非常階段-43

気配さえ殺して

 まだ春休み中だった四月の頭、ダイニングのカレンダーが四月になっているのに気がついた。
 よく晴れた日の午後、とうさんは仕事、かあさんは買い物、雪乃ねえちゃんは遊びに出かけていて、ひとりだった。
 今年のみどりの日が土曜日につぶれているのに気づき、ふと不安になって五月を覗いた。すると、今年のゴールデンウイーク後半は、土日と連なって五日間も休暇になっていた。去年もそうだった気がする。
 そこはそれとして、何せその日以来、ゴールデンウイークが船酔いするのに船に乗せられるぐらい憂鬱だった。
 そして今日は五月三日、水曜日、休日がかたよったゴールデンウイークが始まった。一階には両親がいるし、隣には雪乃ねえちゃんがいる。こんなことになる前は何でもなかったことに、今では意識過剰に緊張して身動きもできない。
 足音もひとり言も自粛し、気配を感じられないようにする。幽霊だって消せないときがある気配を消すのは、神経をひりひりにすりへらせる。確かに教室にいるような疎外感はないけれど、それ以上に執拗な強迫感を覚える──自分はここにいるべきではないと。
 食事や入浴どころか、トイレに行くのにも敵の眼をすりぬけるスパイの気分を味わう。すごく疲れる。飯もトイレもせずに生きていけたらいいのに、とどうしようもないことを毎度思い、一日の九割を部屋で過ごす。もしかしてこれが引きこもりって奴、と不意に蒼ざめても、顔を見せないこと以外、何が家族に気遣いになるのか分からなかった。
 みんなが俺の顔を見たくもないのは分かっている。くだらない義理で居座る同居人のように感じている。けれど何より、自分の子供をそんなふうに見てしまうのがすごくつらいと思う。両親が失望したのが、俺を想っているからこそだったのは分かる。だから、せめて俺なんか消えてしまったようにする。
 今のところ、無能力者で食べさせてもらわないと生きていけない俺は、そのぐらいしか家族にできない。しかしそれより、洗面台のカミソリを盗んで手首を切るほうが、ずっといいのだろう。そうしないと生きていけないなんて言っても、俺は本来そこまでして生きていなくてもいい。きっと葬式だってしてもらえないだろうから、本当は自殺が一番安上がりで迷惑もかからない。
 でも──やっぱり、それは、怖い。
 食べさせてもらわないと、というのがぬくぬくした中流家庭の意見だとも分かっている。ホコリみたいな曇り空の窓と向き合ってつくえにつき、宿題をしりぞけて、とぼしい小遣いを広げる。
 三千七百五十円。ゲームソフトも買えない金額だけど、まあこれで電車に乗って行けるところまで行く。そして無闇に降りて、年齢など関係ないやばい仕事をする。あるいは、盗みや恐喝で生きていく。
 やろうと思えば、やれなくもない。捕まったときは捕まったときとして、とにかくここにいたくない自分だけ見つめる。しかし、自分にそんな裏の才能があるのかと詭弁で躊躇い、実行するのに現実感も持てず、行き着くところ何もできない。
 女だったら適当な手段で売春できるのになあ、とつまらないひがみをする。だが、女だったら売春に飛びついていたともあまり思わない。男でもやれなくはない。そこまで不細工ではないし、若いし、本気になって探せばつばめにしてくれるおばさんもいるかもしれない。いや、ゲイの身で女とやれるかきわどいか。おじさん、という手もあれ、そんなことをしたら、家族やクラスメイトの軽蔑を完全に肯定する気がする。
 目を閉じて闇雲に歩くように考えていて、ふとみじめな気分になる。勘を信じて歩いてきたら、一番危ないところに着いていたぐらい間抜けだ。実行できない対策にばかり走って──
 どうせ、そんな方向には進めないのだ。道をはずれるとか、裏社会に降りるとか、そうやってある意味、真摯に生きることはできない。
 俺はこの家にいて、学校に行って、何からも逃げられない。それを前提にして考えないと、ただの妄想狂になってくる。
 やれそうな病的なことなんて、社会への恐怖心が進んで、この家に大人になっても結局居座っている、とかそのへんだ。俺が外向的なものを心に養うことはない。どちらかといえば内向的で、要するに、“切れる”より“こもる”。箱から出てくる箱みたいに、どんどんすくんで臆病になっていく。だいたい、家の中も自由に歩きまわれなくなっているのに、何が家出だ。
 今、俺が悩まなくてはならないことは、十六時現在、朝食も昼食も抜いて空っぽの胃が、錐揉みされるように痛んでいることだ。夕食は食べないわけにはいかないらしい。
 どうしよう。いらないと言っておき、みんなが食べ終わったあと、ひとりで素早く食べようか。我慢するならいっそみんな寝静まってからにするか。なぜ、こんなに家族を避けているのか混乱するときもある。でも、あの見苦しそうに俺の内面を受けつけない目には、なるべく出遭いたくない。
 俺はやましくない。そう信じようとしているくせに、行動はまったく見合っていない。犯罪者の行動そのものではないか。正しいと思うなら、隠れず堂々として、どんな目も防弾ガラスみたいにはねつければいい。家庭に限らず、学校でも。
 みんなに迎合しているも同然だ。人を気にして、自分を殺して、ちっとも同性愛を尊重していない。そしてゲイである自分に、この期に及んで信頼しきれない空恐ろしさを抱く。
 そんな迷いは捨てたつもりだったのに、少し気が揺るぐとすぐ分からなくなる。本当にゲイでいいのか? 間違いないと信じて、一生を託していいのか? それで絶対に後悔しない? 不安定な精神が、こうも白い布みたいにほかの色に感化されやすいなんて初めて知った。
 つくえからベッドに移り、仰向けに天井を見つめる。物音もなく静かだ。電気をつけるほどではなくも、特にポスターも貼らない白い天井は曇り空で陰っている。ストレートを演じるままだったら、そろそろ女の子のグラビアでも切り取って壁に貼っていたかもしれない。
 かあさんはそういうのに眉を顰めただろうけど、こんなことになったあとそんなのを見つけたら、安堵のあまり泣き出すと思う。そのさまを想像すると毒を飲んだように胸苦しくなり、思わず自分の匂いにうつぶせる。
 ゲイであることが、ここまで親を傷つけるなんて思わなかった。裏切ろうとして男に惹かれるのではないのに、ふたりは何の怨みがあってそんな反抗に走るのだとしか取らない。
 とうさんは俺を見るたび、炭のように苦い目をする。俺がゲイだと知った日の言葉も、最高温度を越えた温度計みたいに逆上していたのだから、嘘なんて余裕あるものではなかったと思う。
 かあさんは俺を愛しつづけたいけど、男同士で求め合うなんて受け入れられない。かあさんは俺自身より同性愛が憎いのだ。大事な子供を奪った癌細胞みたいに見ている。
 醜い妖怪の顔のように、見ても気分が悪くなるからなるべく考えないようにしているのに、ときどきそんな親の気持ちを克明に心に投影して、俺こそ傷ついてしまう。
 正直、謝ろうかと思ったこともある。嘘で謝ることしかできないけど、譲歩せずに確執を深めるよりはと。だが、いまさらどうやって口をきけばいいのか分からないし、嘘で謝ってもタイムリミットを延ばしただけの解除はできない時限爆弾みたいに、いつか再び同じ状況になる気もする。
 我関せずの雪乃ねえちゃんは、家庭より学校が気になる。新しいクラスで、ゲイの姉貴として偏見されてうまくいっていないということはないだろうか。訊きたくても、話す機会も切っかけもなくて訊けない。
 そんなそぶりを見せ、俺に不快をぶつけてきたりはしない。でも、そういうのはありうると思うから気になる。雪乃ねえちゃんが怖いとかではなく、本当に、誰も偏見していなければいいと思う。巻きこんでほしくない。
 確かに姉弟だけど、これは俺のごく個人的な問題だ。家族だから一緒に中傷されるなんて謂れはない。こういう心配は、徐々に近所に対するかあさんにも広がっていく。もしかすると、会社でのとうさんにだって。
 俺はそうして、家族を側杖に傷つけていく。その蜘蛛の巣のような広がりを見渡していると、まじめに自分を信じていていいのか分からなくなる。
 同性愛って何なのだろう。自分ばかりか、自分の周りの人まで傷つける。やはり、いけないことだからなのか。俺はただ男を愛したいだけで、何も壊そうとか害そうとかは思っていないのに──
 みんなを傷つけて、みんなに嫌われている。黒ずみを広める黴は除去されるように。やっぱり俺は、同性を愛する者は、人々にとって消え去るべき悪魔なのだろうか?

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