万華鏡の雫-3

盗み撮られたのは

 始まったのは、恵波とつきあいはじめて一ヶ月ぐらいが経とうとしていた十一月の初めだった。
 憂鬱な天気が続いていたけれど、その日ようやく、空が高く澄んだ秋晴れになった。天はすっきりと青く、風もなめらかに流れていく。ガーリックが染みたフランスパンとコーンスープの朝食のときも一緒だったけど、改めて寮の玄関で恵波と落ち合って、挨拶で騒がしい通学路を歩く。
 教室に着くと、俺と恵波は離れた席に別れる。席近かったらいいのに、と思いながらかばんを開き、持ってきた宿題をつくえに押しこんだときだ。ぐしゃ、と何かつっかえる手ごたえがあって、ん、と俺は入れようとしたノートを引いて引き出しを覗いた。
 コルク色の封筒が奥でつぶれかけていた。引っ張り出してみると、宛名も差出人も書かれていない。手紙だろうか。俺は教室を見まわし、誰もこちらを注意していないのを確認すると、封もされていないその中身を取り出した。
「え……」
 思わず、小さな声がもれた。が、慌ててそれを伏せて、周りが俺の声に気づかなかったのを確かめる。俺はつくえの影で「それ」をもう一度見つめた。
 恵波の、写真だった。ちょっとピンボケして、視線もこちらに来ていなくて──勝手に撮った写真だと分かる。入っていたのは一枚だけだった。
 何、と思わず眉を寄せる。何で俺のつくえに恵波の写真が投げこまれているのだ。仲が良くなったことは、クラスメイトなら知っているが。つきあっていることはばれていない──と思う。万一ばれていても、何でこんなものをこっそり渡されるのか分からない。
 つか誰だよ、とまた教室を見ても、どこからもこちらを窺っている視線は感じない。何となく落ち着かない感じを覚えつつ、写真は封筒にしまって、かばんに忍ばせておいた。どうせ持ち帰るしかないし、教室のゴミ箱に入れるわけにはいかない。
 ちらりと恵波を見た。恵波は本を読みはじめている。言わないほうがいいよな、と椅子に体重をかけた。何だか気味が悪いけれど──恵波のほうが、聞かされたらもっと不気味だろう。
 その日からだった。俺のつくえに、差出人の分からないコルク色の封筒が投函されるようになった。中身はいつも恵波の写真一枚だった。増えていく写真を見ていると、すべて盗撮のようだった。
 何だよ、これ。校内に恵波のストーカーみたいな奴がいるのか。制服すがたばかりだし、背景を見ても撮っているのは校内だと思う。というか、撮影しているのが誰なのかも分からない。ストーカーなら、俺との仲に気づいて嫌がらせをしているつもりなのか。確かに、じゅうぶん嫌な気分にはなっているが。
 恵波に言うべきなのか迷っていた頃、写っていた恵波のすがたが、ただの写真じゃなくなった。体操服に着替えているところや、夏のプールの授業のときの写真が混ざってきた。
 さすがに、背筋が冷たくなった。嫌悪感で鳥肌が粟立つ。何だこの撮ってる奴。変態か。もちろん、すべて隠し撮りのようだ。さすがに恵波に言ったほうがいいか。気をつけろと忠告したほうがいいか。でも、こんな偏執的なことをされているなんて、なかなか言い出せなかった。
 だって、こんなの気をつけろと言っても、気づかれないように勝手に撮られているのだろうし。言えば、無駄に怯えさせてしまうかもしれない。できるのは俺がそばにいて、なるべく守ることだ。
 周りに疑われないよう、教室ではそんなにべたべたしないことにしていたが、俺は休み時間も恵波の席に行って、ぜんぜん気配の見えないカメラを警戒した。
「何か、あったの?」
 さわやかな秋は一瞬だった。十一月の半ばを過ぎると、急に空気が冷たくなり、一気に生徒たちの制服が冬服に染まる。枯れ葉が道端でひるがえって、冬の気配が押し寄せてくる。
 その日は早凪が帰らないとメモを残していて、俺は恵波を部屋に連れこんだ。暖房はまだつけないけど、手先や爪先が冷えるから、ベッドで一緒にふとんをかぶっていた。体温が巡って綻んでいくふとんの中で、恵波を抱きしめる。
 すると、恵波は顔を上げて俺にそう問うてきた。
「え」
「水澪、最近何か不安そう」
「……そう、かな」
「何かあったなら、話してくれていいんだよ」
 俺は恵波を覗きこみ、額をさすって前髪を上げ、いつも穏やかな瞳が懸念しているのを見つめた。
「僕は、頼りないかな」
「そういうわけじゃないけど」
「だったら、」
 俺は恵波の頭を抱いて、胸に伏せさせた。恵波が俺のパーカーを握りしめる。
「恵波は、俺といてくれるよな」
「えっ」
「もし、誰かが恵波のこと好きだったらどうする?」
「そんな、いないと思うけど──でも、僕は水澪といるよ」
「ほんと?」
「うん。僕が好きなのは水澪なんだから」
「そっか」
「水澪は? もし誰かに告白されたら?」
「恵波を選ぶよ、ちゃんと」
「………、じゃあ、キスしてくれる?」
 俺はちょっと咲って、ごそ、とふとんの中を動いて恵波を抱きしめる。そして額を合わせてから、少しその唇を吸って、そのまま舌を入れて深く口づけた。恵波も俺にしがみついて、舌を絡めてくる。
 けっこううまくキスできるようになった。夢中で唇を食んで、舌に舌を這わせていると、やがてその興奮が股間にまで響いてくる。恵波のそこも硬くなっていくのが分かった。手でお互いをさすって、俺が先に恵波のジッパーを下ろした。そして身を起こし、ふとんをめくって恵波にまたがる。
 ジーンズも下着もおろして恵波の下半身をあらわにして、ベッドの下に隠しているミルキーローションを手探りでつかんだ。ひんやりしたそれを手を出し、恵波を口に含んで強めに刺激しながら、そっと後ろのほうにローションを塗る。
 いずれ俺を受け止められるようほぐしているそこに、指が食いこむと、恵波は切ない声をもらして震えた。指は二本なら何とか入るようになってきた。ローションを継ぎ足してなめらかさを気遣いながら、締めつけるそこで指を出し入れすると、舌を絡める恵波のものがはっきり同期して痙攣する。
 いや、とか、だめ、とか殺した声が空を彷徨って、その声の甘みに俺のほうもかなり前開きがきつくなってくる。俺は恵波を大きく口にくわえて、後ろに痛みを感じさせないように、湿った音を立ててしゃぶる。息遣いを乱す恵波は、取り留めない声が上がるのを指を噛んでこらえる。ミルキーローションと、俺の唾液と、恵波の蕩けた液が混ざり合い、卑猥な水音が際立つ。
 まだ二本なら俺のでも痛いよな、と思うのだが、本当は早く恵波に挿入してみたかった。恵波としっかり結ばれたい。それでも何とかその欲望はこらえ、まず恵波を絶頂に向かわせる。何度も根元から吸い上げていると、どくんと反り返って、恵波の白濁がほとばしった。俺はそれを飲みこみ、少しこぼれたぶんは手の甲でぬぐう。
 恵波はまだ息が荒いまま、起き上がって俺のジーンズから腫れ上がったものを取り出した。すでに先走って、透明な液があふれていた。俺の名前をささやいて、それに頬を当ててくれる恵波が愛おしい。恵波は首をかたむけ、丁寧に俺に舌を絡めて、ゆっくり刺激を与えてくる。
 焦らされても、恵波の髪をつかんで揺すぶるのは嫌だから、愛撫のたび紡がれる快感に俺も声を殺す。恵波は手で俺をしごくまま、玉も口に入れて転がした。俺はくしゃくしゃに押しやっているふとんを無意識につかみ、目を閉じてくらくらするほど感じる。恵波はまた俺を口に含み、なるべく奥まで受け入れて、舌で血管をなぞる。
 俺はいきそうになると、つい「もう出るから」と遠慮してしまうけど、恵波は「飲みたい」とそのまま俺を強く吸う。快感がどんどんせりあげて駆けのぼっていく。そしてそれが不意に張りつめたとき、俺は恵波の口の中に溜まりきった精液を吐き出した。
 恵波は飲みこんでから顔を上げる。視線が重なると、どうしても照れ笑いになってしまう。俺は恵波の腕を引いて、恵波も俺の胸に飛びこんだ。ごそごそと服は着ておくと、俺たちはまたふとんの中で抱き合って、キスをしたり蜜語を交わしたりした。

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