられなくなってくる。
「こまゆ、俺、もう無理」
「ん……うん」
「入れるよ?」
私は理衣くんの背中に腕をまわした。快感で息が切れる。理衣くんの息もうわずっていて、入口に理衣くんが触れたのが分かった。
このまま、私、理衣くんと──
その陶酔に目が泳ぎそうになって、何とか理衣くんを見つめた。理衣くんは汗をかいていて、生唾を飲みこんでいる。瞳が重なる。それを合図に、理衣くんが私の入口にぐっとそれを押し当てたときだった。
「お前ら、うるさいよ」
私は、はっと目を開いた。理衣くんも顔を上げた。いつのまにか、リビングのドアのところに人がいた。
私は反射的に胸を隠した。そんな私を理衣くんは腕の中に隠して、「何だよ」と聞いたことのないとげとげしい声でその人を睨む。
「とっとと部屋に消えろよ」
理衣くんの腕の隙間から、その人を見た。ストレートの黒髪、切れ長ながら妖しい目、肩のしっかりした線──おにいさん、かな。そう思っていると、その人はおもしろくなさそうにリビングを出ていった。
「ごめん、こまゆ」
「ううん。……おにいさん?」
「うん。大学も行かずに、二年留年してて、ニートみたいなもんだよ」
「そう、なんだ」
理衣くんは息をついて、勢いを失くしたものを下着にしまってスラックスのファスナーも上げた。そして、丁寧に私の服も着せ直す。
私は理衣くんを見る。
「やっぱ、部屋ですればよかったかな」
「で、でも、隣におにいさんいたんだよね」
「あ、そっか。はあ、邪魔だあいつ……」
理衣くんは私を抱き寄せた。私は、おにいさんを思い返していた。もちろん、一番は理衣くんだけど。かっこいい人だったな、と思った。
「あいつがいるなら、こまゆ、嫌味言われたりするかもしれないから。今日は帰るか?」
「え、あ──そう、だね」
ちょっと残念なような私に、理衣くんはくすっとして耳元に口を寄せる。
「今度は、ほんとにこまゆを俺のものにする」
どくんと理衣くんを見た。理衣くんは悪戯っぽく微笑み、仕上げに私のスカーフを結んだ。
「理衣くん」
「うん?」
「私、その……理衣くんが、好きだよ」
理衣くんは目を開いたけど、笑顔になると「うん」とうなずいた。
「俺も、もうこまゆがいなくなるなんて考えられない」
「そばにいる」
「うん……。ずっと?」
「ずっと。理衣くんのそばがいい」
理衣くんは手を伸ばし、私の髪を指を通した。微笑が優しく絡みあう。
──そう、このときまで私は幸せだった。ただの、幼なじみに恋をする女の子だった。
この日から? あの日から? いつ、そうじゃなくなったのか分からない。
けれど確かに、私の穏やかな毎日は、次第に壊れはじめようとしていた。
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