万華鏡の雫-11

みだらに暴かれて

 翌日、恵波は玄関で俺を待っていなかったし、待っても現れなかった。時間ぎりぎりになって、走って教室まで向かうと、恵波はもうそこにいて本を読んでいた。
 俺のすがたに、一瞥はしてくれたものの、つきあう以前にあった微笑さえくれなかった。キスしてくれた。恵波の気持ちは俺に残っているのだと思う。
 でも、もし「予感」が的中しているとしたら。
 席に着いて、唇を噛んだ。くそ。冗談じゃない。俺がぼんやりしているうちに、最悪がすでに起きているなんて思いたくない。そうしたら、俺のせいではないか。おねえさんとの約束もぼろぼろになってしまう。
 頼む、と額を抑えてつくえに肘をつく。頼むから、まだ雪見は恵波に何も──。
 やがて雪見が教室に現れた。相変わらずさわやかそうな顔をしている。話なんか頭に入らず、ただその整った顔を見つめていた。出欠とホームルームを終わらせると、教室に暖房をつけて、雪見はとっとと教室を出ていく。
 俺は恵波を盗み見、顔が蒼白にこわばっているのでいよいよ不安になってきた。俺はちょうど廊下側の席だったから、授業までざわめく教室を出ても目立たない。抜け出したのを恵波にも気づかれなかったと思う。
 一気に廊下を階段まで走って、踊り場に雪見の背中を見つけた。
「先生!」
 雪見は立ち止まり、俺を見上げてきた。眼鏡の奥の目が、一瞬爬虫類のような無機質を帯びた気がした。正直、早凪の目よりぞっとしたのが分かった。
「何かな、紀田」
 俺は階段をゆっくり降りながら、「先生と話がしたいんですけど」と丁重に言葉を選んで言う。雪見は首をかたむけ、少し笑った。
「穂村のことかな?」
「……っ、俺は、あんたが恵波に何やったか知ってる」
「本当に? でもまあ、もう穂村には興味がないんだろう。だから──」
 正面に来た俺を、雪見はにっこりと見下ろしてきた。
「くれるってことなんだろ?」
 歯を食い縛った。こぶしも握りしめる。
「ほんとに、かわいい彼氏だったのにね?」
「てめえっ……、」
「本当に、愛おしい子だ」
「『だった』じゃない、恵波は俺のっ──」
「もう違う。あの子は僕にイジメられることしか考えてない」
 嫌だ。嫌だ。嫌だ。嘘であってくれ。恵波が、こいつの手に堕ちているなんて。
 俺が声を発そうとしたそのとき、ふと足音が近づいてきた。雪見は異様な笑みをひそめ、表情を切り替えた。
「話がしたいんだね。じゃあ、放課後に教室に残っていなさい。ゆっくり聞くから」
 足音の主を振り返った。ほかのクラスの担任の女教師だった。こちらに気づくと会釈し、雪見はそれに同様に返す。そして、「じゃあ」と俺の肩に手を置くと、その女教師と雑談しながら階段を降りていった。
 ゆらゆらと教室に戻った。席に着く前に恵波を見ると、視線が合った。恵波はすぐ目を伏せた。手首は制服に隠れている。あの手首をつかんでいいのは俺だったのに。つかんでいなくてはならなかったのは俺なのに。
 雪見にイジメられる? 何だかもう、膿がつぶれたようにどろりと悟りかけている。
 俺は、たぶん、遅すぎた──……
 放課後、俺は教室に残っていた。恵波はうつむくまま帰ってしまったが、今日はどのみち一緒に帰れない。雪見はまだだらだらと残っている生徒を追い立て、教室を俺とふたりきりに整えた。暖房を消し、俺の前の席である生徒の椅子に腰かける。そして、こちらに首を捻じって、また気味の悪い感じで笑った。
「君も、あの子にはずいぶん求められたんだろう?」
 俺は陰惨になりそうな眼つきをこらえて、雪見を見た。
「僕もあの子の淫乱さには驚いてるよ。もう、僕のものをおねだりしてまで求めるのさ」
「……あんたが脅して、無理やりやってんだろ」
「とんでもない」
「それ以外ありえないだろっ」
「じゃあ、証拠を見るかい?」
「……え」
「あの子が僕のものをくわえてよがってるところ、見たいなら見せるよ?」
「そんなの、」
 雪見はポケットからスマホを取り出した。俺は眉を寄せる。指を滑らせて操作した雪見は、「ほら」とスマホをつくえに置いた。俺はそれに目を落とし、同時に音声が流れて、鮮明に動画が表示された。
 たぶんこの教室だ。顔を背けているのが映っているのが恵波なのは分かった。床に座って手を縛られ、その手は誰かのつくえのフックに引っかけられて持ち上がっている。シャツははだけ、下半身は剥き出しだ。そして、こちらに向かって脚を大きく開いている。そのあいだのものは、腫れたように勃起して先走るものを垂らしていた。
 顔を上げて、と雪見の声がした。恵波がゆっくりこちらを向く。その瞳の蕩けて潤んで、熱っぽい息さえ切らしていた。頬も紅潮し、眉が切なくゆがんでいる。ぱたぱた、と足音がして画面が恵波に接近する。
 恵波は口を開き、先生、とかぼそい声をこぼした。その声と一緒に光るほど涎がしたたった。恵波のものが触れられてもいないのに、ひくひくと反応している。
 気持ちいい? と訊かれて恵波は首を横に振って、同時に涙があふれてくる。よくないの? という声に、もう痛いですと恵波は泣きつくように言った。早く触ってください。触らせてください。もういかないと──。
 そんな哀願に、恵波のものに手が伸びた。恵波は痙攣した声と息を漏らし、触れてくる手の方へ腰をよじった。雪見の笑い声が混じる。本当にいやらしいね。はい。こんなに硬くさせて。はい。撮られて感じてるなんて変態だね。はい──
 雪見の手のひらにさすられているだけなのに、恵波のそれは、とろとろと透明な液をしたたらせる。手がどんどん濡れていって、舐めてとその手をさしだされた恵波は、舌を伸ばして雪見の手を舐めた。そのしゃぶり方が、吸い上げる音が、もう雪見を欲しがっている。
 もっと脚開いてと声がする。恵波はそうした。恵波の唾液で湿った手は開かれた脚の奥を探り、それに恐らく後ろを刺激された恵波は、びくんと大きく軆を打たせた。シャツがもっとめくれ、乳首がとがっているのが見えた。
 早く。恵波は震える泣きそうな声で言う。お願いします。早く入れてください。小さな水音が響く。恵波のものは血管を走らせ、今にも爆ぜてしまいそうだ。痛い。欲しい。早く。うわごとのような恵波の声が泳ぐ。
 かちゃかちゃ、とベルトを緩める音がした。そして、恵波の腰をすくいあげた手が映り、入れるところも撮ってあげるからねと声が含み笑う。恵波は喘いで息を切らし、また軽く触れられただけで甘い声をもらしている。
 違う勃起──雪見のそれが映りこんだ。恵波の後ろがひくついているのが映り、それに勃起があてがわれる。切ない、こらえられない、淫らな声の中で、勃起が恵波の中に飲まれていく。恵波のものが、それでもう達しそうに何度も跳ねて反応している。それをつかまれ、恵波はひときわ声を上げた。
 ダメだよ。そんな大きい声出しちゃ。誰か来ていいの? 恵波は首を横に振りながらも、激しく喘いで泣いている。音を立てて、雪見が出入りの動きを始める。恵波は身を反らせて感じる。壊れそうな声で鳴いて、その声は次第にかたちさえ持たずに蕩けていく。
 雪見の動きはどんどん強く早く激しくなり、腰がぶつかりあう腰が響く。甘い声。ほてった息。染まった肌。動く腰。痙攣する勃起。だめ。先生。もうだめ。いく。いく。我慢できな──
 突然、その淫靡な音声が途切れて、画面に乗った指が動画を止めた。俺は茫然としながら雪見を見た。雪見はこんなときにあのさわやかな笑みを向けてきた。
「こ、れ……」
「すごいだろ? 本物のAVでもこんなに興奮しない」
 またスマホに目を落とした。もう画面の真っ暗に落ちている。俺の頭の中も、真っ暗になっている。
 恵波。何だよ。今の、何だよ。何てあんなにめちゃくちゃに雪見を求めてんだよ。俺に対してもあそこまで露骨ではなかった。確かに俺は上手じゃないかもしれない。雪見のほうがうまいのかもしれない。
 だからか? だから恵波は、俺なんかより雪見を選んだっていうのか? こんなゲス野郎なのに、それでもいいから──恵波は雪見のことが欲しいのか。
「だから」
 雪見は俺の肩をたたいて、席を立ち上がった。
「あの子のことは、僕がもらうよ。心配しなくても、大切にかわいがってあげるさ」
 俺はだんだん顔を顰めて、無性に泣けてくるのをこらえた。確かに俺は上の空でひどかった。だからって、恵波のほうもこんなのはひどいではないか。俺が相手にしないからって、こんな野郎にあっさり寝返って、こんなに卑しくよがって。そんな奴だとは思ってなかったのに──
「じゃあ、僕はそろそろ行くよ。君が僕とあの子の仲に口を出すのはこれが最後だ」
 雪見はスマホの代わりに鍵を置くと、身を返して教室を出ていった。ドアが閉まった途端、もう耐えきれずに涙がこぼれてきた。
 恵波。どうして。気持ちはまだ俺に残っていると思った。そんなの、ぜんぜんじゃないか。完全に雪見の虜ではないか。
 何で昨日キスなんかしてきたんだ。好きなら放っておいてほしい? 俺の身を案じてくれたのだと思った。単にもう俺の気持ちが邪魔なのか。迷惑なのか。そうだよな。あんなの見せられたら、そう思うしかない。

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