君をつなぐ-1

 あたしはつながれている。首輪で、手錠で、足枷で。そんなあたしを眺めて、先生は満足そうに笑う。
 あたしを飼うことになった日から、先生はこの軆をもてあそんで離さない。少しでも反抗すれば、あたしは頸動脈をかっきられることになっている。
 物があまりなくて広いリビングには、秋の夕射しが透けている。高校から帰宅したあたしは、黒いソファに先生の背中を見つける。「ただいま」と言っても、返事はない。寝てるのかな、とたまにあることなので気にせず部屋に行こうとしたら、「真冬まふゆ」と落ち着いた低い声に呼ばれて、足を止める。
「遅かったな」
一乃かずののところ寄ったから」
「そうか」
「先生は今日非番?」
「夜勤だよ」
「……ふうん」
「時間がない。おいで」
 あたしはため息を殺してソファに歩み寄り、先生の正面に立った。
 黒い短髪、眼鏡を外した涼しい眼、かたちよく削られた顎。白いワイシャツと紺のネクタイ、黒のスラックス。着やせするだけで、軆つきは筋肉がしっかりしている。
 先生は手を伸ばし、あたしの制服のリボンをほどいて、胸元をあらわにした。谷間を作る乳房のふくらみを、先生の手がたどる。
「真冬も十七か」
「飽きてきた?」
「まだ楽しみだよ」
 あたしの肩を抱き寄せた先生は、軆を重ねてスカートに手をもぐらせる。下着の上からこすられて、ふと敏感な角度で触れられると、うわずった声がこぼれる。あたしは先生のたくましい肩にしがみついて、声をこらえる。
「声、出して」
「……っ、あ、」
 先生はあたしの下着を膝まで下げ、しなやかな指で直接核をすくいあげる。あたしはびくんと震え、先生の首にしがみつく。
 熱が灯る。先生の指先はその熱のリズムをかきみだし、刺激を与える。膝からがくんと崩れ落ちないように立っていると、ぽたぽたと脚のあいだからフローリングに愛液がしたたる。
「真冬、俺のことも良くして」
 息を喘がせながら、少し身を起こして、先生のファスナーに手を伸ばす。硬くなりはじめている。早くそれでつらぬいてほしくて、手に余るそれに細い指を絡めてしごく。
 先生はあたしの首筋から胸に唇を這わせ、下着からこぼれた乳房を強く吸いあげる。あたしはひときわ声をもらして、核を脈打つ先生にこすりつけて腰を動かした。
 あたしの湿り気が、先生の液と混ざり、濡れた音を立てる。
「このままいく?」
 あたしは眉を寄せ、至近距離で先生と見合う。
「俺のにこすりつけて、気持ちいい?」
「入、れて……」
「これでじゅうぶんいけそうだね?」
「やだ、入れて……っ」
「俺はこれも悪くないよ」
「いや……もっと、」
「入れてほしい?」
「早くっ、今、いきそ……っ」
 先生はくすくすとあたしの耳元で笑い、「いい子だ」とあたしの髪を撫でる。
「本当にいい子だよ、真冬は」
 先生はあたしの入り口を指で広げ、奥まで一気に重なってきた。切ない圧迫感はすぐに蕩け、あたしは先生の肩をつかんで腰を揺する。先生も腰を動かし、肌がぶつかって水音が飛び散る。
 動きに視界がぶれて、焦点が合わない。体温が上がり、特に指先と爪先が熱い。喘ぎ声はこらえきれずにあふれて、先生の息遣いも荒くなる。何度も奥まで突かれ、それが核まで伝わるたび、あたしの声は甘く壊れていく。
 先生はあたしを抱きしめ、あたしも先生にしがみついた。不意にあたしの熱がじわっとはじけ、達して、その締めつけで、先生も吐き出す。
「夕食は作っておくから、シャワーでも浴びておいで」
 まだ膣がひくつくのを感じながら、ソファにぐったり倒れた。先生は自分の後始末をすると、立ち上がった。
 汗ばんだ軆が、重たくだるい。嫌悪感で吐き気がちらつく。先生がキッチンに行ってから、ゆっくり軆を起こした。
 ほてりの冷めた脚のあいだから、どろりと精液があふれる。あたしは、生理が始まったときからピルを飲まされている。
 快感に痺れた頭がはっきりしてきて、舌打ちを押し殺す。
 室内はいつのまにか暗くなっている。背後から射すキッチンの明かりで足元を確かめて、立ち上がった。先生は慣れたリズムで包丁を刻んでいる。
 あたしは乱れた制服のまま、バスルームに行った。洗面台の鏡を見る。胸元があふれてスカートがめくれた自分に、引き攣った笑みがもれた。昔は演技だったのに。
 そもそも、性的な快感が分からなかった。脚のあいだをいじられて、何か感じるなんてなかった。処女から感じまくるなんて、あんまりないことだ。「いく」なんてますますつかめない。
 先生はあたしの軆をすみずみまで試した。そして不意に、白波が押し寄せ、全身が弱く感電するあの感覚を知った。それからすっかり、淫乱な感度まで高められてしまった。
 今、先生に抱かれるときに演技はしていない。あたしは本気で感じている。そんな自分に吐き気がする。
 制服を脱ぎ捨てると、バスルームに踏みこんだ。熱いシャワーを浴び、撫でられた感触を肌から洗い落とす。細い手首、折れそうな腰、贅肉のない脚。
 あたしは普段からあまり食べない。また食べろって言われるな、と一乃を想うと、やっと少しだけ咲える。
 シャワーを浴び終え、タオル一枚で浴室を出ると、キッチンからいい匂いがただよいはじめていた。先生が手際よく夕食を作っている。
 あたしは自分の部屋に入って、まずは服を着て髪を乾かした。鏡台の前で保湿液を顔に染みこませていると、ノックが聞こえてドアが開く。
「夕食はできたから、食べておいて」
 先生は伊達眼鏡をかけていて、鋭い裸眼より印象が柔らかくなっている。
「先生は?」
「そろそろ病院だ」
「分かった。お皿は洗っておく」
「ああ。じゃあ行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
 先生が行ってしまい、保湿液のふたを閉めた。ひとりはますます食べる気がしないなあと思ったけど、食べずに捨てるとお仕置きだ。仕方なく、鏡台の前を立って部屋を出た。
 ──翌朝、先生は夜勤を終えて、カーテンの引かれたリビングのソファで眠っていた。寝室があるのに、いつも先生はここで眠る。秋の朝は少し冷えるから、毛布をかけてあげておいた。
 野菜ジュースを飲んで、軽く化粧をすると、制服を着て家を出た。二十五階建てマンションの最上階から、エレベーターに乗って急降下する。
「真冬、おはよーっ」
 枯葉がひるがえる秋晴れのもと、高校の最寄り駅から校門まで歩く。今年は残暑が長引いた。十月後半、やっと寒さが感じられるようになって制服も冬服になった。
「おはよー」とかったるい声が飛び交う中、ふと元気なそんな声がかかり、あたしは制服の群れを一応振り返る。
「しろ……」
 駆け寄ってきたのは、茶髪でやんちゃな瞳をした軽そうな男子生徒だった。銀実しろみという名前だけど、ほとんどの友達に「しろ」と呼ばれている。
 一年生に続き、今年も同じクラスだ。いつも屈託なくにこにこしている。協調性のないあたしに、そんなふうにわざわざ関わってくるのはもはや彼くらいだ。
「今日もだるそうだね」
「おかげさまで」
「今日の放課後、みんなでカラオケ行くよ。真冬も来ない?」
「行かない」
「そんなだから友達できないんだよー?」
「どうでもいい」
 銀実は息をついて「真冬って謎多いよねー」とぼやく。
 あたしは銀実を見上げた。一年生の終わり、銀実に告白された。あたしは断ったけど、友達でもお願いと言われて、それから微妙な感じが続いている。
 あたしは銀実に応える気はないし、この先それが変わるとも思わない。だけど、銀実はあたしがあきらめきれないみたいだ。
 あたしのどこがいいのかは分からない。実際、銀実以外の男には「冷たそう」とか「気取ってる」とか言われて、校内でも評判のいい女子ではない。銀実はそこそこ女子に騒がれているのだから、あたしなんか、とっとと見切ればいいのに。
 なげやりに銀実と会話しつつ、何となく一緒に教室に踏みこむ。「おはよー」という声がかかり、銀実は応えても、あたしは無言で席に向かう。
「しろ、いい加減あいつはやめとけよ」とか聞こえてくるけど、あたしは無表情のまま、かばんをフックにかけて頬杖をつく。眠いな、とぼんやり睫毛を揺らし、学校にいるあいだは、だいたいそうやってかけはなれた空気をまとって過ごす。
 昼休み、スマホを見ると先生から着信がついていた。タップでメッセを開き、表示されたひと言を読む。
『かずくん、今日は体調よさそうだよ。』
 ほっとため息を吐く。よかった。だったら、今日もお見舞いに行こうかな。会える状態のときは、なるべく一緒に過ごしたい。
 放課後になると、銀実が「真冬もカラオケ行こー」とかうるさかったけど、何とか逃げて、電車で病院の最寄りまで揺られた。電車の中は、同年代の高校生がうるさい。流れる景色を映す窓には、その雑音にいらだった自分の顰め面が透けている。
 目的の駅で降りると、ホームから改札への階段を抜けて、ICカードで駅を出た。
 一乃が入院しているのは、この県でも有数の大病院だ。日本中から引き抜いてきた優秀な医者が揃い、最先端の技術で治療に取り組んでいる。
 そんなこの病院の院長が先生の父親で、先生もこの病院で外科医をしている。一乃の担当医も、昔は院長だったけど今は先生だ。
 一乃の病室は、個室が並ぶ五階にある。あたしがノックしてドアを開けると、一乃はベッドの上から笑顔を向けてきた。
「真冬」と呼ぶ声は、声変わりしたんだかしなかったんだかよく分からない。あたしはここ以外では絶対見せない笑顔になり、「調子どう?」とベッドに歩み寄る。
「今日は落ち着いてるよ」
「そっか」とあたしはベッドサイドの椅子に腰を下ろし、かばんは床に置く。
 一乃は一見、女の子のような容姿をしている。白い肌、色素の薄い髪、大きな瞳や淡い桃色の唇、骨格も華奢だ。儚い印象は昔から変わらない。
 一乃は、あたしのゆいいつの生きている支えだ。一乃がいなければ、生きていく理由なんてとうに見失っていた。一乃のためだから、先生の言いなりの生活だって送ることができている。

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