切り落とした未来
それから、俺は全部話した。初めて、人に話した。雪舞とその兄貴に部屋を貸していたこと。その見返りをもらっていたこと。事情を話した雪舞に、何もしなかったこと。
そして、雪舞は自殺した。兄貴と、腹の中の子を滅多刺しにして、自殺した──。
声がわなないて聞き取りにくかったと思うが、陽葵は最後まで聞いてくれた。話し終わってから、俺は陽葵に嫌われた気がして「ごめん」と彼女を抱いた。
「ごめん、ほんとにごめん。こんな男、女からしたら最低だよな。分かってるんだ。でも、陽葵に嫌われたくないよ」
「瑞栞……」
「ごめん。俺を嫌いにならないでくれ。陽葵には、あんなこと絶対にしない」
「……瑞栞、大丈夫。大丈夫だから。私は瑞栞のそばにいるよ」
「でも」
「雪舞……さんが、どれだけ傷ついたかは分からないとは思う。だけど、それで私が瑞栞を嫌いになったりはしないよ」
「ほんとに」
「うん。私は雪舞さんじゃないんだから。雪舞さんの友達でもない。言い方は悪いけど、雪舞さんと私は関係ない」
「……関係、ない」
「私は私で、瑞栞を好きになったの。瑞栞の過去に何があってもいいくらい、好きになったの。だから、大丈夫だよ」
「陽葵……」
「安心して。話してくれてありがとう。つらかったね、誰にも言えなくて苦しかったよね」
うなずきながら、陽葵の華奢な軆を抱きすくめた。そうしながら、雪舞が最も殺したいのは、陽葵なのではないかと思った。
雪舞の亡霊が俺から奪いたいのは、俺のすべてだと思う。家族。親友。とどめは、どう考えても恋人──
それを言うと、「雪舞さんのことは、何か関わってるのかもしれないけど」と陽葵は俺の頭を慰撫する。
「亡霊なんてない。それはない」
「だけど」
「私は大丈夫。瑞栞をひとりにしない」
「陽葵は雪舞に持っていかれたくないよ」
「そんなこと起きない。私は瑞栞と一緒だよ、ずっと」
俺は陽葵をぎゅっとして、陽葵は俺の背中をさすってくれた。結局、その夜は一睡もできず、小刻みに震えていた。断続的に過呼吸が起きて胸がひりひりになり、陽葵はそんな俺にたゆまず声をかけてくれていた。
夕彩が殺された。心で、その事実を直視しようとした。しかし、そんなの信じられなかった。まだ、家族が殺されたことも受け入れていないのだ。何で、夕彩まで。
心がきしんで、耐えられない。昼間、当たり前にメッセなんかくれていた。元カノと修復できるかもしれないところだった。その話をゆっくり聞いてやるはずだった。
全部ぶち壊したのが、もしかしたら俺? 中学のときから一緒だった親友。十二年前のあの日から、ずっと励ましてくれてきた親友。そんなかけがえのない親友に、こんなかたちで命を落とさせて、俺はあいつにどう顔向けすればいい?
朝のニュースでは、夕彩が殺されたことがさっそく流れていた。俺がぼんやりそれを観ていると、「しばらくテレビはやめよう」と陽葵がテレビを消した。陽葵は今日は仕事を休んで、俺の隣にいてくれた。そうしてもらえて助かった。
昼過ぎに天森さんが俺たちの部屋を訪ねてきて、刺し傷から俺の家族に使われた凶器と刃物が一致することを告げた。完全につながってしまい、めまいが渦巻いた。家族と夕彩の共通点なんて、俺くらいだ。
「心当たりは本当にありませんか」と天森さんに尋ねられ、俺は雪舞のことを話したらいいのかどうか迷った。犯人は幽霊かもしれないですよ、なんて……俺の気が違ったと思われるだけか? 瞳をぱっくりさせて悩んだ挙句、「分からないです……」と俺はつぶやいていた。
しかし、そうは言っても警察は俺に原因があるという見方を固めたようだった。それは、俺の精神をひどくさいなんだ。
俺が原因。俺が原因で死んだ。とうさん。かあさん。初栞。夕彩。俺のせいで死んだ。
俺が殺した。雪舞みたいに。俺が手をくださなかっただけで、俺が殺したのと同じだ。みんな俺が殺した。雪舞に何もできなかったから、雪舞の亡霊が俺を苦しめるためにみんなを殺した。
俺のせいで、家族も親友も、滅多刺しという呪われた方法で殺されてしまった。そんなふうに自分を責め、もういっそ狂ってしまいたいほど、のしかかる感情がつらかった。
夕彩の通夜や葬式には出れなかった。夕彩の両親には、俺が関連していることが伝わっているだろう。どんな目で見られるかと思ったら、喪服は着たけども、怖くて部屋を出ることができなかった。
何とか外出できたのは、薬がなくなってしまい、病院に行かなくてはならなくなったときだった。
土曜日で、陽葵が付き添ってくれた。マンションの前には、案の定またマスコミが舞い戻ってきていて、「音瀬さんについてひとことお願いします」というものから、「こっちはあんたに原因があるってつかんでるぞ!」という脅しまで、いろんな声が飛んできて俺は泣きそうになった。
駅までついてこられて、周りからも視線が集まって、俺はついに耳をふさいでうずくまりそうになった。すると、陽葵が「彼の気持ちも考えてくださいっ」とマスコミを一喝し、「瑞栞、行こう」と俺には優しく声をかけて、一緒に改札を抜けた。俺はまた過呼吸気味になり、ホームでは陽葵は俺の肩をさすって手を握ってくれた。
「親友が……殺されて」
昼前の診察室で真っ蒼な俺がそう切り出すと、先生は驚いたように目を開いた。夕彩の事件について話すと、先生もそのニュースは見たらしく「ご友人だったんですね」と言ったきり、さすがに言葉に詰まった。
原因は俺にあると警察に見られていることを話し、ここでなら雪舞の亡霊に怯えていることを話せた。陽葵に打ち明けたように、雪舞に何をしたかまでは語れなくても、とにかく雪舞の怨念が家族も夕彩も殺したのだという主張を吐き出せた。
タイプ音が響く。ああ、俺はまた狂ったことを言っている。そんなふうに自分をどこかで傍観しながら、俺は雪舞に陽葵を殺されるのではないかという不安まで話し、自分で言っておきながら、「何でそんなこと決めつけるんだ」とかおかしな自責も繰り返した。
最後には、話しながらかえりみた自分の立場が怖くなって震えてしまい、陽葵が呼ばれて彼女に支えられながらいったん診察室を出た。陽葵が俺の代わりに薬を増やしたことを先生から聞くと、俺たちはふらつきながら心療内科をあとにした。
マンションの前のマスコミを、また陽葵にかばわれながらくぐりぬけ、部屋に帰宅すると白湯で薬を飲んだ。そのまま着替えもせずに寝室にベッドにもぐりこみ、陽葵もベッドサイドに腰かけて俺に付き添う。
みぞおちで凝り固まっていた恐怖感が、薬が効いてきたのかほんの少しやわらいで、やっと自分で身動きが取れた。俺は陽葵の手をつかみ、すると陽葵は俺の手を握り返す。
「夕彩……は」
「うん?」
「中学一年のとき、同じクラスになって」
「うん」
「林間学校で同じ班になったから仲良くなった」
「そうなんだ」
「初めてAV観たりしたのも、夕彩と一緒だった。ふたりで、『やばい』とか連発して、順番にトイレ行って」
陽葵が少し咲って、俺もなぜだかそのときのことを思い出すとわずかに咲ってしまった。咲いながら、まだ幼かった夕彩と自分のすがたにきゅっと息がすくむ。
「勉強もいつも一緒にやって、高校も同じとこ行って……雪舞のこと好きだって、夕彩には打ち明けてた」
「そっか」
「雪舞のことがあって、俺が『雪舞に何もできなかった』って言うたび、夕彩は『自分を責めるな』って言ってくれて……夕彩にも、俺が雪舞にやったことまでは話してなかったから。話してたら、夕彩は何て言ってたんだろう」
「………、」
「夕彩からしたら、俺は妄想を言ってばっかりみたいだったのかな。それでも、夕彩を俺を見捨てなかったし、離れていかなかった。ずっと励ましてきてくれた。仕事辞めたときも、家族とうまくいってなかったときも、夕彩は味方でいてくれた。昔から、俺がどんなに情けなくてもそばにいてくれた」
「……うん」
「俺は……そんな夕彩に、何かできてたのかな。いつも、ずっと、俺は夕彩に面倒見てもらってばっかりだった気がする。もっと、夕彩に……何かしたかった。夕彩が俺を支えてくれたみたいに、俺も夕彩の役に立ちたかった。なのに、俺が夕彩にしたことは……俺のせいで殺されることだけなんて」
「瑞栞……」
「中学のときから、俺を一番見守ってくれてたあいつに、何で俺はそんなことしかできなかったんだ。それを謝ることももうできないのか。夕彩が死んだなんて、どうしてそんなことになるんだよ。俺が死ねばよかったのに。俺のせいであいつが死んだっていうなら、何で俺は生きてるんだ。俺が死ねばよかった。夕彩のほうが人に必要とされてたのに……夕彩に、幸せになってほしかった。あいつが俺と陽葵のこと応援してくれるみたいに、俺も夕彩が女の子と幸せになるのを祝福してやりたかった。なのに──」
声が詰まって、涙が頬を伝っていく。陽葵はベッドに乗ると、自分の膝に俺の頭を乗せた。俺は陽葵の膝に顔をうずめ、嗚咽をもらしながらそのスカートを濡らした。陽葵は俺の頭を撫で、余計なことは言わずに手も握ったままでいてくれた。
俺は何度か夕彩の名前を呼んで、けれどもうそれに返事は来ないことに絶望して、長いあいだ涙を止められなかった。夕彩のやんちゃな笑顔だけが鮮明によぎって、俺はまた「喪った」という事実に心臓を削がれるような想いになった。
そんな不安定な日々の中で、雪舞の夢を見て、飛び起きる夜も増えた。
金縛りのように仰向けで動けない俺の周りを、雪舞がゆっくりと歩く。口許が笑っている気がする。でも、目は笑っていない。
俺は何か言おうとしても、喉がかすれたみたいに声が出ない。ふと雪舞が俺の頭の上で立ち止まる。そして逆さまに俺を覗きこみ、目を見開いて微笑む。
「あとひとりだね……?」
雪舞の目を見た。あの虚ろな目だった。ぶわっと恐怖がはちきれる。
その目で俺を見るな。
怖い。怖い。怖い──!
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