ゆめがたり-10

魅せられた映画

「パパの映画好きなの?」
「全部観てるわけじゃないけど。観たあと余韻引く」
「そっか。こないだお忍びで二十分の短編持って帰ってきたんだよ。ダビングしたビデオもらったの。観る?」
「公開しないのか」
「短いしね。日本語じゃないんだ。字幕も入ってない。もちろん台詞として成り立ってるけど、その言葉が分からなければ、感覚で会話を想像してくださいって感じ。趣味で作った奴で商業効果はないってパパは言ってた」
「ふうん」
「ストーリーより、視覚効果に重点が置かれてるんだ。古いしきたりが残ってる島の話でね、夜の海に月と星がざーっと銀色に映って、きらきらの波に紛れて、結ばれないふたりが抱きあうシーンすごいよお」
「ただのポルノじゃ」と来夢が男娼らしい発言をして、「違うですっ」と芽留は抗議する。来夢は肩をすくめ、紗月は咲った。「観てみたい」と言った弓弦くんに、「今度持ってくるね」と芽留は約束する。
「閉じこもってたにしては、自然と人と話せるんだね」
 紗月の言葉に、「そおかな」と芽留は首をかたむける。
「杏里がしょっちゅう来てくれるからかな」
 視線を感じたけれど、あたしは背を向けたままコーヒーを飲んでいる。実樹ねえさんが雑誌をめくりながら笑っていた。
「ま、閉じこもったままでもいられないし。僕もパパみたいに映画作るのが夢なんだ。僕がパパとママにゲイってことを尊重されたみたいに、ゲイの人たちのプライドを守る映画を作りたいの」
「そうなんだ。すごいね」
「へへ、ほんとにできるか分かんないけど。書いた脚本、いつもパパにつまんないってボツにされちゃう」
「息子なのに」
「愛情と贔屓は違うんだって。一度でいいんで、書いた脚本をパパに監督してほしいんだよね。あっ、そういや、紗月くんは小説書いてるんでしょ」
「えっ」
「杏里が言ってたよ」
「あ、まあ、小説っていうか」
「実物見せたら」と弓弦くんに言われ、紗月はうなずいてデイパックをあさった。「ここ座りなよ」と来夢に勧められ、芽留はあたしを窺う。「どうぞ」と言うと芽留はいそいそとそちらに行った。「あいつは甘いのが大好きなんだよ」と言うと、「ココアがあるわ」と実樹ねえさんは注文を受ける。芽留は隣の美少年を眺め、「何?」と眉を寄せられている。
「いや、その──。ねえ杏里、もしかしてこの人、」
「言ったら殺す」
「………、命は大切に」
 紗月は咲いながら〔こもりうた〕を取り出し、弓弦くんや“来夢”に助けられながらそれの説明をした。芽留は趣旨に感嘆してそれを眺め、読んで蒼ざめていた。幸せ満点の家庭で育ったあいつには、衝撃的なものだろう。「杏里の家もけっこうきついと思ってたのに」という芽留のつぶやきに、「お前、何かあんの」と弓弦くんが振り返る。
「別に。私生児ってだけよ」
「私生児」
「あたしのママは、結婚を信じてないの。父親は消えた。気にしてないわ。いてもしょうがない男だったらしいし」
「……ふうん」
 実樹ねえさんがココアを持ってきて、物言いたげにあたしを見た。あたしは微笑む。どうやら弓弦くんは、あたしの父親と実樹ねえさんの関係を知らないようだ。「渡してあげて」と芽留のココアを預かり、あたしはスツールを降りてそれを持っていく。「お金ないよ」と言った芽留に、「おごるから」とあたしは強引にカップを置く。
「これすごいね」
「あたしも読んだわ」
「ママが僕をたたいたのなんて、小さい頃、窓にマジックで落書きしたときぐらいだよ。だいたいあれは、杏里がステンドグラスとかいう知識を僕に植えつけたのが悪かったんだ」
「描けとは言ってないわよ」
「僕はママが綺麗だって喜ぶと思ったのに」
「そう言ったら、謝って抱きしめてもらってたでしょ」
「うん」と芽留はココアを飲み、あたしは息をつく。弓弦くんと“来夢”は複雑な苦笑いをしていて、紗月はそのふたりを見ている。「怖すぎ」と芽留は〔こもりうた〕を読み進め、あたしはカウンターに戻った。
 紗月だけでなく、ほかのふたりにも許された芽留は、すっかり輪に溶けこんだ。幸せ、とはいえ芽留もゲイで登校拒否という面で訳有りだ。あたしは実樹ねえさんと女同士で話して、男って集まるとうるさいんだからと同感していた。
 ママや昔のことも話した。実樹ねえさんを娼婦として縛っていたのは、あたしの父親だったという。そしてそこから助けてくれたのが、弓弦くんだったそうだ。「あんなのが」と言うと、「あの子はあれでもこの街の権威なの」と実樹ねえさんは返す。彼はこの街において、おおかたのことに融通がきかせられる立場にあるらしい。
「あんなのがねえ」と彼にガキっぽいガンをつけられたあたしとしては、首をかしげてしまう。実樹ねえさん曰く、あれは紗月に近づいた嫉妬だということだ。「紗月はゲイなのに」とあたしはクラッカーをジャムをつけてかじり、旧友みたいに最近の身の上を交換する四人を眺めた。
 外が暗くなりかけた十七時半過ぎ、恐らく仕事で“来夢”が席を外した。あたしもそろそろ帰ってよかったけれど、芽留がキリをつけない。置いて帰るわけにもいかないので、あたしは来夢が代金をはらって出ていくのを見ている。
 紗月は彼は恋愛をしないと言ったが、あながち大袈裟な表現ではなかったようだ。あたしじゃなくても、彼は女に目を向けないし、見ても目は冷めている。といって、やっぱり男に熱を帯びる感触もない。
 あたしは、あたしに興味をしめさない男は男として見ない。なのにこんなに気にして──影のある男に女は弱いというけれど、それにハマってしまったのか。ださいな、と自己嫌悪になっていると、「おかわりください」とこころよい低音の声がして顔を上げた。
 弓弦くんだった。紗月の隣を立って、実樹ねえさんにカップをさしだしている。カップを受け取られながら、彼はあたしににやりとした。「何」と眉を寄せると、彼はあたしの隣に腰かける。
「今度って言ったじゃん」
「何が」
「仲直り」
 あたしはいっそう眉を顰め、「嫌ならいいのよ」と言った。「させてください」とわざと媚びる彼に、あたしのほうが訝ってしまう。
「あのあとさ、紗月にも味方してもらえなくて厳しかったんだぜ」
「悪かったわね」
「俺を殴った奴なんて、父親以来だ」
「あなたがどんなにえらいかなんて、あたしは知らないもの。あたしには、あなたは、ただのガキっぽい男よ」
「うん。俺、わりかしそういうふうに思われるの好きだ」
「口説いてんの?」
「ご冗談を」
 後ろの芽留と紗月は、話をはずませている。似過ぎて合わないかとも思ったけど、性格がぜんぜん違うので合っているみたいだ。
「後悔はしてないわ。男なんてつけあがらせたらろくなことない」
「女だってそうだろ」
「ふふ、そうね。あなた、あのとき、あたしのことバカにしたでしょ」
「したな」
「外の女だから?」
「女は関係なくても、まあ外の奴だって」
「排他的なのね」
「そうなっちまうんだ。この街にいる奴は、ほとんどが外にいてひどい目にあった奴だし。平然と外で暮らせる奴が怖いんだよ」
「ふうん。確かにあたしはずぶといんで、合わなくてもいられるわ。それとも、ママがいるからかも」
「母親とは仲いいのか」
「尊敬してる。ママと話すのって役に立つもの」
「そっか。俺もガキの頃に母親が家を出ていった。でも、父親とは最悪だった。クズの手本みたいな野郎だったんだ」
「お気の毒ね」とあたしはコーヒーを飲み、弓弦くんは笑って実樹ねえさんに湯気と香りをこぼすカップを受け取る。「浮気しちゃダメよ」と実樹ねえさんに紗月くんの背中をしめされ、「分かってますよ」と弓弦くんは照れる。
 夕食時になって、店内は騒がしくなり、実樹ねえさんもいそがしそうにしている。
 あたしは、実樹ねえさんを淫売から救ったことについて、弓弦くんに尋ねた。
「相手の男をほかの娼婦に誘惑させて、実樹さんを捨てさせたんだ。男にとって、もう実樹さんはただの金蔓だったしな。誘惑した娼婦はこの街での怖い人の女で、手え出したその男がどうなったかは知らない」
「ふうん」
「お前は──実樹さんの記憶に障るんじゃないか、と思った。実樹さんの過去知ってんだろ」
「知るわけないでしょ。実樹ねえさんが消えたとき、あたし二歳だったのよ」
「そうなのか」
「そうよ。あえて言っても、セーラー服でお守りされてた記憶しかないわ。探りにきたんでもない。ここに来たのは、ヒマつぶしよ」
「ヒマつぶし」
「あなた、いつからこの街にいるの」
「え、十二──暮らしはじめたのは十三」
「じゃ、受験だの進路希望だのにうんざりする気持ちは分からないでしょうね」
「ぜんぜん」
「あたし、先公に目えつけられてて最悪なの。高校行くかも分かんない。いらついてるわ。口だけでもよかったのに引っぱたいたのは、それもあるかも。それは謝らなきゃね」
 弓弦くんは肩をすくめ、コーヒーに口をつける。こう、ひがめなしに見ると、やはり希少価値のいい男だ。こんなのが男と愛し合っているなんて、女としては立つ瀬がない。あたしはクラッカーをかじり、「そういうことの現実逃避だったのよね」と話を続ける。
「今の実樹ねえさんを引っかきまわそうとか、そんな気はなかったわ。ま、あたしが現れること自体、迷惑ってのも分かってたけど」
「実樹さんがここにいるの、知ってたのか」
「まさか。十三のときから、実樹ねえさんを捜すことをヒマつぶしにしてたの。もともと、学校って奴が体質に合わなくてさ」
「お前、同世代の女友達いないだろ」
「よくご存知で」
「行動が男らしいよな。あの日も学校サボってきたわけだ」
 あの日、と首をかしげると、「セーラー服の日」と弓弦くんは返す。
「ああ。まあね」
「あれ強烈だったぜ」
「ただの服じゃない」
「つっても──恥ずかしくなかったのか」
「制服程度に動揺するそっちのが、繊細すぎて恥ずかしくない?」
 弓弦くんは何とも言えない顔をして、あたしのクラッカーを一枚奪った。店内を見まわした彼は、「そろそろ変わるな」とつぶやく。確かに、客層の匂いが何かしら夜をまとってきている。芽留と紗月は共通の話題の多さで、相変わらず楽しそうだ。それを見つめた弓弦くんは優しく咲う。

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