悪魔の所業
ぼろぼろだった中間考査が終わって初めての日曜日、おとうさんにお遣いを頼まれてしまった。嫌な予感を抱えて家を出ると、案の定瑠衣さんが待ち侘びていて、乱暴に家へと手首を引っ張られていってしまった。
「静かにね」
玄関を閉めた瑠衣さんはそう言って、私は不安の顔を向ける。瑠衣さんは、楽しくてたまらないといった笑顔を浮かべた。
「今日は、隣に理衣がいるから」
目を開いた。私はぱっと身を返して玄関のドアノブをつかんだけど、後ろから抱きこまれて口をふさがれる。
「約束は、今でも有効だよ」
それでも鍵に手を伸ばそうとすると、口をふさぐ手が素早く喉を捕らえた。
「おとなしくしないと殺す」
息ができなくて、目が血走るのが分かった。もう、いっそ殺されたほうがいいはずなのに。手が緩むと、息を吐いてがっくり首を垂らして、「よしよし」と瑠衣さんは私の頭を撫でて、靴を脱がせて部屋にまで連れていった。
「こまゆちゃん、俺といるだけで濡れるようになったね?」
部屋に入ると、服の上から軆をまさぐられて、用心してスカートをパンツに履き替えてきたのに、その上からこすられただけで軆が震える。
入口を柔らかに指圧されて、やがてぬめってきたのが分かると、瑠衣さんはくすくすと笑った。
「理衣にばれたくなかったら、言うことだけ聞くんだよ。隣によく聞こえるのは、俺、知ってるから」
声も出せない。物音も立てられない。
瑠衣さんは私をひざまずかせると、「やって」と脚のあいだを突き出した。そのふくらみを見つめて、のろのろと手を持ち上げてジッパーをおろし、下着から取り出す。
もうすでに硬く、血管も浮いていた。黙って、教わった通りに下から舐め上げて、先端をしゃぶって、できるだけ深くまで飲みこむ。
吐きそうになるまで奥まで含むと、もちろんえずいて胃液がのぼってくる。そのとき喉が締まるのが、瑠衣さんは好きらしかった。一緒に胃液が粘ついて、頭の上下がなめらかになる。涙が滲んで、えずくのが苦しくなっても、瑠衣さんは私の喉に押しこんでそれを繰り返させる。
ぬるぬるになった瑠衣さんを手でも刺激して、私の手のひらにまで血管の脈打ちに伝わるほどになって、一瞬、凝り固まるようにそれが膨らんで硬くなって──次の瞬間、口の中に大量に白濁が飛び散る。
口から精液をもらしながらドアにもたれると、パンツも下着も脱がされた。瑠衣さんの指が、私の核を微妙な角度まで捕らえて刺激して、思わず声がもれそうになった。自分で口をふさいで、必死に人差し指を噛む。噛みちぎりそうに腰が感じていることが、気持ち悪い。瑠衣さんはその私を眺めて低く笑って、「いつものいやらしいこまゆちゃんもいいけど」と耳を噛んでくる。
「我慢してるのもそそる」
目をつぶるまま、顔を背けた。瑠衣さんの指の動きが早くなって、緩やかになって、また早くなる。今にも歯ががくがくと浮わついて、荒くなった息に喘いでしまいそうだ。感覚が鋭敏なるほど、軆の端端も熱を帯びてくる。
「こまゆちゃんは、いきそうになるとほっぺたが真っ赤になるからすぐ分かる」
不意に、瑠衣さんが指を離した。急に止まった刺激の波に、名残る快感に腰が疼く。
「腰動いてるよ。ほんといやらしいな」
言いながら、瑠衣さんは私を自分の腰に引き上げて、「ほら」と下から刺すように、また硬くなったもので私の奥を一気につらぬいた。とっさにその痛みに声が上がりかけて、涙を流しながら指を噛む。
じわっと、血の味が広がるのが分かった。それでも、瑠衣さんは乱暴に私を突き上げて、初めてのときの激痛ではなくても、子宮を刺すような鋭い痛みが下腹部を締めつけた。
「すぐ良くなるよ」
瑠衣さんはささやいて、放置されていた私の核にまた指を這わせた。瑠衣さんが小さくうめきをもらす。
「こまゆちゃん、締めすぎ……っ」
私は息遣いを引き攣れさせて、瑠衣さんの肩に顔を伏せてとにかく指の傷口に歯を立てた。声を出せないだけで、こんなに苦しいなんて。喘ぐことができなくて、頭が酸欠して真っ白になっていく。
瑠衣さんの息遣いが鼓膜を撫でて、虫唾が走って鳥肌が立っているのに。自分の反応が理解できない。
気持ち悪い。いや、気持ちいい? 違う、気持ち悪い──
淫らに声で吐けないだけに、いつもより感情がぐちゃぐちゃ混濁して、わけが分からなかった。もうこんなの嫌だ。耐えられない。恥ずかしい写真が何だっていうの? この辱めを黙って受け続けるほうが、ずっと恥だ。
言わなきゃ。
私、助けを求めなきゃ。
このままじゃ、私、自分の感情に反応に思考に殺される──
その日は、おとうさんが待ちくたびれているのが分かっていたから、終わったらすぐ家をあとにした。私からおつまみを受け取って、「こまもビール飲んでみるか?」とにっと笑ってくるおとうさんを見て、やっぱりおとうさんには言えなかった。
おかあさんなら、と思ってあとをついてまわった。でも、話がしたい、と口火を着る勇気も出なくて、「用がないなら勉強しなさい」と中間の結果をちょっと怒っているおかあさんには追いはらわれてしまった。
やっぱり、両親には言えない。だとしたら──
「理衣くん」
月曜日の登校中、私はさんざん迷ったけれど、何とか言葉を選び始めた。
「一時間目、一緒にいられる?」
「……え」
「理衣くんに、……話が、あるの」
歩調を鈍らせ、理衣くんは私を見下ろした。私は泣きそうな目で見つめ返した。理衣の目が哀しそうに陰る。
「もう俺といたくないって話なら──」
「そんなんじゃないっ、違う、一緒にいたい。理衣くんといたい。でも、私……」
理衣くんは私を見つめて、痛々しく微笑むと手を握ってきた。
「俺はこまゆといるよ。ずっと」
「理衣くん……」
「もう離れるのは嫌だから」
瞳からぽろぽろと水滴が落ちていく。理衣くんは、久しぶりに強引に私の肩を抱いて、泣き面を胸に伏せさせた。
「一時間目、サボろう。分からないけど、誰にも聞かれたくない話だろ?」
「うん……」
「どこがいいかな。まあ、どこかあるから。まず学校行こう」
夏服越しに、理衣くんの体温が生々しく伝わってくる。それに怯えないのは、ずいぶん懐かしい気がした。
大丈夫だ。理衣くんなら大丈夫。きっと傷つけてしまうけど、それでも、きっと私のことを受け入れてくれる。
私たちは靴箱を抜けると、運動部の部室が並ぶプレハブの奥に行った。裏門までの道は通っていても、授業中に人影が来る場所ではない。朝礼の声が遠く聞こえてくるあいだ、私は理衣くんとつないだ手に力をこめて、頭を整理していた。
一時間目が始まると、「こまゆ」と理衣くんが首をかたむけてくる。私はぎこちなくうなずいてから、ゆっくり、静かに、ついに瑠衣さんのことを口にしはじめた。
理衣くんは、じっと私を見つめて話を聞いてくれた。その瞳に、心も少しずつ落ち着いてきた。
無理やり連れ込まれていること。写真で脅されたこと。初めても奪われたこと。おもちゃでもてあそばれたこと。何度も何度も犯されていること。
私の言葉が途切れた頃、理衣くんは膝に顔を埋めた。
「理衣くん……、ご、ごめんね」
「………、」
「おにいさんのこと、こんな、悪いことで話したくなかったけど」
「………、」
「でも、ほんとのこと、なの」
「………、」
「私、その、どうしたらいいかな」
「……俺が『やめろ』って言って、終わることじゃないよ」
「あ……、う、うん。じゃあ──」
理衣くんは、大きくため息をついた。そしてつないでいた手を離して、頭をかきむしる。
私は理衣くんを見つめる。理衣くんはしばらく視線を土に泳がせていたけど、ふと私を向いた。
「そっか」
「……うん」
「言っちゃうんだ」
「え?」
一抹の影に、理衣くんを見た。理衣くんは優しく咲っているから、自分の耳がおかしくなったのかと思った。理衣くんは私の頭に手を伸ばして、さすってくれる。
……何?
私、あんなことされすぎて、相手の声を誤って聞くほどになっ──
「音を上げるの早かったな」
「理衣……くん?」
「はあ、やっと俺の役目終わった。あとはにいちゃんがかわいがってくれるよ」
「な……何、え? 理衣くん、どうし──」
「もういいだろ。頭悪い女だなあ、ほんと」
う……そ。嘘。嘘嘘嘘。
理衣くん何言ってるの。
夢? あ、これ夢だ。きっと夢──
「なあ、俺、お前のこと『好き』とか言ったか?」
私は、茫然と理衣くんを見た。理衣くんは立ち上がると、「サボらせやがって」と舌打ちする。垂れこめてくる黒い現実に、私は立ち上がることもできない。
「あ、こまちゃん」
理衣くんはそのままさっさと立ち去ろうとしたけど、ふとそう言って振り返ってきた。私は唇の端に塩味を感じながら理衣くんを見上げる。
理衣くんは笑った。
とても綺麗に。
……とても醜悪に。
「これからは、毎日俺たちの家に来いよ? にいちゃんはほんとにお前を待ってたんだから」
ひび割れていく視界で、理衣くんは背を向けて歩き出す。小さくなる。見えなくなる。
喉に空洞ができたように呼吸が痙攣する。絶望が雪崩れこんで、耐えきれない吐き気で頭が痛くなってくる。「うそ」とつぶやいて、その声で嗚咽が堰を切った。
理衣くん。あの理衣くんが、私を──こんな目に?
信じたくなかった。でも、夢ならもう覚めていておかしくない。
好き、なんて。確かに、何度も思った。引け目だった。理衣くんは絶対に「好き」と言葉にしなかった。そういえば、「つきあおう」なんて約束も言葉にしていない。でも、それは、理衣くんらしさだと思っていたのに!
土に額を押しつけ、私は幾筋も心を裂く血に、声を殺して泣いた。
死んだほうがマシだった。殺されないと気が狂いそうだった。
なのに、私は……もうどうしたらいいのか分からず、悪夢の待つ家に憑りつかれてふらふらと通うようになっていった。
【第九章へ】
