僕のあの閉ざされた数日間を、人は一生の心の傷だとするだろう。あってはならない、心身を蹂躙された経験だと。
あの体験を氷点と捕らえてみる。思い出して通過するたび、心が向かうのは氷結だ。氷の傷口は死ぬまで精神の枷になる。誰もがそう信じて疑わず、僕の心を定義する。
僕にしか分からない。誰にも分からない。僕にとってあの数日間は、救われるような融解へと通ずる氷点だった。
いい天気だった。目立つ不穏な雲もなく、青空は澄みきっている。二月が明けたばかりでだいぶ肌寒くも、そのぶん陽射しが恵まれた温柔に感じられる。肩に届くさらさらの髪を耳にかける。そうして頬が剥き出しになっても、陽光が冷気をやわらげてくれる。
目を細めそうに高い壁に、背中をもたせかける。寂れた通りには誰もおらず、ほっとしていた。あんなありふれたことはみんな忘れてしまったのだ。
僕だけ、ずっと忘れなかった。もちろん傷ついたせいではない。あの日から四年近く、この日を待ち望んでいた。この日があって、あそこに戻っても耐えられた。
軆が落ち着かず、壁に陰るアスファルトに目を落とす。どきどきしていた。潤みそうな瞳を睫毛を提げて隠し、崩れそうな吐息をつく。
彼に会える。そう思うと氷点下の心が安堵に融け、脚に力をこめられない。
もちろん怖かった。彼が僕を憶えているか。憶えていたとして、突き放さないか。四年の月日を越え、僕は十三歳になった。依然として子供で、彼といてはいけない。
それでも僕は彼といたいけど、彼もそう思ってくれるかは分からない。拒否されてもいい。とにかく僕は、ひと目でも彼に会いたかった。
あの瞳を想う。死んだあの黒い沼の瞳。そしてそこに映った自分。九歳だった。あのとき僕は、彼に負けないほど死んでいた。
彼が救いあげてくれた。誰にも知りようがないが、僕の心にはそうだった。あの頃、僕は絶望的に凍えていて、彼の腕の中が生まれて初めての温かい場所だった。
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